23-13. 反故
「……よし」
正午を過ぎ、朝から昼過ぎまで行われた狩り選手権もいよいよ大詰め。
この辺りで残り30分のコールを掛けておこうか。
「【共有Ⅶ】 for ens.ALL!」
感覚共有のテレパシー魔法を発動。
繋ぐ相手は ens.All = {僕,シン,コース,ダン,アーク,チェバ} の面々だ。
『こちら審判ー。残り時間あと30分、調子はどうですかー?』
『すこぶる順調です!』
『いー感じだよ!』
『わん!』
念話を送れば、すぐさま返ってくるウキウキとした返事。
声だけでもシンやコースの輝く目が頭に浮かぶよ。
『それじゃ皆、ラストスパート頑張って』
『おう!』
『ええ。任せてよね!』
『ココからが勝負です!』
闘争心に一層拍車が掛かる皆の声を聞き、【共有Ⅶ】の感覚共有を閉じた。
「……ふぅ」
一息つきながら視線を下げれば、足下には今日の猟果。ディグラットとプレーリーチキンが10頭ずつだ。
審判も暇なので、ちゃっかり狩りに興じていました。……いやー、第二軍団戦後のクールダウンには丁度いいくらいの運動だったよ。
さて、最後の30分は東門でのんびり皆の帰りを待とうか。きっと僕の何倍もの獲物を狩って、パンパンの麻袋を抱えてくるんだろうなー。
誰が優勝するんだろうか楽しみだ。
なんて事を考えていると、早速誰か戻ってきたようだ。
「たっだいまー!」
「わん!」
「おっ、コースにチェバ。おかえり」
1番乗りはコースとチェバのペア。予想通りパンパンの麻袋を2つほど満杯にしてきた。
「いっぱい狩ってきたよー!」
「さすが戦闘狂。30分残しで帰ってくるとは余裕じゃんか」
「ちょっとやりたい事があってねー」
「ほぅ。……といいますと?」
「実は先生にお願いがあんの」
そう言い、コースがパンパンの麻袋をドサリと置くと。
代わりにチェバを胸に抱きかかえた。
「ねーね、【合成Ⅱ】やって!」
「……成程」
あー、はいはい。そういうことだったのか。
コースの目当ては【合成Ⅱ】の狼魔獣人モードだった。早上がりどころか本気のラストスパートを決める気満々でした。
「しょうがないなー。全く」
「おねがい!」
「分かった分かった。……但し。前にも言った約束、憶えてるよな?」
「もっちろーん! 30分間だよね」
「あぁ」
そうそう。【合成Ⅱ】の狼魔獣人モードは体力消耗が激しいから、こういう普段使いでは時間制限を定めておいたんだよね。1日30分まで、延長はダメだ。
じゃないと翌日の体調にも響くし、限界の1時間まで使おうもんなら即刻バタンキューだし。
「時間。守れるな?」
「ちゃーんと帰ってくるって!」
「わん!」
「ハハハ……。分かったよ」
揃って頷くコースとチェバ。今日も相変わらず息ピッタリのコンビに根負けした。
やれやれ、ご所望の魔法を唱えてあげよう。
「準備はいいな」
「いつでもオッケー!」
「ぐるっ!」
「それじゃ。……【合成Ⅱ】――――チェバ◦コース!!」
全身から彩色が抜け、テレビの砂嵐のような灰色のノイズに覆われるコースとチェバ。
すると前と同様、シルエットの変化が始まった。
胸に抱かれた1匹が、1人の身体に吸い込まれる。
直後、とんがり帽子からピョコンと飛び出す正三角形の狼耳。
腰から生える、フサフサと膨れた尻尾。
指先から生える鉤爪。唇からチラリと見える立派な犬歯。
波長のピッタリ合う1人と1匹が、完全に『1つ』になった。
「うおおおぉぉぉん!!」
そして最後に、ノイズの殻を突き割る野生の咆哮。
黒の狼耳に緑の尻尾、金の瞳を輝かせた狼魔獣人のチェバ◦コースが姿を現した。
「いえええい! やっぱコレじゃなきゃ!」
肩慣らしにピョンピョンと駆け回るチェバ◦コース。
フォレストウルフ譲りの脚力が、魔法使いとは思えない動きのキレを生み出している。
「気持ちいいー! いっぱい暴れてくるね!」
「はいはい。気を付けて」
そう言い残してチェバ◦コースは最後のもう一狩りに駆け出していった。
――――ニヤリと悪い笑みを浮かべながら。
「……ハァ、全く」
アイツ、何か企んでるな?
