17-38. 薬
「……それでは皆様」
「ん?」
そんな立ち話も一段落つくと……トラスホームさんは、神妙な面持ちで口を開いた。
「到着早々に急かす様で申し訳ありませんが……私と共に、今からフーリエ北部病院までご足労願えますでしょうか?」
病院? …………そうか。
「その病院に『あの人』が?」
「左様です、現在も入院しております。……皆様が非常にお疲れだとは重々承知しておりますが、どうか来て頂けないでしょうか……?」
凄く恐縮そうに尋ねるトラスホームさん。
……だけど、そこまで僕達に気を遣うことなんてないさ。
「はい、トラスホームさん」
「もちろんよ」
「言われなくてもです!」
「早く届けなくっちゃー!」
「すぐ行こうぜ!」
正直今すぐベッドに横になりたいとは思ってるけど……一刻も早く、魔傷風で倒れた『あの人』を助けなきゃいけない。
その為に僕達はこの6日間頑張って来たんだもんな。
「ありがとうございます、ありがとうございます…………領主として、もう頭が上がりません」
僕達がそう快諾するなり、何度も頭を下げるトラスホームさん。
……もう良いよ。もう良いって。頭を上げて下さい……。
「……なぁトラスホームさん。俺も一緒に行っても良いか?」
「はい。無論ですよ」
どうやらアキも来るみたいだ。
「アキも来るんだな」
「あぁ。……駄目か?」
……いやいや、そういう訳じゃないけどさ。
「……計介達ほどの貢献は出来ちゃいねぇけど、俺も『あの人』がブッ倒れた現場に居合わせた当事者だ。
だから…………せめて『あの人』がちゃんと元気になるトコ、見ておきてぇし」
……成程。誰それ構わず他人に気を遣う性格、アキっぽいな。
小学校からずっと変わらないよ。
「通りがかっただけの赤の他人にもすこぶる優しいなんて……流石はうちのアキさんですわ」
「だから俺はお前のモンじゃねぇッつーの。黙っとけ」
「アキ様、流石はケースケ様のご親友であられますね」
「トラスホームさんも黙っとけ。俺を計介の付属品扱いすんな」
とまぁ、そういう事でベッドは一旦お預け。
トラスホームさんを先頭に、僕達とアキは西門からその足で北部病院へと向かった。
「……トラスホームさん」
「何でしょうか?」
「ちょっと聞きたい事が有るんですけど……」
西門坂を下りつつ、先頭を歩くトラスホームさんに声を掛ける。
「『あの人』は、今…………大丈夫ですか?」
ちょっと聞きづらい……と感じつつも、思い切って尋ねてみる。
「はい、大丈夫ですよ。ケースケ様」
「そうですか」
「意識は未だに戻らないものの……容体は安定していますし、特効薬を服用すればみるみるうちに快方へと向かう筈です」
良かった。
間に合って何よりだ。
「が……正直のところを申しますと、皆様のご帰還が今晩で本当に助かりました」
……と言いますと?
