17-19. 鏡
『ユークリド鉱石』依頼・3日目。
15:00。
「……着きました」
地図を持ったシンを先頭に、すり鉢状の斜面を下って行くと……坑道の入口に辿り着いた。
「ココが53番坑道です」
「「「「おぉぉ…………」」」」
何十個と開けられた坑道の中で、最も新しい坑道。
高さも幅も3mくらいの、正方形のトンネル。木材で補強された入口には、『53』と刻まれた木の看板。
そんな坑道が……僕達へと大きく口を開いている。
「何も見えねえな……」
「真っ暗ですね……」
「ちょっとコワい……」
中を眺めても、見えるのは数メートル先だけ。そこから先は真っ暗。
陽の光も届かない完全な暗闇が、僕達を地下の世界へと誘う。
……けど。
「僕達にはコレが有るから大丈夫」
ヘルメットを被り、魔導ランプを坑道に向ければ……真っ暗闇の坑道がピカッと照らし出される。
「さっすがアークのヘルメットー!」
「是非使わせてもらいましょう!」
「頭も守れて一石二鳥だぞ!」
それを見た3人も、すぐさまヘルメットを被ると……坑道がパッと明るくなり、段々と先が見えてきた。
……コレで暗闇もヘッチャラだな!
……という事で。
「さて」
坑道を前に、5人で並ぶ。
全員、ヘルメットは被った。
ツルハシも持った。
気分はトレジャーハンター。
「準備は良いか、皆?」
「勿論です!」
「うん!」
「ああ先生!」
「ええ、ケースケ!」
全員の準備も万端。
それじゃあ……————
「「「「「突入ッ!」」」」」
純ユークリド鉱石目指し、僕達は坑道へと足を進めた。
ザッザッザッ……
「……まずはしばらく直進です。6個目の十字路を左で」
「オッケー、分かったぜシン!」
地図を持つシンと大楯を構えるダンを先頭に、坑道を進む。
並び順は……先頭のシンとダン、その後ろにコース、その後ろに僕とアーク。サイコロの『5』の形の隊列だ。
前から現れた魔物には先頭のダブル戦士が対処。
後ろから襲われた時には、最後尾の魔法戦士が対処。
それらを中央の魔法使いがサポートする。
僕達が考える中で、現時点で最も『堅い』陣形だ。
「なんかココ、洞窟なのにジメジメしてないの不思議じゃないー?」
「はい。テイラーの迷宮は割と湿気っぽかったですけど、ココは乾燥してますね」
「そうだな」
地下とはいえど、やっぱり砂漠のド真ん中だからかな。
「夜のテント泊の時には、よく寝られそうな気がします」
「ああ。過ごしやすいっちゃあ、過ごしやすいか」
「じゃあココに住めるねー!」
「「「「住みません」」」」
……そこまで快適って訳じゃないかな。
それにしても……この坑道とテイラーの迷宮は、色々と大違いだ。
コースの言ってた『湿度』も真逆だし、『見た目』だって全然異なっている。
テイラー迷宮は自然に生まれた洞窟だったから、壁も天井も地面も石や土が剥き出し。トンネルの形もイビツだった。
対してココは……地面こそ砂岩そのままだけど、壁と天井は木材で補強されている。人工的に掘られた洞窟だから、トンネルの形もしっかりと正方形だ。
テイラー迷宮は、洞窟がクネクネと蛇行してたから先が見えなかった。ソレがまた怖さを増長していたんだよね。
だけど、ココの坑道はピシッと真っ直ぐ。直線状にトンネルが掘られてるから、結構先まで見える。
なんだか安心感の有る洞窟だ。
……けど、そんな坑道にも『怖い点』が1つ。
ソレは————
「アレで4個目の十字路だよな、シン?」
「はい。次の次の十字路を左です」
「おう、分かったぞ」
そう言いつつ、ダンが十字路に差し掛かると————
ニョロニョロ
「うおおっ!!?」
と、左の道から突然現れた白蛇とダンが鉢合わせ。
驚きの声を上げて飛び退く。
「キャッ、どーしたのダン?!」
「大丈夫ですか?!」
「い、いや……何でもねえ。いきなり出てきたスネークに驚いちまって」
