23-20. 処理Ⅰ
という事で、僕達は戦いの事後処理にあたった。
やる事は3つだ。
第一に爺やの身柄をどうにかする。折角手に入れた重要な人質、ゾンザイに扱っちゃダメだ。それなりに丁重にお取り扱いしよう。
第二に軍団長ギガモス、副長アニキの亡骸を収容。コレこそが事後処理の中で一番大事な作業だ。「大将の首獲ったりー!」と、魔王軍に勝ったことを示す何よりの証拠だからな。
そして第三に……。
「……いや、アレはもうちょっと後だな」
「ん? 数原君、何だいアレとは」
「あー、今はまだ早いからさ。後で話すよ」
「……とても気になるのだが」
「まぁまぁ」
そう焦んなってクラス委員。
神谷にしては珍しくソワソワしてるじゃんか。
「その時が来たらちゃんと神谷にも伝えるからさ。あと色々手も借りたいし」
「そうか……了解した、時期が来たらいつでも言ってくれたまえ」
「オッケー。よろしく」
さっすが神谷、頼りになります。
という事で、早速やる事その1。
まずは爺やの身柄をなんとかしよう。
「数原君。君達が眠っている間に、捕虜の拘束は済ませておいた。完璧だ」
「しっかり縛っといたからね。全然動けないと思うよ」
「おぅ。ありがとな神谷、可合」
爺やの体は文字通りの縄でぐるぐる巻き、僅かな隙間も残さないほどのギチギチさ。露わになっているのは首から上だけだ。
爺やもぐねぐねと体を捩らせるが、縄は僅かも緩まない。
「碌に抗う力すら残らぬ老いぼれを縛り上げるとは。何とも容赦なき人間共ですぞ」
「黙っとけ。王都の人間を殺そうとしてた奴に言われたくないじゃんか」
こちとら危うく皆殺しにされるところだったんだぞ。アンタの上司に。
むしろ生かしてやってるだけ感謝して欲しいくらいだよ。
とまぁ、体の自由を奪われた爺やだが……いつまでもその辺に放っておく訳にはいかない。
縄抜けなり逃走なりされちゃ困るし、何より後々爺やには拷……ゴホン、尋問で色々と魔王軍の情報を搾り取るつもりだ。それまではしばらく大人しくしてもらいたい。
「という事だから……そうだな。爺やにはあの部屋で大人しくしててもらおうか」
「「あの部屋?」」
神谷と爺やが声を揃える。
「どこの事だい?」
「まぁまぁ行けばわかるさ。ココからすぐ近くだし。……って事で神谷、一緒に爺やを運ぶの手伝ってくれない?」
「勿論、了解した」
という事で、僕と神谷の2人掛かりで全身ぐるぐる巻きの爺やを「せーの」と持ち上げ。
可合の見送りと共に階段を下った。
「足下に気を付けたまえ数原君、此処から下り階段だ」
「オッケー」
折角ほぼ無傷で戦いを終えたってのに、ここで怪我をしちゃ目も当てられないもんな。
1段1段しっかり確認しつつ階段を下りる。
……そういえば、階段を下りてる時にふと思った事が1つ。
階段の最後の1段を下りきった後、更にもう1段あると思い込んで足を踏み出しちゃって……っていうの、階段あるあるだよね。あの膝ガクってやつ、きっと誰しも1度は経験したことがあるだろう。
あれ何で起きるんだろうね。不思議だ。
なんて事を考えているうちにも階段を下り終え、無事地上へ帰還。
閑散とした南門広場を横切ってお目当ての建物へ。
「ココだよ神谷」
「南門の詰所……あぁ、成程。あの部屋というのは彼処の事か」
「そういうコト」
ピンときた様子の神谷と一緒に詰所の扉を開く。
「失礼しまーす……」
「王都戦士団の神谷、失礼します」
「「…………」」
小さく開いた扉から恐る恐る挨拶してみるが――――中からの返事は無い。
「……あれ? お留守かな」
「いや。詰所には昼夜問わず数人が詰める決まりだが……」
ちょっとお邪魔して中を見回せば……なーんだ、居た居た。椅子やソファに合わせて4人の門番さんが。
だが皆揃って居眠りしていた。
「なっ、仕事中にも拘わらず居眠りとは!? 先輩方とはいえど規定違反だ!」
「いやいや神谷。コレは多分【眠鱗粉】だから」
そうだ。【恒等Ⅰ】で状態異常を無効化できたのはCalcuLegaと同級生だけ、それ以外の王都市民はまだ【眠鱗粉】で眠らされているんだな。そういえば王都もまだ廃墟のような静けさだったし。
「という事だから神谷くん、【眠鱗粉】の効果が切れるまではもう少し許してあげて下さい」
「そっ……そうだな。失礼した、先輩方」
全く、なんというか……真面目過ぎて逆に良くない面が出てるよ、神谷。
もう少し緩く行こう。
とまぁ、誤解が解けて神谷のお赦し(?)も貰えたので。
詰所にお邪魔した僕と神谷は、建物の奥へ。
「着いた着いた」
そして現れた、詰所の最奥にある部屋――――牢屋だ。
鍵付きの頑丈な扉。
ちょっとやソッとじゃ壊せない鉄格子。
明かり採りの窓にもしっかりと鉄筋。
縄でグルグルな上にこの環境なら、爺やを留め置くのにも安心だろう。
「それじゃあ爺や。ココでしばらく大人しくしとけ」
「決して脱走や反抗など考えない事だな」
「……大人しくするも何もですぞ。此処まで縛られては大人しくする他に無いですからな」
打つ手なしと笑う爺やを牢屋の中央に横たわらせ、扉の鍵を閉じる。
コレで事後処理その1・爺やの件は完了だ。
「それにしても、数原君。よく知っていたな」
「ん?」
牢屋の鍵を僕に手渡しつつ神谷が尋ねる。
……知っていたって、何を?
