17-27. 瞳
「ええ、昔に一度だけね。ケースケ」
赤い長髪をフワフワと漂わせながら、淡い赤色に輝く瞳を向けるアーク。
「ッ!?」
そんな彼女の姿を見た瞬間……僕は、察した。
……まっ、マズいッ!!
風もないのにアークの髪が靡き、眼が鮮やかな赤に輝く時――――それは決まって、彼女が激怒する時だ。
つまり、今――――
――――アークは、怒りモードに入ってる……ッ!!
「…………っ!」
……だけど、なんで今こんな所で!?
僕達、順調に最深部へと進んでたし……何か不機嫌になる事なんて有ったかよ?!
原因が分からない……。
とっ、とりあえず……何よりまず、アークの怒りを収めなきゃ!!
このままだとアークが暴走しちゃうぞ!!!
「……ちょちょっちょっと落ち着けアーク! どどどどうしたよそんな急に!?」
「ええっ……ケースケこそ、そんないきなり慌てちゃって。何かあったの?」
いつも通りの口調なアーク。表情も平穏を装っているみたいだ。
……けど、髪はユラユラと漂っているし、ジッと僕を見つめる瞳は赤く光ったまま変わらない。
「いっ一旦落ち着こうぜ、アーク!」
「私に不満があるなら何でも話してください! 謝りますから!」
「えっ、そんな不満なんてないけど……シンとダンまで急にどうしちゃったの?」
異変に気付いたのか、シンとダンもフォローに入り。
3人掛かりで言葉を選びつつ、アークの怒りを鎮めていく。
「…………そっ、そうだ! 一回休憩を取ろう。な、シン!」
「そうですね先生! 休憩にしましょう!」
「おぅ、そうしようそうしよう! ダンもそれで良いよな!」
「ああ勿論だぞ先生!」
「一回呼吸を整えて、気分を落ち着かせましょうか!」
「そうだな! 一度頭を冷やしてな!」
「……頭を冷やす?」
ダンの言葉に首を傾げるアーク。
暗闇の中赤く浮かび上がる瞳が、それに合わせて斜めに動く。
――――しまった、ダンの言葉が引っ掛かった!
「(……おおおいダン!)」
「(そのワードはダメですよっ!)」
「(えっ……ああ、済まねえッ)」
僕とシンでダンを引っ張り、アークに聞こえないように作戦会議。
「(せっかく僕達が言葉を選んでたってのに!)」
「(怒りを鎮めるどころか、却って反発されちゃいますって!)」
「(分かった。気を付け――――
「……ねえ。3人揃ってどうしちゃったの?」
「「「…………ぎくッ」」」
背後から掛かった、冷たい声に振り向けば――――ソコには。
「……なんだか様子がおかしくないかしら?」
髪を漂わせ、瞳を輝かせ…………さらに、背中の槍へと手を伸ばすアークが。
「…………ねぇ?」
チャキッ
「「「ヒィッ!?」」」
男3人、アークのプレッシャーに押し負かされる。
……赤い瞳に睨まれて、まるで身体が動かない。
……ダメだ、アークの怒りを抑えきれなかった……ッ!!
マズいぞコレはッ!
ヤバいヤバいヤバいヤバい――――
「ねーねーアーク。今怒ってんのー?」
「えっ」
そんな修羅場にコースが乱入。
オブラートにも包むことなく、アークを直接攻撃。
「「「(あぁァッ……!!!)」」」
3人揃って声の無い悲鳴を上げる。
……お、おいコースッ!!
あのダンの一言でも表情を一変させちゃったんだぞ!
そんなダイレクトに聞いちゃ――――
「いいえ、そんな事ないけど」
「そっかー。ヨカッター!」
……えっ?
怒ってないの?
