18-4. 竣工
家の復元工事が終わったと知らされた、その翌日。
朝の10:30。
「お・う・ちー! お・う・ちー!」
「きゃんきゃんきゃん♪」
「懐かしいわね、この空き家通りの感じ……」
「なあシン、俺ら何日ぶりの帰宅になるんだ?」
「えーっと……丁度2週間振りくらいですかね」
「そんなモンか。思ったより短かったな」
「皆様方にもお手伝いして頂いた御陰で、復興は順調ですから」
部屋を片付けて荷物を纏めた僕達は、トラスホームさんと一緒に領主屋敷を後にし。
荷物を持って海岸通りを歩いて西門坂を上り、空き家通りを進んでいた。
「2週間経っても空き家ばっかりね」
「悪く言えば過疎地域、良く言えば閑静な住宅街だな」
道の左右にはズラリと住宅が並ぶけど、相変わらず人の気配のある家は数える程だけ。『空き家通り』は相変わらず空き家通りでした。
寂しいっちゃ寂しいけど、『帰ってきた感』を感じて少し安心したよ。
「……俺らの家、どんな風に変わってんだろうな?」
「私もちょっと楽しみです」
「ダン様、シン様、申し訳ありませんが外見はそう変わりませんよ。飽くまで復元工事ですから」
「ああ、そうだったぜ」
「左様です。外見は、ですけどね」
……『外見は』かぁ。成程、そういう事だな。
復元工事と一緒に頼んでおいた『内装の変更』、アレが果たしてどんな感じになっているんだろうか。
期待しよう。
とまぁ、そんな事を話しているうちにも僕達の借家……いや、僕達の家は近づいてきた。
「チェバ、もうすぐだよ!」
「きゃんっ」
僕達は2週間振り、チェバにとっては初めての家。
この緩やかな右カーブを曲がっていけば、家はすぐソコだ!
「……さあ皆様、到着致しました!」
そして、道の右手に現れたのは――――
「「「「「おおぉぉぉ…………!!」」」」」
魔物の手によって散々に荒らされていたハズの家は、まるで時間を巻き戻したかのように復元されていた。
ボロボロに壊されて空いた穴から中が丸見えだった壁は、継ぎ目も無く真っ新に直され。
ガラスというガラスが破られていた窓は、ヒビの無いキレイな窓に替えられ。
蝶番ごとブッ壊されていた玄関扉も、焦げ茶の扉に新調され。
ついでに家の手前の小さな庭も芝生がキレイに刈られ。
僕達の記憶に残っているのと、全く同じ外見の家――――真っ白な壁が特徴的な、2階建てのまぁまぁ大きい一軒家がソコには建っていた。
「凄え……!」
「そのまんまです!」
「どう、チェバ? これがお家だよ!」
「きゃんッ!」
デザインも、形も全く変わっていない。驚く事なんて何も無いハズ。
それなのに僕達は皆、復元された家を見て……思わず感動してしまった。
「おっ、待たせたな若造共!」
そんな僕達の家に見入っていると、背後から声が掛かる。
……この聞き覚えのある声、もしかして!
「「「「「……大工のオジサン!」」」」」
「おぅよ!」
振り返ったところに居たのは、ねじりハチマキに薄っすら汚れたタンクトップ。そしてポッコリと出たお腹。
西門坂の復興でお世話になった、大工職人のオジサンだ!
