17-17. 今更
「【強突Ⅴ】!」
ブスゥッ!!
長剣の刀身が見えなくなるくらい、深く……長剣が大サソリの眉間にブッスリと突き立つ。
キィエエエェェェェェェッ!!!
「っ……!」
金切り声のような断末魔の叫びを上げる、大サソリ。
傷口から血が霧のように噴き出し、シンを全身赤紫色に染める。
「っ…………ハァ!」
ブシュゥゥゥゥゥゥ!!!
血に塗れた手でシンが長剣を引き抜けば、傷口からは堰を切ったように溢れ出す血。
そして————
キィエエエェェぇぇぇっ…………
————糸が切れたかのように、大サソリの動きが止まると。
ズウウゥゥゥゥン!!!
————膝から崩れ落ちるように、大サソリはカクンと砂漠に倒れ。
僕たちを捕らえる鋏脚からもスッと力が抜け……それっきり、大サソリは動かなくなった。
「……やった…………のでしょうか?」
動きの止まった大サソリと、斬り落とした尻尾をボーっと眺めて……全身赤紫色のシンが呟く。
「スゴいよシン! やったじゃーん!!」
「うわっ……こっ、コース!」
そんなシンの背中に、コースが飛び乗る。
「でっかいサソリ、殺っちゃったねー!」
「まあ、殺っちゃっ……それよりコース、私に触っちゃダメですよ! 折角のローブが紫に染まっちゃいますよ!」
「いーのいーの! 返り血なんて洗えば落ちるさー!」
「えぇ……————
「おいシン! 何だよあのスピードは!!」
「……ああ、ダン」
遅れてやってくるダンに、コースをおんぶしたままシンが振り返る。
「お前の動き、俺の目じゃ全然追えなかったじゃねえか!!」
「ね! 瞬間移動みたいな!」
「ああ……アレは、私にもよく分からない力で————
「いーのいーの、そんなコト!」
「尻尾を一撃で切り落としちまったの、アレめちゃくちゃ興奮したぞ!」
「うんうん! シン凄っごくカッコよかったよ!!」
「ああ!」
「……は、はい。ありがとうございます、2人とも」
幼馴染の2人に褒められ……照れつつも嬉しそうな表情を見せるシンなのでした。
……さて。僕達もシンにお礼を言わなくちゃな。
「とりあえず……怪我人も居ませんでしたし、なんとか大サソリを倒せて良かったです」
「……おぅ。本当だよ、シン」
一息ついて安堵するシンの後ろから……無事鋏脚から脱出した僕とアークが声を掛ける。
「「「先生!! アーク!!!」」」
「先生もアークも、身体は大丈夫なんですか……!?」
「おぅ。なんとかチョン切られずに済んだよ」
「わたしも、おかげ様でね」
8倍のDEFのお陰で、なんとか上半身と下半身のサヨナラだけは免れました。
……お腹をギュッと絞められた時には失神するくらい痛かったけど。
「……まぁ、とにかくだ。マジで助かったよ、シン」
「シン、ありがとう」
「いえいえ。……私も、2人が無事で本当に良かったです」
シンがそう言うと……僕達3人は、お互いに顔を見合わせて笑い合った。
「おいおい、シンだけじゃなく、俺とコースだって忘れんなよ!」
「そーそー! 私たちだってケッコー頑張ったんだよ!」
「あぁ、済まん済まん」
「フフッ。コース、ダン、2人ともありがとね」
その後。
デザート・スコーピオンとの戦いで体力も時間も消費してしまった僕達は、少しだけ休憩と準備をしてから出発することにした。
「【水源Ⅷ】!」
魔法の杖を持ったコースがそう唱えると、プカプカと空中に水の球が現れる。
「それに散魔剤を……っと」
サァァッ
身体がスッポリ入るくらい大きくなった水の球に、散魔剤の水色粉末を溶かし込む。
あとは袖を捲った腕で水をグルグル掻き回せば……僕も愛用の洗剤が完成。シンが全身に浴びた返り血もコレ一発で取れるハズだ。
「シン、良いよ」
「はい。では……お邪魔します!」
バシャン!
