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数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで  作者: ほい
0. 召喚(プロローグ)
4/548

0-4. 召喚

木曜日の放課後。

16:35。


もう陽も暮れはじめ、空はオレンジ色。

だいぶ暖かくなったとはいえ、まだ日の入りは早い。




「あー、やっと7限が終わった……」

「お疲れさん、計介」


そんな夕方の校門を出た僕は、『友』と2人並んで大通りを歩いていた。





「あー……眠っ」


……とにかく眠い。

ベッドに横になったら即寝れるな、コレ。




「全授業で寝てる奴が言う事かよ」

「体育の授業寝てないし」

「ハァ……そういう揚げ足取りは要らねぇから」


普段は授業中に寝て体力を回復するんだけど、今日は昼休み含め午後は眠れなかった。完全にチャージ不足だ。

木曜午後の授業は順に体育・英語・化学。体育は無論寝れないとして、英語と化学はちょうど今日提出のやり忘れてた宿題を消化。コイツに写メを送ってもらい、ひたすら宿題の写経だったからな。






ま、まぁ……宿題がどーのこーのは良いとして、だ。

コイツの名前は秋内品行(あきうち しなゆき)。僕は昔からアキって呼んでいる。


僕の友達の中では最も親しく、付き合いは小学校以来。

身長は僕と同じくらいで、髪と瞳は割と薄めの茶色。

クラスの中でも真面目でしっかりしている子で、成績も上の中だとか。

そんなアキの得意教科は、数学。本当に僕と正反対だ。


面倒くさがりな僕に対して真面目なアキ、数学嫌いな僕に対して数学得意なアキ……、本当に正反対なんだけど、何故かうまく噛み合って仲良くしている。

なんでなんだろう……?


ところで、アキの進路は文系の商学部志望。受験に不要だからって数Ⅲこそ取ってないけど、英語と化学は僕と同じクラス。なので今日の宿題もなんとかなった。

さっきの『数Ⅲをとらなかった友』ってのはコイツの事です。



……まぁ、アキについてはざっとこんな感じだ。






「……あぁ、そうだアキ」

「ん? どうした計介?」


さっきの宿題のお礼、ちゃんと言っとかないと。



()()()マジでありがとう! 英語と化学の宿題、助かったよ」

「『今日も』だろ?」

「そうだったそうだった…………()()()マジでありがとう! 英語と化学の宿題、助かったよ」

「……まあ、今更気にしちゃいねぇけど」


……アキに宿題を写させてもらっているのは小学校からずっとだ。

悪いことだとは分かってるけど、ホントに毎回毎回ありがとうございます。






「それより計介、今晩ちゃんと準備しとけよ」

「準備……?」


何かあったっけ……?



「召喚だよ召喚。もう忘れちまったのか」

「ゲッ……」


危ない危ない、忘れてた!



「その調子で忘れてて、気づいたら0時になって重要物(キーアイテム)がゲーム機になりましたー、とかシャレにならねぇからな」

「…………ありそうで怖い。というかフラグ」

「駄目だから! そりゃマジで駄目なヤツだからな!」


どうやったら『ゲーム機』で世界を救えるかな。

それもまぁ、面白そうだけどね。


……ちなみに、アキも勇者召喚される(予定の)一人だ。

彼もまた、僕と同じく精霊様に快諾したそうだ。




「でだ、計介。重要物(キーアイテム)はもう決めたか?」

「いや、全く。…………それこそゲーム機になるかも」

「冗談になってねぇから」

「えー…………でも、中々決められなくない? 『1つだけ』な訳だし」

「まぁな」


『何でも1個持っていける』、ってのを言い換えれば『1個しか持っていけない』。

そう考えると決断をためらっちゃうんだよなぁー……。




「……寧ろ、『手ブラで来てください!』って言われた方が良かったかも」

「そんな事はねぇだろ。さっさと決めやがれ」

「……じゃあさ、そう言うアキは決めたの?」

「おぅ」


……マジかよ!?



