18-7. 集合Ⅰ
純ユークリド鉱石がまさかの持ち帰りとなった日の、その夜。
リビングで夕食を食べた僕達は、そのままお茶の入ったマグカップを手に食後の雑談をしてたんだけど……そういう楽しい時間ってのは早く流れるモンで、ふと気付けばもう夜の9時過ぎ。
コースもそろそろウトウトし始める頃だし、話を切り上げて解散。それぞれの部屋へと引っ込んでいったのでした。
カチッ
「ふぅー……」
自室に入り、壁のスイッチを押す。
天井の照明が点き、パッと明るくなる部屋。
夜景の映る大きな窓やフカフカベッド、新品の椅子や机が僕を迎え入れてくれる。
「……久し振りの、僕の部屋か」
――――僕の部屋。
この世界に来て初めて手に入れた、我が家の自室。
そう思うと、安心感が宿やテントや借家とはまるで違う。
いつになく自分の心が落ち着いているって、明らかに分かるよ。
……まるで日本に居た頃の、数原家の自室に居るような気分だ。
ボフッ
「…………真っ暗だ」
そんな事を考えながらベッドに腰掛け、窓の外を眺める。
日中ならフーリエの港や海まで見える眺望も、夜じゃポツポツと家の灯りが見えるだけだ。
そういや、港といえば灯台が付き物な気がするんだけど…………フーリエ港には無いようだ。
夜の海を見回してみても、明るく照らすようなライトは見受けられない。
……いや。もしかしたら『この世界』にはそもそも灯台なんて文化が無いのかもしれないな。
今度トラスホームさんに会ったら聞いてみよっと。
「……さて」
壁に掛かった時計を見れば、丁度9時半を指している。
コースは今頃もう夢の中だろう。
僕も特にやる事は無いし、このまま眠りに就いても良いんだけど……ちょっとコレじゃ寝るには早い時間なんだよなー。
『今日は早く寝よう』と普段より早くベッドに入ったところで結局なかなか寝付けない未来が頭に浮かぶ。……計介あるあるだ。
「……うん。絶対こうなる」
となると、ちょっと時間潰しでもしながら眠くなるのを待ってみよう。
……そうだな、とは言っても何をしよう?
時間潰し時間潰し、何にしようかなー…………――――
パタッ
「……ん」
そう考えていた矢先、音を立てて倒れたのは……棚の上に立たせて置いてたハズの参考書。
自然に倒れたとはいえ、まるで見計らったようなタイミングだ。
「……成程」
やれ、と。
そういう事だな。
相手は喋りも考えもしない単なる本のハズなのに、なぜか参考書の気持ちが伝わった気がした。
「……よし」
そうと決まれば準備は早い。
参考書と紙、それからペンを机に置いて椅子に腰掛ければ準備完了。
……焚火の灯りの下、リュックを机代わりにしていた時と比べれば最高の勉強環境だ。やっぱり我が家最高。
さぞ勉強も捗るだろうなー。
そんな事を考えつつ、参考書の表紙を開いて目次を眺める。
「えーと……前回は…………有った有った」
僕史上最強のチート術、【冪乗術Ⅰ】と【冪根術Ⅰ】を手に入れた単元にして、中学数学の最終単元『累乗・ルート』だったな。
という事は……今回からはついに高校数学じゃんか!
良いぞ良いぞ僕! どんどん追いついてきたぞ! この調子だ!
――――では、ココで高校数学について1つおさらいしておこう。
小学校の時間割には、週3か週4くらいで変わらず入っていた『算数』のコマ。中学になってもソイツは『数学』と名前を変えてひたすら居座り続け……。
そして、僕達が高校進学を果たすと同時に――――あろうことかヤツは、『数学Ⅰ』と『数学A』というように2つの授業に分裂しやがるのだ!
しかも高校2年になれば『数学Ⅱ』『数学B』に、更に高校3年になると融合して『数学Ⅲ』になるという、立て続けに名前を変えてぐんぐんレベルアップしていく仕様。
明らかに小中学校とは違う変貌っぷりだ。
そんな数学の授業が分裂しちゃった理由だけど……それは、ズバリ単元の内容を分けるため。
ギリシャ文字の方、数学Ⅰ・Ⅱ・Ⅲで肩を並べる単元と言えば……『ザ・計算』といった奴ら。
【演算魔法】で言えば【加法術Ⅶ】や【乗法術Ⅷ】、【二次関数Ⅱ】関係が当てはまるかな。
逆にアルファベットの方、数学A・Bで肩を並べているのは『ザ・計算』じゃない系の面々。
【確率演算Ⅴ】、【合同Ⅲ】や【相似Ⅱ】、【見取Ⅱ】みたいな毛色の単元だ。
分裂した理由はただそれだけなので、別段内容が難しくなるとかいうワケじゃない。
そこは安心しよう。
……はい、おさらい終わり。長くなりました。
という事で本題に戻って再び視線を目次に落とす。
今日やる単元は――――コレだな。
「数学Ⅰ、『集合』か」
集合……。
なんだか相当影が薄かったような印象だけは憶えてるんだけど、ほとんど内容を憶えてない。
ピンとすら来ないけど、やればきっと思い出すだろう。
よし。
それじゃあ、単元も決まったし……記念すべき高校数学のスタートだ!