「赤髪の嬢ちゃんに水色の嬢ちゃん、あと金髪とデケェのと白衣。5人とも元気そうじゃねぇか!」
「オジサンもお久しぶりです」
久しぶりの再会。オジサンも元気そうで何よりだ。
「済まねぇなトラスホーム、遅れちまって」
「いえいえ、私達もつい先程到着したところですから。シェブさん」
今度はトラスホームさんと挨拶を交わしている。
……領主を呼び捨てにするなんて、相当親しいんだろう。
「シェブさんには、私の父親の代から御世話になっておりまして。今回はその伝手で、復元工事をお願いしたのですよ」
「おぅよ! トラスホームと若造共の願いと言われちゃあ、俺も断れねぇってんだ!」
「成程」
そっか。トラスホームさんの言ってた『知り合いの大工』、オジサンだったんだね。
世界って意外と狭いモンだ。
「んじゃ、今日は若造共の家の引き渡しで良いんだよな」
「はい」
挨拶が一通り済めば、いよいよ本題だ。
オジサンが書類を2枚取り出し、読み上げる。
「依頼された工事は……若造の家の工事。内容は復元工事と、追加でちょいと内装の変更。コレで良いんだよな?」
「はい。合ってます」
「まずは外見だ。不動産屋から貰ってきた設計図通りに施工したんで、全く同じハズだが……どうだ?」
「ええ。完璧」
「そう言ってくれりゃ嬉しいね。全く」
アークの一言に、強面なオジサンもついつい笑顔を浮かべると。
1枚目の書類を捲り、2枚目へと進む。
「んじゃあ次は内装の変更だ。基本的に変更は無ぇが……何でも水色の嬢ちゃんが『店をやりてぇ』ッつってたようだな?」
「うん!」
……そうそう。
復元工事の時にコースが言っていた、『お店を開いてみたい』っていう将来の夢。それが叶えられるように店舗スペースをお願いしたんだった。
「具体的にどんな店をやるかは決まってねぇようだから、俺なりに良い感じで設計しといた」
「オジサンありがとー! どんな感じになったの?」
「ちょっと見に来い。嬢ちゃんの目で確かめんだ」
すると、オジサンはおもむろに家の玄関へ。
興奮するコースをはじめ、僕達とトラスホームさんも後ろをついて行く。
ガチャッ
「さあ入りな、若造共」
オジサンが扉を開き、僕達が中へ入ると……そこに広がるのは見慣れた玄関。
靴を脱いで一段上がれば、正面にはリビング・ダイニングへの扉。右へと進めば各部屋に繋がる廊下。
そして、左は何も無い単なる壁のハズだったんだけど……――――
「知らないドアができてるー!」
「何処に繋がるんでしょうか……」
「まさか、ココがその……?」
靴を脱ぐ前の土足スペースに、そのまま左へと続く扉が現れていた。
「開いてみな、水色の嬢ちゃん」
「うん…………」
オジサンに促され、コースが謎の扉のドアノブに手を掛け。
ゆっくりと、扉を開いた。
カチャッ
「…………うおー! できてるーッ!」
謎の扉の先に有ったのは……僕達の1人部屋よりは少し狭いくらいの、こぢんまりとした一室。
家具は何も置かれていない、窓が1つと白い壁紙が貼られただけだけど……まさしく僕が伝えておいた通りの店舗スペースだった。
「パン屋みてぇに机を並べようが、ケーキ屋みたくショーケースを並べようが、雑貨屋みたく棚を並べようが、不便にならねぇ位の広さは確保しといた。追加で窓が必要になりゃ何時でも言いな。外から直接入れる扉だって作ってやらぁ」
「うん! 何でもできそう!」
家具も置いてないけど、オジサンの言葉だけでもお店を開く様子が想像できる。
……うん。十分なスペースだ。
「どうでぃ、水色の嬢ちゃん?」
「うん! サイコー!」
「…………大工冥利に尽きるぜ」
コースもオジサンも、凄く満足そうだった。
その後、僕達は一通り部屋の中を見て回った。
それぞれの1人部屋に、廊下や風呂やトイレは元通りに復元されていた。
リビング・ダイニングとキッチンもちゃんと確認した。店舗スペースを作る関係でリビングは少し小さくなってたけど……元々、ちょっと持て余すくらいに広かったのだ。全然問題ない。
……という事で。
チェックが終われば、ついに家の引き渡しだ。
「んじゃ、若造共……いや、依頼主のチェックも完了だな?」
「はい。問題無しです」
「んじゃ、コレを以って竣工だ。受け取れ」
そう言って渡されたのは……さっきオジサンが読み上げていた、今回の工事の資料。
それと家の設計図に、玄関の鍵。
「ありがとうございます、オジサン」
「気にすんじゃねぇ。若造共には俺らの方こそ感謝してんだ。……あとコレ、大事に仕舞っとけ」
「ソレは……権利証!?」
そしてオジサンが最後に取り出したのは、この土地の権利証。
……昨晩、トラスホームさんが言っていた不動産屋のヤツだ。
「……不動産屋から若造共への気持ち、贈りモンだとよ。絶対失くすんじゃねぇぞ」
「はい」
見た目はタダの紙とはいえ……どれだけ重要で貴重なモノなのかは僕でも十分伝わる。
賞状みたく、両手でゆっくりと受け取った。
――――そして、その瞬間。
この家は、もう借家ではなく。
僕達の家……――――我が家になった。
「……コレでこの家は若造共、お前らのモンだ。おめでとう」
「おめでとうございます、皆様」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
……先輩も居なかった。所属する団体も無かった。
留まる場所も無く、『この世界』を転々とするしかなかった。
だけど。
「ココが……僕達の…………」
「「「「「我が家だ!!」」」」」
こんな僕にも、ついに留まる『居場所』が出来た瞬間だった。




