17-39. 寝顔
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――――僕には、この6日間ずっと誰にも言わなかったコトが有る。
――――シンにも、コースにも、ダンにも、アークにも。
親友のアキにさえも、黙ってたコトが有る。
――――実は、僕も魔傷風に罹ってたんだ。
――――それを初めて自覚したのは、フーリエを旅立ってすぐの事だった。
――――砂漠を歩いていると、突然お腹が妙にチクチクと痛み出した。その時は『変だな』とは思いつつも、時間が経てば治るだろうと思って無視してたんだ。
最初の頃は痛みが弱く、歩いているうちに忘れられた。戦闘中も勉強中もすっかり忘れていた。
けど……痛みが引く気配は無く、夜になっても寝て起きても一向に治まらなかった。
――――そこで、誰も見ていない時を見計らって麻の服を捲り上げてお腹の様子を見てみたんだ。
――――そこだった。僕自身が『魔傷風に罹っている』と自覚したのは。
――――赤鬼軍団長との戦いでつけられた、腹に残る爪痕。もうすぐ治るってトコだったお腹の傷痕が……見覚えのある黒緑色に、うっすらと変色し始めていた。
――――それを見た瞬間、あの光景……血をダラダラと流し、意識を失って地に倒れる『あの人』の光景が脳裏に浮かんだ。
……それが、僕の身にも起こり始めている。僕も『あの人』みたくなっちゃうかもしれない。
そう考えると、凄く怖くなった。
――――と同時に、何故か不思議と『あの人』に親近感が湧いた。
生まれも経歴も素性も、名前すら知らない。本当に全くの赤の他人なハズなのに……どうしてか、とても身近に感じた。
そして、ふと思った。
『"あの人"を助けなきゃいけない。そして僕も助かるんだ。』
その時を境に、僕は知りもしない『あの人』を他人事のようには思えなくなり。
命を懸ける気持ちで、採掘依頼へと力を注いだ。
――――そこからは、徐々に悪化する魔傷風と闘いながらの旅だった。
日に日に大きく、濃くなっていく黒緑色の腫れ。少しずつ強さを増し、無視できなってくる痛み。
だけど、アーク達にはバレないようにひたすら平静を装う。
特に心配性のシンには知られると厄介だから、ひた隠すのが大変だった。
不意にズキッと痛む瞬間には思わず腹に手を添えちゃう事もあったけど……結局バレずに済んで良かった。
――――そうしてなんとか鉱脈地帯に到着し、最深部で鉱石を採掘し、特大サソリや狼達との件も終え。
鉱脈地帯を出発する頃には……魔傷風の症状が、かなり進行していた。
傷口はもう黒緑色に染まり、大きく腫れて熱も持ち。
いつ『あの人』のように意識を失って倒れても全くおかしくない状況だった。
――――けど。
『ココで倒れる訳にはいかない』。その一心で必死に痛みを堪えつつ……無限とも思えるようなフーリエ砂漠をひたすら歩いた。
帰途の記憶がほとんど残らないくらい、必死だった。
――――そして、ついさっき。
――――なんとか意識を保ったまま、フーリエに辿り着いた。
その足で、病院に直行した。
そして……『あの人』の命のカウントダウンを止めた。
僕達の使命は、無事に果たした。
『あの人』の命は救った。
だから、あとは僕の傷さえ……――――――――
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「…………はッ」
ふと目が醒める。
「えっと…………」
記憶を蘇らせつつ、ゆっくりと瞼を開く。
ぼんやりとした視界に映るのは……照明の消された真っ暗な天井。
カーテンレールが月明りを反射して銀色に光っている。
……どうやら、僕はベッドの上に寝かされてたみたいだ。
「……夜…………?」
首を左に回せば……部屋の奥には、港向きの窓。
星の輝く夜空と暗い海が、円弧状に水平線をなしている。
そんな窓から入った淡い月明りが、静かな部屋を薄暗く照らし。
そして……その窓のすぐそばのベッドには、『あの人』がスヤスヤと寝ていた。
「(……あぁ、そうだった!)」
……そうだ。思い出した。
ココはフーリエの病院。
ついさっき、無事に『あの人』の命を救って――――それを見届けた僕は、安心して気が緩んじゃったのか。
魔傷風の激痛に一気に押し負けちゃったんだよな……。
そこでプッツリ意識が途切れて、気付けば今はベッドの上か。
……そうか。
アーク達や医師おじさん達の前で突然倒れるとか、とんだ迷惑を掛けてしまった。
ビックリさせちゃったに違いない。後で皆に謝っておかないとな。
……それと、ずっと皆には黙っていた『魔傷風に罹ってる』事もちゃんと白状しよう。
まぁいいや。ソレは後にしてっと。
タイムリミットが迫っていた『あの人』の魔傷風は無事に治せたので、ひとまず安心だ。
となれば、今度は僕の番。僕の魔傷風も治して貰って、『あの人』と2人で魔傷風に打ち勝つのだ!
そう思いつつ、右手を腹の傷痕に添える……――――
「……ん? あれっ…………?」
……そこに有るハズの物が、無くなっていた。
「傷口…………?」
……この6日間ずっと闘っていた、あの激痛の根源が。
徐々に僕の傷口を蝕んでいた、あのジュクジュクした『腫れ』が。
お腹のどこを摩っても『腫れ』は見当たらず……その代わりに指先が感じ取るのは、ザラザラしたカサブタだけ。
その上……四六時中治まることの無かった激痛さえも、無くなってる。
こう言っちゃなんだけど……痛みや腫れが無くなった今、逆に違和感を感じる。
「……なんで?」
おかしい。何が起きたんだ?
そう思った僕は起き上がり、お腹を見てみると……――――
「無くなってる……」
黒緑色の腫れはどこへともなく消え、引っ掻かれた傷痕はカサブタに覆われているだけ。
……なんでだ。夢でも見てるのか?
そうとも考えたんだけど――――答えは、直ぐに分かった。
「……皆ッ!?」
僕の寝るベッドの足元の方には……シン、コース、ダン、アーク、それと子狼。
4人と1頭がベッドに寄り掛かったまま、グッスリと眠っていた。
そんなアークの手には――――見覚えのある木のコップ。
「……そっか」
それを見た瞬間、全てが繋がった。
どうやら、皆にはもう『僕も魔傷風だった』事はバレてるみたいだ。
僕の魔傷風も、皆のお陰で治っていたみたいだ。
魔傷風、二件落着だ。
……皆が起きたら、しっかり謝らなきゃな。
魔傷風に罹ってたのをずっと黙ってて。その所為で急に倒れてビックリさせちゃって。その上、旅の疲れも溜まってるのに更なる心配を掛けさせちゃって。挙句こんな格好で寝させちゃって。
シンとかには『どれだけ心配したと思いますかッ!?』って絶対怒られるよなー。……平謝りするしかないか。
――――まぁ、とりあえず。
「……済まんな、皆。ありがとう」
皆の寝顔を眺めつつ、そう呟いた。
窓の外の水平線からは、朝陽が昇り始めていた。
さてと。
純ユークリド鉱石を採掘する長い旅。『生物兵器』の強さを誇る新しい【演算魔法】。そして、なんとか打ち倒した魔傷風。文字通りの色々とあった6日間が、今終わった。
現在の服装は、麻の服だけ。白衣は倒れてる間に脱がされていた。
重要物は、数学の参考書。
職は、数学者。
目的は魔王の討伐。
準備は整った。さぁ、コレからも魔王討伐目指して頑張りますか!