「……やるか!」
気合い入れていっちょ勉強しますか!
●集合
集合とは、要素が集まってできた集団のことである。
単に要素を直接指定したり、要素の条件を定めることによって定義される。
……うん。何が何だかサッパリだ。
ヨーソ? テーギ? そもそも難しい用語が多すぎて分からない。
だけど……今はそんな状態でも全然問題なし!
ちゃんとこの参考書が6個のPointと共に丁寧に教えてくれるのだ。
それじゃあ、Point①から順に見て行こう!
Point①
『"あるなしクイズ"で要素を集合分け』
では、いきなりですが問題です。
簡単なあるなしクイズをやりましょう。
ある法則に従って『A』という名前のグループを作り、1から12の自然数のうち条件に合うものを選んで次表のようにメンバー入りさせました。
さて、グループAの加入条件とは何でしょうか? ……引っ掛け問題とかではないので、簡単に考えてみよう。
グループA┃ 外れ
━━━━━╋━━━━━━━
3 ┃ 1 2
6 ┃ 4 5
9 ┃ 7 8
12 ┃ 10 11
┃
分かっただろうか? パッと見てすぐ分かった人も多かったんじゃないかな。
それじゃあ、正解だ。
答えは『3の倍数』。
Aに居るのは全部3の倍数で、それ以外はメンバーから外されたという法則でした。
……それでは、もう1問試してみよう。
今度は同様にしてグループ『B』を作り、条件に合うものをメンバー入りさせました。
では、Bの加入条件とは何でしょうか?
グループB┃ 外れ
━━━━━╋━━━━━
2 ┃ 1
3 ┃ 4
5 ┃ 6
7 ┃ 8
11 ┃ 9
┃ 10
┃ 12
┃
……分かっただろうか?
パッと分かる人には一瞬だろうけど、人によっては難しいかもしれないな。
それでは、正解だ。
答えは『素数』。約数を1と自身の二つしか持たない数字だけが、グループBへのメンバー入りを果たしているのでした。
という事で、2問ほど軽くクイズをこなした訳ですが。
もしかしたら、解いている人の中に「こんなクズみたいなクイズに何の意味が有るんだ」って感じた人も居るんじゃないだろうか?
――――ですが皆さん、ご安心ください。
実は今のクイズ、その問題自体が『集合』の勉強そのものと言っても過言じゃないのだ!
今のクイズで『メンバー』と呼んでいた1~12の数字、それこそが要素。
そして『グループ』として名付けたAとB、それこそが集合。
それだけ。
この単元の冒頭でズラズラ書かれていた難しい文章も、言い換えちゃえば要は『あるなしゲーム』だ。
そう考えると、集合も意外と簡単に見えてくるかもしれないよね。
……ちなみにだけど、集合と要素の正しい英語はメンバーとグループではなくsetとelementだ。
もしも英語で喋る機会が来た時には、ちょっと気を付けておこう。
Point②
『集合の"メンバー表"の作り方!』
という事で、Point①では『集合とは何か』という事について考えた。
クイズでは、1~12のうち3の倍数を集めたのが集合『A』。素数を集めたのが集合『B』だったんだよな。
そこで、だ。
グループを作ったら、早速必要となるのが所属メンバーの名前を表にした『メンバー表』だよな。
クラブ活動や部活では学校への提出書類にもなるし、集金や参加不参加の確認には無くてはならない。
そんなメンバー表は、もちろん数学流のグループである『集合』だって必要になる。
……んだけど、集合のメンバー表には特別な『数学流の書き方ルール』が存在するのだ。
それが――――コレだ。
A = {3, 6, 9, 12}
B = {2, 3, 5, 7, 11}
集合名と{ }を=で繋ぎ、その中にメンバーを書き並べる。このスタイルが数学流メンバー表だ。
上の式がさっきのクイズで出た集合Aの『数学流メンバー表』。同様に下式は集合Bの数学流メンバー表を表しているぞ。
また、集合AやBのように要素に法則性が有るときはわざわざ全部書き並べる必要は無い。
次のように文字を使ってサボっちゃう事も出来るのだ!
A = {3n | 1≦n≦4}
B = {x | xは2から11までの素数}
文字を使い、縦線『|』で仕切って法則を書く方法。面倒くさがりの僕にはもってこいの方法だ。
今回の集合A、Bのように要素が数個だと有難みは薄いけど、何十個・何百個のメンバー表を書く時には必須の技術。ぜひぜひ憶えておこう。
それじゃあ、次はPoint③だ!