そう言いながら、地面を這う白蛇相手に大盾を構えるダン。
「任せて下さい、ダン。ココは私が」
「あ、ああ! シン頼んだ!」
シンが地図をしまい、剣を抜く————
カプッ
「いてっ」
……いつの間にかシンの足首まで迫っていた白蛇、あっさり足首に咬みつく。
足首を襲った痛みに、シンも一瞬よろめく。
ニョロニョロニョロ…………
「あっコラッ、待って下さい!」
その隙を見た白蛇、一目散に闇の中へと逃げて行ってしまった。
「「「「……」」」」
「……負けました…………」
……シン、あっさり敗北してしまった。
はい。
って事で、安心感の有る坑道の『怖い点』。
ソレは……まさに今起きてしまった『魔物との鉢合わせ』だ。
坑道は縦横に沢山掘られており、それらがクロスする十字路も無数に存在している。
タダでさえ真っ暗な上に、見通しが利かない……そんな十字路は、魔物からすれば僕達を襲う格好のポイントだよな。きっと。
……僕達も気をつけなきゃ。
「【乗法術Ⅶ】・-1。はい」
「……ありがとうございます、先生」
足首をガーゼで押さえるシンに【演算魔法】を掛け、詛呪状態を回復する。
……そういや、僕が正負逆転を使ってるのってシンばっかりな気がするんだけど……まぁいいや。
それよりも、だ。
「今みたいな鉢合わせ、僕達も気を付けなきゃな」
「はい。気を付けます」
「ああ、分かったぞ。先生」
草原だの砂漠だので狩りをやってた頃には、全く無かった感覚。だからこそ余計に注意を払わないとな。
けど……鉢合わせなんて不可避だよな。実際。起こる時ゃ起こる、事故みたいなモンだ。
一体どう気を付ければ良いんだろう?
「…………カーブミラーなんかが有ればな」
————ふと、日本に居た頃の記憶が蘇る。
数原家のあった住宅街は道が細かったから、至る交差点に立てられてたよな。あのオレンジ縁のデカい鏡。
「「カーブ、ミラー……?」」
「って何ですか、先生?」
「教えて教えてー!」
そんな事を考えていると……僕の呟きを拾った4人が、首を傾げてコッチを見ていた。
「あぁ、カーブミラーってのはー……僕が住んでた世界に良くあった『鏡』でね」
「鏡、ですか?」
「そうそう。例えば……そうだな。ココの十字路の四隅のうち、あの右奥の角に鏡が掛かってたとしよう」
そう言い、ダンと白蛇の事故があった交差点の角を指差す。
「はい」
「その鏡が、僕達の方でもなく左でもなく……その真ん中45°を向いてたら、鏡には何が映る?」
「「「「んー…………」」」」
考え込む4人。
……すると。
「分かったわケースケ。答えは……『左の道』。左の道が見える」
「おっ、正解」
さすがはアーク、元・領主家の娘さんだ。
「あそこに鏡が有れば、ソレには『左の道』が映るよな? そうすれば、鏡越しに左の道に魔物が居るかどうか分かるじゃんか」
「確かにそうですね」
「ほぉー……便利だな、ソレ」
「おぅ。鏡を使って、見えない壁の裏も見えるようにする。ソレが『カーブミラー』だ————
————ん?
見えない壁の裏も、見えるようにする……?
「あっ」
————そうだ。
そうじゃんか。
「どうしたの、ケースケ?」
「……いや」
散々カーブミラーの話をしておきながら、なんだけど。
「僕達なら……カーブミラーなんか無くたって全然問題無いじゃんか。アレを使えば、さ?」
「「「「……アレ?」」」」
そう……アレだよ、アレ。
見えないモノを、視えるようにする力————
「【見取Ⅱ】!」
そう唱えた、直後。
僕の視界に————パッと、白い点線が浮かび上がった。
十字路の、手前側の角から左右に引かれた点線。
ソレらが表しているのは、勿論……交差する坑道。
まるで、坑道の壁が全面ガラスになったかのように……交差する坑道も、視えるようになった。
……よし!
コレを4人にも使えば、晴れて『鉢合わせ問題』は解消だ!




