23-6. 頃合いⅠ
翌朝。
受勲式まで、あと1日。
待ちに待った本番もついに明日となった。
「ふぅー……お腹いっぱいだ」
王城食堂から自室に戻り、とりあえずフカフカ羽毛のベッドに腰掛ける。
王都に来てからは毎朝の楽しみともなっている、5人一緒で頂く王城食堂のモーニングセット。今朝は棒棒鶏風のサラダでした。今朝も美味しかったよ。
「えーと、今日は……」
美味しかった朝食の余韻に浸りつつ、今日やることを考える。
普段なら、ココで『今日は何しようかな』と考えるところだ。
狩りに行くなり、買い物に行くなり、数学の勉強をするなり。
……だが、今日は違う。
予定が既に決まっている。
受勲式の前日くらい部屋でゆっくりしようかなとも思ってはいたんだけど……やらなきゃいけない事があるのだ。
「……あと15分か」
時計を見てみれば、時刻は8時45分。
約束の時刻まではもう少し。
「さて、用意しようか。あまり時間も無いし」
ほっと一息ついて僅かばかりの食後の休憩を済ませ、ベッドから立ち上がる。
壁に掛けておいた白衣からハンガーを外し、麻の服の上に羽織る。
勝負服だ。
黄緑色の液体が入った試験管型のガラス瓶を、白衣の胸ポケットに数本忍ばせておく。
HPポーション、万が一の頼みの綱だ。
同じく薄赤色のガラス瓶を、ごそっと白衣の腰ポケットに仕込んでおく。
こちらはMPポーション、コレだけあれば【演算魔法】を躊躇なく乱発できる。
そして、お守り程度に愛用のナイフを腰に装着。
コレで準備完了だ。
「……オッケーだな」
部屋の姿見で身なりを整える。
鏡に映る、8時50分の時計。
10分前、丁度良い時間だ。
「よし。行こう」
小さく呟いて気合を入れ、部屋の扉を開いた。
――――迎えに行こう。
アイツ達と、奴が待ってる。
∋∋∋∋∋∋∋∋∋∋
6日前の深夜に急遽勃発した、第二軍団戦。
わずか1時間にて勝敗は決し、軍団長および副長は遺体を回収、指揮官は投獄され一件落着した。
……しかし、それに伴って生じていたもう1つの事案が、まだ片付いていなかった。
――――王城4階の、とある居室。
ガラス窓からは王都の南側を一望できる、眺めの良い一室。
金細工の施された重厚な扉を開けば、綺麗に整えられた絨毯敷きの部屋が広がっている。
壁に設けられた本棚、びっしりと埋められた革表紙のファイル。王国中の商会や商人については、ここを調べれば何でも分かる。
背の低い棚の上には、木工品、金細工、陶芸品、額に入った絵画と様々な名作が並べられている。どれも王国の職人が産んだ技術の結晶である。
そして部屋の奥に誂えられているのは、大臣の職務をこなす木製の執務机と書斎椅子。
王都中の商人職人を統べる者ともあり、彼はこの椅子に座って机上の山積みになった資料とにらめっこの日々である。
そんな彼は今日も、この椅子に座っている。
――――いや、座らされていた。
縄で何重にも何重にも、椅子にしっかりと括り付けられていたのだ。
「ハァ……一体いつになったら私を解放してくれるのかね?」
よく見ると、机上に山積みの資料は無い。
その代わりに置かれているのは、王国では見慣れぬ形の通信機器……機密回線通信機。
それと、数日前に決行された第二軍団・王都奇襲作戦の作戦指示書。
第二軍団が奇襲作戦を決行した時の、そのままの状態。
「……ハァ、もう6回目だね。また陽が昇ってしまったね」
王都の産業人部門大臣かつ魔王軍のスパイであるバリー・ブッサンは――――この6日間、彼自身の部屋で監禁されていたのだ。
この5名によって。
「……勘弁して欲しいんだね。私と君達、フォレストウルフは仲間だったではないかね」
「其れは過去の話。今の我等は違う」
「第三の一員として魔王様に忠誠を誓ったこと、忘れたのかね――――
