17-37. 夜中
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「ふぅ…………」
外壁の上で独り、溜息をつく。
西陽はさっき暮れ、フーリエ砂漠の空は真っ暗。
無数の星が輝く夜空に、満月がゆっくりと昇り始める。
「……閉門まであと10分か」
懐時計を取り出せば、今の時刻は8時50分。
あと10分で西門を閉門、と同時に夜勤が始まる。
暗闇と孤独の中で、ただ眠気・空腹・退屈との闘いといわれる……地獄の夜勤だ。
さあ、今夜も頑張ろう。
「……そういえば2週間か、もう」
ふと、あの事件を思い出す。
ひと時も忘れられない、あの事件――――『フーリエ包囲事件』。
あれが起こった日から、今日で2週間が経った。
領主様主導で進めている街の復興は、着々と進んでいる。
大通りは早々に復旧し、馬車や人々が元の生活を取り戻そうと往来している。
朝市もおおかた復活し、王都や他の街への魚の運送も再開した。
ボロボロに壊されていた建物も徐々に立て替えられ、領主様のお屋敷に避難していた人々も段々と街へ戻ってきた。
きっと、元の生活に戻れるのも近いだろう。
「……もし、白衣の勇者様達が居なければ…………」
そんなフーリエの活気が今もこうやって見られるのは……勿論、彼らのお陰だ。
私達門番は魔王軍相手に手も足も出ず、フーリエは未だに深刻な冒険者不足。もしも白衣の勇者様が、アークさん達が居なかったら…………フーリエはもう終わっていたかもしれない。
いや、終わっていた。こんな素敵な景色も二度と見られなかった。
だから私は、そんな勇者様御一行に感謝し……そして尊敬している。
たったの5人で街を守った彼らのように……私も、門番としてこの街の人を守りたい。
そのためにはまず……力をつけなければならない。
「……よし、今夜も筋トレ三昧だ!」
閉門から翌朝6時の開門まで、実に9時間。時間はたっぷりある。
『暗闇と孤独』なんて、言い換えれば誰にも邪魔されずに集中できる絶好の機会だ。
『眠気・空腹・退屈との闘い』も、身体を動かしてさえいれば敵ではない。
軽食と防寒着しか持ち込めずとも、我が身一つで十分。
そう考えれば……今まで地獄でしかなかった夜勤も、何故か楽しみに思えて来ていた。
「……あと1分」
そんな事を考えている間にも閉門の刻限が迫ってきていた。
他の門番達も詰所から出てきて既に門扉に手を掛けている。
……さて、想像は一旦やめて仕事に戻ろう。
「…………西方異常なし」
夜勤の仕事はまず、閉門の合図から始まる。
夜の砂漠に異常が無いかを確かめてから、下で待つ門番達に閉門を指示するのだ。
「……南方異常なし。北方異常なし」
広大なフーリエ砂漠をぐるりと180度見渡し、特に異常が無いのを確かめる。
再び手元の懐時計に目をやれば……時計の針が丁度9時を示した。
……よし。
「閉門ォォォォォン!!!」
……ん?
視界の隅、砂漠の遠くに何か影が見えた。
北西の方向に視界を移すと……人影!
こちらへと向かって来ている!
「閉門やめェッ!!! まだ人が残っている!!!」
そう叫ぶと、門番達手がパッと離れる。
鋼鉄の門扉が閉じかけたままで動きを止める。
「……誰だ?」
装備品の中から双眼鏡を取り出し、人影に向ける。
ぼやけているピントを合わせると……――――
「……あっ、あの人々はッ!」
双眼鏡のレンズに映ったのは……他でもない彼らだった。
「勇者様御一行の御帰還だ!! 開門ォォォン!!!」
閉じかけた門で彼らを迎え入れるなど、無礼にも程が有る。
再び門扉を全開にして、私達は勇者様方のご帰還を待った。
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『ユークリド鉱石』依頼・6日目、21:25。
坑道の最深部を後にした僕達は、半日かけて地上に脱出したところで一泊。
その後、テント泊を1回挟んでフーリエ砂漠をひたすら歩くこと丸2日。
陽もとっぷり暮れて砂漠の空気がヒンヤリとしてきた頃、僕達はなんとかフーリエに辿り着こうとしていた。
「凄え長旅だったぞ……」
「あー……疲れたよー……」
「くぅぅん…………」
「早くベッドで寝たいです…………」
6日間の強行スケジュールに、クタクタの僕達。
子狼もコースの肩の上でダランとしている。
「うぅっ……ねむいー…………」
「ほら頑張れコース、西門見えてきたぞ」
「もう少しですよ、コース」
「うん……」
歩きながら寝そうになるコースを、シンとダンが支えて歩く。
さっきまでは米粒のように小さかった西門も、今はだいぶ大きく見えてきている。
「フーリエの西門……こんなデカかったっけ」
「たった6日なのに懐かしく思えるわ……」