「担当医さんは『明日の夕方、いえ昼過ぎ頃が山になるだろう』と仰っていました」
「成程……」
「ですので、もし皆様のご帰還が明日になると時間によっては――――という所でした。私は今本当に胸をなでおろす気分です」
そっか……。かなりギリギリだったんだな。
僕達も急いで帰ってきて良かったよ。
トラスホームさんの話を聞いてひとまず安心した僕達は、西門坂を下りきって海岸通りへ。
人の居ない、港に打ち寄せる波の音を聞きながら夜のフーリエ朝市を歩く。
「……誰も居ねぇな」
「静かね……」
ズラリと並ぶ朝市の屋台も、今はどれも畳まれている。
港の桟橋にも人影は見当たらず、漁船が並んで停泊しているだけ。
ガヤガヤ賑わう朝とは打って変わってヒッソリだ。
そんな静かな海岸通りを十数分歩けば……僕達とアキ、トラスホームさんの7人はフーリエ北部病院に到着。
「……ココが病院か」
3階建ての病院を見て呟く。
大きさは……まぁまぁな大きさの小学校だ。小学校の校舎くらいある。
白い壁には窓が等間隔に並んでいる。……もう消灯時間だからか、カーテンが閉じられて部屋は暗い。
「それでは皆様、入りましょう。入院中の方々がもう寝ていますから大きな声を出されないように」
「「「「「(はい)」」」」」
患者の人々を起こさないように、静かに病院のロビーに入る。
……キレイな病院のイメージとは違って、夜だからか薄暗い。
「(夜分遅くに失礼します。トラスホーム・フーリエでございます)」
「(おぉ、領主様。どうなさいましたか?)」
トラスホームさんが受付のカウンターに声を掛けると、中から白衣を着た医師おじさんが出てきた。
……僕みたいに血に染まってビリビリな白衣じゃなく、本物の白衣。この人が担当医なんだろう。
「(つい先ほど、勇者様がご帰還なされまして……)」
「(なんと、勇者様が!)」
そう言い、カウンターから乗り出す医師おじさん。
「(初めて本物を見た!)」
「(……どっ、どうも)」
……とまぁ、そんな事は置いといてだ。
「(では、此方へ)」
「「「「「「「(はい)」」」」」」」
カウンターの中から出てきた医師おじさんが、『あの人』の居る病室へと案内してくれるみたいだ。
「(病室は3階の一番奥だよ)」
医師おじさんを先頭に階段を上がり、長い廊下を歩く。
……夜の病院、お化けが出そうで薄気味悪い。
「(……此処だ)」
そんな中も医師おじさんはスタスタと廊下を進み……立ち止まったのは、廊下の一番端の部屋。
コンコン
「(失礼するよ)」
ガガガッ
ゆっくりと扉を開いてパチンと照明のスイッチを点けると……ソコは普通の病室。
左右に2台ずつ並び、合わせて4台のベッド。ベッドの傍には棚が置かれ、天井には仕切り用のカーテンレール。
そんな病室の、窓際のベッドに――――『あの人』が寝ていた。
「…………」
……パッと見ただけじゃ、まるで普通に寝ているみたいだ。
腕には点滴が打たれているし、眉間にシワが寄った苦しそうな表情。呼吸も少し荒そうだけど……言われなきゃ意識が無いとは思えない。
「ちょっと済まんよ……」
医師おじさんがゆっくりと『その人』をうつ伏せにひっくり返し、背中を捲り上げると……黒緑色に腫れ上がったジュクジュクの傷痕が姿を現す。
禍々しく生々しいソレにゾクッと身震いし、思わずお腹を押さえる。
「典型的な魔傷風の症状だね。生体反応はあるが意識が無く、腫れた傷口の特徴的な黒緑色、そして止まらない流血。今は薬で出血を抑えているがね」
「恐ろしい……」
「この状態がもう6日、正直危ない状態だった。……だがもう大丈夫。勇者様方が採ってきてくれた純ユークリド鉱石、それさえ有ればすぐにでも特効薬を飲ませられる」
……そうだ。この時のために僕達の今までの6日間が有るのだ。
『あの人』を救うために、純ユークリド鉱石を――――バトンを、医師おじさんに託そう。
「「「「「「お願いします」」」」」」
「ああ勿論だ。それでは作ろうか……『滅魔剤・ユークリド』を」
そこからは医学のプロ、医師おじさんの出番だ。
「はい、お願いします」
「……うん、高純度だね。確かに受け取ったよ」
純ユークリド鉱石を1個差し出すと、それを受け取った医師おじさんは流し台へ。
「土や岩が付いたままだね。【洗浄Ⅸ】」
「……すみません、掘り出したままで」
「いやいや構わんよ。むしろ採掘したての新鮮味があっていいじゃないか」
そう言いつつ鉱石の汚れを洗い落とした医師おじさん、今度はどこからともなく乳鉢を取り出すと……。
