17-24. 変化
『ユークリド鉱石』依頼・4日目、6:40。
坑道探索2日目、朝。
目を覚ました僕達は、各々テントを片付けて朝食。
キャンプファイヤーも片付け、身支度も整える。
「依頼期限が7日間の、今日で4日目よね?」
「はい、アーク。折返しです」
「となりゃ、今日中には『純ユークリド鉱石』を手に入れねえとな」
「それに、鉱床地帯からフーリエまで丸2日掛かるのも考えると……明日朝か、遅くとも明日の昼にはココを出ないと間に合わないぞ」
「うわ、意外と時間ないじゃーん! 急がなきゃ!」
準備をしつつ、しっかり現状も確認。
思った程余裕は無いから、ササっと掘ってササっと帰らなきゃだな。
……という事で。
撤収作業も終えた、僕達は。
「皆、用意は良いか?」
「「「「はい!」」」」
下り坂の先に待つ、地下深くの4階層へと進んだ。
「この下りカーブを曲がれば、そこから4階層です」
「「「「おー……」」」」
先頭を行くシンの声に、とりあえず感嘆の声が上がる。
……さぁ。4階層、どんな坑道が待っているんだろうかなー。
「4階層は打って変わって、壁も天井も手掘りのゴツゴツ坑道だったりして」
「いや先生、もっと酷えかもしれねえぞ。砂が流れ込んで落盤だらけの大荒れ坑道とか」
「いえ。きっと4階層も変わらないですよ。きっと」
「はぁー……男達は夢がないわね、全く」
「ホントだよねー!」
「ええ。もしかしたら……絵本の世界みたいに、水晶が光り輝くファンタジーな世界が広がってるのかも」
「魔物ウジャウジャだったらいいなー! 私ヤりまくっちゃうよー!」
「コースも、ちょっと違うのかもね」
そんな想像を膨らませながら……僕達は下りカーブを曲がり、53番坑道の4階層へと進んだ。
が。
「着きました。4階層です!」
「「「「…………」」」」
僕達には、特に感動も驚きも無かった。
「…………何ですか皆さん。その盛り上がりの無さは?」
「いえ。ただ……見た目は同じなのね、って思って」
「全然変わり映えしないじゃんか」
残念ながら、4階層も今までと変わらない光景が続くだけなのでした。
「想像を膨らませちまった俺らが間違ってたぜ、全く……」
「なんかちょっと飽きてきちゃったー」
「なんですか皆さん。朝イチから不満タラタラじゃないですか」
想像大外れの結果に、4人の落胆が止まらない。
「えー。だってー……」
「いやコース。気持ちは分かりますけど、もう少し元気出していきましょうよ」
「うん…………」
「景色は変わらなくても、最深部のある5階層までは着実に近づいてますから!」
「……まぁ、そうだな」
「今日中に純ユークリド鉱石を手に入れるんでしょう!」
「うん! 頑張ろーっと!」
という事で、シンの激励を受けた僕達は元気を取り戻し。
昨日と景色の変わらない、坑道を進み始めた。
……と、思っていたんだけど。
『変化』は、僕達の前に突然やってきたのです。
「……ダン、次の十字路を左です。そうしたらしばらく真っ直ぐで」
「おう、分かったぜ――――――――んん?」
シンのナビゲーションが終わった所で、ダンが何かに気付く。
キキッ……
「……んん?」
「アレは?」
「何かが来ますね……」
十字路の奥から飛んでくる、甲高い鳴き声の黒い影。
フワフワした身体と、バサバサと羽ばたく大きな翼。
「アレは……ケーブバットだな」
「なーんだ。コウモリちゃんかー」
もうだいぶ見慣れた魔物だった…………ハズだったんだけど。
「……ん、あのバット…………?」
「ちょっとデカくねえかよ、アイツ?」
コウモリが近づいて来るにつれ、身体の大きさに違和感が。
キキキッ!!!
「いえ、ダン…………『ちょっと』どころじゃ、なくないかしら……?」
「う、うん……」
ぐんぐん迫ってくるコウモリ……その身体の大きさは、今までの奴らより一回りも二回りも巨大だった!