「どうしてそんなこと聞くのよ、コース?」
「それはー……アークの髪がフワフワして、パッと眼が光ってるからだよ!」
「へっ…………どういうこと?」
「えぇッ!?」
アークの叫び声が坑道内に響き渡る。
「本当に目が光ってる…………。髪も勝手に動いてるし…………」
手鏡をまじまじと見ながら、フワフワ漂う髪を触り、目をパチクリさせるアーク。
僕達は何度か見てるから、もうアークのこの姿には驚きもしない。
反射的にちょっとピクッとは動いちゃうけど。
「こんな現象、初めて見たわ…………」
「僕達がアークと出会ってから、もう既に何度か起こってるけどね」
「そうなの!?」
「おぅ」
……自覚なかったのかよ。
「いつ?」
「んー、初めて見たのは……アレだな。テイラーから王都に向かう途中で、僕がウルフに腕噛まれちゃった時」
「……そんな事あったかしら?」
憶えてないんかい!
「あと、フーリエに向かう途中のピザ落っことし事件とか」
「あぁ……そんな事もあった気がするけど。あまり憶えてないかな」
それも憶えてないのかよ……。
「まぁ、要するとだ。アークが怒るとそうなる」
「……そうなのね」
……それにしても、今考えると不思議な現象だ。
なんでこんな事が起こるんだ?
原因が分からない。
僕達が住んでた日本……いや、地球上の人間ではこんな事は起こらない。当たり前だ。
となると、もしや『コッチの世界』特有の現象だとか? コッチではコレが普通とかだったりして?
「なぁシン。コッチの世界の人って皆、怒るとこうなるのか?」
「こうって……髪が揺らめいて目が輝くって事でしょうか?」
「おぅ」
「そんな訳無いじゃないですか」
……ですよねー。
「人類はともかく、他の動物でも聞いた事が有りませんよ。……魔物は知りませんが」
「「「「えっ」」」」
という事は、シンの理論で行っちゃうと……。
「……まさか、わたし――――
「いやいやいや、んなハズ無えだろ」
「そうそう。アークは元・領主の娘さんなんだし」
「どこぞの馬の骨ならまだしも、由緒ある家の御令嬢ですから。尚更あり得ません」
「そんなのジョーダンだってー!」
「……そ、そうよね…………」
ホッとするアーク。
……アークがそんなワケ無いじゃんか。疑心暗鬼に陥り過ぎだ、僕。
「ちなみにだけどさ。アークの瞳って……こういう明るい中ならともかく、真っ暗闇の中でも光って見えるのかな?」
「どうなんでしょう。……試してみますか、アーク?」
「……そうね。何か原因の手掛かりが掴めるかもしれないし」
という事で。
『現象』の原因を突き止めるべく、僕達は真っ暗闇の中でアークの瞳がどうなるか、検証することに。
本来の坑道の真っ暗さを逆に活かした検証だ。
頭のヘルメットに手を掛け、外して行く僕達。
魔力の供給を失った魔導ランプがパッパッと順々に消えていく。
パッ
「うわっ、なんにも見えなくなっちゃったー……」
「完全に真っ暗だなこりゃ」
コースのランプが消えたのを最後に、坑道内が完全な真っ暗闇に包まれる。
僕達の声だけが聞こえる空間……ちょっと怖い。
「さて、コレで光源が無くなりました。アークの目はいかに――――
パチパチッ
「……どう? 光ってるかな?」
「「「「…………」」」」
答え:メチャクチャ光ってた。
「バリバリ光ってんな」
「……えっ、本当?」
「はい」
「うん!」
「おう」
真っ暗な空間の中に浮かぶ、1対の赤い瞳。
時々パチパチッと消えては現れるのがちょっと可愛い。
「……本当だ。しかもすごい光ってる…………」
瞳が下を向いた……と思ったら、どうやら手鏡で確認しているみたいだ。
「……なんで?」
俯いていた瞳が、今度はコッチを向く。
……いや、僕達に聞かれても分からないよ。
「えっ、えっ……わたしの身体、何が起こってるの?」
……だから分からないって!
「人間でもなくって、動物でもなくって……まさかわたし、本当にマモ————
カプッ
「いてっ」
……あっ、シンが蛇に咬まれた。