「というか、要は考え方だ。ヘタすりゃ『1つ』と言わず、幾らでも持っていけるかもしれねぇ」


……嘘だろ!?



「……まさか何かのチート?」

「んな訳ねぇだろ。要は考え方だッつーの」


考え方、かぁ。



「…………ちなみに、どんな感じで?」


そう尋ねると、何かを企んだようにニヤリと笑顔を浮かべるアキ。




「……聞きてぇか、計介?」

「勿論」


そして、アキの『考え方』を聞いた。






「俺は……キャリーケースにする」



…………キャリーケース?




「そうだ。食糧や水、服、寝袋だの沢山詰めた、デケぇキャリーケース。キャリーケースを『1個』な」


…………マジかよ!

そういう事!?



「確かに『1個』だわ。それなら……」

「だろ?」


……それが出来たらやりたい放題じゃんか。



「……ズルな気もするけど」

「知るかよ。何でも好きなものを1個、あの女神様の仰ったルールに則ったまでの事だぜ」

「…………」


もしコレが成功すれば、頭の良さがズル賢さにまで発達したアキの作戦勝ちだ。




「まぁ、流石はうちのアキさんだ。頭のいい作戦なことで」

「お前のモンになった覚えは無ぇ」

「はぁ………もしもその脳が理工学を志望してたら、僕の数Ⅲも敵無しだっただけどなー……」


……思わず、心の声が口から出てしまった。




「……数Ⅲなら前に渡した参考書が有んだろ。アレを使って頑張れ」

「あぁ、アレかー……」


参考書——――『僕が数Ⅲを取る』って知ったアキが、自身の使ってた参考書をお古でくれたヤツだ。

……とはいいつつ、まだ貰ったっきり開いてもないんだけど。



「アキも一緒に数Ⅲ、受けない?」

「無理だわ。流石に数Ⅲを取る程の余裕は無ぇよ」

「…………そうっすよねー……」


ハァ……やっぱり、僕一人でなんとかしなきゃいけないのか……。




そんな話をしながら、僕とアキは夕暮れの大通りを歩いていった。

5月の夕方は暑くもなく、かといって寒くもない丁度良い季節だった。











やがて、朝も通った路地の前に到着。

いつもアキとはここでお別れだ。



「じゃあな。マジで気をつけろよ、今晩」

「分かってるってアキ。ホントに召喚されたらその時はそっちでも宜しくね」

「ハハッ、まぁ状況にも依るから確約はできねぇな」

「おう。じゃあ」


最後に軽く言葉を交わすと……お互いに、手を挙げ。




「「また明日、異世界で」」



アキは大通りへ、僕は路地へと別れた。






「…………うぅっ、眠っ」



……アキと別れるや否や、午後の睡眠不足による疲労がドッと押し寄せる。

あぁ……眠い。



「とにかく早く、ベッドに……」


昼寝の欲求で頭を一杯にしつつ……朝通った道をクネクネと戻り、数分で家に到着。

ドアノブを握り、玄関の扉を開く。



「着いた…………」

ガチャンッ


……開かない。鍵が掛かってる。

誰か帰ってくれば鍵は開いているハズだから、まだ誰も帰ってきてないようだ。




カチャッ

「ただいまー……」


鍵を開けて家に入り、うがい手洗いを済ませ、部屋着に着替えてさっさと2階の自室へ。




「うはぁぁぁ……疲れたー…………——――


ベッドが目に入った瞬間、僕はダイブするようにベッドへと落ちた。




…………意識も、一瞬で落ちた。





















「……はっ」


目が覚めた。


うーん、若干の疲労は残っているけど、気持ちが良い。

やっぱり昼寝は最高だな。




「……さてーっと………………」


段々と意識が覚醒してくると、部屋はもう真っ暗。

窓から月明かりが差し込むだけになっている。



「いっけね、もう夜か」


……ちょっと寝過ぎちゃったかもな。


結構腹も減ってるし、夕食の時間はもうとっくに過ぎちゃってるかもしれない。

さて、1階に降りて夕食でも食べに行こうかなー……。




「ぃよっと」


そんなことを考えつつ、ベッドから立ち上がって部屋を見回す。




「……んっ、アレは…………」


ふと、勉強机の上で月光に照らされた分厚い『参考書』が目に入る。

グチャグチャに資料が山積みされた、その一番上に置いてある本だ。



「アキから貰ったヤツ…………」


さっきの帰り道の会話を思い出しつつ、手に取って表紙を見てみる。




===========

これ一冊で算数から高校数学まで分かる本

===========




「道理でこんなに分厚い訳だ」


