17-36. 姿勢
ギイィィィィィィィィィ…………
特大サソリが断末魔の叫びを上げながら、
残った右鋏脚からは力が抜け、尻尾が力なく垂れ下がり。
ゆっくりと顔が下がり、地面につくと————それっきり、特大サソリは動かなくなった。
「やっと……やっと、倒しましたッ!」
「長かった……」
「ヤりがいあって楽しかったよー!」
「久し振りに強え魔物だったぞ!」
「コレが『魔力溜まり』の力だったのね……」
長かった戦いを終え、勝利を喜ぶ僕達。
「「「「「ォオオォォォォン!!!」」」」
周囲の狼達も勝利の遠吠えを上げている。
————けど。
異常に強かった特大サソリとの戦いでは、僕達にもそれなりに失う物があった。
ピキッ
ピキピキッ
「あっ……」
シンの握る長剣から鳴る、嫌な音。
刀身に入ったヒビが段々と大きくなっていくと……。
パキィィンッ!
「私の剣が!」
まるで『役目を果たした』とでも言うように、シンの長剣は真っ二つに折れてしまった。
「この剣は、私達が村を発つ時に村長さんから頂いた剣でした。結構気に入っていたんですが……」
「……そうだったのか」
折れた刃を拾い上げ、眺めながら呟くシン。
……そうか。思い入れのある剣だったんだな。
「元々限界が近いのは知ってましたが……恐らく、今回の毒液が効いたのでしょう」
「あぁ。……けどまぁ、勝ち戦を終えて命尽きたんだし、剣もきっと喜んでるよ」
「そうですね。……今まで、共に戦ってくれてありがとうございました」
剣に向かって感謝を述べるシンの表情は、なんだか悲しく嬉しそうだった。
————そんな事を話していると。
バリィィンッ!
「おぁっ! 俺の盾も逝っちまった!」
まるで長剣と共鳴するかのように、ダンの大盾も真っ二つに割れてしまっていた。
……どうやらコッチも寿命のようだ。
「この盾、村を出る時にジイさまから貰った盾だったんだよな。結構気に入っていたんだが……残念だぞ」
「……そっか」
それさっきも聞いた気がする。
デジャヴかな?
……とまぁ、そんな感じで。
色々と消耗しつつも特大サソリを倒した僕達は、勝利の喜びにも一頻り浸ると……時間の余裕が無かった事を思い出し。
そそくさとフーリエへと戻る準備に取り掛かった。
……履き違えちゃいけない。
狼達や特大サソリと遭遇したのは『偶然』であって、あくまで僕達の本命は『純ユークリド鉱石』の採掘。時間内に持ち帰らなきゃ本末転倒だもんな。
「コース、お水をお願いします」
「はーい! 【水源】!」
プカプカッ
「……うおっ、コレ冷てえな」
「大丈夫。加熱なら任せて!」
ボゥッ!
水系統魔術師さんと火系統魔術師さんが創り出してくれた温水で、全身の汚れや返り血を洗い落とす。
……本当にいつも助かります。
「……あったあった。久し振りの短剣です」
「予備用にこの手甲、持っといて良かったぞ」
メインウエポンを失った戦士2人はリュックから予備の武器を取り出す。
……片手用の短剣を握るシンに、腕に手甲を着けただけのダン。いつもと打って変わって軽装な2人の姿は、なんだか見ていて新鮮だ。
後は僕達も荷物を纏め、装備も一通り確認したら準備は完了。
これでいつでもフーリエに戻れる。
……んだけど。
その前に1つ、解決しておかなきゃいけない事がある。
特大サソリの乱入があって中断されてたけど……勿論、忘れちゃいない。
「さて、それじゃあ…………どうするか決めようか。お前達の『命乞い』を」
「「「「「…………」」」」」
その単語を口にした瞬間、再び最深部の広間の空気がピリピリし始める。
『忠義を誓う』と言いつつも、生殺与奪を握られている狼達。
そんな命乞いを断じて許さない、シンとアーク。
それを焦りすぎだと止める、コースとダン。
2対2で拮抗する、狼達の運命。
構図は元に戻った。
「そうだったそうだった……それで、どーすんの先生?」
「コイツらを今ここで処分するんですか?」
「それとも生かしてやんのか?」
「…………どうするの、ケースケ?」
そして、多数決の最後の1票は――――狼達の運命の決定権は、僕にある。
「……僕が決めて良いんだな? 誰も文句言うなよ」
「「「「…………」」」」
4人が黙って頷く。
「……分かった」
それを確かめて、僕は決定権を行使した。
「……1つだけ、尋ねたっきり返答を貰ってない質問が有る」
