23-11. 図形と方程式Ⅴ
=≠=≒≠==≒≒≠=
上ヲ見ヨ
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
黒箱が表示する、僕への警告。
……と同時に、ソレは再び天井から降ってきた。
「来た!」
天井を切り裂いて姿を現す鋼鉄製の隔壁。
バリバリバリと壁をも割り進みながら分厚い塊は降下し――――原点上に立つ僕のすぐそばに墜落した。
ズウウゥゥゥゥゥン!!!
「……っ!!」
床面に衝突してやっと動きを止める隔壁。
振動と轟音、そして砕き割った壁の破片が盛大に振り撒かれる。
「ゲホッ、ゲホッ…………危っぶないな全く」
舞い上がる土埃に咽つつも、一連の衝撃が止んで目を開くと……目の前には鋼鉄の隔壁が再びこの部屋を切り分けていた。
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┿●┿┿╋┿┿●┿┿┿┿
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部屋を上から見て左下の部分、グラフでいうx軸もy軸もマイナスの『第三象限』を隔壁が切り取っていた。
斜めに、スパッと……まるで、フラフープの表面を狙って掠めたかのように。
「うお。スレッスレじゃんか」
近付いて見てみれば、フラフープと隔壁との隙間はまさにゼロ。もう本当に触れてるだけのレベルで難を逃れていた。
あと1mmでもズレていたらフラフープはスッパリ削ぎ落とされていたな。
「良かったねフラフープ……」
とフラフープに同情していたところで――――手元の黒箱が次の問題を示した。
Point⑧
『縦横しかない世界で"曲線美と接する"』
=≠=≒≠==≒≒≠=
フラフープト隔壁トノ接点(-3√2, -3√2)
隔壁ガ表ス直線ノ方程式ハ
┏ ┓
┗ ┛
消 確
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「ほぅ……」
このタイミングでの出題、やはり隔壁がらみの問題だ。
隔壁を直線と見立て、直線の方程式を導けとのこと。
「ふむ、直線の方程式か……」
直線の方程式、ってことは答えが『y=ax+b』のカタチになる方向で間違いないだろう。
そういえば同じような問題をPoint②でも解いたな。2点(1,-1)、(5,3)を通る直線の方程式だった。アレも y=ax+b に(x,y)を代入してaとbの連立方程式に持ち込む形だったし。
だが……今回はちょっと勝手が違う。
問題文曰く、隔壁の直線が通るのは(-3√2, -3√2)の1点だけ。これではaとbの連立方程式を組めないじゃんか。
かといって何か別の方法で傾きa、切片bを求める手立ても無い。
y=ax+b を導き出せない。
「え、じゃあコレどうすりゃいいんだ……?」
――――しかし、まだヒントは残っていた。
黒箱の問題文に。
「接点…………あぁそっか!」
そう。隔壁にとって(-3√2, -3√2)は単なる点じゃなく、『接点』。
フラフープと離れず、かといってクロスしている交点でもない、曲線と直線がピッタリ接している特別な点。コレを数学では『接点』と呼び、曲線に接している直線を『曲線の接線』と呼ぶ。
この状況でいえば隔壁はフラフープの接線、って感じだな。
そして、円の接線の方程式を求めるには……とある『有名な裏道』があるのだ!
「『接線の方程式』が使える!」
接線の方程式を求める時、実は『y=ax+b』以外でも解く方法があるのだ。
ある直線と円 x²+y²=r² が接点(X,Y)で接する時、直線の方程式は次のカタチで表せちゃうぞ!
Xx+Yy = r²
なんと円の方程式にx=X、y=Yをそれぞれ1回ずつ代入するだけ。
何とも不思議な解法だけど、円の接線の方程式は接点の座標が分かっていればコレで解ける。『y=ax+b』も不要だぞ!
