5-1. 酒場
無事買取を済ませたシン、コース、ダンの学生3人は銀貨27枚もの大金を持ってギルドの建物を出た。
それに続いて僕も建物を出る。
さて、じゃあご飯と散魔剤を買って宿に戻ろう。部屋でのんびりタイムだな。
そう考えつつ、精霊の算盤亭に向かって歩いている途中でシン達が僕にこう言った。
「先生、何かお礼をさせて欲しいのですが」
ん? 突然だな。どうしたシン?
「僕、何かしたっけ?」
「いやいやいや、本当に助かりましたよー!」
「先生のお陰でこんなに俺らの稼ぎが増えたんだ」
「それなのに、お礼もしないなんて無礼は絶対に出来ません!」
あぁ、なんだ。そういう事か。
「気にすんな、シン。そもそも僕は君達の先生なんだろ? 先生は『教える』のが仕事だからな」
「で、でも……」
「はぁ……シンは真面目で良いけど、少し考え過ぎだな。その気持ちは言葉で表してくれればそれで十分だ」
「わ、分かりました……先生、ありがとうございます」
「先生、ありがとうー!」
「サンキュー、先生」
そうそう、それで良いんだ、シン。
コースとダンのフランクさを見習うと良いぞ。
「どういたしまして」
それでもシンの表情は未だ曇ったままだ。
何かが心に引っ掛かっているんだろうか。
しかし、あれだな。
シンこそが本来在るべき姿勢なのかもしれない。
日本には義務教育があり、少なくとも小中学校には通うものだ。そのぶん、『先生に学ぶ』という事に慣れてしまっている。
その為か、僕ら日本人は先生に対する『感謝』の気持ちってのが薄れてるのかもしれない。
こう、もっと先生に感謝の気持ちを持つべきなのかな。
なんだか、普段の僕では絶対に考えつかないであろう悟りを開いてしまった。
今まで僕は単なる高校の生徒であったが、今や彼らの先生でもあるのだ。
これが『立場が変わるとモノの見方も変わる』ってやつなのかな。
僕も日本に戻ったら先生に感謝の意を伝えようかな。
覚えていたら。
さて、ちょっと話を戻そうか。
シンはこのままじゃ納得がいかなさそうだな。
まぁ、仕方ないよな。僕ら日本人とは違って、こっちでは『先生』という概念にすら慣れてないかもしれない。
じゃあ……こうするか。
「さて、シンがそこまで何かしたいって思うんなら……パーティーでも開いてくれよ」
「パーティー……? でも、何かお祝い事って————
「僕と君達が先生と学生になったんだ。しかも君達は自力で精霊の算盤亭にも泊まれるようになった。野宿を卒業したんだ。色々祝うべき事はあるだろう?」
「確かにー」
「俺らの卒業祝い兼、入学祝いだな」
上手いこと言うな。
「ダンの言う通りだな。じゃあ、どこか良い店紹介してくれよ、シン」
「そ……そうですね! じゃあ、今日は私達のオススメの居酒屋に案内しましょう!」
おぉ、居酒屋か。こっちの世界にもあるんだな。
まぁ、4人とも中高生なのでソフドリ限定だろうけど。
お酒はハタチになってからだ。
「お、あそこだなシン。あそこなら夜遅くまでやってるからな」
「いいねー!」
ダンとコースもお薦めする居酒屋か。
それは期待できるな。
という訳で、宿に着いたら白衣の散魔剤洗浄だけ済ませ、そのまま4人で居酒屋へと向かった。
件の店は、まさかの精霊の算盤亭から歩いて2分の所にあった。
その名も『居酒屋 箱髭』。
どっちかと言うと大衆酒場って感じの店だな。
こんな店が近くにあったなんて、今まで知らなかったよ。
「それでは、計介先生への入学と野宿の卒業をお祝いしまして……乾杯!」
「「「カンパーイ!!」」」
全員でコーラっぽい飲み物入りの木樽ジョッキをコツンと。
勿論ノンアルだ。
全員、ゴクゴクッと喉を鳴らしてガブ飲み。
「ップハー、やっぱり狩りの締めはコレだねー!」
「おぉ、これ美味しいな!」
「だろ、先生! なんたって俺らのオススメだからな!」
そうだな。王都に関しては君達の方が先輩だ。
「さて、じゃあ食べ物も色々注文しますか!」
「おぅ、頼んだぞシン。今日のパーティー代も僕が出してやるから、遠慮せずに頼んでくれ!」
「「「ありがとうございますっ!」」」
そんな感じで、昨晩はパーティーを楽しんだ。
彼らはトリグ村での思い出話や、村に伝わる伝説とかを話してくれた。
『辺境の村だ』と彼らは言うけど、話を聞くと結構賑やかだな。僕も少し行ってみたくなったな。
その時は彼らの親にも挨拶しないとな。家庭訪問だ。
代わりに僕も故郷の話を振られたので、日本の話を色々してやったな。
まず、海に囲まれた小さな島国である事。海産物が美味しかったり、夏には海で泳いだりするんだって事を話した。
彼らは山育ちなだけに海を見た事が無く、『羨ましいー!』とか『一度行ってみたいです!』とか言ってた。
次に、電車や車について。凄いスピードで移動できる車があるって事を伝えた。
まぁ、はっきり言ってこちらの世界には魔法があるのだ。自動車の再現くらい難くないだろうって思ってはいたんだが、彼らの返答はその上を行っていた。
『え、それって……まさか、【光速移動】くらい速い車ですか?』
………………マジですか。そう返されるか。
残念ながら光速に達する電車や車は無いな。
まだSFの世界だ。
「ごめん、【光速移動】の実物を見た事ないけど、多分そこまで速くはない」
「アレは目的地まで瞬間移動だからな。そのぶん、エゲツねえ程の魔力を喰うようだが」
うん、そうだったね。こちらの世界には魔法があるんだった。日本が最強最高だって訳じゃないのだ。
ちなみに、【光速移動】は名前の通り、光系統魔法の一つであるらしい。他には風系統魔法の【音速移動】、各系統魔法の【高速移動】があるらしい。
そんな感じで話に花が咲き、パーティーは夕方から夜を過ぎ、夜更けまで続いた。
コースが船を漕ぎ始めた所で、そろそろ御開きとすることにしたのだが。
時計を見ると、時刻は丁度2時。
「うわっ、マジかよ。もう2時か」
「ホントだ。時間って進むのが速いですね」
「そりゃコースも眠い訳だな」
そんな訳で会計を済ませ、ダンがコースを背負って徒歩2分の精霊の算盤亭へと戻った。
おやすみなさい、とお互いに挨拶を交わしてそれぞれの部屋へと入る。
ハァー……部屋に戻ると、途端に疲れがドッと押し寄せてくるな。
現在時刻は2時過ぎ、普段なら既に夢の中な時間なのだ。
さて、じゃあ僕も寝ようか。
色々と寝る準備を済ませ、ベッドダイブだ。
ハァー……フカフカだ。気持ち良い。
こんな時間にも宿の受付にオバちゃんが居て驚いたのを思い出しつつ、意識を落とした。
 




