17-35. 毒針Ⅲ
「其レハ無限ナラザル物ニ限与ウル者――
――【定義域Ⅵ】・y≦1」
……ん? なんだ今のは。
口が勝手に動い————
シュンッ!
「「「なっ……?!」」」
そう思った頃には……コースと子狼の頭上に、青透明の板が張られており。
そこから下の空間が、青透明に塗りつぶされていくと――――
彼女と、彼女がギュッ抱きしめる1頭は……青透明の空間に包まれた。
「これは……ッ?!」
「ケースケのバリアだわ!!」
「……いつの間に」
僕の意志もなく勝手に動いた口は、バリア魔法の【定義域Ⅵ】を発動させていた。
カツーンッ!!
「…………っ!」
そんな今しがた張られたバリアに、尻尾の毒針が直撃。
鋭い金属音が最深部の広場に響き渡る。
「だいじょーぶっ…………」
「きゅぅん…………」
そのすぐ下で目を瞑るコース。
衝撃音にビクッと震え、ギュッと子狼を抱きしめる。
ガガッ ガガガガッ ガガガッ ガガガッ…………
バリアを削る毒針にグッと力が加えられ。
黒板を引っ掻く音が上がり、火花が散る。
毒液も針からドクドクと分泌され、バリアを溶かしに掛かる。
――――だが。
【定義域Ⅵ】のバリアは、決して許さなかった。
特大サソリの毒針が、毒液が……定義域外に、飛び出すことを。
バリアより内側へと――――コースと子狼に、近づくことを。
パキィィンッ!!
シュゥゥゥ…………
バリアを突き破れず、耐え切れなくなった毒針は根元からボッキリ。
毒液も、何を溶かすでもなくひとりでに蒸発し……あえなく霧散。
「えっ……!?」
ギイイィィィッ!?
頭の直ぐ上で起きていた攻防に、見上げたコースが目を見張る。
自慢の武器が力及ばず敗れゆく光景に、目を疑う特大サソリ。
特大サソリは……左鋏脚に続き、毒針までも失ってしまった。
「おいコース! 戻ってこい!」
「……う、うん!」
ダンが呼ぶと、固まっていたコースが再起動。
子狼を抱いたまま立ち上がると、コチラに走って帰ってくる。
「ふぅー……助かったよー…………」
「「「「コース……!」」」」
なんとか危機を脱してきた彼女を、僕達も優しく迎える――――
「何をやってるんですかコース!」
「俺らの声が聞こえなかったのかよ!?」
「えっ……」
……かと思いきや、たちまちシンとダンのお叱りが始まった。
「だ、だって、このワンちゃんが――――
「危うくお前まで死ぬとこだったじゃねえか!」
「で、でも……私のDEFなら大丈夫だって思って――――
「過信は禁物です!」
「そもそもどんだけステータスが高かろうが、毒には意味ねえんだぞ!」
「うん…………」
しょんぼりするコース。
「けどまぁ……シンもダンもそんなに怒るなって。結果オーライだったんだし」
「そうよ。次から気を付ければいいんじゃない?」
僕とアークでフォローしてみる――――
「「ダメだ!!」」
……2人して怒られてしまった。
「分かった分かった。じゃあ、コースの事は2人に任せるからさ…………今はコッチだ」
グギィィィッ……
僕が指差す先には特大サソリ。
左鋏脚と毒針を失っているものの、こちらを睨む眼についた怒りの炎は燃え尽きていない。
「……そうでした。サッサと片付けましょう」
「ああ。それが終わりゃミッチリ説教だぞ!」
「ひぇぇー……」
さあ、決着をつけるぞ!
「ハァァァッ! 【強斬Ⅷ】!!!」
「ふッ! 【強刺Ⅶ】!!」
「【氷放射Ⅱ】! いっけぇー!」
鋏脚の攻撃はもう効かない。唯一怖かった、毒針ももう無い。
そうとなっちゃえば……もうココからはシンとアーク、それとコースの独擅場。
サソリが力尽きるのも、もう近いだろう。
……って思ってたんだけど。
「……ねーねー。このサソリ、すっごくしぶとくない?」
「はい。やはり、この体格だけにHPも莫大なんでしょう」
「何においても、一昨日のサソリとは比にならないわね……」
攻撃しても攻撃してもサソリは全然倒れてくれなかった。
まだ大量のHPを削りきれていないようだ。
とはいえ、このままの状態でコイツを放置するのも怖い。いずれ回復した時に再び坑道を荒らされたりしても困るからな。
『サソリの生命力は強い』ってのは聞いた事が有るけど、まさかこんなにコイツがしぶといとは思わなかったよ……。
――――すると。
「……我々も助太刀致そう」
「…………?」
僕の足下から、ふと声が発せられた。
視線を落とせば……声の主は、何かとずっと僕の隣で立ってたリーダー狼。
「……お前達が?」
「左様」
「いや、いいって。シン達ならともかく……お前達だと攻撃一発で死にかねないだろ? 傷が治ってない奴も多いし」
「構わぬ」
……いいのかよ。
ココで参戦して命を落とそうものなら『命乞い』した意味が無いじゃんか。
「……なんでだよ?」
「それは…………貴殿の仲間、あの魔術師の娘は、身を挺して我らが同胞を守った。味方でもない我々の、幼き同胞を」
「おぅ」
さっきのヤツな。
「その時、それを見て我は感じたのだ。…………『幾ら語れど忠義は語れぬ。姿勢で示せ』、と」
「……お、おぅ」
「きっと魔術師の娘は、それを身を以って我々に示して下さった!」
「…………いや」
考え過ぎだと思います。
あの子はそんな深い考えで動く子じゃないよ。
「ならば、我々が黙って戦いを見ている訳にはいかぬ! 皆もそうであろう?!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
「……」
……若干の勘違いを持ったまま、周囲の狼達まで眼つきを変えてしまった。
「もとより貴殿に皆殺される筈だった命、ここで賭しても罰は当たらぬ! 行くぞ!!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
「…………」
そうして、狼達は特大サソリへと向かって行ってしまったのでした。
「……ハァ、何なんだアイツら」
あの狼達、果たして生きたいのか死にたいのか良く分からないよ……。
とはいえ、その命を懸けて戦う姿勢は十分わかった。
真偽はともかく『僕に忠義を誓う』とも言ってるんだし……ココで死なせるのは勿体ないだろう。
「……さて」
だからさ。
僕も少し力を貸させてもらおう。
得意のステータス加算でな。
それも……――――『15頭一斉・同時ステータス加算』だ!
「【因数分解Ⅲ】ッ!」
「……なっ!? 消えた!?」
そう言うと……狼達がボフッと白煙が上げて姿を消す。
ただ1頭残されたリーダー狼が、驚いてスピードを緩める。
「【冪乗術Ⅰ】・all2!!」
「…………此れは……?!」
ちょっと済まない事をしたと感じつつも、立て続けにリーダー狼をパワー・アップ。
……こうすれば1頭1頭に魔法を掛けずに済む。一瞬だ。
「【展開Ⅲ】ッ!!」
そして仕上げの【演算魔法】を発動すれば、ボフボフッと白煙を上げて狼達が戻る。
よし、コレで完了!
「何だ今のは!?」
「何が起きたのだ……?」
「にしても、何か不思議な気分だ……」
「力が漲る……!」
脚こそ止めないものの、一連の事態に狼達も戸惑っているようだ。
……さて、ちょっとケツ叩いてやるか。
「命を乞うんなら姿勢で示してみろ!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
リーダー狼の言葉を借りて少し煽ってみたんだけど……効果テキメンだったみたいだ。
……さあ。コレで狼達も対等に渡り合えるだろうし、死ぬことも無いだろう。
行ってこい!
……その後。
シンとアーク、コースの3人だった戦場に狼軍50頭が投入されると、戦況は一気にコチラへと傾いた。
彼らはサッと二手に分かれると、4対あるサソリの脚に思いっきり跳びかかる。
自慢の鋭い牙と爪で紫の甲殻をベリベリと難なく剥がせば、内側の柔らかい肉に顔を埋めて食い千切る。
……ってか貪り食ってた。
スジスジな肉質にも構わずブチブチと引き千切り、全身に特大サソリの血を浴びながら、ただ貪り食っていた。
特大サソリが脚をブンと動かして振り落とされようと、彼らはまた同じ所に齧り付き。
ひたすらひたすら、肉を食い千切っていた。
「なぁ先生。……アイツら、ただ腹が減ってただけじゃねえのかよ?」
「……そうかも」
その様子を見た僕とダンも、そんな事を考えていた。
だけど……ソレが全てって訳でも無かったようだ。
しばらくすると、急に特大サソリの動きがぎこちなくなる。
移動する度にガクガクと体を揺らすようになってきていたのだ。
「なんか急に動きが悪くなってきたけどー……」
「シン見て! 脚が2本動かなくなってるわ!」
「……あっ! 本当です!」
アークの指差す先を見てみると……喰い漁られてズタボロになった脚が2本、引きずられるように動いていた。
もう力が入っていないようだ。
「やるじゃねえか、アイツら!」
「あぁ」
その後も、スーパーサブ軍団・狼達の勢いは止まらず。
3本目、4本目と特大サソリの脚を喰い散らかしたところで……――――
ズウウゥゥゥゥン!
「ぅわっ!?」
「きゃッ!?」
体重を支えきれなくなった特大サソリが、腹を地につける。
特大サソリの目に灯った炎は、もう風前の灯火。
体も動かず、抵抗する気力も無いようだ。
――――今度こそ、決着の時は近かった。
「行け、シン! アーク!」
「決めろ!」
「ヤッちゃえー!」
後衛組の声が、シンとアークの背中を押す。
「……勿論です」
「ええ……これでお終い」
ボゥッ!
特大サソリの正面に回った、シンとアーク。
長剣を諸手に構え、槍の炎を一段と燃え上がらせると。
タッと、大きく宙に舞い上がり。
「「ハアアァァァァッ!」」
長剣と、炎の槍を突き出し――――
「【強突Ⅴ】ォ!!!」
「【強刺Ⅵ】ッ!!!」
キイイィィィイィィイィィィィィィ………………
トドメの一撃を、眉間にブスリと突き立てた。