「という訳だから……」
今回の問題でいうと、隔壁の直線は円 x²+y²=9 の接線だ。その接点の座標は(-3√2, -3√2)。
なので、 x²+y²=9 に x=-3√2 と y=-3√2 をそれぞれ1回ずつ代入。そして最終的に『y=ax+b』のカタチに持っていけば……――――
x²+y²=9
-3√2x -3√2y = 9 ←X,Yを代入
-3√2y = 3√2x +9 ←yを左辺へ、xと切片を右辺へ
y = -x -3√2/2 ←両辺を -3√2 で除算
「つまり答えは……!」
すぐさま僕は、貪るように黒箱のタッチパネルへと計算結果を書き込み。
確定ボタンを力強くタップした。
=≠=≒≠==≒≒≠=
フラフープト隔壁トノ接点(-3√2, -3√2)
隔壁ガ表ス直線ノ方程式ハ
┏ ┓
y=-x-3√2/2 正解
┗ ┛
消 確
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
ピンポン
「やった! 良し!」
手書きの文字に『正解』の文字を添え、軽やかなサウンドを奏でる黒箱。
……良いぞ良いぞ! 連続正解だ!
「クゥーッ! 気持ちいいー!」
やっぱり問題を解けるとスッキリする。特に √ ̄ が絡む難しめの問題だと尚更だな。
さぁ次だ次! 調子が良い今のうちにジャンジャン問題を解いて脱出するぞ!
「……だけど」
ところで、いつになったらこの部屋を脱出できるんだろうか?
もう既に結構な量の問題を解いたし、そろそろ脱出させてくれても良い頃合いじゃないですかね?
「……そこんトコどうなんでしょ。黒箱さん?」
=≠=≒≠==≒≒≠=
アト少シ
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
……ほぅ。
「ちなみに残り何問?」
=≠=≒≠==≒≒≠=
アト少シ
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「……そっすか」
具体的には教えてくれないようだけど、どうやら脱出の時は近そうだというのは分かりました。
=≠=≒≠==≒≒≠=
モウシバラク
ワタシト付キ合エ
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
……はい。こちらこそ最後までよろしく。
=≠=≒≠==≒≒≠=
次ノ問題
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
展開はやっ。
……まぁいいや。早く脱出できるならソレに越した事はないしね。
さて。次もどんどん解きましょうか!
Point⑨
『縦横しかない世界を縦横無尽に移動する』
という事で、黒箱のタッチパネルの映し出した次の問題がコチラだ。
=≠=≒≠==≒≒≠=
フラフープヲ隔壁カラ出来ルダケ遠ザケタ時
フラフープガ示ス円ノ方程式ハ
┏ ┓
┗ ┛
消 確
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「遠ざけた時の方程式……」
要はフラフープを今の位置から移動させて、その時の方程式を求めろって事だろう。
とりあえずフラフープを移動させてみようか。
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┿●┿┿╋┿┿●┿┿┿┿
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現状、フラフープは中心が原点位置。しかも隔壁とは接触している。
コイツをできるだけ遠ざければいいから……。
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┿┿┿┿╋┿┿●●●┿┿
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「こうだな?」
ズルズルとフラフープを引き摺り、隔壁と対角側の部屋の隅へと追いやってみた。
可能な限り隔壁から遠ざけた位置、コレで間違いないだろう。
「で、あとはこの円の方程式を求めるだけなんだけど……」
しかし……どうやって円の方程式を作ろうか?
原点中心の円なら、その方程式はPoint⑦でやった通り x²+y²=r² 。だが今回は円の中心が原点じゃない。(4,3)だ。
では、中心を(4,3)だけズラした時の円の方程式はどう書くかというと……――――
実はコレ、意外と単純。
「……思い出した。合言葉は『ズラした分だけマイナス』だったっけ」
そう。図形をx方向に1ズラしたら、円の方程式のxを(x-1)に変えてやればいい。5ズラすなら(x-5)に、y方向に-2ズラした時にはyを(y+2)に変えるのだ。
中心点の座標が原点から(a,b)にズラすんなら、xを (x-a)にしてyも(y-b)に変える。それだけ。
つまり、中心点が(a,b)で半径rの円は『 (x-a)²+(y-b)²=r² 』という式で表せちゃうぞ!
