18-12. 一括
さて。
シンとダンが新しく手に入れたユークリド鋼製の武器。
その驚くべき鋭さとタフさには、2人も思わず畏怖を覚えるほどだったんだけど……。
「それじゃー……魔物狩りのスタートだよ!」
「「おう!」」
時間がたってしまえば、畏怖なんてモンは光の速さでどこへやら。
魔物狩りの始まりだ。
「シン! ダン! 行っくよー!!」
「おう!!」
「勿論です!!」
「チェバもついてきて!」
「きゃんッ!!」
この瞬間を今か今かと待ちわびていたコースも加わると、3人と1匹は獲物を求めて砂漠へと駆け出すのでした。
「相変わらずみんな元気ね」
「あぁ。……僕達も行くか」
「ええ」
さぁ、僕達も置いて行かれないようにしなくちゃ。
そんな3人と1匹の背中を見つつ、砂漠を追いかけていると。
「……あっ。忘れてました」
シンが急に立ち止まって振り返る。
……どうしたんだろう?
「先生!」
「ん、どうしたシン?」
「私達にステータス強化を下さい!」
あぁ、成程な。
「はいはい。……それにしても『ステータス強化するな』だの『しろ』だの面倒なやっちゃなー」
「すみません」
「冗談だよ冗談」
……とまぁ、そんな冗談は置いといて。
早速ステータス加算だ。
「折角だから僕とアークとチェバも一緒にステータス加算を掛けちゃおうか。一気に6人分いくぞ」
「お願いします」
「先生よろしくー!」
「おう。頼むぞ」
「よろしくねケースケ」
「はいはい」
……さて、ココからが僕の大変な所なんだよな。
同じ魔法を6回も唱えなきゃいけないとか本当に面倒だ――――
とか言っていたのは、もう昨日までの話。
今日からは1回きりで十分だ。
「【冪乗術Ⅱ】・all3 for ens.All!」
そう唱えれば、皆の身体が揃ってピクッと動く。
「おっ、来たぞ!」
「いつも通りの感覚ですね」
「やっぱりコレじゃなきゃー!」
「くぅぅぅん……?」
そう言いながら手をグーパーして身体の感覚を確かめるシン達。チェバはステータス加算の感覚に慣れてないからか、不思議そうな表情を浮かべている。
……よしよし。ちゃんと1発で皆にステータス加算が行き渡ったようだ。
「それにしても……ケースケの唱えた魔法、今回はやけに短かったのね」
「まぁな」
……そうそう。
強くなっているのは何もシンとダンだけじゃない。僕だって陰ながら少しずつレベルアップしているのだ。
∋∋∋∋∋∋∋∋∋∋
……あれは、昨日の夜の事。
『【集合】……!』
新しい魔法、【集合】を手に入れた僕は、練習問題ソッチノケで早速魔法の効果のチェックをしていた。
『【状態確認】!』
ピッ
ピッ
ピッ
ステータスプレートをピピッといじり、【演算魔法】一覧のページから【集合】を探し出す。
『おっ、居た居た』
……さて。【集合】、一体どんな能力だろう?
やっぱりチート級の強さだと良いな。チート来い。チート頼むっ!
『……さあ来いッ!』
そんな期待を丸出しにしつつ……【集合】の文字に触れ。
魔法の詳細説明を呼び出した。
ピッ
===【集合】========
魔力を消費して、任意の集合を任意の記法にて表示できる。
※【状態操作Ⅵ】との併用による効果
任意の対象を要素とした集合を定義できる。
集合に対して【演算魔法】を発動したとき、その効果を属する全要素に同時一括付与する。
===========
『……こっ…………コレはッ!!』
説明文に目を通していくうちに、どうやら『チート』じゃないってのは察した。
んだけど……視点がある一点で釘付けになる。
『同時一括付与……ッ!!』
――――そう。
昨晩ゲットした【集合】は、いわゆるチート魔法ではなかった。
だからと言って、決して残念魔法でもなかった。
むしろ逆。
コレこそ正に僕の欲しかった魔法だ。
戦闘前に【冪乗術Ⅱ】【冪乗術Ⅱ】【冪乗術Ⅱ】【冪乗術Ⅱ】って何度も唱えなければならなかった地味な苦痛から、僕を解放してくれる救世主。
同時一括付与。
『……コレは良い!』
痒い所に手が届いたと、そう感じた瞬間だった。
⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥
その後、僕は早速集合を定義しておいた。
今定義してあるのは全部で2つ。数学流メンバー表で表せばこんな感じだ。
ens.All = {僕,シン,コース,ダン,アーク,チェバ}
ens.Trig = {シン,コース,ダン,チェバ}
念のため ens.Trig も作っておいた。トリグ村出身の幼馴染3人組、ついでにチェバ付きです。
(ens.Trig) ⊂ (ens.All) っていう部分集合の関係になるな。
……まぁ、そんな話の脱線は置いといてだ。
「ねーねー先生、もう行ってきていいー?」
「おぅ」
とにかく、【集合】の同時一括付与のお陰で全員ステータス加算はバッチリ。
戦闘準備完了だ。
あとは好きなだけ暴れればいいさ。
「好きなだけ狩って来い!」
「はーい!」
「おう! 狩りまくんぞ!」
「行ってきます!」
「きゃんきゃんッ!!」
それからの事。
3日振りとなる彼らの魔物狩りといえば……もう壮絶だった。
「【氷放射】ー!!」
シュシュシュシュッ!!