そんなプカプカ浮かぶ水色の球に、全身赤紫色のシンが息を止めて飛び込む。
みるみるうちに、シンの顔や手足は勿論、服や装備に染み込んでいた赤紫色が抜けていく。
「……さすが散魔剤、強力ね」
「おぅ」
僕の白衣も随分とお世話になってるからね。
散魔剤サマサマだ。
「……そういえば、この散魔剤って『ユークリド鉱石』の純度低い版なのよね?」
「おぅ。トラスホームさんがそう言ってたよな」
割と手頃な価格で買える水色の粉末・散魔剤。それの高純度版が、今回の依頼の品である蒼透明の結晶・純ユークリド鉱石だ。
この散魔剤、今まで僕は『単なる洗剤みたいなモン』だと思ってたけど……まさかそんな超貴重鉱石の身内だったなんて。
まるで有名人の息子にでも会った気分だ。散魔剤を少し見直したよ。
「……いやー、それにしても皆無事で良かったぞ。なあ先生?」
「お、おぅ」
シンの全身お洗濯を見守っていると、ダンから声が掛かる。
「実は俺……アークと先生が鋏脚に挟まれた時、こう言っちゃなんだが『コレは死んだ』って思っちまって」
「……あぁ、アレか」
僕もあの瞬間はヒヤヒヤだったよ。正直ギリギリだった。
————だけど。
「数学者舐めんな。残念ながら僕はそう簡単に死にません。アークもそう簡単に死なせません」
「おお……頼もしい!」
「……っ! け、ケースケ…………!」
そう言うと、ニヤッと笑って頷くダン。
アークも目を見開いて僕を見つめる。
「だから安心しろ。2人とも」
「おう! さすが俺らの先生だぞ!」
「……うん。ありがと」
「おぅ」
————っていう風にちょっとカッコいい所を見せつつも、実際はダンの言った通りヤバかったよ。マジで。
突然の鋏脚の襲撃には、咄嗟に口から出た【乗法術Ⅶ】が功を奏した。もしあの魔法、DEFの8倍が間に合ってなければ…………あの瞬間、鋏脚でお腹をチョキッとで一発ゲームオーバーだったかもしれない。
何度も何度も使い慣れた【乗法術Ⅶ】だからこそ、あの状況でもほぼ無意識に発動できたのかもな。
日々の積み重ねって凄い。ありがとう【乗法術Ⅶ】。
……あ。そうそう、それとだ。
この大サソリ……【演算魔法】の発動に気付いて阻止してきたんだったよな。
あんな手を使う敵、初めて遭った。……けど、だからこそ勉強になった。
僕の【演算魔法】が封じられると、その途端ピンチに一直線だ。
……今回はなんとかなったけど、以降気をつけなきゃな。
締まって行こう。
バシャン!
「……ぷはっ」
そんなことを考えているうちに、シンが水の球から出てきた。
全身お洗濯も終わり、返り血も汚れも取れてピカピカだ。
「おかえりー!」
「すっかりキレイになったじゃねえか、シン」
「はい、これ使って」
「あっ、ありがとうございます。アーク」
アークからタオルを受け取り、水の滴る金髪からワシャワシャと乾かし始めるシン。
「……ところで、先生。一つ良いでしょうか?」
「ん?」
そんなシンと目が合うと……何かを尋ねられるみたいだ。
……なんだろう?
「ずっと気になってたんですけど……さっきの『100倍』ってアレ、一体何だったんですか?」
あぁ……、アレねー。
「私もアレ気になってたー!」
「あぁアレな! 俺らにも教えてくれよ!」
「ケースケ……あんな人外魔法、いつの間に覚えてたの?」
『人外魔法』って……。
一応、僕達のピンチを救ってくれた偉大なる魔法なんですけど。
「ちょちょアーク、そんな酷い言い方しなくて良くない?」
「勘違いしないでよね、ケースケ。良い意味。良い意味で人外だから」
人外に良い意味も悪い意味も無いだろ。
「えーと……私の今のATKが、確か36ですから」
「ATKが『100倍』となりゃ、あん時のシンのATKは……————
「「「「「3600………………」」」」」
……5人揃って絶句した。
一般人のATKは、せいぜい15。
駆け出しの冒険者で、20。
ベテランの冒険者なら、50。
超一流の冒険者に超一流の【強化魔法】を掛けて、やっと100。
そんな世界の中……長剣使いの15歳の男の子が、3600。
そりゃあ……あんなに太っとい尻尾だって、一撃にして斬り落とせちゃうワケだ。
「……人外ね」
「……人外です」
「……人外だよー」
「……人外だな、こりゃ」
「……………………ですね」
……認めざるを得なかった。
「……いや、だけど! だけどさ!」
僕にも言い訳が有るんだって!
