17-34. 毒針Ⅱ
――――【演算魔法】の中でも、とっておきのモノ。
昨日の夜に勉強した『累乗』で、僕は【冪乗術Ⅰ】を習得した。
けれど……実は、僕が習得していたのは1個だけじゃない。皆にはまだ披露してなかったけど、もう1個の新魔法を習得していたのだ。
……もうお分かりだろう。
足し算には引き算、掛け算には割り算。
じゃあ、累乗には――――コレだ!
「【冪根法Ⅰ】・all2!」
特大サソリに向かって、新魔法・【冪根法Ⅰ】をお見舞いした!
「「……るーと…………?」」
「って先生、どんな魔法なんだよ?」
「あぁ、コイツは……【減法術Ⅳ】よりも【除法術Ⅳ】よりも強い、最強の『ステータス弱体化魔法』だ」
「「弱体化ッ!!」」
魔法の能力は言うまでもない。対象のステータスに√ ̄を架けてしまう魔法だ。
ステータスが100なら10になるし、1万なら100。仮に100万だったとしても1000。
引き算も割り算も敵わない、恐ろしいほどの下げ幅を誇る強力なステータス弱体化魔法なのだ!
「……ねえシン、ケースケがまた何かヤラかしたみたいよ」
「『弱体化』ですよね、聞こえてます。……全く【演算魔法】はどうなっているのだか」
「本当ね。もう次々と新しい魔法を覚えていっちゃうんだから……」
そんな後衛組の会話は2人にも聞こえてたみたいだ。そして2人に揃って呆れられた。
……けどまぁいいさ。【冪根法Ⅰ】の効果、その眼で見て確かめてもらおうか!
グギギギギィィィ……!!!
カチカチカチカチッ!
「……もう鋏脚も毒針も見切りました!」
「さあ、今度はどんな攻撃かしら?」
シンとアークが視線を前に戻せば、特大サソリの怒りは沸騰状態。
ドスの効いた敵意剥き出しの声を上げ、貧乏ゆすりの如く両鋏脚がハイテンポに開閉する。
ギッ!!
「また私狙いですかッ!」
先手を取ったのは痺れを切らした特大サソリ。
ガッと両鋏脚の爪を開き、捉えたのは……シン。
ギイィッ!!
「中々しつこいヤツです!」
怒りに任せ、突き出した鋏脚でシンを追いかける――――が。
「……遅ッ!?」
「えっ、うそでしょ……っ?」
――――鋏脚には、さっきまでの勢いなど全く無かった。
ロケットパンチに比べれば、最早スローモーション。
まるで、速い球ばかり打っていた野球選手が遅い球を打てなくなるのと同じように。
シンとアークの脳が混乱を起こすほどに、ゆっくりだった。
「こっ、コレが……『ルート』の力ですか?」
「だめ……頭がついて来ない…………!」
頭の中の想像と違う鋏脚の動きに、思わずシンとアークの身体が止まる。
ギィッ……!?
驚きを隠せないのは、特大サソリも同様。
……とはいえ、それでも鋏脚は執拗にシンへと伸びる。
「……っと危ない!」
バチンッ!
バチンッ!
ギリギリながらも後ろに跳び、しっかり鋏脚の集中攻撃を避けるシン。
……すると、どうやらシンがスピードに慣れてきたようで。
「……成程、恐ろしいくらいの効果じゃないですか! ルート!!」
そう言うと、長剣をギュッと握り直し。
サソリ目掛けて真っ直ぐ駆け出した。
パチンッ!
バチンッ!
「そんなに遅いと当たりませんよ!」
鋏脚がシンをひたすら追いかけ回すが、到底追いつけない。
バチンバチンと爪の空振る音ばかりが最深部の広場に響く。
……その隙にも、シンは鋏脚を上手く躱して特大サソリの懐に入ると。
「……隙ありッ! 【強斬Ⅷ】ッ!!」
さっきの関節の傷口めがけ、再び長剣を振り下ろした。
「ハアァッ!」
ザシュッ!
肉や筋をブチブチと断ち切る……にもかかわらず、豆腐を斬るかのように抵抗なく滑り込む長剣。
刃の痕が奥深く深くへと斬り進んでいく。
ギイイィィィッッ!!!
痛みに耐えきれず悲鳴を轟かせる特大サソリ。
閉じかけていた傷口からは再びミスト状に血が撒き散らされる。
「やるじゃない、シン!」
「はい! ……次で腕ごと輪切りにしてやります!」
筋がズタズタに断ち斬られているからか、左鋏脚の爪の動きがぎこちない。
……シンの言う通り、鋏脚が斬り落とされるのも近いだろうな。
「にしても……弱体化のレベルが半端ないですね……」
「ええ。さすがはケースケの【演算魔法】、って感じかな……」
「へへーん」
コレが『数学の力』なのだ!
