4-2. 違和感
目が覚めた。
翌日の朝。
時刻は7:00。よし、普段通りだ。
天気は晴れ。窓からは、昨日より若干雲が多いが青空が見える。
よし、散魔剤で洗ったコートもしっかり乾いている。
じゃあ、今日も狩りに行きますか!
朝食としておっちゃんの屋台で購入した焼き鳥を食べつつ、東門を通る。
「おぅ、おはよう、狂科学者さんよ。今日も早いな」
「おはようございます。門番さんこそ、お疲れ様です」
「ハッハッハ、ありがとうな。じゃ、今日も気をつけて」
「はーい」
東門で往来を監視中の門番さんとも知り合いになった。毎朝同じ時間に門を通るので、お互いに毎日顔を見ていれば覚えちゃうよね。
そして東の港町へと向かう街道を人の流れに沿って歩く。
ここでも少し声は掛けられるが、飽くまでお互い移動中なのだ。立ち止まって話し込んだりって事は無いので、面倒でなくて助かる。
気のいいおばちゃんとかおっちゃんと歩きながら話すと、やっぱり少し楽しくも思うな。お互いに知らない仲ではあるが、まるで近所に住むご老人と世間話をするような親近感を覚える。
『これ食べて頑張ってね〜』とか言ってご飯を分けてくれたりとかもするので、若干申し訳なく思いつつも有難く頂く。
やっぱりアレかな。同級生とは離れてしまったし、話をする相手があまり居ない生活を送っていた。だからこういう『人とのふれあい』ってのが楽しく思うんだろうか。
さて、今日も商人のおじちゃんに自身の武勇伝と激励の言葉を頂いた。
思いの外おじちゃんの話が長く、普段よりも少し遠出になってしまったようだな。
よし、まぁ今日はこの辺でいいか。普段より多少遠いけど、何とかなるだろ。場所を変えるのも面倒だし。
街道を外れて草原へと入る。
……うわっ、ここ草ボウボウじゃんか。歩くのが少し面倒だが仕方ない。もう入ってしまったし。
振り返れば王都がかなり小さく見える。
そろそろ王都東の草原も慣れてきたし、狩りの場所を変えてもいいかとも思うんだよな。今度、王都西の平原とか行ってみるか。
さーて、じゃあ今日も狩りを始めますか!
ザクッ
グリグリ……
「ッ!? ココ、ココーッ!!? …………」
ドボドボ……
足元の血の池に再び血が注がれる。
さてと、これでチキン14羽目確保。
チキンの嘴にナイフを刺すと、ナイフが嘴の動きを邪魔して鳴き声が少しおかしくなる。少し笑ってしまいそうだ。
アレだ、指で口を左右に引っ張って『学級文庫』って言うのと同じヤツだろうか。
いや、ちょっと違うな。
そんな事は置いといて……しかし、なんだか今日はプレーリーチキンが大量だ。
勿論ディグラットも狩ってはいる。
しかし、その数の差が異常だ。
普段はラットとチキンで同数ぐらいずつ仕留めているが、今日は誤差では済まないレベルのチキンの多さ。
気味が悪い。
いや、魔物を狩って糧を得ている僕からすれば、単価の高いチキンをたくさん狩れるは有難いんだけどさ。
何かが起こってるのだろうか。
…………まさか、魔王がチキンを操って攻めて来た!?
いやいやいやいや、自分の意見に言うのも何だが、チキンで攻め入るなんて酷い話である。人類舐められすぎだ。
ってか、チキン役に立つのか? 斥候にすらなれないだろ、アイツら。
……あー、もういいや。馬鹿馬鹿しい想像をしている間に、何だか考えるのが面倒になって来た。
そう言う日もある。うん、今日はたまたまチキンが大量な日なんだ。そう言う事にしておこう。
今周りを見渡せば、東側から続々とチキンがやって来る。
皆何かから逃げるようにしてやって来る。
そんな日だ。今日はそう言う日なのだ、きっと。
「…………ん? 逃げるように?」
よくよくプレーリーチキンを見てみると、普段の何のアテも無くあちこち歩き回るのとは異なり、ただひたすらにこちらへと向かって来る勢いだ。
まるで誰かから追われているかのように。
「あぁ……思い出した」
ふと、魔物の図鑑で読んだ文が頭に蘇る。
『プレーリーチキンの天敵は、同じく草原に棲むカーキウルフです。カーキウルフは草むらに隠れてプレーリーチキンを襲います。襲撃現場のそばにいたチキンはその気配を感じてパニックに陥り、一目散に逃げ出します』
……あー、これだ。
チキンの大量発生、そしてチキンの不思議な行動、これらは多分カーキウルフの襲撃によるものだ。
カーキウルフから逃れるためにチキンが此方へと逃げ集まって来ていたから、こんな状況になっているのだろう。
まぁ、プレーリーチキンからすれば逃げた先で狂科学者に狩られるってのも残念だが。
いやいやいや、そんな戯言を言っている余裕は無い。
ちょっとこれはヤバイな。僕も逃げねば。
図鑑情報なので確証は無いが、カーキウルフは僕一人で相手どれる魔物じゃない。
カーキウルフを直接見たわけじゃないが、安全な所まで逃げよう。
と、とりあえずまずはDEFを加算しておこう。
ウルフ相手じゃ気持ち程度にしかならないだろうけど。
「【加法術Ⅲ】・DEF30!」
よし、DEFが加算された。
しかし、今ので殆ど魔力を使ってしまった。しかも15分の時間制限付きなので、15分経てば生身の人間だ。
後は街道に向かって走るしかない。
万一途中でカーキウルフに襲われても、DEFの高さで耐久してる間に誰か冒険者が助けてくれるだろ。
というか、そうなる事を願うしかない。
まぁ、なんとかなるだろ。
『カーキウルフは、全身を黄色がかった緑色の体毛に覆われた狼の魔物です。主に草原に存在し、大きな群れを成して他の魔物や動物を狩り、その肉を主食として生きています。カーキウルフの最大の特徴は、奇襲攻撃です。体毛の色を活かして草原に紛れ、獲物が近づいた途端に攻撃を仕掛けます。
そのため、遮るものが無く丈の低い草原よりも丈のある草原を好み、そこで狩りを行う習性があります』
草原をただひたすら走っているが、街道はまだ見えない。
あー、くっそ。草の丈が高くて走りづらい。足に引っかかる。
なんでよりによって今日、こんな所に来てしまったんだよ。
……あ、アレだ。商人のおっちゃんが長々と武勇伝を語ってたからだ。
八つ当たりってのは分かってるけど、今度会ったら文句言って————
そんな事を考えていた瞬間、右前方の草が不自然に動いた。
そして草むらからこちらに向かって伸びる前脚。
カーキウルフの奇襲攻撃だ。
——しまった、少し気を抜いていた!
慌てて腰のナイフに右手を掛ける。
既にカーキウルフは体の半分が草むらから飛び出している。
口を大きく開き、前脚の爪が僕めがけて飛んでくる。
ナイフの柄が右手に掛かった。
そのまま握り、ナイフを全力で振り抜く。
軌道は斜めに右上への切り上げ。
ナイフが間に合うのが早いか。
ウルフが飛びつくのが早いか。
……頼む、間に合え————!