「……いやいやいや! サイズおかしくないですか!?」
「ホントだー! 間近で見るとチョーでっかいじゃん!」
「わたし達、魔力溜まりに近付いてるって証拠ね!」
「おぅ! ちょっと燃えてきたな!」
「……ってかおい、そんな事言ってる場合じゃねえだろうが! 戦闘だ戦闘!」
そんな僕達がエンジンを掛けている間にも、コウモリは接近し。
バサバサと襲い掛かってきた。
キキッ!!!
「おいコース下がってろ!」
「うわわゎッ!?」
飛び出すコースをダンが掴んで引き戻し、大盾を構える。
その先には、キラリと牙を剥くデカコウモリ。
「うぉっ、デケぇ――――
ガチンッ!!
身体と同様、大きくなったデカコウモリの牙に戸惑うも……ダンの大盾はコースをきっちり庇う。
「……フッ、お返しだ! 【硬叩Ⅷ】!!」
と同時にダンが大盾を突き出し、デカコウモリを逆襲。
大盾に弾かれたデカコウモリ、空中でよろめく。
「ザマぁみやがれだ! それよりシン、任せたぞ!」
「お任せください!」
息の合ったように、横から飛び出す抜刀済みのシン。
真っ直ぐ構えた長剣は、フラフラ飛んでいるデカコウモリを既に捉えていた。
――――さあ。
このままの調子で行けば、シンの長剣の4振り5斬りくらいで片が付くだろうな。きっと。
後衛の僕とコース、それにアークの3人は出る幕も無さそうだ。
けど。
どうせだから、僕もちょっくら協力させて貰おうかな。
貰いたてホヤホヤの、新魔法でな!
その名も――――
「【冪乗術Ⅰ】・ATK2!」
冪乗と書いて、パワー。
チートとされていた【乗法術Ⅶ】をも上回る、累乗の力が込められた最強のステータス加算魔法だ!
「……なっ!?」
早速、シンが何かに気付いたみたいだ。
「ちっ……力が溢れるッ?!」
……よしよし。
しっかり効果が出てるみたいだ!
「何が!?」
「いいから行け、シン!」
「……はい!」
身体を包む違和感に気付きつつも……飲み込みの早いシン、勢いを殺すことなく跳ぶと。
デカコウモリに向かって宙を舞いながら、剣を振り上げ。
「ハァァッ!! 【強斬Ⅷ】!!!」
ザシュッ!!!
デカコウモリの身体を、豆腐のごとく一刀両断した。
「たっ、助かったー…………ありがとダン」
「ああ」
坑道に墜ちたデカコウモリの体を恐る恐る眺めつつ、コースとダンが呟く。
「こんな奴に吸血されちゃ貧血でブッ倒れちまうぞ、コース」
「うん。全身の血を吸いつくされちゃって、私死んでたかもー」
「そこまでな事ぁねえと思うけど……まぁ、気を付けろよ」
「うん、気を付ける。…………それにしてもチョーでかいよね、コイツ!」
「……コイツ本当に反省してんのかよ」
サッサと話題を切り替えるコースに、呆れを隠せないダンなのでした。
……まぁ、それは置いといて。
「…………確かに大きいよな。このデカコウモリ」
「ええ。という事は、つまり……わたし達確実に『魔力溜まり』に近付いてるってことよね?」
「ああ、間違いねえぞ!」
「坑道はずぅっと同じでも、ゴールが近づいてきたんだねー!」
坑道の景色に変化は無かったけれど、坑道に現れた明らかな『変化』。
ソレは、僕達を最深部へと誘い込む強い原動力となった。
「よし、行くぞ皆! めざせ最深部だ!」
「「「オー!!」」」
「いやいやいや。ちょっと待ってください!」
「……ん?」
っと、再び出発しようとしたところでシンに呼び止められる。
……なんだろう?
「どうした? 何か有ったのか?」
「『何か有ったのか?』じゃないですよ! さっきのアレ一体何だったんですか?!」
「……アレ?」
どれ?
