23-22. 饅頭
「……んはっ」
意識が戻った。
ゆっくりと瞼を開く。
「…………夜明け、か……」
仰向けの身体、開いた目に映る明けの明星。
紫から赤のグラデーションに染まった空。
日の出は近い。
「んんと……確か」
未だに残る疲労感を全身で味わいつつ、昨夜の記憶を掘り返す。
えーと……あぁ、そうだ。
第二の蟲達を蹴散らして、ギガモスも倒して、爺やを生け捕りにして、それから……。
「あぁそうだ、そのまま……」
そのまま、余りの睡眠不足に耐えられず……ブッ倒れちゃったんだ。
ククさん達に跨ってフーリエから王都までの強行、その睡眠不足には抗いようもなく。
……って事は僕達、この肌寒い夜の草原で一晩寝通しちゃったって事か? しかも大雨でズブ濡れの白衣を着たまま。
あー。風邪引くぞこりゃ。
「……とりあえず着替えなきゃ…………」
疲労感の残る身体をなんとか奮い立たせ、石畳に手をついて起き上がる。
石畳に手をついて。
……ん? 石畳?
「えっ?」
掌から伝わる感触は柔らかな草のソレじゃなく、硬く頑丈な石そのもの。
……あれ、さっきまで僕達草原に居たハズじゃ?
「……毛布?!」
しかもいつの間にか毛布まで掛けられていた。
お陰でズブ濡れ白衣のまま一夜を過ごした割には凍える程じゃなかったのはこのため……?
「ってかココどこ? 一体何が……?」
繋がらない最後の記憶と現状。
寝起き早々、一気に不安に陥る。
……何が起きてたんだよ、僕が意識を失ってた間に!?
――――だが、その疑問の解はしばらく返ってこなかった。
返ってこなかったけど――――聞かずとも安心したよ。
「……おお、数原君!」
「起きたんだね!」
「っ!?」
すぐ背後から掛かる声。
ビクッと驚きつつも振り返れば、そこに立っていたのは良く知っている2人。
「……神谷、可合!」
「無事そうで何よりだ数原君!」
「もう、心配したんだよ!」
高校の同級生にして共に王国を護った男女の勇者、神谷と可合だ。
作業の手を止めてコチラに駆け寄ってくれた。
「大丈夫かい、何か悪い所は?」
「痛い所とかあったら治してあげるよ?」
上半身を起こす僕の背中を神谷が支え、可合は日本から持ってきた『救急箱』を右手に心配げな表情。
まるで怪我人のように手厚く気遣ってくれて嬉しい……けど、今の僕は大丈夫かな。
今回の戦いではコレといった傷も受けなかったしね。
「んー……ありがとう。僕は大丈夫、ケガも無いし」
「そっかあ。無事で何より!」
「君の無事、クラス委員として安心したよ!」
そう告げると2人の表情もスッと晴れた。
……心配かけて済まなかったね。
「それより神谷、可合、ココは一体……?」
「ああ、心配無用、外壁上の通路だ」
「外壁…………あぁ」
本当だ。落ち着いて見回せばどうってことなかった。
朝焼けに照らされた王城、それに所狭しと並ぶ無数の屋根、数ヶ月前と変わらない王都の景色が眼下に広がっている。
「草原で熟睡してた数原くんたちを見つけて、ひとまず安全地帯まで引き揚げてきたってとこだよ。毛布もあり合わせの申し訳程度だけどね」
「あー、納得。これで僕の記憶が繋がったよ」
「ならば良かった。……いや。草原に突っ伏した君達を発見した時には、私の心臓が止まるかと思ったが」
「ね。熟睡してるだけでよかったよね本当」
……それはそれは。
大変お騒がせしました。
「あ、あと。数原くんの近くに倒れていたコースちゃん達も一緒だよ」
「……あっ」
可合が指差す先には、仰向けで目を瞑ったシン、コースとチェバ、ダン、そしてアーク。
さっきまでの僕と同じく石畳に寝かされている。
「……あっ、モゾモゾ動き始めたよ!」
「本当だ」
彼らも丁度目覚めるところのようだ。
「……はっ、つい居眠りしてしまいましたっ!」
「ふあぁ。よく寝たわ」
「痛たたたっ、背中が痛てえぞ」
「んん。眠っ…………」
「くぅん……」
バタバタと飛び起きるシン、領主家のお嬢様よろしく優雅な目覚めのアーク、硬い石畳に寝ていたからか背中をさするダン。そして沢山活躍したコースとチェバはまだ眠そう。
うちの仲間は目覚め方も五者五様です。
「数原君。君のお仲間も全員無事そうだな?」
「あぁ。皆いつも通りだ」
「良し。……それならば!」
僕達全員の無事を確かめると、突然スッと立ち上がる神谷。
……えっ、急に何?
「おーい皆、聞きたまえ!」
興奮気味に右腕をブンブン振って大声を張り上げる。
と、反応したのは外壁上のずっと遠くで屯している人影。
「数原君達が目を覚ましたぞ!!」
「「「「「おっ!!」」」」」
神谷の声に反応し、こんな距離でも歓声がどっと響く。
……この声、間違いない。同級生だ。
「全員集合だ! 走れ!!」
からのクラス委員さんが一喝。
まるでマラソンのスタートのようにワラワラと駆け出すのが見えた。
……それから間もなく。
1キロは有りそうな距離をあっという間に完走した同級生に、僕達は取り囲まれていた。
「おう、皆久し振り」
久し振りの顔ぶれ。
テイラーでの迷宮合宿以来の再会だ――――
「久し振りじゃん数原クン!」
「元気してた、数原?」
「何はともあれ無事でよかったっス!」
「王都も守れたし一件落着だね~」
「私、けっこう心配したんだからね?」
「そういやフーリエに居たって聞いてたけど本当?」
「後で色々聞かせてよ、計介くん!」
「……かっこ良かった」
「初めて見たお仲間もいるのね。あとで教えてね」
「っていうかあの子オオカミちゃん、ペット? 従魔?」
……いやいや近い近い!!
おしくらまんじゅう状態じゃんか!
それに一度に声掛けられちゃ誰が何言ってるのか分かんないって!
「潰されちゃうよぉー!」
「大丈夫ですかコース!」
「かっ、神谷……なんとかして…………」
こんな状況に巻き込まれちゃ、目覚めて早々のコース達もビックリ間違いない。
ここはクラス委員に場を取り纏めてもらおう――――
「うわっ……きっ、君達、押すな押すな! 待ちたまえ! まずは落ち着いて、整列を――――
神谷もおしくらまんじゅうに巻き込まれてた。
クラス委員の一喝ですら誰の耳にも届いていなかった。
……あぁ、ダメだこりゃ。
しばらく収拾付かないや。
……けどまぁ、とにかくだ。
第二軍団も倒したワケだし、同級生ともこうやって無事に顔を合わせられたワケだし。
折角のこの盛り上がりに水を差すのも何だから、もう少しこのまま勝利と再会のおしくらまんじゅうを楽しもうか。