まぁいいや。とりあえず好きにさせとくか。
そんなこんなでタイムリミットが近付き、シン、アーク、ダンと次々に選手が東門に帰還。
今日の猟果を互いに披露していた。
「凄えなシン! 大猟じゃねえか!」
「麻袋2つ半……わたしには到底追いつけないかな」
「沢山駆け回って沢山狩りましたからね!」
シンの成果は麻袋を2袋満パンにし、おまけにもう半分。長剣使いの兼ね備える機動性と攻撃力を存分に発揮していた。
今のところギルド買取額のトップ候補だ。
「シンには届かなかったけど、わたしも今日はけっこう本気出しちゃった」
「さすが自慢の魔法戦士です!」
アークも麻袋1袋半ほどの魔物を仕留めて帰ってきた。
……あと、炎槍を振るっていたためか何とも美味しそうな香りが麻袋から漂っているんだよな。アークに狩られたプレーリーチキンはきっと、軒並み焼鳥にされてしまったのでしょう。
「それに比べちゃ、俺の成果は数が少ねえからな……」
「そんな事ないんじゃない? ダンの狩猟の成果、一番質が良いから」
「買取額で勝負というのを考えると中々脅威です」
ダンは丁度1袋。シンとアークには及ばないものの……ダンは主に大盾の打撃攻撃、長剣や炎槍とは異なり出血が圧倒的に少ないのだ。
ギルドの買取では大きなアドバンテージになりそうだ。
「……さて。そろそろ時間なんだけど」
「まだ来ないのね、コースとチェバ」
こうしているうちにも時間が過ぎ、タイムリミットまで残り2分。
だが、未だに約1名帰ってきていない。アーク達もコースとチェバを気に掛け始めている。
「アイツの事だぞ。時間も忘れて狩り呆けているんじゃねえのか?」
「いや。もしかしたら、何か強い魔物に襲われて大変な目に遭っているのでは……」
「お前の心配性は相変わらずだな、シン」
「……ですが」
「大丈夫大丈夫。そもそもコースは今チェバと【合成Ⅱ】してるから無敵状態だし」
「そうなんでしたか。……いつの間に」
「あぁ、だから――――
その瞬間、さっきの悪い笑みが頭に蘇る。
「……いや、まさか」
【共有Ⅶ】をコースと繋ぎ、速攻で念話を送る。
『コース。そろそろ時間だけど――――
『30分延長で!』
おっと、コレはどうやら故意犯。僕との約束を反故にされたみたいです。
……ハァ、残念。それはとても残念だ。
「シン、ダン、アーク。残念なお知らせです」
「ん? 何だ先生?」
「コース……いや、チェバ◦コースは制限時間オーバーで棄権となりました」
「「「あららー」」」
皆揃って呆れ笑い。
やっぱりかという雰囲気が流れる。
「勝敗よりも狩りの楽しみを選んでしまったのね……」
「やれやれ、筋金入りの戦闘狂です」
「……となるとよお先生、チェバ◦コースの【合成Ⅱ】解除はどうすんだ?」
「あぁ」
早く解除しないと彼女の身体に影響が出始める。
バタンキューされたら彼女を担いで帰るのも面倒だしな。
「……全く、仕方ないですね。私が説教ついでに捕まえて来ますよ。先生」
「おっ、そうか」
ここでシンが手を挙げる。
志願ありがとう。君の意志、大切に使わせてもらうよ。
「それじゃあシン、頼んだ。行ってきてくれ」
「分かりました。狼魔獣人相手に追いつけるかどうかは不安ですけど」
「……あ、大丈夫。捕まえる必要は無いから」
「……え?」
「恨むならコースを恨んでね」
「え? え?」
訳が分からずポッカリと口を開くシンに、僕はニッコリ笑いながら。
彼をそのままコースの位置へと送った。
「【三角変換Ⅰ】・『sin²θ+cos²θ=1』!」
シンの姿が消え、入れ替わりでチェバ◦コースが登場。
狩りの真っ最中だったのか、臨場感が凄いポーズで現れた。
「死ねえ! ぐらああああ――――……あれ?」
「おかえりコース」
ダンとアーク、そして僕に囲まれたチェバ◦コース。
もう逃げ場は無かった。
「うそー!」
「はい終了。【加法術Ⅵ】・加法定理!」
三角関数の合成の逆、加法定理で狼魔獣人モードを解除。
こうして本日の狩りは幕を閉じたのでした。
その後、【三角変換Ⅰ】の犠牲となったシンは激怒しながら草原の遥か先より帰還。
「どんなに遠くまで行ってたんですか!」とコースを叱ってました。
そんなシンですが、ギルドでの買取額は接戦の末に優勝でした。おめでとう。
ダンとアークも惜しかったね。
なお、ちゃんと時間通りに帰ってくればぶっちぎりでコースが優勝でした。




