23-16. 図形と方程式Ⅱ
Point①
『縦横しかない世界で"斜め"の長さを測るには』
「こっ……ここは一体……」
立方体の形をしたダダッ広い部屋。縦横に10mほど、高さも同じくらいだろうか。
その前後左右は真っ白な壁に囲まれ、頭上にも真っ白な天井。
見たことは無い。来たことも無い。
身に覚えも無い。
そして出口も無い。
「……閉じ込められてる」
何の説明も事前情報もないが、察した。
この奇妙な部屋の雰囲気、嫌な予感……間違いない。閉じ込められた。
――――となれば、僕がする事は1つ。
これしかない。
「……脱出しなきゃ」
覚悟を決めたところで、一度現状を整理する。
「どこから出れば……」
上も前も後ろも右も左も、一面真っ白な壁。
扉も無ければ窓もない。換気のダクトすら無い。
……となると逆に僕はドコからこの部屋に入ったのかが気になるけど、それは一旦置いておこう。
それよりも気になる物があるのだ。
この部屋の床面に。
「マス目……」
壁や天井と同様に真っ白な床面に、十数本と引かれた黒い線。1m間隔で縦横に整然と並び交わって格子模様をなしている。
しかも、気になってならないのが縦横1本ずつある妙に太い線。違和感が凄い。
何か脱出のカギになるのか……?
「あとは……コレとコレか」
そして、僕の最も気になっている物がこの2つ。
床面の格子模様の上に置かれた2つの立方体、白い箱と黒い箱だ。
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┿┿┿╋┿┿┿┿┿┿┿
┼┼┼╂□┼┼┼┼┼┼
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「……怪しい」
床面の格子模様と、意味深な太線と、気になる点は幾つもあるけど……何も無い空間に鎮座する圧倒的な存在感には何物も打ち勝てなかった。
と同時に、僕は直感で悟った。
「……あの箱がきっと脱出のカギだな」
何が起きるか分からないと若干ビビりながら、白黒の箱に恐る恐る近づいて確認する。
「白い箱には……何も無いか」
一通り眺めて、撫でたり叩いたりもしてみたけれども反応なし。単なる箱だ。
「黒の方は……ん?」
続いて黒箱に近付いてみると、何やらギミックが仕掛けられているのに気付く。
「……画面だ」
立方体の黒箱、そのうちの1面がモニターになっていた。
黒一色の背景に白字で何かが映し出されている。
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白ト黒トノ直線距離ハ
*
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
7 8 9
4 5 6 ±
1 2 3 √
消 0 ・ 確
===========
「タッチパネルか。……答えを入力しろよ、と」
質問文と一緒に表示された4桁の空白、『早く入力しろ』と急かすように点滅するアスタリスク。タッチぱねるになっているようで、テンキーが僕の指を待ち構えていた。
……コレが脱出のカギだな。
よし。さっさと解いてやろうじゃんか。
「白と黒の直線距離、か……」
一度画面から目を離し、2つの箱を眺める。
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┼╂┼┼┼┼■┼
┼╂┼┼┼┼┼┼
┼╂┼┼┼┼┼┼
┿╋┿┿┿┿┿┿
┼╂□┼┼┼┼┼
┼╂┼┼┼┼┼┼
「……えっ。数えられないじゃんか」
いきなり難問だし。
斜めの位置に居座られちゃ、直線距離で何マス分とか見ても分からないって。
嫌がらせもいいところです。
「……仕方ないな。クッソ面倒くさいけど」
――――しかし、解けないワケじゃない。
面倒なだけで、解く方法を僕は知っているのだ。
「……三平方の定理で!」
――――別名、ピタゴラスの定理。
どんな直角三角形においても成立する、3辺の長さに関する公式。コレだ。
『 底辺² + 高さ² = 斜辺² 』
3つの平方だから、三平方。是非覚えておいて欲しい。
そしてこの公式、使いどころは図形問題だけじゃない。今みたくx-y座標やグラフを使う問題でも必要不可欠なのだ。
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┼╂┼┼┼┼■┼ ■
┼╂┼┼┼┼┼┼ ┤
┼╂┼┼┼┼┼┼ ┤ 4
┿╋┿┿┿┿┿┿ → ┤
┼╂□┼┼┼┼┼ □┴┴┴┘
┼╂┼┼┼┼┼┼ 4
2点間の距離を測りたいと思ったら、こうやって必要な部分だけ切り出してみればいい。するとアラ不思議、底辺4で高さも4の直角三角形がお出ましだ。
あとは『三平方の定理』を使って計算すれば、斜めの長さもバッチリ求められるぞ。
「えーと、底辺も高さも4だから……」
【冪乗術Ⅵ】で2乗して足すと、 16+16 。だからつまり……。
「斜辺の長さは32……」
……なワケないよな。
底辺が4で高さも4で、斜辺が32だとしたら確実にどこか空間が歪んでます。
正しくは『斜辺²』にルートを掛けてあげればいい。【冪根術Ⅵ】を使って計算すれば、すなわち本当の答えは……。
「√32……、4√2か」
タッチパネルの4、√、2を順々にタップ。
そのまま『確』に触れる――――
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白ト黒トノ距離ハ
4√2
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 正解
7 8 9
4 5 6 ±
1 2 3 √
消 0 ・ 確
===========
「良しっ」
ピンポンという音と共に『正解』と表示される。
小さくガッツポーズ。
……いい感じだぞ。難易度は僕でも解けるくらいだし、これらスグに脱出できるかも――――
ピピッ
「……ん」
少しばかりの勝利の余韻に浸っていると、小さな音を上げて画面が切り替わった。
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白(1,-1) 黒(5,3)
両点ヲ通ル直線ノ方程式ハ
y=* x+
 ̄ ̄  ̄ ̄
7 8 9
4 5 6 ±
1 2 3 √
消 0 ・ 確
===========
「早速次の問題か」
問題文が変わり、解答欄もさっきとは違う形で突きつけてきた。穴埋め形式だ。
……成程。どんどん問題を解いてけってか。やってやろうじゃないの。
Point②
『縦横しかない世界に"斜め線"を突き刺せ』
「さて……」
今回の問題は、白箱と黒箱を通る直線の方程式だ。
白箱が(1,-1)、黒箱が(5,3)と座標で書き表されている辺り、床面の格子模様は『x-y座標』を意味してるんだろう。黒箱の座標からして横の太線がx軸で、縦がy軸か。
で、白黒の両方を通る直線を頭の中でイメージしてみると……こうかな?