数学者舐めんな!
……とまぁ、こんな感じで。
ステータスが平方根になった特大サソリと、2乗になったシンとアーク。
もう、強さの違いは歴然だった。
「いつまで私を狙ってくるんですか!」
鋏脚と尻尾をスピードの差で翻弄しながら、再びシンが特大サソリの懐に入る。
特大サソリも必死で関節を守ろうと抵抗するが、シンの動きには間に合わず。
「最後の一丁ですッ! 【強斬Ⅷ】ッ!!」
ザクッ!!
関節の傷口に、3撃目が叩き込まれた。
キイィィェェ!!!
「ハアアァァァッ――――
ズウゥゥンッ!
会心の一撃が特大サソリの関節をぶった斬り、ボトリと鋏脚が地面に落ちる。
露わになった傷口からは緑の血がダァーっと垂れ流され、地面に吸われていく。
「ふぅ……まずはコレで一本です!」
……キィィッ!!!
腕を1本もぎ取られた特大サソリ……だが、ドヤ顔を決めるシンに出来るのは睨む事だけ。
傷一つ付けられない事に苛立ちばかりが急上昇する。
「わたしだって忘れないでよね!」
そんな中、アークは特大サソリの身体に跳び乗ると。
諸手で握った炎の槍を、足元の甲殻に突き込む。
「【強刺Ⅶ】ッ!!!」
パリンッ!
ジュウウゥゥゥゥゥゥッ…………
まるで最中のように紫の甲殻が割られ、ズブズブと炎の槍が突き込まれる。
槍から噴き出す炎が、特大サソリを体の芯から温めていく。
ギイイイィィィッ!!!
死角から突き込まれた痛みと熱さに、特大サソリの体も耐え切れなかったようで。
紫色の巨体がブルブルッと大きく震える。
「きゃッ!?」
「「「「アーク?!」」」」
突き込んでいた炎の槍から手が離れ、アークが振り落とされる。
ゴロゴロと地面を転がり、うつ伏せに倒れて止まる。
「……しまった! わたしの槍が!」
サソリの体に刺さったまま、槍を手放したのに気づいたアーク――――をチャンスとばかりに特大サソリの尻尾が狙い。
毒液の滴る針が、アークへと突き出される――――
「させないよーッ! 【氷放射Ⅱ】!!」
シュシュシュシュッ!!
シュシュシュシュッ!!
そこでコースが魔法を発動すると。
生み出した大量の氷の塊を、サソリの眼へと容赦なく放った。
「メンタマやっちゃえー!」
シュシュシュシュッ!!
シュシュシュシュッ!!
……無邪気な笑顔で中々酷いことを叫びつつも、氷の塊はサソリの眼を襲い。
真っ黒な眼球に、ブスブスと勢いよく突き刺さる。
イイイイイァァァァァァッ!!!
「ヨッシャー! やったね!」
眼を襲う激痛に、思わず暴れる特大サソリ。
反動で尻尾の照準が狂い、毒針はアークの居ない明後日の方向へ。
「来たッ!」
「「躱せッ!」」
そんな明後日の方向に居た狼達も、必死で左右に躱し……毒針が地面に突き刺さる。
ドォン
……けど、さっきまでとは異なり揺れも衝撃も起こらない。
劇的に下がったステータスのお陰で、特大サソリは坑道にもダメージを与えられなくなったようだ。
「よし、今度は尻尾をぶった斬ってやります!」
その隙を捉えたシン、鋏脚を1本斬り落として気を良くしていたのか。
今度は力なく墜落した尻尾へと駆け出す。
――――が。
「シン危ねえ! 後ろだ!」
「えっ…………――――
ダンの警告にシンが振り向くと……背後に迫っていたのはもう片方の鋏脚。
「しまった――――
バチンッ!!!
「ぐぅッ!」
しめたとばかりに鋏脚の爪が閉じ、シンの身体をガシッと挟む。
キキキキッ……!!
「くぅっ…………」
氷の塊でズタズタになったサソリの眼がカッと見開かれ、ニヤリと口が開く。
……今までのお返しと嘲笑うかのようにシンを見下しつつ、尻尾が動き始める。
「……ヤベえ! シンが捕まっちまったぞ!」
「こーなったら、もう一回メンタマに……!」
「まずい、槍がまだ……!」
「クソッ! 毒だけはヤバい…………ッ!」
……あのままだと、シンが毒針の餌食だッ!
僕達4人も焦り始める。
――――が。
「……んううぅぅぅゥゥッ!」
メキメキメキ……
シンが両腕に力を込めると……徐々に身体を挟んでいた爪が開き。
「ほッ!」
スタッ
まさかの自力で鋏脚から脱してしまった。
「……ふぅ、危ない所でした! ――――って、あれ? 皆さんどうしたんですか?」
「「「「…………」」」」
4人、驚愕。
「「「「「…………」」」」」
狼達も驚愕。
「……ウソだろ?」
特大サソリの武器である鋏脚でさえも、【冪乗術Ⅰ】と【冪根法Ⅰ】のチート性能を以ってすれば無力と化してしまった。
この瞬間、もう何も怖くないって思ってしまった。
その後といったらもう……悲惨だった。
そもそもスピード的に追いつけないのに、いざチャンスが来たかと思えばメインウエポンの鋏脚が意味を為さないという事実。特大サソリは詰んでしまった。
そうなれば、ここからはコチラの一方的な戦いだ。
シンとアークが常人離れしたスピードで特大サソリの視線をかき乱し、全身をどんどん傷つけていく。
ウズウズしていたコースも前線に飛び入り参加し、氷の塊をバンバン撃ち出す。
サソリの身体中を覆っていた紫の甲殻はバリバリに割れ、至る所から緑色の血が滴る。
気持ち良いくらいのワンサイドゲームだった。
その間、僕とダンはといえば…………周囲の狼達に混じって観戦してました。
時々サソリの鋏脚やら尻尾やらが飛んでくるから、それに注意して避けるだけだった。
「…………これは酷い」
リーダー狼も、僕の隣でそう呟いてた。
「……貴殿らと戦う道を選んでいれば、我々が奴の立場になっていたのか」
「んー。まぁ、そうだな」
「そうか。…………命を乞う道を選んで正解だった」
リーダー狼の、心の底からの言葉を聞いてしまった。
そんな会話を交わしつつ、再び戦場へと視線を向ければ。
「はぁァァッ!」
特大サソリの腹の下に潜ったシンが、真上に向かって長剣を突き刺すところだった。
……どんな流れでそうなった。
「【強突Ⅴ】ォッ!!」
ザクッ!
ギイイィィィェェッ!!!
「効ーてる効-てる!」
急所を突かれたのか、特大サソリの体が一段と大きくブルンと震える。
キィ…………ッ!!
「尻尾が来るわ!」
それでもめげない特大サソリ、痛みに悶えつつも尻尾の毒針をアークへと差し向ける。
「まっかせてー! 【氷放射Ⅱ】!!」
シュシュシュッ!!
コースが氷の塊を容赦なく眼へと撃ち込む。
キッ!!!
「あっ! ずるーい!」
だが、特大サソリもしっかり学習したようで。
瞼を閉じ、氷を弾き返す。
……が、そのせいで尻尾の照準がズレると。
毒針の先が、広場の壁際の方へと向く。
「気を付けて! そっちに尻尾行くわ!」
着地地点に居る狼達へとアークが声を掛ける。
……さっきは『命乞いを許さない』とか言ってた割に、意外と優しい。
「「「「「ハッ!!」」」」」
そんな狼達も、声を掛けられるや否やササッと飛び退ける。
……戦わずとも被弾だけはしっかり避けられるあたり、それなりに身体能力は持ってるんだよな。さすがは魔王軍の一員だっただけの事はある。
――――と、思っていた矢先。
1頭、取り残された。
「きゅんッ!」
ズザッ
子ども狼が石ころに躓き、毒針の着地地点に取り残された。
「「「「「なっ!?」」」」」
「「「「「拙い!」」」」」
まさかの事態に、思わず声が出る。
狼達の前脚が動く――――
……が、もうすぐ頭上には毒針。
助ければ、もろとも餌食。
「「「「「……くぅッ…………!」」」」」
それを察した狼達は、誰一人として動けず。
諦めるしかなかった。
――――しかし。
「だめぇぇぇぇェェッ!!!」
ただ一人、そんな子ども狼へと走ったのは……――――コース。
「コース止まってください!」
「おいバカ行くんじゃねえ!」
「やめろコース!」
「止まってぇぇ!」
僕達の制止にも耳を貸さず……コースが子ども狼の下へと辿り着くと。
「私が守るよ…………ッ!」
「くぅん……」
子ども狼を抱きしめたまま――――毒針に背を向けてしゃがんでしまった。
毒液の滴る毒針は、もうコースの頭上。
……時間は無い。
「くッ……アレで庇ったつもりかよ!」
「駄目です! コースじゃ耐えられません!!」
「よけてコースゥ!!」
シン達も必死に呼びかけるが、コースは動かない。
……あのままじゃ、毒液を浴びて一巻の終わり。
思わず思い浮かんでしまった酷い想像に、頭が真っ白になる。
「…………マズい!」
……ヤバい!
コレはヤバいぞ!
どうすれば…………ッ!
ヤバいヤバいヤバいヤバい————
――――その時。
「其レハ無限ナラザル物ニ限与ウル者――
――【定義域Ⅵ】・y≦1」
僕の口が、再び勝手に動いていた。