「まだ『人外』を認めないんですか?」
「いやソレは認めるけど! 違うんだって!」
「じゃあ何だよ、先生?」
「アレは……あの魔法は、色々おかしいんだ」
そう言うと…………頷く4人。
「分かってるわ」
「ごもっともだな」
「今更ー?」
「そもそも【演算魔法】自体がおかしな魔法ですし」
「違う! そういう意味じゃなくて!」
「……なら、どんな意味ですか?」
「えーと、つまり…………バグというか、何かシステム的におかしいんだよ」
「「「「システム……?」」」」
そう言うと……首を傾げる4人。
「まず、皆も知ってると思うけど……【乗法術Ⅶ】は今、『8倍』が限界だ」
「はい。そうですね」
【乗法術】で掛けられる倍率は、『(スキルレベル)+1』までだからな。
「だから、スキルレベル最大のⅩに到達してもせいぜい11倍。100倍なんて使えるワケが無いんだよ」
「「「成程……」」」
「ってコトはだ。先生…………『100倍』は先生の魔法じゃねえって事かよ?」
「…………そうなのかもしれない」
「じゃー、アレは他の誰かが使った魔法ってコト?」
「そうなのかもしれない」
「「「「ふーん……」」」」
頷く4人。
「「「「んなワケ有るかいッ!!」」」」
……ですよねー。
「でも、他にもおかしい所が有ってさ。…………あの魔法、僕の意志で発動した訳じゃないんだ」
「……と言うと?」
「あの時は痛みで頭がクラクラして、何も考えられてなかった。無意識に使ったとかいう訳じゃなくて、そもそも意識が飛びかけてた。……そのハズなのに、気付いたら口が動いてて、気付いたら『呪文』を唱えてて、気付いたらシンのATKが100倍になってて……」
嘘偽りのない真実を述べる————んだけど。
「……有り得ねえな」
「……有り得ませんね」
「……有り得なーい!」
「……有り得ないかな」
……誰も信じてもらえなかった。
「まだ他にもおかしな所が有って————
「「「「もう良いって!」」」」
……呆れられてしまった。
「とりあえず……今の先生の話を聞いて分かりました。例の『100倍』の魔法、それは……」
「「「それは……」」」
「『正体不明のバグった人外魔法』、と言った所でしょうか?」
……結局、謎のまま強引に丸められてしまった。
「そういう解釈で宜しい方、挙手をお願いします」
「賛成!」
「賛成!」
「賛成!」
「全会一致で承認されました」
いやいやいや全会一致じゃないだろ!
僕が賛成してないよ!
……まぁ、別にそれで良いけどさ。
今分からなくても、いずれ時間が経てば分かるだろうし。
放置だ放置。そうしとこう。
「……人外魔法、かぁ…………」
ちょっと痛むお腹に手を当てながら、そう呟いた。
という事で。
そんな話をしつつも、僕達は着々と出発準備を進め。
「とりあえず……怪我人も無く、無事大サソリを倒せたのは良かった。けど」
ひととおり皆の準備が完了した所で、今までの雰囲気を忘れて真面目な話に入る。
「……今ので相当な時間も体力もロスしちゃったし、時間もそう余裕は無い」
「ええ」
「そうですね」
「急がなきゃ!」
「分かってるぞ」
皆の顔も、一段と引き締まる。
よし、準備完了だ。
……それじゃあ。
「旧フーリエ鉱床地帯に急ぐぞ!!!」
「「「「おう!!!」」」
息の合った掛け声とともに……僕達は再び、魔導コンパスの指し示す方へと駆け出した。
「……でもね、ケースケ」
「…………ん?」
「ケースケがもし人外になっても……わたしはケースケのこと、嫌いになんてならないからね。むしろ……————
「……むしろ?」
「……んーん、何でもない」
「……そ、そっすか」