「決まってるじゃないですか! ステータス加算ですよ!」
「……あー、そうだったそうだった」
そうそう。危うく忘れる所だった。
皆に紹介しておかなくちゃ!
「あのー、皆さん。……ココでご報告があります」
「ホーコク?」
「おぅ。実は、僕……――――新しい【演算魔法】をゲットしちゃいました!!」
「「「「おぉッ?!」」」」
盛り上がる4人。
「その名も……【冪乗術Ⅰ】!!」
「「「パワー!?」」」
「なんかカッコいー!」
……掴みヨシ。
思った通りこの名前はウケが良いな。
「続々と増えるじゃねえか、【演算魔法】!」
「それで、ケースケ。今回はどんな魔法だったの?」
「おぅ。それが…………さっきもシンに使った『ステータス強化』だ」
それも【乗法術Ⅶ】なんか比にならないくらいの完全上位互換だった」
「…………ハァ、やっぱりそうでしたか」
いつもと変わらず呆れる様子のシン……だけど、なんだかんだ嬉しそうだ。
素直じゃないんだからもう。
「ねーねー先生。そのナントカ互換ってどのくらいスゴいの?」
「あぁ。それなら…………シン、今の素のATKって幾つくらいだっけ?」
「はい。確か36です」
「となれば……昨日までだと、ATKを8倍すれば288だな」
従来品の【乗法術Ⅶ】とはいえ、『288』でも既に人間辞めてるステータスだけどね。
「それが【冪乗術Ⅰ】になると…………シン、自分の目で確かめてみな」
「分かりました」
そう言うと、シンがステータスプレートを呼び出す。
「【状態確認】」
ピッ
「どれどれ……」
「どのくらい上がってるのかしら……?」
シンの目の前に現れた、青透明の板。
横から顔を出すダンとコース、アークと一緒に……僕もシンのステータスを確かめてみた。
===Status========
シン・セイグェン 15歳 男 Lv.10
職:剣術戦士 状態:普通
HP 71/71
MP 43/45
ATK 1296
DEF 34
INT 15
MND 16
===========
————何度も言うけど、この世界での一般人のステータスは大体10から15だ。
冒険者になるなら、20は欲しい。
50に届けば、ベテラン冒険者扱い。
一流冒険者が一流の【強化魔法】を受ければ、やっと3桁に届くレベル————なんだけど。
「……せん、にひゃく……」
「きゅーじゅーろく?」
「…………俺ら、位取り間違えてねえよな?」
「ええ。一、十、百、千…………合ってるわね」
「「「「…………1296?!」」」」
「だな」
うん。
間違いなく、シンのATKは1296を示していた。
「そう。【冪乗術Ⅰ】は、ステータスを累乗する魔法だ」
===【冪乗術Ⅰ】========
魔力を消費して、累乗の演算を高速かつ正確に行える。
演算能力はスキルレベルによる。
※【状態操作Ⅵ】との併用による効果
任意の対象のステータスを累乗することができる。
===========
コレが、昨晩手に入れた【冪乗術Ⅰ】の能力だ。
この説明を読んだ時には、皆が寝静まってたのにも関わらず『なんだこのブッ壊れ性能はッ!?』って叫んじゃったよ。
「凄え…………もう言葉が出ねえよ」
「なんかもうシン、人間じゃなくなっちゃったねー」
「このステータスは…………破壊兵器かしら?」
「『人間辞めた』どころか生物ですらなくなりましたか、私」
コレが本当の生物兵器、ってヤツか。
……まぁいいや。
4階層に入っても、景色は変わりなかった。
けど、魔物はどんどん巨大化してきた。
だが、僕達も確実に強くなってる。
『変化がないー』とか言ってダラダラしてた僕達にも、良い刺激になったんじゃないかな。
「それじゃあ今度こそ……最深部目指して行くぞ!!」
「「「「オー!」」」」
「で、シン。次どう進むんだったか?」
「この十字路を左、しばらく真っ直ぐです」




