23-19. 処理Ⅱ
南門広場から半開き状態の南門を潜り、ギガモスとアニキの亡骸が待つ王都外へ。
外壁から1歩踏み出せば、そこから広がるのは青々と茂った広大な草原……のハズだが、今は違う。
「うわー……ヤバいなコレ」
「この光景……何度見ても鳥肌が止まらない」
無数の蟲兵が散った、生々しい戦の跡だった。
草原に取って代わるは蛾の茶翅、蚊の黒翅、蜂の薄翅。翅を避けて歩こうとすれば足の踏み場などない。
剣道で培ったという神谷の不動心さえも震わせてしまう程なんだから、虫嫌いな人が見ればもう失神不可避だろう。
そんな戦場跡に足を踏み入れる、僕と神谷。
ドクモスやトグジン・モスキートの胴体を避けつつ、足の踏み場を探して進む。
命を失った蟲の翅は落ち葉のように萎れ、カサカサと音を立てる。……まるで秋の公園に溜まった落ち葉のようだった。
「あっ、居た。アニキ」
まずは副長アニキを回収。
足下に散らばる何千何万のトグジン・モスキートと共に、彼は息絶えていた。
「これが副長……蚊の魔物か」
「おぅ」
僕達の勝利を示す貴重な戦果だ。
傷つけないよう丁寧に、神谷の持ってきた麻の大袋に仕舞い込む。
「……数原君」
「ん?」
「他人事のように訊いて申し訳ないが……強かったかい。此奴は」
副長アニキの顔を見ながら呟く神谷。
僕は迷うことなく頷いた。
「あぁ。間違いなく」
……アニキの俊敏さは【合成Ⅰ】を果たしたチェバ◦コースでさえもスピード負けするほどだった。目にも追えない動きでいつの間にか腕や脚から吸血され、お返しに毒を注ぎ込まれていたのだ。
【恒等Ⅱ】が無かったらと想像すると――――寒気がするよ。
「爺や曰く『副長は自由人ばかり』らしくて、実際にコイツもかなり遅れて登場してきた。遅刻魔だったんだよね。……まぁ、アニキも状態異常専門だったから相性で勝てたけど」
「成程。……ならばもし、此奴がそうでなければ?」
「無理無理。一気に大逆転されてた」
「そうか」
「流石は魔王軍、しかも副長というのも納得の強さだったな」
「…………」
何か深く考えている表情とともに、神谷は頷いた。
「……それにしても、数原君に『遅刻』でいじられるとは此奴も憐れだ」
「黙っとけ」
アニキとの戦いの記憶を思い出しつつ、亡骸を麻袋に仕舞うと続いてギガモスの回収へと向かう。
「……見つけた。ギガモス」
無数の蟲兵の中、だらりと仰向けに倒れるギガモスの四肢。
「これが敵の大将か……」
「あぁ。軍団長ギガモス」
「……さぞ激しい戦いだったのだろう」
見るも無残、ボロボロになったギガモスの亡骸に神谷が呟く。
雷に焼かれて体は黒焦げ、焼け落ちた触角、パリパリに炭化して原型すら留めない大翅。
そして頭部はチェバ◦コースのトドメの鉤爪で首チョッパ。
狼魔獣人の全力が、彼女の亡骸に鮮明に刻み込まれていた。
「魔王軍の3軍団、その1つを統べる軍団長がこの……」
「あぁ」
「……もはや訊く迄もないだろうが、此奴の強さは」
「それはもう」
言うまでもないじゃんか。
だってそりゃあ、最後の最後に遥か上空まで逃げられてからの無差別殺戮【虫の息】だよ? 本当に終わったと感じたもん、あの時は。
そのせいで中盤のサモンド・スパイダーの一件とか記憶から消え去り始めてるし。
「ギガモスは強かった。それこそ一瞬で王都の全人間を一瞬で殺せるくらい」
「……それは真実かい? 鯖読んでいないか?」
「いやいや本当本当、マジで。下手したら僕達全員死んでたんだから」
「そうか……」
神谷が神妙な面持ちで呟く。
――――だが、その瞬間。
僕と互いに目を合わせていたハズの、神谷の鋭い眼光が……ほんの僅かだけ不自然に逸れた。
と同時、どこか拭いきれない違和感が僕の心の中に渦巻いた。
「…………」
「……さて数原君。事後処理を進めようか――――
「待って」
「ん、何だい?」
紛らわすかのように2枚目の麻袋を取り出す神谷。
