18-14. 基地Ⅰ
「お店スペースを、秘密基地にするの!」
コースが口に出したアイデア、それは……秘密基地。
今までの『お店』とはまるでかけ離れた、突拍子もないアイデアだった。
「「「「…………秘密基地?」」」」
「そーだよ!」
僕達の頭もそのギャップを乗り越えられず、思考が止まる。
……んだけど、実はそう突拍子もない訳じゃなかった。
いや、むしろ名案だったんだ。
「秘密基地って……?」
「私たちが魔王軍をブッたおすための、秘密基地だよ!」
「……魔王軍、か」
「そーそー! この前みたいに魔物がドワァーッと攻めてきても大丈夫だし、魔王をブッたおす作戦も立てられるし、それに……先生の勇者のお仕事ももっとハカドると思うの!」
「……成程!」
――――そうだ。
王国はもう3回も襲われている。王都南門事件、テイラー迷宮襲撃事件、そしてフーリエ包囲事件。
どれも結果的に勝ったとはいえ、王国は防戦一方の状態だ。
となれば……魔王を倒すためには、いずれこの現状をひっくり返さなきゃならない。
逆にコチラが魔王軍に攻め入るくらいの、準備を進めなきゃならない。
そんな時には絶対必要になる。
コースの言ったとおり、作戦の拠点となる場所が……――――秘密基地が!
「良いじゃんかコース! 秘密基地!」
「でしょでしょ! サイコーのアイデアだよねー?」
「あぁ。最高だ!」
こうすればきっと、押され気味のこの状況を逆転できる。
魔王の討伐への1歩になる。
……どうして今まで思いつかなかったんだ、って思うくらいだよ。
「それでは先生、店舗スペースは『秘密基地』で決まりですか?」
「おぅ、そうだな。……ただ」
僕の独断で決めちゃうのも何だし、4人の意見も聞いておきたい。
「シン・コース・ダン・アーク、皆はどうだ?」
「私は賛成です!」
「俺もだ。コースにしちゃ良い事言うじゃねえか」
「ケースケがそうするのなら、わたしはそれに着いてくだけ」
「そうか」
3人は異論無しのようだ。
それじゃあ、最後に……。
「もっちろーん私も賛成だよ! コッチの方が、お店を開くよりもたくさんのフーリエの人をニッコリにできるしね」
「……成程、ニッコリか」
ブレないコースの信念に、思わず笑ってしまった。
「……だけどなコース。魔王を倒せば、フーリエ市民どころかもっと沢山の人々をニッコリにできるぞ」
「もっとたくさん……ってどのくらい?」
「そりゃあもう、王国中だよ」
「ホントー!?」
「あぁ」
……という事で。
今の話に関して誰も異議は無い。
コースのために作ってもらった部屋だけど、彼女自身も納得している。
店舗スペースの使い道は――――決まった。
「よし。今日からココは……自宅兼、秘密基地だ!」
「「「「おう!」」」」
そうと決まれば、ココからは早い。
「そんじゃあ先生、内装はどうすんだよ?」
「うーん、内装か……」
まずは、店舗スペースの内装決めだ。
全員でスッカラカンの店舗スペースに映り、部屋を見回しながら考える。
秘密基地といえば……小学校の頃には定番の遊びだよな。
僕も近くの空き地でアキとそれっぽい事をしてたよ。
腰ほどの高さに無数のボタンやレバーが並んだ機械が置いてあって、その中には押しちゃダメ感満々のカバー付きボタンもあって、そして正面の壁は巨大なスクリーンになっていて何かを映している……みたいなロマン要素溢れる秘密基地は無理だもんな。さすがに。
憧れちゃうけど。
「部屋の広さ的にも、余裕はそうないもんね」
「あぁ」
部屋のサイズは僕達の1人部屋よりもちょい狭い、8畳間以上10畳間未満ってところだ。
アークも言った通り余裕はそう無いし、必要な物から考えていこう。
「とりあえず必要な物から挙げていこう」
まずは何と言っても作戦会議用の机と椅子だよな。
食事用のダイニングテーブルじゃ大きい地図は十分に広げられないだろうし、その位の机が部屋の真ん中にババーンと欲しい。椅子も5脚……いや、とりあえずチェバの分も入れて6脚用意しておこう。
机で
次に黒板かホワイトボード。
学校は勿論、刑事モノの捜査会議、スポーツの作戦会議とかでも必須の便利アイテムだ。ぜひ壁に設置しよう。
本棚とかも有るといいよな。
フーリエ鉱山事務所でも見たように、資料が沢山手に入ってくると必要になってくる。
あと本棚があるだけで『秘密基地』感が湧くので雰囲気作りにもモッテコイだ。
雰囲気と言えば、部屋の隅に観葉植物とかを置くのも悪くないな。
そういえば数原家にはリビングの隅にベンジャミンが置いてあったし、そういうのが有っても良いだろう。
まぁその辺はお任せって事で。
あ、そうそう。あと窓に掛けるカーテンも用意しておこう。
秘密基地から秘密が漏れるなんて、そんなの笑い話にもならないもんな。
「……他に何か必要な物はあるか?」
「無さそうですね」
「それでバッチリだよ!」
「大丈夫そうだな」
「それでいいと思うわ」
「おぅ」
今挙げられた物を脳内に召喚し、ポンポンと配置して完成後の部屋を想像してみる。
真ん中には大きな机、椅子が6脚、壁に黒板、本棚、カーテン、そして観葉植物……。
「……なんだか質素だな」
そして出来上がったのは普通の会議室。面白みに欠けるどころか、むしろ現実的過ぎて悲しくなってしまった。
ロマン溢れる秘密基地なんて所詮夢のまた夢だった。
「……けどまぁ、仕方ないか」
別にお客さんを迎え入れる訳でも無いんだし、ぶっちゃけ予算なら幾らでもあるのでリフォームしたくなったらすれば良い。
