5-2. 寝坊
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ…………
目が覚めた。
カーテンの端からは眩しい朝日が溢れており、部屋は薄暗い。
勉強机の上でデジタル時計がアラームを鳴らしている。
「ファーア」
大欠伸をしつつベッドから降りて勉強机へと向かい、アラームを止める。
月曜日の朝7:30。
よし、これなら余裕で一限に間に合う。
僕は手の届く所に目覚まし時計があると、寝ながらアラームを止められるという能力を持っている。なのでこういう風に手の届かない所に時計を置かないと起きれないのだ。
続いてカーテンを開く。
シャーーッ
「うぉっ、眩し」
僕の部屋が朝日に満たされる。
窓から外を眺めれば、いつもの風景。2階である僕の部屋はまぁまぁ景色が良い。今日は良く晴れてるから、遠くの都心のビル群もしっかり見えるな。
そして腕を挙げ、全身で大きく伸び。
「クーッ……、ふぅ」
さて、トイレと洗顔、歯ブラシを済ませて一階のリビングに向かおう。
階段を下りつつ、考える。
この時間なら、父は既に出勤しているな。
中学生の弟も、毎週月曜日は美化委員会の仕事で校門の掃除当番だ。もう登校している筈だな。
しかし、共働きの母は職場が近いのでいつも8時半頃、僕とほぼ同時に出発する。
となれば、家にいるのは僕と母だけだな。
ドアを開き、頭を掻きながらリビングに入る。
「おはよー」
「あら、おはよう狂科学者さん。アンタ、今日は随分と起きるのが早いんだね」
「……え?」
戻ってきた返事は妙に聞き慣れた声、しかし母のじゃない。
————え、誰だよ!?
急いでキッチンへ向かうと、そこには1人の女性が立っている。
うちの母よりも少し低いくらいの身長。
うちの母では決してあり得ない、ふくよかなボディ。
それは…………宿のオバちゃんだった。
「なんでだーー!」
ハッ、目が覚めた。
酷い夢だったな。
しかし、久し振りに日本の世界を思い出したな。
別に日本に戻りたい、とかとは思ってないけどね。
そういうのはこの世界に来るって決めた時に覚悟している。
さて、オバちゃんのお陰で完全に目が覚めてしまったな。
部屋の時計を見ると、午前11時。
窓からは光が射し込んでいる。
今日も良い天気だ————
ん? 午前11時!?
うわ、マジかい。盛大に寝坊してしまった。
まぁ別に誰かと会う約束とかは無いので、寝坊した所で特に何もない。誰かに迷惑を掛ける訳でもない。
それでもこの世界に来てからずっと7時起きという健康生活を続けていたのだ。頭の片隅に罪悪感が現れる。
まぁ、実を言えばこうなる事は薄々分かっていた。
夜の2時まで夜更かしをしていれば、このくらい簡単に想像できるよな。
さて、じゃあ今日は何をしようかな。
いつもの白衣に着替えつつ考える。
狩りは……無しだな。
今から狩りに行った所で、時間があまり取れないだろう。
宿で一日中のんびりタイムは……悪くないな。
しかし、ずっと何もせずにゴロゴロするってのも途中からキツくなるだろう。一日中ゴロゴロってのは、マンガやスマホが在ってはじめてできる技なのだと僕は思っている。
マンガもスマホも無いこの世界、あるのは強いて言えばステータスプレートくらいだ。そんな世界で一日中ゴロゴロとか、僕からすればセルフ禁錮刑だ。
————ステータスプレートか。あぁ、良い事を思い付いた。
久しぶりに[数学の参考書]でも読んでみるか。なんか新しいスキルでも習得出来るかもしれない。
よし、決めた。
今日は図書館にでも行こう。
学生の3人も連れて魔物図鑑でも見せれば、良い勉強になるんじゃないかな。
「さて、そうと決まれば」
出発準備だ。
白衣は既に羽織っている。
机の上の入城許可証と[数学の参考書]、それと筆記具を持ってリュックに————
カンカンカーン!!
カンカンカーン!!
カンカンカーン!!
窓から突然、けたたましい鐘の音が僕の耳に飛び込んで来る。
「何だ!?」
3回の鐘が何度も連続して撞かれる。
消防車のサイレンのようだ。
すぐに窓から街の様子を見る。
鐘の音が聞こえる方向は……東門の方?
いや、その右側、南の方からだ。
精霊の算盤亭のある通りを歩く人々も鐘の鳴る方を向いて立ち止まる市民、反対へと走る商人、また鳴る方へと走る冒険者など、様々だ。
しかし、それは決して普段の様子とは異なる。
「多分、何かが起こっている」
この世界に来てからこんな経験は今まで無かったが、それだけは察し取れた。
緊張感が一気に高まり、心臓の拍動がペースアップする。
手に持っていた僕の図書館勉強セットは机の上に戻し、金だけが入ったリュックを背負い、部屋を出て鍵を掛ける。
とりあえず、鐘の音を頼りに現場へと向かえば何が起こっているか分かるだろう。
火災だろうか? 泥棒だろうか? それとも————
「あ、先生! おはようございます!」
「丁度良いタイミングだな、先生!」
「急ごうー!」
お、学生達も鐘の音を聞いて出てきたのか。
「おぅ、行こうか」
4人で宿の階段を駆け下り、1階のロビーへと向かう。
「なぁ、君達も鐘の音聞こえる方に行くのか?」
「はい、勿論です! 逆にそれ以外どこに行くっていうんですか!?」
だよね。愚問だったな。
しかし、鐘の鳴る方で何が起こってるんだろうか。
もしかして、これって僕らは単なるヤジウマなんじゃ……。
もしどうでも良い事だったりしたら、こんなに急いだ意味が無くなる。
「鐘のなる方で何が起こってるんだろうな」
「え、先生知らないの!?」
え、逆に君達知ってんの?
「済まん、教えてくれ————
「敵襲だよ」
これに答えてくれたのは、宿のオバちゃんだった。
「て……敵襲……?」
「そう」