「そうだったそうだった。どんな図形でも方程式をちょっとイジれば簡単に平行移動できるんだったな」
そして、こういう風に図形をカタチ・大きさ・向きそのままに移動させることを『平行移動』という。
y=ax+b の直線や x²+y²=r² の円は勿論、 y=ax²+bx+c の放物線や y=sinθ の正弦波だってこの『ずらした分だけマイナス』をすれば自由に平行移動させられちゃうのだ!
どうしてこうなるのかの説明はココでは割愛するけど、気になる人はぜひ調べてほしい。
――――という訳で、フラフープの件に話を戻します。
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「『ずらした分だけマイナス』だから……」
フラフープは元々原点にあったので、方程式はx²+y²=9。ソレを隔壁から遠ざけるために(4,3)だけ移動させた。……ということは、xとyをそれぞれ(x-4)と(y-3)に代入してやればいい。
つまり、平行移動した円の方程式は……。
「答えは『 (x-4)²+(y-3)²=9 』!」
暗算でパッと導き出した答えを、忘れないうちに急いで黒箱のタッチパネルに書き込み……確定ボタンを押した。
ピンポン
「っしゃァ!」
今回も難なく正解。喜びに右手の拳を軽く握る。
……いい感じ! またまた一発正解だ!
黒箱から正答のサウンドが流れ、黒箱のタッチパネルには―――
=≠=≒≠==≒≒≠=
フラフープヲ隔壁カラ出来ルダケ遠ザケタ時
フラフープガ示ス円ノ方程式ハ
┏ ┓
(x-4)²+(y-3)²=9 正解
┗ ┛
ソノ時ノ中心点ト隔壁トノ距離ハ
┏ ┓
┗ ┛
消 確
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「うおっ」
まさかの連続で2問目。
どうやら正解の喜びに浸る余裕すら奪われてしまったようです。残念。
いや……まさかコレ、黒箱からの『脱出まで残り少ないからサッサと解いちまえ』というメッセージか?
「……だとすれば解くしかない!」
そうだ。きっとそうだ!
脱出まであと僅か、そう信じてこの問題もパパッと解いちゃおう!
Point⑩
『縦横しかない世界の点と直線の"距離"』
ということで立て続けに出題された次の問題。要約すると『フラフープの中心点と隔壁との距離は?』という内容だ。
先に解いた問題で分かっているように、今のフラフープの中心点の座標は(4,3)。隔壁が表す直線の方程式は y=-x-3√2/2 。で、今回求める『点と直線の距離』を図で表すとこうなる。
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┼┼┼┼╂┼/┼┼┼●┼
┿┿┿┿╋/┿●●●┿┿
\┼┼┼/┼┼┼┼┼┼┼
\┼/╂┼┼┼┼┼┼┼
X┼╂┼┼┼┼┼┼┼
\╂┼┼┼┼┼┼┼
中心点から隔壁に向かって、垂直になるようにピーッと線を引く。この長さを求めるんだな。
「で、この長さどうやって計算するかだけど……」
方法はいくつかある。本単元序盤のPoint①で似たような問題を解いたけど、アレは『2点間の距離』。今回にはあまり向いていない。
だがしかし! 諦めるべからず!
数学の世界には、こんな状況のために『点と直線の距離』という公式が用意されているのだ!
それがコチラ!
点(X,Y)と直線 ax+by+c=0 との距離dは
|ax+by+c|
d=──────
√a²+b²
読み方の一例は『ディーイコールルートエーニジョープラスビーニジョーブンノゼッタイチエーエックスプラスビーワイプラスシー』。
覚え方は『ディーイコールルートエーニジョープラスビーニジョーブンノゼッタイチエーエックスプラスビーワイプラスシー』。
要するに何度も繰り返し【暗唱】して、頭に刷り込むのがいいだろう。
数学の参考書として丸暗記という方法に頼るのはとても悔しいが、2次方程式の解の公式と同様に丸暗記が一番効率の良い方法だろう。それでももっと深く知りたいという人には『証明』をオススメします!