「【粉砕Ⅸ】ッ!」
魔法を唱えるや否や、硬そうな結晶を乳棒でガツガツと砕き始めた。
「「「「「「「おぉっ……」」」」」」」
……意外と派手。オーディエンスから思わず声が上がる。
見た目からして明らかに硬そうだった結晶も、医師おじさんの手によって瞬く間に砕かれ、すり潰されていき……やがて粉末になると。
乳鉢から用意された薬包紙へとササーッと移され――――
「……これで『滅魔剤・ユークリド』の完成だ」
あっという間に特効薬の完成だ。
薬包紙の上で山盛りになった、キレイな青色の粉末。……挽かれても純ユークリド鉱石はキレイだった。
「コレが魔傷風の特効薬なんですね」
「ああ。これを水に溶かして彼に服用させよう」
そう言うと、医師おじさんはスプーンと木のコップを取り出す。
「【計量Ⅸ】・100mg…………」
滅魔剤を慎重にスプーンで掬い取り……木のコップへと移し入れる。
余った滅魔剤は別の容器に移し替えて保管だ。
「勇者様方が命を懸けて持ち帰ってきた貴重な薬だ。これから現れるであろう、魔傷風患者のためにも大事に取っておかないとね」
そう言い、容器を白衣のポケットにしまうと……滅魔剤入りのコップを手に取った医師おじさん、再び流しへ。
「【計量Ⅸ】・50mL…………」
ゆっくりコップに水を注ぎ込み、水と滅魔剤をスプーンでかき混ぜれば……――――
「これで出来上がりだ」
「おおぉ……!」
コップの中には、澄んだ蒼透明の色をした液体。
……まるで純ユークリド鉱石がそのまま液体になっちゃったかのような、そんなキレイな見た目だった。
ココまで来れば、あとは『その人』に薬を飲ませるだけだ。
ついに……ついに、この時が来た。
「ちょっと済まんよ。……苦しいかもしれんが、薬を飲む間だけだからね」
返事は無いと知りつつも医師おじさんは声を掛けると……『その人』の上半身をゆっくりと持ち上げ、ベッドに座らせる。
頭と腕が力なくブランと垂れ下がり、背筋も力が入らず猫背に丸まる。
「茶髪の君、ちょっと身体を支えておいてくれないかね?」
「分ぁった。……こんなんで良いか?」
「ありがとう、十分だよ」
アキが『その人』の肩を持ちって身体を支えれば……コレで全ての準備が整ったみたいだ。
「それでは、服用させよう」
「「「「「「「……お願いします」」」」」」」
僕達の言葉に、小さく頷いた医師おじさんは。
『その人』の顎を、クイッと持ち上げ。
ダランと俯く頭を上向かせると……――――
小さく開いた口にコップを当て……ゆっくりと、『滅魔剤・ユークリド』を流し込んだ。
ゴクッ……
ゴクッ……
時間を掛けて、少しずつ薬が喉を流れていく。
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
黙ってそれを見つめる僕達。
……不思議な緊張感に包まれる。
――――すると。
効果は、すぐに現れた。
「おぉ……背中が光ってるぞ…………!」
「傷口から光が出ているようです……!」
「……うん、効いている証拠だね」
『その人』の背中にあった傷口が、青く輝き始めた。
「すごいわ。腫れがどんどん……治まっていってる」
「色もハダイロにもどってきたよー!」
まるで早送りを見ているかのように……傷口の黒緑色がみるみるうちに消えていき、腫れが引いていき。
……やがて、青色の輝きが消えていくと――――そこには小さなカサブタが1つ。
まるで何事も無かったかのように、傷口を覆い塞ぐカサブタが出来ていた。
「『滅魔剤・ユークリド』はしっかり効いたようだ。傷口も異常なく、呼吸も落ち着いたね」
再びベッドに寝かせられた『その人』の顔を見れば、眉間のシワは消えていた。
苦しげの消えた穏やかな表情。荒い呼吸も収まり、静かに寝息を立てている。
そして……――――医師おじさんは、告げた。
「……うん。一命は取り留めたよ。君達のお陰だ」
それを聞いた瞬間……ホッとした。
……良かった。本当に良かった。
誰かも知らない赤の他人でも良い。助けられて、本当に良かった。
そう、思った。
そんな安堵で、気が緩んだ僕は……――――
グラッと、後ろによろけると。
皆が上げる歓声と、拍手を聞きながら。
お腹の傷口から、血がタラタラと流れるのを感じ。
病室を皓々と照らす、天井の照明を最後に見て。
ずっと今まで耐えていた、腹を襲う痛みに耐えきれず……――――そのまま、意識を失った。