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┼┼┼╂┼┼┼┼┼┼/
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┼┼┼╂┼┼┼┼■┼┼
┼┼┼╂┼┼┼/┼┼┼
┼┼┼╂┼┼/┼┼┼┼
┿┿┿╋┿/┿┿┿┿┿
┼┼┼╂□┼┼┼┼┼┼
┼┼┼/┼┼┼┼┼┼┼
┼┼/╂┼┼┼┼┼┼┼
白箱と黒箱を串刺しにしながら、右肩上がりにピューっと一直線って感じだ。
……よし、これで直線のグラフのイメージは完璧。
あとはこの直線の方程式を求めてさっさとクリアしちゃおう。
「さて。これの解き方というと……」
直線の方程式といえば、結構前の『一次関数』で取り扱った内容だ。【一次直線Ⅶ】でいつも唱えている通り、傾き a と切片 b を使って『y = ax+b』で表せるんだったよな。
さっき脳内イメージした斜めの直線も、例に漏れずその形になる。つまり、aとbに入る数字を計算で求めればよいのだ。
で、どうやってaとbの値を求めるかというと――――
「代入してa,bの連立方程式か」
――――詳しく説明しよう。
まず、白(1,-1)と黒(5,3)の座標を『y=ax+b』のx,yに代入する。
すると、aとbの文字が混ざった方程式が2本出来上がる。連立方程式だ。
となれば、あとはその連立方程式を解くだけ。消去法なり代入法なり、好きな方で良い。
そして『a=**,b=**』と答えが得られればミッション・コンプリートだ。
さて、では実際にやってみようか。
「【代入Ⅰ】!」
そういえばこんな【演算魔法】も持ってたなとしみじみ思いつつ、白黒の座標を『y=ax+b』に代入。
┏ -1= a+b (上式)
┗ 3=5a+b (下式)
「【消去Ⅱ】!」
出来上がった連立方程式を解く。今回は消去法、『(下式)-(上式)』でbを消去しよう。
3=5a+b
-)-1= a+b
━━━━━━━━━━
4=4a ⇔ a=1
はい、『a=1』をゲット。あとはこれを上式に【代入Ⅰ】して……『b=-2』。
答えが揃った。
「よって直線の方程式は……『y=x-2』」
すぐさま黒箱のタッチパネルに答えを打ち込む。
傾きが1、切片が-2で……――――
「確定!」
===========
白(1,-1) 黒(5,3)
両点ヲ通ル直線ノ方程式ハ
y=1 x-2
 ̄ ̄  ̄ ̄ 正解
7 8 9
4 5 6 ±
1 2 3 √
消 0 ・ 確
===========
ピンポン
「きたきたッ!」
ピコッと正解の2文字が現れ、軽快なサウンドに少しばかり心が躍る。
……なんだか今日は調子がいいぞ!
今までに手に入れた【演算魔法】もフルに使って2問連続正解、これなら脱出までもそう遠くないぞ!
……さぁさぁ黒箱さんよ!
今日の僕ならどんな問題でも解ける気がする!
どんどん掛かってこいやぁ!
――――と、少しばかりのライバル心というか、友情というか。
僕の心に、黒箱への愛着が芽生えた――――その時。
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上ヲ見ヨ
===========
画面が切り替わり、黒箱が簡潔なメッセージを映し出す。
「上を……?」
なんだろう。
不思議に思いつつも、真っ白な部屋の天井を見た時――――僕は知った。
黒箱が表示したソレは、彼からの命懸けのメッセージだったんだと。
――――スパッ
「……うえッ!?」
突然、真っ二つに斬られる天井。
その隙間から、薄っぺらい板が落ちてきた。
まるで巨大な包丁かギロチンが、この部屋をスパッと切り分けるかのように。
そして僕の脳天を狙い撃つかのように――――板が迫ってきた。
「……ヤバい!」
このままじゃ斬られる!
慌てて横っ飛びに飛ぶ。
「危なかった……」
なんとか板の射線から逸れて事なきを得た……のだが。
「……あっ!!」
むなしくも、彼はその難を逃れられず――――ギロチンの餌食となってしまった。
「黒箱オオォォォーーー!!!」