で、この公式の使い方は――――2次方程式の解の公式と同じ。『a,b,c,X,Y』の5つの値を手に入れて代入して計算。以上だ。
……まぁ、習うより慣れろということで。
フラフープと隔壁の話に戻って実際にdを求めてみようか。
「まずはabcXYの値を求める。……えーと、点が(4,3)で直線が y=-x-3√2/2 だから……」
X,Yは点の座標そのままだ。X=4、Y=3。
直線の方程式は一手間が必要。『y=-x-3√2/2』を、イコールの片側が0になるように式変形しよう。
y = -x -3√2/2
⇔ x +y +3√2/2 =0 ←右辺の皆様を左辺へ引越
こうすればa,b,cの値が手に入るぞ。今回はa=b=1, c=3√2/2だ。
「あとは公式に代入して計算するだけだな」
ここでミスったらもったいない。
同じ計算をもう一度やらずに済むように、丁寧に計算しよう。
|ax+by+c|
d=──────
√a²+b²
|1・4+1・3+3√2/2|
=────────────
√1²+1²
7+3√2/2
=──────────
√2
7√2+3
=────────
2
「……計算できた」
よってdの値は、つまり求める点と直線の距離は……『 (7√2+3)/2 』だ!
苦労して求めた計算結果が頭の中から消え去る前にタッチパネルに書き落としちゃおう!
「えーと、2分の、7、ルート2、プラス3……」
合ってんのか合ってないのか、いまいちピンとこない答えだ。タッチパネルに指を走らせながら徐々に不安になる。
…………けどまぁ高校数学なら、とりわけ数学ⅡB以上ならこういう『纏まらない答え』なんてザラだから仕方ないよね。むしろ整数でピシッと決まったらいい方だし。
「どうかコレで合ってますように……」
答をタッチパネルに書き終え、天に祈りを捧げる。
dの計算をもう一度やらされるとか苦痛でしかないし……どうかこの問題も1発で正解してますように!
=≠=≒≠==≒≒≠=
フラフープヲ隔壁カラ出来ルダケ遠ザケタ時
フラフープガ示ス円ノ方程式ハ
┏ ┓
(x-4)²+(y-3)²=9 正解
┗ ┛
ソノ時ノ中心点ト隔壁トノ距離ハ
┏ ┓
7√2+3
──────── 正解
2
┗ ┛
消 確
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
ピンポン
「シャアアアァァ!!」
正解のサウンドに思わず今年一番の雄叫びをあげてしまった。
きっと古今東西の卓球選手もビックリだろう。
「さてー……解き切ったぞ!」
こうして、黒箱さんからの連続2問も無事正解した。
とうことは、そろそろ脱出の時が来たんじゃ……?
「おっ。画面が変わった」
なんて事を考えていると、タイミングを見計らったかのように暗転する黒箱の画面。
「来るか……?」
何も表示されないタッチパネルを食い入るように眺めつつ、待つこと十数秒。
持久走直後かのように心臓をバクバクさせる僕の眼に――――5つの白い文字が飛び込んだ。
=≠=≒≠==≒≒≠=
最期ノ問題
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「……最期って(笑)」
間をためるだけためた結果、まさかの誤植。
いやいや! 大事なところで変換ミスってますよ黒箱さん――――
=≠=≒≠==≒≒≠=
解ケレバ脱出
解ケザレバ死
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
……え。
「どういう事?」
解けなかったら……死?
状況が飲み込めない。
え、え、ええちょっと待てよ。
さっきの『最期』って、あれ変換ミスだったんじゃ――――
――――そうして、徐々に黒箱さんのメッセージの意図を理解した時。
ガッ……ガガッ……ガガガガガガガ!!!
「天井が動き始めた!?」
まるで、部屋に居る僕と黒箱さんを押し潰さんとするかのように。
天井がゆっくりと降下を始めた。
この真っ白な部屋から脱出するか。
それとも、この真っ白な部屋で死ぬか。
正真正銘、最期の問題が始まった。