シンプル・イズ・ベスト。今はコレで行こう。
内装が決まったら、今度は必要な物の仕入れだ。
分担してそれぞれ仕入れよう。
「それじゃあ……シンとダンは家具担当で。良さそうな机、椅子、本棚とカーテンを探して来てくれ」
「承知しました!」
「おう! 任せとけ!」
家具系統はしっかり者の2人にお願いする。
彼らに任せておけば失敗しないからな。
「アークは僕と黒板担当で」
「分かったわ。……けどちなみに、黒板はどうやって手に入れるつもりなのかしら?」
あぁ、それなら考えが有る。
「トラスホームさん経由で大工のオジサンにお願いすれば、きっと黒板ぐらいチャチャッと取り付けてくれるだろ」
「なるほどね」
あの大工のオジサン、アフターサービスも完璧だからな。
良い人とのコネを得たもんだ。
「ねーねー先生! 私とチェバは?」
「あー、そうだな……」
最後にコースだけど……彼女に大事な仕事はちょっと任せられないので、代わりに特別任務を与えよう。
「……2人と一緒に観葉植物を探してきてくれ」
「はーい!」
「きゃん!」
さて、果たしてコースとチェバはどんな観葉植物を選ぶのでしょうか。
とても気になる所だけど……それは彼女に任せて、僕とアークは自分達の仕事に取り掛かろう。
「それじゃあ……3人とチェバ、あとは宜しく!」
「「「はい!」」」「きゃんッ!」
その後。
フーリエ市街地の方へ向かう3人と1頭とは一旦別れ、僕とアークは領主屋敷へ。
30分程で領主屋敷に到着し、自由解放されている噴水付きの広い庭園を通り抜ける。
衛兵さんの立つ領主屋敷の玄関も顔パスで素通りし、屋敷に入ると使用人さんがトラスホームさんの執務室へと案内してくれる。
「「お邪魔します」」
「どうぞどうぞ、ケースケ様、アーク様」
……顔パスの力って凄いなと思いつつも、アッサリと執務室へと入室。
今日も紺色のスーツでピシッと決めたトラスホームさんが執務机に座っている。
「本日は如何様でしょうか?」
「実は、トラスホームさんにお願いしたい事が有りまして」
「左様ですか! 私に出来る事ならば是非、何でも御申し付け下さい!」
執務机の前に歩み寄ってお願いを告げれば、頼もしい言葉が返ってくる。
……そう言ってくれると助かります。ココはお言葉に甘えさせて頂こう。
「大工のシェバさんに、我が家の店舗スペースの追加工事をお願いしようと思いまして」
「御安い御用です。私に御任せ下さい!」
するとトラスホームさん、机の端からメモ帳を取り出す。
「……では、工事内容は何と御伝えしましょうか?」
「えーと……あの店舗スペースの壁に黒板を設置してもらいたいなと」
「成程、壁に黒板を設置っと……承知しました。直ぐ御伝えします」
「「ありがとうございます」」
「いえいえ。ケースケ様方の御力になれて幸いです」
そう言うと、トラスホームさんは書いたメモ帳のページをビリッと破り使用人さんに手渡す。
「……ところでケースケ様、アーク様。不躾ながら一つ質問を宜しいでしょうか?」
「勿論です」
「ええ」
……質問か。何だろう?
「店舗スペースの追加工事という事は、ついにお店が決まったという事ですね?」
「はい」
「では……もし宜しければ何屋を開かれるのか御聞かせ願えませんか?」
「勿論です」
トラスホームさんには色々と御世話になってるし、僕達の方からも是非ご報告しとかなくちゃ。
「わたし達、あのスペースを『秘密基地』にする事にしたの」
「……秘密基地!? お店ではなくなったのですか?」
「ええ、実はね」
まさかの答えに驚きを隠せないトラスホームさん。
……ごもっともな反応だ。
「魔王軍に関する情報を集めて、作戦を立てるための基地にしようって事になって」
「左様でしたか。……いや意外ではありますが、誠に素晴らしい!」
「折角『店舗スペース』っていう名目で改築してもらったのに、勝手に方針転換しちゃってすみません」
「とんでも御座いません! 寧ろ、この冒険者不足のフーリエに勇者様方の拠点が出来ること……とても嬉しく、そして心強く思います」
驚きから一転、段々と笑顔と安堵の表情を浮かべるトラスホームさん。
……確かにフーリエの冒険者不足は一向に改善しないもんな。僕達だってこれからもフーリエの力になれれば幸いだ。
「私のコネや領主ネットワークを使えば、魔王軍に関する情報もそれなりに手に入ると思いますので。是非是非、私の方も協力させて下さい!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
おぉ! それはありがたい。
強い味方が出来た気分だ!
さて。
トラスホームさん経由で黒板の工事の話は付いただけでなく、強いバックアップも手に入った。予想以上の収穫だ。
となれば、これ以上トラスホームさんの邪魔をしないようにサッサと退散しよう。
「ではトラスホームさん、宜しくお願いします」
「無論です。御任せ下さい」
「「失礼しました」」
そう言い、アークと2人で執務室を出る――――
「ああ、最後に」
「……ん? 何でしょうか?」
扉が閉まる直前、トラスホームさんに呼び止められる。
「その基地では……ギルドで溜まっている高難易度依頼の指名依頼、御引き受け下さりますか?」
「「…………はい」」
さすがにノーとは言えなかった。
クソッ、僕達をパシリに使う気だな。
このちゃっかり領主め!




