18-1. 退院
「退院おめでとう、勇者様」
「ありがとうございます」
「お腹の傷が完全に治るまではもう少しだ。しっかり休んで完治させるんだよ」
「はい」
朝陽の射し込む病院のロビーで医師おじさんに挨拶する僕達。
「一晩、お世話になりました」
「なに、気にすることはないよ。……むしろ此方こそ『純ユークリド鉱石』のお礼を言わなければね。皆のお陰だよ。ありがとう」
「私達は当然の事をしたまでです!」
「どーいたしまして!」「きゃん!」
「気にする事は無えぞ!」
「いえいえ」
朝からスッキリ笑顔で返す4人……だけど、その顔にはうっすらと疲れが。
……今日は皆ベッドでグッスリ寝よう。
「ケースケ様、それでは私のお屋敷に参りましょうか」
「はい。……それじゃあ」
「うん、お大事にね」
最後に医師おじさんとそう言葉を交わし、僕達は病院を後にした。
『純ユークリド鉱石』依頼から戻ってきた、翌日。
魔傷風に蝕まれていた僕の身体も、滅魔剤・ユークリドのお陰で一晩で回復。
今朝の診察で退院の許可をゲットした僕達は……朝イチからお見舞いに来てくれたトラスホームさんと一緒に、部屋を間借りしている領主屋敷へと戻ることにした。
「フゥー……。なんだか疲れましたね……」
「わたしも。変な体勢で寝ちゃったのか、身体が痛いし」
「今日は一日中寝れる自身が有るぞ、俺」
ピークを過ぎて人もまばらになったフーリエ朝市の中を歩きつつ、凝り固まった身体をグッと伸ばすシン。
アークとダンも首や肩をグルグル回している。
「……私たちも6日間がんばったんだし、今日こそはベッドで一緒に寝ようねー!」
「きゃん!」
コースは普段通りのテンションなのかと思いきや、目は若干トロンとしている。
子狼もコースの肩の上でぐったり。このコンビは2人揃って眠そうだ。
……まぁ、それもそうだよな。依頼の疲れも溜まってる上に、昨晩4人はベッドに寄り添いながら一晩明かしたのだ。もう皆クタクタなハズだ。
「ケースケ様、シン様、コース様、ダン様、そしてアーク様……本当にありがとうございました。そしてお疲れさまでした」
「「「「「はい」」」」」
「ギルドへの依頼完了報告は明日でも構いませんので、どうぞ本日はぐっすり御休みになってください」
トラスホームさんもそう言ってくれた事だし、お言葉に甘えて今日は皆でグッスリおやすみだな。
『純ユークリド鉱石の納品』は明日に回しちゃおう。
「……ケースケ様。これでまた、フーリエの街が皆様に救われました」
「いやいや、そんな大袈裟な」
……街を救っただなんて烏滸がましいって。
こう言っちゃなんだけど、この件で助けられた人と言えば『あの人』1人だけだ。それに僕自身も魔傷風だったし半分自業自得みたいなモンだ。
「確かに大袈裟と言えばそうかもしれませんね。……ですが、もしケースケ様方が居なければ『あの御方』を救える者は他に居りませんでした。数ヶ月と張り出し続けていた採掘依頼も、恐らくずっとあのままだったでしょう」
「んん……まぁ」
トラスホームさんの言う通り、今のフーリエの街は深刻な冒険者不足だ。僕自身で言うのもなんだけど……僕達の他に採掘依頼を受ける人はしばらく現れなさそうだもんな。
「……これからも、皆様にはお世話になるかもしれません。その際には何卒よろしくお願い申し上げます」
「「「「「こちらこそよろしくお願いします」」」」」
……僕達もトラスホームさんには色々とお世話になってるからな。
現に借家が復元工事中の今なんか、領主屋敷に部屋を借りてるんだし。ついでに朝食夕食もご馳走になってるし。
僕達に出来る事が有れば、これからも協力しよう。
「……そうですね。フーリエの復興が一段落ついた頃には、是非とも銅像をお造りしなければ――――
「それは止めて下さい。絶対」
それは丁重にお断りしておいた。
…………冗談でも嫌だからね、そんなの。
「……ところでですが、コース様?」
「ん? どーしたのトラスホームさん?」
フーリエ朝市を抜けた辺りで、トラスホームさんが口を開く。
「コース様の肩に乗られたそのウルフ……まだ、お名前が無いんですよね?」
「うん。名前はまだない!」
「では、この機会にお名前をあげませんか? でないと私達もお呼びしづらいですし」
確かに。……ってかそもそも、かれこれ4日間も一緒に居ながら名前が無いなんてかわいそうだ。
この機会に名前をつけてあげよう。
……という事で、急遽。
領主屋敷へと向かって歩きながら子狼の命名大会が始まった。
「ではまず、コースはどんな名前が良いとか、考えてありますか?」
「うん! あるよ!」
……おっ。どうやら子狼の名前を考えてたみたいだ。
どんなのなんだろう。可愛い系かな? キラキラかな?