だが……僕は、その目の奥に隠された彼自身の本音を、僕は聞かずにはいられなかった。
「何考えてるの。神谷?」
「……何とは?」
「今の気持ち」
「ふむ……現在は今後の予定で頭が一杯だな。亡骸を回収、上長に報告、それから――――
「その1個前。僕がさっき『僕達皆殺しにされるところだったんだよ』って言った時、どう思った?」
「……ああ」
その事か、と小さく首を縦に振る神谷。
「……しかし、何故訊くんだい? 答えは決まっているだろうに」
「いや……つい一瞬、感じちゃって。なんか後ろめたいって言うか、後ろ暗い事でも考えてるのかなって」
「後ろ暗い……?」
僕が感じた違和感……まさにコレだ。
「そんな事は無いさ」
「じゃあ何考えてたの?」
「……正直のところ、皆殺しという言葉には未だ実感が湧かない。そこは戦った君にしか分からないだろうけど、第二軍団の恐ろしさは十分に伝わった」
「……成程」
神谷が心情を呟く。
――――と同時、今まで感じていた違和感は確信に変わった。
「他には?」
「……っ」
分かるんだよ。僕には。
「もう一つ、考えてたこと」
「…………何故分かるんだい?」
「数学者の勘だよ」
……とは言っても、数学者の勘なんてモノはなく【真偽判定】様の思し召しだ。
神谷の心情を聞いた【真偽判定】が、『偽』と判定したのだ。
となると、神谷の心情に対して考えられる事実は2通り。さっき神谷の呟いた事そのものがウソだったか、もしくは――――
「もう1つあるんだろ? さっきのは建前で、本音が」
「……っ」
神谷が考えていた事は、もう1つある。
『x²=9 の解は?』に対して『x=3』だけじゃ、バツになるように。
『x=3, -3』と全部答えなきゃ、マルにならないように。
それこそが――――違和感の正体だ。
「……数学者の勘か。恐ろしい」
「数学者舐めんな」
「分かった。君にここまで問い詰められたのは初めてだ」
そして神谷は『違和感の正体』を、彼自身の本音を語ってくれた。
「……正直、これは口にしたくなかった。特に君には」
「僕には……?」
「ああ。恥ずかしながら正直を申せば――――『自己嫌悪』だ」
「じこ、けんお……」
完璧な鉄人クラス委員の言とは思えない単語に言葉が詰まる。
どうしてそんな、完璧鉄人人間の神谷が……?
「君が見違えるように強くなったのは何よりも嬉しい。特に『この世界』に来て仲間も行く当てもなく、孤独な君だったからこそだ」
「……おぅ」
「しかしだ。私も勇者、それどころか剣術戦士。戦ってこそ意義のある人間だ。そんな私が前線に立たず――――代わりに前線を任せているのは、非戦闘職の数原君だった」
「…………」
「何かおかしいと、この時……感じてしまったのだよ」
「…………」
まるで自身を責めるような神谷。
いつになく弱気な今日の彼に、どんな言葉を掛ければ良いか良い言葉が見つからない。
……けど1つ、言える事はあった。
「けどさ、神谷」
「……何だい?」
「前衛後衛なんて置いといてさ。……昨晩は神谷達が一緒に戦ってくれて、嬉しかった。何より助かったよ」
そうだ。
何十匹の黒カマキリを取り逃した時、あの状況でも冷静を保てたのは神谷達の存在に他ならない。
神谷達が居なければ、外壁を越えた黒カマキリはノーマーク。そのまま王族の間に突入してジ・エンドだったし。
ってか、そもそも何の予告も無く王都に現れて『今晩戦いが起こる』とだけ告げたのに僅か数時間後には既に準備バッチリ。王族はじめ要人をキッチリ守ってくれていたのだ。
「だからさ、僕も頭が上がらないんだよ。皆の協力と神谷の行動力には」
「……そう言われると困る」
自己嫌悪に苛まれていた神谷だったが、少し気が楽になったのか表情には僅かながら笑みが浮かんでいた。
「もし……もし、再び魔王軍が攻め入って来た時は、次こそは私も君の横で戦いたい」
「こちらこそよろしく。神谷が刀を振るうトコ、見てみたいな」
「勿論。その際には遺憾なく発揮しよう」




