17-26. 無援
――――53番坑道、最奥部。
円形に大きく掘られ、広場のようになった所。
戦場となったフーリエより命からがら逃げ伸びてきた彼ら……フォレストウルフ達は、そこを陣取り。
50ほどの狼が、満身創痍の体を横たわらせて傷を癒していた。
「……長! 只今帰ってきました!」
「洞窟への侵入者、今一度確認して参りました」
「おお。御苦労であった」
そこに駆け戻る、2頭の狼。
体の一際大きな狼が彼らを出迎え、寝ていた周囲の狼も顔を上げる。
「……して、偵察結果は如何であったか?」
「ハッ。洞窟への侵入者ですが……先遣隊の報告に差異は無く、『白衣の勇者』一行でありました」
「かなり遠くからしか偵察できませんでしたが、あれは確実に『奴』です」
「…………やはり、そうであったか……」
予想していたものの、悪い知らせに項垂れる大狼。
「奴は現在、此処へと向かって4階層を進行中。洞窟内に現れる野生の魔物に時折襲わるものの……『異常な強さ』で奴らを斬り伏せ、此方へと迫っています」
「ほう。その『異常な強さ』とは……恐らく、指揮官殿も仰っていた『謎の強化魔法』であろう」
「同意。そして、奴らの行軍速度を踏まえれば……奴らが我らの拠点に辿り着くまで、あと2時間」
「「「「「2時間ッ!?」」」」」
偵察狼の言葉に思わず立ち上がり、騒つく狼。
大狼も眉間に皺を寄せる。
「……それは真か?」
「ハッ。それどころか、2時間とせぬ内に我らの下へと辿り着きかねぬかと」
「…………了解した」
厳しい内容の報告に苦しげな表情を浮かべつつも、大狼は頷いた。
「奴が来るまで、あと2時間……」
「そんな短時間では、我らには何も出来ぬっ…………」
「魔王軍の助けも一向に来る気配は無し……」
「折角あの戦から逃げ延びてきたというのに……」
「しかし……大きく数を減らし、傷を負った我らに刃向かう力など無い……」
「悪魔だ……。奴は『白衣の悪魔』だ…………」
退路の無い坑道、迫る白衣の勇者、満身創痍の同胞、孤立にして無援。
絶望に包まれる狼。
感情が傷の痛みと相まって、バタバタと再び地に伏せていく。
「長。やはり我らフォレストウルフ軍は……第三軍団の残党と成り果てた我らは、狩られるしかもう道は無いのですか…………?」
「………………」
大狼は――――そんな様子を眺めつつ、ただ黙っていた。
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『ユークリド鉱石』依頼・4日目、9:35。
坑道探索2日目。
お化けステータス改め、人間辞めたステータス改め、破壊兵器ステータスと化した僕達は。
その後も続々と現れる魔物を蹴散らし、坑道をクネクネと進んでいき。
「……皆さん、見えてきました」
先頭の地図を持ったシンから、ふと声が掛かる。
「ん?」
ヘルメットの魔導ランプを遠くへと向ければ…………照らし出されたのは、緩やかな下り坂を描き始める坑道。
「…………5階層へのスロープだ!」
「あっ! ホントーだ!」
「ついにここまで来たのね……!」
「ヨッシャ! 最深部はもう直ぐソコだぞ!」
大きく強くなった魔物でワンサカだった4階層も、たったの2時間で無事踏破してしまったのでした。
という事で。
僕達は5階層への下り坂に足を踏み入れ……地下深く、更に深くへと目指す。
「……先生」
「ん、どうしたシン?」
そんな中、先頭のシンが振り向く。
「ふと思ったんですけど……」
……なんだか切迫した表情だけど。どうしたんだろう?
「もしも今、こんな所で坑道の落盤が起こったりしたら…………どうしましょうか……?」
なーんだよ。またお得意の心配性だ。
お前本当に悩みの種が尽きないな……。
「…………そうなったら私達、生き埋めでしょうか?」
「おぅ。生き埋めだな」
「えっ」
けど、最近はシンの心配性と付き合うのも段々面倒になってきたので。
僕の返答も適当でドライなのです。
「こんな僻地では、フーリエからの助けも来られないでしょうし……私達、孤立無援でしょうか……」
「だな。自力で脱出できなきゃ死ぬ」
「死ぬッ…………。じゃ、じゃあ、もしそうなったら、その時はどうすれば――――
「なんとかなるって。力ずくで」
まぁまぁ疲れも溜まってるので、今日は普段にまして雑な返答だ。
「力ずくって……そんな強引な手で――――
「シン、お前のATKとDEF、幾つだっけ?」
「36と34です」
「それぞれ2乗すると?」
「1296と……1156です」
「一般人の何倍だ?」
「約130倍と115倍です」
「じゃあ余裕だな」
……適当に喋ってるので、僕自身でも訳の分からない謎理論が展開されている。
何が根拠で『余裕』なんだ一体。
「……そうですね。言われてみれば、強引って程でもないかも」
…………おいおいおい、それで良いのか?
今の話、中身スッカスカだったぞ。何の解決策も入ってないし、適当にも程があるんじゃ――――
「安心しました。ありがとうございます、先生」
「…………お、おぅ」
…………謎理論がシンに通用してしまった。
まぁ、それで納得するならそれで良いけどさ……。
「ねーねー先生……」
シンの対応が終わるや否や、今度は立て続けにコースが振り向く。
「どうしたコース?」
「なんか……ちょっと湿っぽくなーい?」
そう言い、首を傾げるコース。
「湿っぽいって…………雰囲気のこと?」
「それ、シンが縁起でもねえ事言ったからだろ?」
「「「あー」」」
ソレだな。
「さっき、シンが『生き埋め』とか不穏な事を口にするから」
「そのせいで変な雰囲気になっちゃったじゃんか」
「……すみませんでした」
シン、平謝り。
「んーん、そーじゃなくって……」
「「「「えっ」」」」
そんな中、首を振るコース。
……違うの?
「うん。なんか、こー……空気は乾燥してるんだけど、ちょっと息が湿ってるとゆーか、なんか変な感じがするんだよねー」
「「「変な感じ…………」」」
んー…………。
言われてみれば、なんだかコースの言ってる事も分かる気がする。
鉱床地帯が砂漠のド真ん中にあるだけあって、空気はパリッパリに乾燥してる。肌もサラサラだ。
なのに……なんだか、肺に吸う空気だけは湿ってる。
言ってみれば……乾燥室の中で、サウナの空気を吸ってるみたいな感じ?
違和感は確かに感じるんだけど、表現が難しい。
うーん…………何て言えばいいんだろう?。
「この感じ……わたし、知ってるかも」
坂を下りつつ、皆が『違和感』に頭を悩ませる中……思い出したようにアークが呟く。
「おっ、そうなのか?」
そう言い、隣を歩くアークに振り向くと――――
「ええ、昔に一度だけね。ケースケ」
そう話す、彼女は。
赤い長髪を、フワフワと漂わせながら。
淡い赤色に輝く瞳を、こちらに向けていた。