砂漠を縦横無尽に駆け回りまくり、魔法を放ちまくるコース。
……尽きる気配の見えない彼女の体力は全くもって謎だ。
「【強斬Ⅸ】! ハァッ!!」
シュッ
抜群の切れ味にステータス加算が相まって、向かう所敵なし状態となったシン。
彼の前に立ちはばかるリザード達はもれなくスパスパとぶつ切りになっていく。
「【強叩Ⅹ】! ぉらァッ!」
カァァン!
頭突きを喰らわせてくるリザードを、大盾を突き出して弾き返すダン。
リザードが空を飛ぶ光景は中々の衝撃だった。
そんな傍らでは、チェバも初めての戦闘を繰り広げていた。
「ぐるるるる……」
ちょっと腰が引けつつも低い声で唸るチェバ。
その金色の瞳がジッと見つめる相手は、カースドスネーク。
「…………」
「ぐるぅっ…………」
チョロチョロと舌を出す淡い黄色の蛇と、幼い牙を剥き出す深緑の子狼が睨み合う。
シャァーッ!
「っ!」
蛇の威嚇。
ピョンと跳び上がるチェバ。
「……キャンキャンッ!」
引き下がりつつも、負けじと吠えてチェバも対抗。
……よしよし。完全にビビってるけど威勢は有る。
「その調子だ!」
「キャン!」
返事のように僕へ一度吠えると、再び蛇との睨み合いに入るチェバ。
……大丈夫だぞ、チェバ。詛呪に掛かったら何度でも正負逆転してやるし、もしもの時はいつでも助けに入ってやる。
行け! 頑張れチェバ!
そんなチェバの応援をしている間に、気付けば魔物狩りの戦線にアークも参加していたみたいだ。
「一緒に戦うとなおさら感じるわね。シンもダンも桁違いに強くなっちゃった」
「ああ! やっぱりユークリド鋼凄えぞ!」
アークも新しい武器の強さに驚いている。
「今の私ならどんな物でも斬れる気がします!」
「そう。……間違えてもわたし達を斬ったりしないでよね」
「勿論です」
……確かに。
あのシンの刃に掛けられちゃ、幾らDEFを3乗していようと一発で死ねそうだ。
僕達も剣を抜いたシンには近づかないようにしなくちゃ。
あ、そうそう。3乗と言えば。
この前の巨大サソリとの戦いで大量の経験値を手に入れたからか、【冪乗術Ⅱ】が早速スキルレベルⅡに上がっていたんだよな。
これでステータス累乗も3乗が可能になった訳だけれども、その所為で僕達のステータスなんか本当に生物兵器になっちゃったよ。
「【解析】・シン」
ピッ
===Status========
シン・セイグェン 15歳 男 Lv.11
職:剣術戦士 状態:普通
HP 71/71
MP 43/45
ATK 64000
DEF 54872
INT 4096
MND 4913
===========
試しにシンのステータスを開いてみれば……早速コレだ。
一流冒険家が一流【強化魔法】を受けてやっと100だってのに、たかが齢15の子どもが64000って……なんだよこの数字。
ステータスプレートの表示がバグってたと答えても疑われやしないだろう。
僕が言うのもなんだけど、これが本当の壊れステータスってヤツか?
……まぁいいや。
そんなのは今始まったことじゃないし無視だ無視。
それより気になるのは蛇と子狼の戦いだ。
今どんな状況だろうか。ちゃんとチェバ勝ったかな?
「さて、チェバの様子は……」
そう考えつつ、さっきの小さな戦場へと振り返ると――――
「…………」
もぐもぐもぐ
……そこに立っていたのは、ほっぺ一杯に何かを頬張るチェバ。
そして蛇の姿は居ない。
「ま、まさか…………」
チェバの様子と蛇の最期が思わず結びつく。
…………チェバお前、今もぐもぐしてるソレって……?
「くぅん?」
首を傾げるチェバ。
……いやいやいや、どっちなんだよ――――
ゴクリッ
「きゃんッ!」
……結局何かも分からないまま、チェバはそれを飲み込んでしまった。
そして元気に一鳴き。
「…………マジか。食べちゃったのか」
けどまぁ……様子を見た感じ異常は無い。
詛呪にも罹ってなさそうだし、大丈夫だろう。
「とりあえずチェバが勝った、って事で良いな?」
「きゃん!」
……そっか。
はい。そういう事にしておこう。
「初勝利だな、チェバ。おめでとう」
「きゃんきゃんッ!」
……ところでカースドスネークって食べても大丈夫なのかな。
⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥
「……ねえケースケ、ちょっと良い?」
「おぅ。どうしたアーク?」
「ケースケが新たに覚えた【集合】って魔法だけど……この魔法だけ、読み方がフランス語なのよね」
「あぁ、そうだな。僕も『この魔法だけ読み方が妙にオシャレだな』って思ってた」
「これだけフランス語……なんでかしら?」
「きっと、英語だと何かマズい理由でも有ったんだろうよ」
「……成程、そうね。もしかしたら設定上の不都合でもあったのかも」
「そうだな」
∫∫∫∫∫∫∫∫∫∫
※以上、本編では語られない裏話でした。