フーリエに住んでから1か月半。もう見慣れたハズの巨大な外壁も、そこに空けられた西門トンネルも、たった6日おいただけで凄く大きく感じる。
……いや、それとも僕達が疲れてるから余計そう見えるだけか。
「ねむいー……お腹すいたー……」
「もう少しの辛抱だってコース」
「街に着いたら夜でもやってるお店を探して入りましょう。ね、コース?」
「んん…………」
コースの不満が止まらない。
もう9時半だし、食堂もお店もギルドも皆閉じてるかもしれないけど……きっとお店の1つくらいならやってるだろうしな。
あー……、こんな時にコンビニでもあれば…………。
――――なんて思っていた、その時。
「「「「おかえりー!」」」」
西門の方から聞こえた、むさ苦しくとも熱い出迎えの声。
声の主は……西門にズラッと立ち並ぶ門番さん達だった。
「えっ……!?」
「わたし達のために……なの?」
「……みんな待っててくれたんだねー!」
「きゃんッ!」
「こんな夜中だってのに……やるじゃねえか!」
9時の門限もとっくに過ぎている。もしかしたら西門から締め出されてテント泊、ってのも覚悟してた。
それなのに……こんな夜遅くなのにもかかわらず、門番さん達は門を開いたまま僕達の帰りを待ってくれていたみたいだ。
……突然のサプライズだったけど、疲れも忘れるほどに嬉しくなってしまった。
「「「「「ただいまーッ!!!」」」」」
僕達もありったけの声で挨拶を返し……西門へと向かった。
そんな出迎えサプライズは、どうやら門番さん達だけじゃなかったみたいだ。
西門トンネルを潜り、フーリエの街へと入った僕達は。
トンネルを抜けるとすぐ、西門広場に立つ2つの人影が目に入った。
「待ってたぜ。計介」
「皆様…………よくぞご無事で……」
満月の月明りに照らされた……それは、長年の親友とスーツを着込んだ青年。
「アキじゃんか! トラスホームさんも!」
トラスホームさんと、アキの2人だった。
「おかえり、計介」
「おぅ。ただいまアキ」
「『純ユークリド鉱石』、沢山掘って来たんだろうな?」
「あぁ。それはもうドッサリ」
「なら良かった。……さすが俺の計介だぜ。やるな」
「……僕はアキのモンじゃない!」
そんな事を言いつつも、アキと無事帰って来れたことを喜ぶ。
「まさか本当に1週間……いえ、それどころか6日で帰って来られるとは……」
「数学者舐めんな、トラスホームさん」
「……はい、誠に申し訳ありませんでした。……お帰りなさいませ、皆様」
トラスホームさんも、かなり僕達を心配してくれてたみたいだ。
「それにしても……アキもトラスホームさんも、なんで僕達が帰ってくるのが分かってたんですか?」
まるで今夜僕が帰って来るのを知ってたかのような登場だ。
なんでだろう?
「ああ。それはですね……先程、私の屋敷に西門詰所から『勇者様方が戻って来られたようだ』と連絡が来たのです。それを聞いて私はすぐ様此方に参った、という次第ですよ」
「成程」
そういう事だったのか。……門番さん達、やるじゃんか。
僕の中で門番さん達をまた少し見直してしまった。
「じゃあアキは?」
「ん、俺は……海岸通りで夜の海を眺めてたら、偶々通り掛かったトラスホームさんに呼ばれてな」
「なーんだ。そういう事だったか」
「……何か不満でも有んのかよ?」
「てっきりアキは6日前からずっとココで待ってくれてたのかと」
「んな訳無ぇだろうが。俺は忠犬ハチ公か」
「きゃん!」
……絶妙なタイミングで子狼が鳴いた。
ごめんごめん、忠犬ハチ公はコッチだったか。
「ん? なんだその犬?」
「あっ! コレは私の子なの!」
コースが子狼を抱き、2人に見せる。
「子どものウルフの魔物……でしょうか?」
「へぇ、まだ子供か」
「そー! 死にかけだったところを助けてあげたら懐いてついて来ちゃったの!」
……あながち間違いじゃない。
「成程な。……魔物ッつってもコイツは可愛いじゃねぇか」
「この大きさならまだ人を襲わないでしょうし、街に入れても問題は無いでしょう。きっとコース様の優しさに惹かれたのでしょうね」
「えへへっ」
照れるコース。
「で、コースちゃん。ソイツの名前は何てんだ?」
「名前はー……まだない!」
「猫か」
アキの鋭い切り返しが炸裂した。
「ちがうちがーう、ワンちゃんだよ!」
「あっ、いや、そりゃ分ぁってんだが……」
……だが、この世界の人々にはあの超有名文学作品が通じなかったようだ。
残念。
「ドコを見たらネコちゃんになるのー?!」
「いやだからそういう意味じゃねぇんだって……」
……そういや、子狼に名前を付けてなかったな。
今度付けてあげよう。
とまぁ、そんな感じで。
こんな夜中にもかかわらず、僕達は色々な人から厚いお出迎えを受けながらフーリエに戻ってきたのでした。