「牢屋の存在だ。多くの一般人は門番の詰所に牢屋が併設されている事など知る由も無いからな」
「あー。確かに」
「しかし君は何故知っていたんだい? ……まさか牢屋に入れられた経験なんて――――
「あぁ」
おぅ。
あるよ。
「……ん?」
「ココじゃないけど、フーリエ西門の詰所で一度お世話になってね」
そうそう。
あの時は門番さんの勘違いで牢屋に入れられちゃったんだよねー。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ。……投獄されたのかい?!」
「おぅ。されたされた」
ズルッと神谷の銀縁眼鏡が傾く。
口をポッカリ開いたまま表情が固まる。
「えっと、あれは確かー……2ヶ月ちょい前か。懐かしいなー」
「はぁ?!」
銀縁眼鏡の奥からホロリと一筋の涙が流れる。
……えっ、涙?
どうしていきなり――――
その瞬間、神谷の両手が白衣の襟を鷲掴みにした。
「何故……何故だ数原君ッ!!!」
「ぐっ! 痛ッ!?」
涙を振り撒きつつも歯を食いしばった……鬼の形相。
ナイフのように鋭いつり目が僕を睨みつける。
「えあちょちょ急になんだよ神谷――――
「寝坊遅刻居眠り他諸々の態度はともかく……数原君、私は君を素直で潔白な男だと信じていた! それなのに、それなのにっ!!」
白衣の襟を握る両手にグイと力が籠る。
コレが戦闘職の本気……僕なんかじゃ振りほどけない。
「待て誤解だって! 待って待って違うの――――
「駄目だッ!! 王国の法が君を赦しても私は君を許さないッ!!!」
「あいや違う――――かはッ……!!」
あ、ヤバい……! 呼吸が……首が絞まった……!!
酸素……意識が切れ……。
「クラス委員として同級生の非行は見過ごせない! 言いたまえ! 何を犯した! どんな犯罪に手を染めたんだい!!」
「ぐぅぅ……っ……っっっ!!」
答えるどころじゃない。
視界が暗く……コレはマズい……。
ヤバいヤバいヤバいヤバい…………――――
「冪下に張巡りしは分数の理も無き域――
――【冪根法Ⅶ】・ATK8」
「なっ……!?」
意識さえも朦朧としているのに、ひとりでに呪文を紡ぐ口。
……命の危険を察した【暗唱】が、僕の代わりに魔法を唱え。
神谷のATKに8乗根をお見舞いしていた。
「なっ、手に力が! 入らな……?!」
神谷の両手から力が抜け、ぐったりと床に倒れ込む。
絞まっていた喉を新鮮な空気が抜ける。
「ゲホッ、ゲホッ………………」
何度か咳き込みつつも、必死に身体は酸素を取り入れ。
段々と意識が戻る。
「何だ、何が起きているんだい!? ……まさかこの捕虜、何か強力な魔法を――――
そして、半ば混乱に陥っている神谷に。
優秀すぎるが故の頑固野郎に言い放ってやった。
「落ち着け神谷ァ!」
「ならば……ならば、この急な脱力現象は一体何だと――――
「数学者舐めんなァ!」
……くぅっ、第二軍団戦を勝ち抜いた矢先に危うく身内に殺される所だったよ。
ただでさえ疲労感と眠気でヘロヘロだってのに。
「……疲れた」
「申し訳ない数原君。私の早合点で……」
その後、とりあえず僕は爺やに「またすぐ来るから」と言い残し。
文字通りの90°のお辞儀を見せる神谷と一緒に詰所を出た。
「……本当に済まない事をした。許して欲しい」
「いいよいいよ」
さっきまでのデキる系男子高校生の風格はどこへやら、今の神谷はサラリーマンも納得の平謝りだ。
……しかしまぁ、彼の正義感と責任感は僕達にとって必要不可欠だ。神谷のリーダーシップにはいつも救われているしね。
たまぁに真面目さが溢れて暴走しちゃうけど、
「それよりさ、チャチャっと残りの事後処理を済ませちゃおう。僕もう早く寝たい」
「ああ。私も君の体力を無駄に消費させた分、全力で協力すると誓おう」
「おぅ。よろしく」
という事で、ぐったりしながらも僕と神谷は南門へと向かった。
さて、残る事後処理はギガモスとアニキの収容だ。
それを終えればやっと寝れるぞ……。