小学校の算数レベルから纏めてあるのか。

国語辞書レベルの厚みがあり、結構ずっしりとくる。




「………………ハァ、数Ⅲかぁ……」


危機的状況に陥っている数Ⅲを思い出し、思わず溜息がこぼれる。


——――今までの勉強はなんだかんだ他人に頼っていた。

——――けど、今回は。


——――数Ⅲは、誰にも頼れない。




「自分で頑張るしかない、か……」



そう呟くと……ふと、視線が参考書から机上のデジタル時計へ移る。






===========

23:59:54

===========


もうすぐ0時か。

そりゃ外も真っ暗な訳だ。

さて、夜はまだまだ始まったばかり。夕食を食べたらゲームでも————






——――ん?


0時……?

ゲーム…………?






「あっ…………!!」






===========

23:59:55

===========



その瞬間、召喚の件が再び頭の中に溢れ返る。



「……ヤバい、忘れてた!!」


……召喚だよ召喚!


本日二度目の冷や汗。しかし今回は昼の比ではない。


召喚まで5秒、なのに一切の準備をしていない。

全身の毛穴という毛穴がブワッと逆立ち、大量の汗が噴き出る。

半ばパニック状態に陥り、身体が動かない。






===========

23:59:56

===========



「ヤバいヤバいヤバいヤバい…………」


面倒くさがりである僕の頭が、エンジン全開で思考と後悔を繰り返す。


……空腹で旅立つなんてあり得ない。家に着いて予め何か食べておけば良かった。

服装も部屋着のままだ。せめて制服の方が何かと役に立つかもしれない。

この先何が起こるかもわからないのに、家族にも何も伝えられなかった。メールでも送るべきだった。



そして……重要物(キーアイテム)さえも決まってなかった。






===========

23:59:57

===========



——――完全に準備不足。

——――コレは詰んだ。



そう察するや否や、僕の脳は方向転換し、現実逃避に走り始める。


……そうそう。アレは飽くまで『夢』だしな。

……異世界召喚? そんなの作り話だって。

……本当に起こるなんて事、有る訳ないさ。



その瞬間、緊張が少しばかり解ける。





===========

23:59:58

===========



しかし、そんな僕の現実逃避は、一瞬にして砕き割られた。




ピカッ!!

「なっ…………!?」


突然、床からじんわりと白い光が溢れ出す。

僕を中心に、星とそれを囲むような円が白い光の線で描かれていく————魔方陣。


それを見た瞬間、『召喚が本当に起こるんだ』と悟った。

と同時……、自業自得とはいえ準備ゼロの僕自身に嫌気がさす。






===========

23:59:59

===========



そして……希望すらも否定された僕は、完全なパニックに陥る。


頭が真っ白になる。何も考えられない。


魔方陣の光が段々と強くなっていき、反射的に目を瞑る。



そんな中で出来たのは……後悔を叫びに変えることくらいだった。






「クソオオオオォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」











===========

0:00:00

===========



時計の表示が切り替わった瞬間……魔法陣の光は僕の部屋を満たし、僕を異世界へと連れていった。











————————手にした、参考書とともに。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
皆様のご感想もお待ちしております!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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小説を愛する皆様の心に、
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現実とかけ離れた世界を楽しみたい皆様の心に、
そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
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