「どんな名前なんだ?」
「えーっと……それはねー…………」
そう言うと、少し思い出すような素振りを見せて――――コースは答えた。
「名付けてー……チビ!」
……見たままのネーミングだった。
「……何の捻りもねえな」
「如何にもコース様らしいネーミングですね」
「けど……ちょっと安直過ぎませんか、先生?」
「いや、そんな事は無いな」
見たままっちゃ見たままだけど、日本でもペットにチビって名前は良く聞く方だ。
決してシンが言う程悪くはない。
「愛情をもって呼んであげるのなら、それで十分じゃないかしら?」
「……確かに、アークの言う事も一理有ります」
「んん、そう言われりゃチビも悪くねえな」
ド直球のストレートな名前だったにもかかわらず、意外と反応は良かった。
……んだけど、問題は次だった。
その後の一言が、波乱を巻き起こしたのだ。
「んんー……でもチビが成長したらチビじゃなくなっちゃうもんなー……」
「「「「「えっ…………」」」」」
……嫌な予感。
「じゃーあー……大きくなったら『ビッグ』に改名!」
「「「「「いやいやいやいや!!」」」」」
そのまさかだった。
「えっ、変えちゃうんですか!?」
「うん! 大っきいからビッグだよ!」
「名前への愛情ゼロじゃんか!」
「せめてチビのまま呼んであげた方がいいんじゃないかな……?」
「改名ありきの名前なんて可哀想だろ!」
「えー……でもでも『チビなのにデカい』っておかしくなーい?」
「「「「「おかしくない!」」」」」
そして――――それを見かねたシンが、呆れた様子で宣言した。
「ハァ……駄目です。コースにこの子の名付けはさせません。この子が不憫です」
「えー!」
コースの命名権、没収。
「私達で考えてあげましょう。コース以外のこの中で、良い名前が思い付いたら挙げて下さい」
「「「「はい」」」」
という事で、今度はコース抜きの命名大会が始まった。
「んー……」
「名前はこの子の一生を左右しますから、本気で考えましょう」
「そう言われると意外に難しいぞ……」
「何がいいかしら……?」
コースの両腕に抱かれた子狼をじっくり眺めつつ、考える。
……この子の名前かー。
案外、名前を考えるのも簡単じゃない。
深緑色の毛だから……『ミドリ』?
お腹の毛は真っ白だな。キレイだ。……『シロ』?
よーく見てみると瞳孔は金色だ。カッコいい。……『ゴールド』?
ん? 耳の毛は色が濃いな。黒っぽい。……『クロ』?
あっ、クロといえば……前脚にはウルフらしく鋭い鉤爪が生え揃っている。『クロウ』?
…………うーん、駄目だ駄目。
なんだかんだ言って、僕も見たままな名前しか思いつかない。しかもほとんど色縛り状態。
最後のクロウに至っちゃダジャレで思いつくとかいう悪質ぶりだ。
……よし。一旦考え直そう。
コースが最初に言ってた『チビ』、あれ僕は意外と悪くないと思うんだよね。
だからここは、コースの意見を尊重する意味も込めて……チビを少しもじった名前にしてみよう。
チビ……。
チビ…………。
チビ………………――――
うん、コレなら悪くないっか。
「……『チェバ』とか、どう?」