――――それは、特大サソリと戦う前の事。
僕達は奴らに色々と質問を重ね、そして知った。奴らの境遇を。
だけど……最後の質問だけ、答えを聞いていない物がある。
それは……『"魔王軍を裏切る"という証拠を見せて欲しい』。
魔王軍と完全に手を切る事、それだけがまだ『証明』されていなかった。
「憶えてるよな?」
「無論。我々は言葉に詰まり……結局、貴殿に答えることが能わなかった」
「あぁ」
「……まぁ、あの時は、な」
「っ?」
そう言うと、俯いていた狼の顔が持ち上がる。
「……どういう意味であるか?」
「あの時はお前達の気持ちを聞けなかったけど、僕はもう受け取ったよ。お前達の…………その、『証拠』を」
――――コースが子狼を守り抜いた後、無謀にも狼達は戦線へと飛び出していった。
ボロボロの身体なのに、ひっくり返しようも無い力量差なのに、も攻撃を一発喰らえばお終いレベルなのに……文字通りの死ぬ気で。
それを見た僕は、情が移ったのか思わず狼達に力を貸してしまった。
奴らに1頭残らず、【冪乗術Ⅰ】・all2という強大な力を与えてしまった。
――――今思えば、アレは絶対ダメだった。
――――過去最大の悪手だった。
なぜなら…………その行為はつまり、『僕達と狼達の力量差を埋める』から。
僕達の強みは、ステータス加算がつくり出す圧倒的かつ絶対的なステータス差だ。
コレが有るからこそ、こんなに経験が浅くLvが低く年齢が若くして活躍できている。
王都南門襲撃事件、テイラー迷宮合宿襲撃事件、そしてこの前のフーリエ包囲事件と、度重なる魔王軍の襲撃も退けられたのもそのお陰だ。
けど……そんな力量差を埋めるだなんて、魔王軍からすればこれ以上無いと言っても過言じゃない絶好のチャンスだ。
僕達を襲えばもろとも道連れに出来たし、戦いを妨害するだけでも甚大な被害を与えられた。
逃せば戦犯確定レベル、最高最大一世一代の大チャンスだったハズだ。
……だが。
彼らは、そのチャンスを使わなかった。
僕がヤラかした致命的ミスに目もくれず。
彼らはただ一心に、特大サソリへと跳びかかっていった――――。
「……それを見て、僕は感じた」
――――あの瞬間、狼達は……彼ら自身のために戦っていた。
魔王のためじゃなく、彼ら自身のために戦っていた。
死んでも生き延びるために……戦っていた。
その行動は、もう――――魔王に命を捧げてる奴の行動じゃない。
「返答は結局無かった。けど――――その代わり、お前達の姿勢がまさにソレを証明していたよ」
「「「「「…………」」」」」
もうそれで十分。
彼らの覚悟は、姿勢で示された。
「……ケースケ」
隣のアークから声が掛かる。
紅く輝く瞳が僕を見つめる。
「命乞いを許すのね?」
「あぁ」
文句は無さそうだけど、納得もしてない口調だ。
「……けれど、もしあいつらが裏切ったらどうするの……?」
「その時は僕が責任をもってコイツらを消す。1頭残らず」
……勿論、その覚悟はとっくに僕もしている。揺るがない。
彼らの『魔王軍を裏切る』って覚悟には、僕もそれなりの覚悟で向き合うつもりだ。
「……分かったわ。わたしはケースケに従う」
「先生がそこまで仰るのなら……私もです」
そう言い、アークとシンも頷く。
……まだ若干不満は有るみたいだけど、2人も分かってくれたようだ。
そして僕は、リーダー狼の目をジッと見つめると……彼らに告げた。
「だから僕は……お前達を信じる」
「…………忝いっ」
「だからお前達も裏切ってくれるなよ。ずっと視てるからな」
「無論であるッ!!」
「我々・フォレストウルフ、貴殿に忠義を誓い――――赦されしこの命が尽くまで、貴殿の力となろう!!!」
「「「「「ウオオォォォォォォォンッ!!!」」」」」
深緑色の狼達が一斉に、遠吠えを上げる。
彼らの覚悟が籠められたそれは、坑道最深部の広場にこだまして鳴りやまなかった。
「……それじゃあ、フーリエに戻ろうか」
「ええ。すぐ帰らなきゃね」
「はい。予想外の事態のせいで、結構時間も押してますし」
「イソげイソげー!」
という事で、この狼達の件も一段落した。
本題の『純ユークリド鉱石』の件はとっくに片付いてるし、今度こそ用事は全部済んだな。
あとは53番坑道を脱出して、砂漠をひた歩いてフーリエに戻るだけだ。
「お前達は傷が治るまでココで回復。僕が良いって言うまでこの坑道から出ちゃダメだ」
「「「「「ハッ!」」」」」
この狼達には初めての命令を使ってみました。
傷が治らなきゃ何も出来ないし、まずは今まで通り治療に専念してもらおう。
「何度も言うけど、僕はずっと視てるからな。違反したヤツはマジで消します」
「「「「「ハッ!」」」」」
「お前達の傷が治る頃になったらまた来るから、それまでに完治するように」
「「「「「ハッ!」」」」」
「……じゃあ、リーダー狼さん。後はよろしく」
「ハッ! 御任せを!」
……まぁ、このくらい言っておけば大丈夫だろう。
嘘はついてないし。
「……じゃあ先生、皆。そろそろ行こうぜ」
「ああ。そうだな」
という事で。
僕達はもと来た通路の方へと振り向くと。
狼達と広場に背を向け、帰途に着いた。
「きゃんきゃんッ!」
「ん?」
……と思った矢先、後ろから可愛い鳴き声が響いた。
どうやらもう1件、済んでない用事が有ったみたいだ。
「あっ、ワンちゃん!」
振り返ると、豆柴のような子狼が1頭、コッチへと駆け寄っていた。
……さっきコースが助けた例の子狼だった。
「きゃんッ!!」
「うあっ」
子狼がスピードそのままに、真っ直ぐコースの胸へとジャンプ。
仰け反ってひっくり返りそうになりつつも、コースが抱きしめる。
「なんでコッチ来ちゃったのー?」
「くぅぅぅん……」
「ダメだってー。坑道から出たら先生に消されちゃうよー?」
子狼の頭を撫でつつ、恐ろしい事を呟くコース。
……いや、確かに僕そう言ったけどさ…………。
「……その子は我々と共に過ごすより、貴殿と共に行くのを望んでいるようだ」
「そうみたいだな」
特大サソリに襲われそうになった、さっきの件があったからだろうな。
この子の気持ちは分からなくもない。
「そうなのワンちゃん? 私と一緒に来たいー?」
「きゃん!」
……まだ喋りは出来ないみたいだけど、返事はとても分かりやすかった。
「ねーねー先生。……このワンちゃん連れて帰っちゃだめ?」
「………………っ」
子犬の様な瞳のコースと、本当の子犬の瞳が僕を見上げる。
「それとも……坑道出た途端に消しちゃうの?」
「くぅん……」
「……………………うぅっ」
うっ……。
そっ、そんな目で見られちゃ……――――
「……いやいや待て待て。狼達はソレで良いのかよ?」
危うくアッサリ押し負ける前になんとか踏み留まり。
ひとまずリーダー狼に意見を聞いてみる。
「貴殿さえお許し下さるのならば、我々はそれに従うのみ」
「……そっすか」
「その上、その子は未だ言葉をも覚えておらぬ。魔王様への忠義など、魔術師の娘への恩義で易く上書きされたであろう」
……成程。心配も不安も全く無いみたいだ。
だけど、礼儀としてこの子のご両親にも聞いておかなくちゃな。一応。
「この中にこの子の親御さんはいらっしゃいませんかー?」
「否。魔物は群れこそあれど、元より親子関係は存在せぬ」
……そういやそうだった。
群れを見回してみるけど、特に誰も何とも思ってなさそうだし……それなら良いか。
「……よし。連れて帰ろう」
「いいのー!?」
「あぁ」
「ヤッター!」
「きゃんきゃんッ!」
そう言うと、ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶコース。
胸に抱かれた子狼も嬉しそうだった。
「ただ、この子の責任はちゃんとコースがみるように」
「もっちろんだよ!」
そう言うと、コースは背中のリュックに手を突っ込み……何やらゴソゴソと取り出した。
「じゃーあー…………ハイこれ! ワンちゃんにあげる!」
そう言って取り出したのは…………――――骨。
そこそこ太目な白骨が1本、コースの手に握られていた。
「あ、出た」
「それって……まさか」
「昨日のアレですよね?」
「管理事務所でコースが見つけたヤツじゃねえか」
「うん! そーだよ!」
よりによって役に立つ時が来るとは…………。
そんな目の前で起こったミラクルに僕達が震えている間にも、抱かれたワンちゃんは白骨にガシガシと噛みついているのでした。
……それじゃあ。
「帰ろうか。フーリエに」
「ええ」
「はい!」
「うん!」
「おう!」
フーリエでは、『あの人』が今も純ユークリド鉱石の到着を待ってるハズだ。
今度こそ、帰途に着こう。