「そんな物はもう捨てた。我等の忠誠は白衣に在る」
バリーの座る椅子を囲む5頭のウルフ。計介達を乗せて共に王都へやってきた、クク・ナナン・クナン・サザン・サンクである。
彼らこそがバリーを縛り上げた張本人。計介達が王都南門で蟲の軍勢と対峙していた裏で、彼ら5頭はバリーの身柄確保に動いていたのだ。
「ハァ……まさか身内に取り押さえられる時が来るとは、残念だね。私も出来る限り暴れたが、君達の縄捌きには負けた。翻弄されたね」
「もう身内ではない。何度も言っただろう」
今の彼らは【相似】の幼犬モードを解除した、本来の姿の成狼モード。強靭な顎に鋭い鉤爪、更には緊密な連携を以ってすれば抵抗するバリーを縛り上げるなど造作もない。
こうしてバリーは6日間、クク達に監視されつつ拘束生活を送っていた。
……だがしかし、バリーもずっと黙って縛られていた訳ではない。
あの手この手でククに拘束を解かせようとはしていた。
「……この拘束生活はいつまで続くのかね? 絶食すること既に6日、もう飢え死にしそうなのだがね」
「嘘を言え。魔物ならば大気中からの魔力吸収だけで生存は可能、我等も断食に付き合っているのが何よりの証拠だ」
「いや、私は違うのだよね! 王都で長く人間生活しているうちに食事を摂らないといけない体になってしまったのだね」
「気持ちの問題だ。我慢せよ」
「くぅっ……」
……のだが、どう足掻いてもククが尽く一蹴。
バリーは何の成果も挙げられず、こうして今に至っていた。
だが、今日はどうやら違った。
ここに来てバリーの努力が功を奏したようだ。
「……全くもう、いつになったら解いてくれるのかね?」
「知らぬ。貴様を縛り上げろとは勇者殿の命。良しと言うまで縄は解かぬ」
「ならばいっそ私を殺した方が早いと思うのだがね?」
「生け捕りにせよとの事」
「ほう。…………それを聞くに、君達はまるで白衣の狗みたいだね?」
「なっ……!?」
眼を見開くクク。
口を開いて牙を剥く。
「……何と言った?」
「聞こえなかったかね? 言ってあげるよ、何度でもね」
ククの逆鱗に触れたと知った上で、バリーはそれを撫で回した。
「白衣の狗に落ちぶれたね、君は。――――いや、君達は」
「貴様ァ!! 我自身はともかく同胞を侮辱するのは断じて許さんッ!!」
ククの前脚が1歩2歩とバリーに近付く。
怒りを剥き出しにした鉤爪が脚先に輝く。
「おお、私を殺すかね?」
「……っ」
「やれるものならやってみれば良い。ご主人様の命には背くがね」
「……ッ!!」
しかし、早まる気持ちを押し留めるのはクク自身の理性。憤りの気持ちと計介の命令、そして同胞の制止がククに葛藤をもたらす。
「なりません! 長!」
「白衣の命に従わねば!」
「奴の言葉に惑わされてはならない!」
「長! 一旦落ち着かれよ――――
「心配無用ッ!!!」
「「「「……っ」」」」
同胞の声すらも一蹴するクク。
彼は、至って冷静だった。
「生け捕り、であればよいのだろう?」
「「「「……っ」」」」
ギラギラと怪しく光らせて笑うククの理論に、間違いはなかった。
生け捕りの『生け』とは、すなわち『殺すな』。
そして計介は『バリーを傷つけるな』とは言っていない。
「「「成程!」」」
「なっ、なんて奴なんだね……!?」
スッキリと頷く同胞に、明らかな動揺を見せるバリー。
そんなバリーに鉤爪を突き立てんと、ククが跳び掛かろうとした――――
その時。
6日ぶりに、カチャリと部屋の扉の鍵が開き。
「まぁまぁ怒んなって。ククさん」
白衣を靡かせながら、彼が部屋にやって来た。
⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥




