23-15. 図形と方程式Ⅲ
「黒箱オオォォォーーー!!!」
突如降ってきたギロチンのような薄っぺらい板が、黒箱の上面に直撃。
スッパリと叩き割られてしまった。
「あぁ……っ!!!」
しかし黒箱の不運は止まらない。
半分サイズにされたあげく、切断の勢いで二分された黒箱はポンと弾き飛ばされ。
晒した鮮やかな切断面からネジやらケーブルやらをばら撒きながら、ゴツゴツと床面を回転し。
――――そして、一番聞きたくない音を最後に響かせて動きを止めた。
ピキッ
「あっ……」
タッチパネル、ゴツゴツ、ピキッ。
この3つのカタカナ語の組み合わせを見れば、もう何が起きたかは言うまでもないだろう。特にスマホの普及した現代日本人ならば。
「お、おい…………大丈夫かよ……」
死体を見つけたかのように恐る恐る近づき。
黒箱の顔ともいえるタッチパネルの面を……覗き込んだ。
=≠=≒≠==≒≒≠=
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「画面が……!」
やはりさっき響いた嫌な音、タッチパネルは案の定だった。
辛うじて切断されずには済んだものの、今やもう真っ黒な画面。最期に映した『上ヲ見ヨ』の文字すら無い。
異様に目立つクモの巣状のヒビだけが真っ黒な画面を支配していた。
「おい……おい!! 目ぇ覚ましてくれよ!」
落としたスマホのようにバリバリと割れてしまった黒箱のタッチパネル、しかし触れても触れても返事はない。
粉々になったガラスが僕の指をチクチクと刺す。
「ちょっと待ってよ……このままじゃ僕…………」
お前が居なきゃ……僕どうすれば良いんだよ!
どうやって脱出すればいいんだっての!
「頼む……頼むよ、黒箱――――
そんな僕の必死の祈りは、黒箱に通じたのかもしれない。
「点いた……!」
瞼を開くかのように、パッと画面が明るくなり。
ヒビだらけのタッチパネルにメッセージが灯った。
=≠=≒≠==≒≒≠=
ソンナ簡単ニハ壊レナイ
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「え……えっ?」
そんな簡単には、壊……――――
=≠=≒≠==≒≒≠=
次ノ問題
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「…………あ、はい」
どうやらコイツは思ったより元気そうです。
Point③
『縦横しかない世界と"対称な世界"』
というわけで、ヒビでバッキバキな画面ながらも映し出された問題がコレだ。
=≠=≒≠==≒≒≠=
切断サレタ相棒ハ向コウ側
隔壁ニ対称ナ位置ニ座シテイル
相棒ノ座標ハ
(* , )
 ̄ ̄  ̄ ̄
7 8 9
4 5 6 ±
1 2 3 √
消 0 ・ 確
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「ふむふむ……」
問題文、少し複雑だな……ちょっと整理しよう。
まず、今の部屋の様子はこんな感じだ。天井から降ってきた鋼鉄の板によって、この部屋は黒箱もろともスッパリ切断されてしまった。あっち側の様子は見えない。
コレが問題文の言っている『隔壁』なんだろう。
┼┼┼╂┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼╂┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼╂■┼┼┼┼┼/
┼┼┼╂┼┼┼┼┼/
┼┼┼╂┼┼┼┼/
┼┼┼╂┼┼┼/
┼┼┼╂┼┼/
┿┿┿╋┿/
┼┼┼╂/
┼┼┼/
┼┼/
で、ブッタ切られた黒箱の片割れは隔壁のアッチ側に飛ばされた。離れ離れにされちゃったのだ。
……しかし奇跡的に、(1,5)にいるこの片割れとアッチの片割れは隔壁を挟んで対称な位置にいるとのこと。
「……成程。対称かぁー」
『対称』――――数学でもよく登場する単語だし、そもそも日常生活ですら常識レベルとして使っているだろう。
例えば、上下や左右が同じ形になっていて真ん中からパタンと折り畳めたり、図形の中心にピンを刺して180°回転させても全く同じ図形だったり……そういった図形が持つ性質こそが『対称』だ。
中でも『線で折っても対称な図形』は線対称、『点で回しても対称な図形』は点対称と呼んでいるぞ。
文字を図形としてみればA・C・D・Eが線対称、N、S、Zが点対称、HやXは点でも線でもあるって感じかな。
それを踏まえて、隔壁の向こうにいるであろう片割れの現在地をイメージすると……こんな図になるだろう。
┼┼┼╂┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼╂┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼╂■┼┼┼┼┼/
┼┼┼╂┼\┼┼┼/
┼┼┼╂┼┼\┼/
┼┼┼╂┼┼┼×
┼┼┼╂┼┼/ \
┿┿┿╋┿/ \
┼┼┼╂/ ■
┼┼┼/
┼┼/
天井から部屋を見下ろしたこの図を、対称軸である隔壁に沿ってパタリと斜めに折ってみよう。2つの片割れがピッタリとくっつくハズだ。
「……うん、間違いない!」
確信した。
片割れは図のこの辺りに居る!
「だから答えは……」
あとは片割れの座標を黒箱のタッチパネルに打ち込めば……――――
「……困った」
しかし、図で書いただけじゃ具体的な座標まではパッと分からない。
……だが当然だ。
なぜなら、ココまで解くには『図形問題』の知識で十分だが……ココから先、そうはいかない。
ココからこそが本単元のメイン、単なる図形問題を上回る『図形と方程式』のキモだからだ。
「……ココからは計算か」
さて、現状は理解した。片割れがどの辺に居るかのイメージもついた。
となればあとは『図形と方程式』の方程式サイド、片割れの座標計算を始めよう。
Point④
『図形を"方程式で解く"ということ――翻訳』
それにしても、『図形問題を"方程式で解く"』ってのはそもそもどういうことなのか?
一言でいってみれば、要は『図形の特徴を数式に書き起こすこと』なのだ。
そして実はコレ、知らず知らずのうちに僕は既に成し遂げていたのだ。
例えばさっきの問題、『コレとコレの2点を通る直線』を y=x-2 と表したのは歴とした数学語への翻訳だ。
1問目の長さを求める問題でつくった『√4² + 4²=4√2』という計算式も、『x方向に4、y方向に4離れた2点間の距離は4√2です』という問題文からの翻訳の賜物だ。
こうやって並べて見比べると、図形情報から数学語への翻訳というのが実感できるんじゃないだろうか。
では、この問題も同様に『翻訳』してみるぞ。
まずは、2つの黒箱■は隔壁に対して線対称だとのこと。ただ、対称ってのは数学語的にどう表せるか、図を見ながら特徴を捉えてみよう。
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┼┼┼╂┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼╂■┼┼┼┼┼/
┼┼┼╂┼\┼┼┼/
┼┼┼╂┼┼\┼/
┼┼┼╂┼┼┼×
┼┼┼╂┼┼/ \
┿┿┿╋┿/ \
┼┼┼╂/ ■
┼┼┼/
┼┼/
「特徴かー……」
コッチの黒箱とアッチの黒箱は、対称軸で折ったらピッタリ重なる位置。
となるとまず第一に、『どちらの黒箱も対称軸から同じ分だけ離れている』のは確定だよな。当たり前だけど、軸との距離が違っていたら軸で折り畳んでも重ならない。
第二に『黒箱どうしを線分で結ぶと、ピッタリ対称軸と垂直になる』ってのも言えるハズだ。これもよくよく考えてみれば当然だろう。
……さて。以上の2つが、この問題で必要になる図形情報だ。
あとはコレらをうまく数学語に翻訳するだけだ。
Point⑤
『縦横しかない世界の"内分点"』
では先に、『どちらの黒箱も対称軸から同じ分だけ離れている』という情報から翻訳しよう。
今回は敢えて丁寧に翻訳してみるぞ。
まずは、もう少し数学的に表しやすくなるように文章を書き換えてみる。
『どちらの黒箱も対称軸から同じ分だけ離れている』
⇔『この黒箱~対称軸と、アッチの箱~軸が等距離』
⇔『黒箱どうしを線分で繋ぐと、丁度中央で軸と交わる』
⇔『黒箱どうしで繋いだ線分は、中点で軸と交わる』
⇔『黒箱どうしの中点は、対称軸上にある』
よし、図形情報がスッキリしたぞ。あとはこの文章を丸ごと数学語に置き換えてしまえばオッケーだ。
『黒箱どうし』というのは、2つの黒箱のこと。コッチの黒箱は翻訳すると点(1,5)だな。アッチの黒箱の座標はこの問題で求める答えなので、文字を使って点(a,b)と仮においておこう。
『対称軸』というのは、つまり隔壁。直線の方程式は y=x-2 。
コレらを踏まえると次のようになる。
『黒箱どうしの中点は、対称軸上にある』
⇔『点(1,5)と(a,b)の中点は y=x-2 上にある』
ここで更に『点(1,5)と(a,b)の中点』を翻訳しよう。
中点というのは、文字通り2点の中央にある点だ。『内分』というワードを使えば、丁度1:1に内分する点ともいえる。
ちなみに、内分・外分の考え方はx-y平面においても今までと同じ。x方向、y方向、それぞれで内分して座標が求めればいい。今回の中点の座標も計算すれば『中点( (1+a)/2 , (5+b)/2 )』って感じだ。
ということで、中点も翻訳すると例の文章はこうなる。
『点(1,5)と(a,b)の中点は y=x-2 上にある』
⇔『中点( (1+a)/2 , (5+b)/2 ) は y=x-2 上にある』
そして最後の翻訳ステップ。
直線上にある点の座標は、直線の方程式に代入してもいい決まりになっている。なので中点の座標をy=x-2に【代入Ⅰ】してしまおう。
『(5+b)/2 = (1+a)/2 -2 である』
⇔『 b=a-8 である』
コレを計算すれば……アラ不思議。『どちらの黒箱も対称軸から同じ分だけ離れている』と長々しかった文章は、僅か『 b=a-8 である』と数式1本に纏まってしまったのだ!
Point⑥
『縦横しかない世界の"平行・垂直"事情』
では続いて第二の図形情報、『黒箱どうしを線分で結ぶと、ピッタリ対称軸と垂直になる』についても同様に翻訳するぞ。
これもまずは解釈を少しずつ変えていこう。
『黒箱どうしを線分で結ぶと、ピッタリ対称軸と垂直』
⇔『黒箱どうしを通る直線と、y=x-2は垂直』
⇔『点(1,5)と(a,b)を通る直線と、y=x-2 は垂直』
⇔『点(1,5)と(a,b)を通る直線は、y=x-2 に垂直』
ではここで、『垂直』というワードを翻訳しよう。
『垂直と平行』についても、ちゃんと数学語への正しい翻訳方法があるぞ。
≧≧≧≧≧≧≧≧≧≧
例えば、ここに2本の直線 y=ax+b と y=cx+d があったとします。
この2本が平行でなければいけないとき、係数a~dにはどんな条件が必要だろうか?
――――答えは、a=c。傾きが一緒であれば当然グラフも平行になるよな。
では、垂直だとしたらどんな条件が必要だろうか?
――――答えは、ac=-1。傾きを掛けると-1になる、そんな時に垂直が成り立つのだ。
なんでそうなるかという証明は省略するけど、気になる人はぜひ考えてみてほしい。きっと想像以上に沢山ある解法に驚かされるだろう。
∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩
では、これを基に『垂直』という図形情報も数学語に書き換える。
『点(1,5)と(a,b)を通る直線は、y=x-2 に垂直』
⇔『点(1,5)と(a,b)を通る直線は、傾き1の直線に垂直』
⇔『点(1,5)と(a,b)を通る直線の傾きは、-1』
傾きが-1で点(1,5)を通る直線の方程式を【代入Ⅰ】で求めると、y=-x+6。
更にもう一度直線上の点を【代入Ⅰ】すれば、最終的にこうだ。
『点(1,5)と(a,b)を通る直線の傾きは、-1』
⇔『y=-x+6 は、(a,b)を通る』
⇔『b=-a+6 である』
つまり、『黒箱どうしを線分で結ぶと、ピッタリ対称軸と垂直』も『b=-a+6 である』と簡単に纏まったワケだ!
「おぉ……マジか」
こうして、幾度もの書き換えと数学語への変換を経た2つの図形情報は…… b=a-8 と b=a+6 という、驚くほど簡単な2式となって僕の手の中に収まっていた。
ここまで来れば……もう、何をすればいいかは分かるよな。
僕でもわかるさ。
「連立方程式で解けば……!」
「7の、マイナス、1と。……確定!」
長い長い計算の成果をタッチパネルに打ち込み、確定ボタンに触れた。
ピンポン
「良しっ! 良し良し!!」
=≠=≒≠==≒≒≠=
切断サレタ相棒ハ向コウ側
隔壁ニ対称ナ位置ニ座シテイル
相棒ノ座標ハ
( 7,-1)
 ̄ ̄  ̄ ̄ 正解
7 8 9
4 5 6 ±
1 2 3 √
消 0 ・ 確
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
バリバリの画面に映った正解の2文字が僕の努力を労い、正解のサウンドが僕を祝福する。
先の2問とは比べ物にならない計算量だけに、喜びもひとしおだった。
「あー……凄い大変だった」
ヒートアップした脳を冷ましつつ、この脱出で起きた出来事を振り返る。
2点間の距離に始まり、直線の方程式を求め、そして最後には『線対称』のためにあれほどの計算をするなんて……想像もしてなかった。
図形と方程式、恐るべし。
「けどまぁ、解けた時の爽快感も中々だったな」
ゲームにも共通するような、この不思議な感覚……まるで、倒せもしない大ボスをブッ倒してしまった瞬間のようなスッキリ感。
何だかもう、言い表せない気持ち良さだった。
――――あっ、いや。
待て待て、まだ僕にはやる事がある!
「……そうだ。この部屋から脱出しなきゃ!」
忘れていた。気持ちよくなってる場合じゃない。
どうにかしてこの奇妙な立方体の部屋から脱け出さないと!
「解いたからには教えてくれよ黒箱! どうやったら僕は脱出できるんだ?!」
タッチパネルに向き合い、次のメッセージを乞う。
すると、僕の声に反応するかのように黒箱の画面が切り替わった。
=≠=≒≠==≒≒≠=
前ヲ見ヨ
≠≒=≒=≠≠=≒≠=
「……前?」
画面から視線を外して顔を上げる。
前方には、さっき頭上から降りかかったっきり部屋を二分したままの鋼鉄の板。
ガガガガッ……
「動いた……!」
その板が、軋みながらもゆっくりと上へと動き始めた。
「……あっちに何かあるのか?」
板の裾から徐々に見えてくる、二分された部屋の向こう側。
……もしかしたら、今の問題を解いている間に何か変化があったのかもしれない。
脱出への期待を膨らませながら、鋼鉄の板が上がり切るその瞬間を待った――――
「おぉ……」
こうして今、『図形と方程式(その1)』の解説ページを読み終えた。
白い立方体の部屋から、王城の個室へと意識が戻ってきたわけですが。
「壮大な脱出劇だったな……」
まるで夢から醒めた気分だ。
奇妙な雰囲気の部屋に、謎の白黒の箱に、徐々に芽生える黒箱との友情に、そして壮大な脱出劇…………参考書なのに思わず読みふけちゃったよ。
気になる脱出劇の続きはまた今度、『図形と方程式(その2)』の単元までとっておこう。
……あと、数学のボリュームも凄かったな。
読んだだけなのにまるで沢山勉強したかのような感覚。頭も沢山使って疲れたけど、そのぶん賢くなった気がするよ。
「けどまぁ、『賢くなった気がする』ままじゃダメだ」
そう。折角頭に入れた知識は、何度も使ってガッチリ定着させないと意味がない。
となれば……ドキドキワクワク練習問題の出番だ!
「さてさてー……」
机の上に置かれた計算用紙とペンを手繰り寄せ、参考書のページを1枚捲って練習問題へと移る。
今回も構成はいつも通り、A問題10問とB問題10問の20問構成だ。
知識を脳みそにガッチリ書き込んで、ついでに新たな【演算魔法】も手に入れちゃおう!
「この調子で行こうか……練習問題!」
本文が長くなりましたが、最後の3問目につきましては折角ですので模範解答(?)を作成しました。
解き方の流れをまとめましたので、ご興味が御座いましたら目を通してみてください。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
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┼┼┼╂■┼┼┼┼┼/
┼┼┼╂┼\┼┼┼/
┼┼┼╂┼┼\┼/
┼┼┼╂┼┼┼×
┼┼┼╂┼┼/ \
┿┿┿╋┿/ \
┼┼┼╂/ ■(a,b)
┼┼┼/
┼┼/
求めるアッチの黒箱の座標を(a,b)とおく。
コッチの黒箱(1,5)とアッチの黒箱(a,b)が隔壁に対し線対称なので、これらの中点は隔壁 y=x-2 の直線上となる。
中点の座標は( (1+a)/2 , (5+b)/2 )となるから、これを y=x-2 に代入して
(5+b)/2 = (1+a)/2 -2
b = a-8 ………………[1]
また、コッチの黒箱とアッチの黒箱の2点を通る直線の方程式を y=cx+d とおくと、
2つの黒箱は隔壁に線対称なので、y=cx+d は隔壁 y=x-2 に対し垂直になる。
よって2直線の垂直条件より c×1 = -1 ⇔ c=-1
また、 この直線はコッチの黒箱(1,5)を通るので
5 = -1+d ⇔ d=6
よって、この直線の方程式は y=-x+6
これが同様にアッチの黒箱(a,b)を通るので
b = -a+6 ………………[2]
[1]、[2]を連立してa,bについて解くと
(a,b) = (7,-1)
以上より、アッチの黒箱の座標は(7,-1)である。
∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝




