17-31. 最深部
という事で。
たまたま起きたミスから【冪乗術Ⅰ】の秘めたる力『複冪反転』を発見した僕とシン。
偶然の発見に喜びつつ、その後もひたすらピッケルを振り続け――――
『ユークリド鉱石』依頼・4日目、12:00。
採掘終了の予定時刻。
「先生、正午になりました」
「オッケー、分かった」
シンの合図で、僕達は採掘の手を止める。
結晶は所々に採り残しがあるし、まだ坑道の奥の方が丸ごと残ってるみたいだけど……ココでお終い。
それぞれの収穫物が入った麻袋を持って集まった。
「それじゃあ、結晶はココに並べていってくれ」
「見て見てコレ! いっぱい採ったよ!」
ドスッ
僕の収穫……2袋の横に、コースの2袋が並べて置かれる。
「フゥー、やっぱり慣れない作業は疲れます……」
ドスッ!
「わたしも。体力にはそこそこ自信あったんだけどね……」
ドスッ!!
その横にシンの3袋とアークの3袋が並ぶ。
「フッ、シンもアークも甘えな!」
ドスドスッ!!
その横にダンの5袋が追加。
…………そして、僕達の足元にはパンパンに結晶の詰まった麻袋15個が並べられました。
「コレで全部だな」
「合計で15袋ですか」
「圧巻ね…………」
「こんだけ持って帰れば、トラスホームさんも大喜びだよー!」
「ああ。違いねえ」
……たった1時間半でこの量、一人平均で3袋だ(【除法術Ⅳ】利用:15÷5=3)。
一般人じゃ絶対に無理だよな。やっぱり【冪乗術Ⅰ】のお陰なんだろう。
で、この大量の純ユークリド鉱石をどうやって持ち帰るかといえば――――これまた【演算魔法】の出番だ。【因数分解Ⅲ】で1個に圧縮すれば、持って帰るのもラクチン。リュックに入れるのも結晶1個分だけのスペースで済むしな。
15袋もの麻袋を手で持って帰るみたいなバカな真似、僕は死んでも嫌です。
回収した5本のピッケルも、採掘前のと逆の要領で【因数分解Ⅲ】で1本に纏めてから【相似Ⅰ】で縮小化。こうすればリュックにも楽々収納だ。
「……コレで良しっと」
「出た、ケースケのオリジナル空間活用法」
「チート収納術ですね」
「黙っとけ」
……とまぁ、そんな感じで。
コレで引き受けている依頼の内容、『純ユークリド鉱石の採掘』は完了。あとはフーリエに戻ってギルドに渡せばミッション・コンプリートだ。
「それじゃあ、あとは帰るだけだな」
魔傷風で倒れた『あの人』や、一緒に居合わせたアキ、トラスホームさん達が今もフーリエで僕達の帰りを待ってるハズだ。
「……皆、準備は良いか?」
「はい! 地図も取り出しました」
「いつでもオッケーだよ!」
「忘れ物も無えし、大丈夫だぞ!」
「ええ。行きましょう!」
4人の反応を確かめ、坑道の出口……来た道の方へと、身体を向ける。
……よし。
「それじゃあ、帰――――
「………………ッ!?」
――――――――背後からの気配!!
「誰だッ!!」
パッと振り向く。
目に映るのは……ついさっきまで採掘していた坑道。
その奥の方に――――チラッと覗く、魔物の影!
「【見取Ⅱ】!」
視界から外れるギリギリ直前に唱えれば、白い点線で魔物の形が視界に浮かび上がる。
……さっきと同じ、犬型の魔物が2頭。坑道の奥へと逃げていく様子が窺える。
「魔物が出たのか、先生?!」
「ああ! 奥に逃げて行った!」
「もしかして……ケースケがさっき『気のせい』って言ってた奴?」
「多分ソレだ!」
立て続けに2回も現れて、しかも僕が気付いたら逃げるだなんて――――怪しい。
奴らが逃げていった坑道最深部……もしかしたらソコに何か居るのかもしれない。
「……何か居るのでしょうか?」
「もしかしてホントーに盗賊かな?」
「…………分からない」
そうでなくとも、地上に向かう時には最深部に背を向けて歩くのだ。
疑念が浮かんだ以上、自分の目で確かめるまで安心しちゃいられない。
「坑道の最深部……確かめに行くぞ」
「「「「……おう」」」」
そして、僕達は帰途に着くのを一旦やめ……逆方向、坑道の最深部へと進んだ。
¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬
「……長ッ! 長ァァァッ!!」
「長、大変です――――
「分かっている。……ついに来たか」
「「……ハッ!」」
坑道の最奥部――――半球型に掘られた広いスペースに響く、駆け戻った偵察組の声。
『その時』が迫っているのを知り、横になっていた狼達も怪我をおして体を持ち上げる。
「……皆も薄々、『この時』が来る事を考えていたであろう。覚悟は出来ているな?」
「「「「「…………」」」」」
「ですが、長。本当に『あの策』で行くのですか?!」
「長が先程仰っていた、『賭けの一手』で……?」
「…………それで行くしか、我々に道はあるまい。……それとも策のある者が居るのか?」
最奥部に長の声が響く……が、異論を唱える者は居なかった。
「…………ならば、『件の策』で参る。良いな?」
「「「「「……ハッ」」」」」」
「我々、フォレストウルフが誇りを――――『忠義』を、奴らに見せつけよ!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
我らの意志は、一頭残らず固まった。
そして……此処に繋がる唯一の通路から射し込んでくる、白い光。
『その時』が――――白衣の悪魔共が、ついにやって来てしまった。
「…………お前達はッ!!!」
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
「…………お前達はッ!!!」
魔導ランプで照らしつつ、純ユークリド鉱石の残る坑道を進んだ先に広がる……坑道最深部の広場。
そこに居たのは――――
「グルルッ…………」
つい2週間前、フーリエに襲ってきた魔王軍の第三軍団……その、狼達だった。
「魔王軍……ッ!」
「また来たのーっ!?」
「お前らだったんかよ……!」
「こんな所にまで……!?」
想像もしなかった意外な正体に驚きつつも、僕達の身体は『あの日』の事を忘れていない。
長剣に、魔法の杖に、大盾に、銀の槍に手が掛かる。
「……まだ生き残りが居たのか」
僕の右手も腰のナイフに伸びる。
2週間前の出来事が頭に蘇り、思わず殺気立つ。
「「「「「…………」」」」」
「グルルルゥ…………」
お互いに睨み合いつつ、状況を窺う。
敵の狼達は……最深部の広場にバラバラと散らばりつつ、全員がコチラを見ている。
……【判別Ⅲ】…………数は15頭ほどか。目視とそう大差は無い。
最深部の広場を見渡せば、ドーム状の空洞。繋がっている通路はココだけで、逃げ場も隠れる場も無い。
待ち伏せとも言えない隙だらけの体勢。袋小路のポジショニング。そして随分と少ない頭数。……こう言っちゃなんだが、奴らは僕達の敵ではない。それは奴らも十分に分かっているハズ。
……一体、何を企んでるんだ?
「…………また僕狙いか?」
狼の出方を窺うため、半ば挑発を交えた口調で尋ねる。
「いいや違う! 我々に戦う意志は無い!!」
先頭に立つ狼が叫ぶ。
…………戦意が無い? どういう事だよ?
本当か? だとすれば何を企んでいるのかがマジで分からない。
それとも囮か罠でも用意しているのか?
……そうだ。
魔王軍が現れる所には、必ずアイツが……アイツも一緒に居るハズだ!
「……セットを出せ!!」
「セット殿は……指揮官殿は此処には居ない! 我々の他に仲間は居ない!」
すぐさま狼からの返答が返って来る。
……だが、これに疑いは無さそうだ。さっき発動した【判別Ⅲ】が仲間の有無を裏付けている。
そう考えると、奴らの『戦意が無い』というのも嘘じゃないのか……?
「じゃあ……お前達は、ココで何をやっている?」
思い切って核心を突くと…………数瞬の間を置いて、狼は答えた。
「我々は……先の貴殿との戦に敗れ、此処に逃げ込み傷を癒している。そして――――
「そして我々は……今此処で魔王様への忠義を捨て、貴殿に忠義を誓い――――命を乞いたい」




