表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/548

17-15. 鋏Ⅰ

「う、うそ…………」


2本の爪をガバッと開いた紫色の鋏脚(ハサミ)が……アークへと襲い掛かる。




「「「「アークゥゥゥ!!!」」」」


すぐさま4人がアークを庇いに跳ぶ————が、間に合わない!




【乗法術Ⅶ】(マルチプリケーション)・DEF8!」


慌ててアークにステータス加算を掛ける。

……ギリギリ間に合った! 




「えぇ……」


その直後……怯んで動けないアークを捉えた、巨大な鋏脚(ハサミ)は————




バチンッ!!!

「……いッ!!」


轟音と共に爪を閉じ、アークの身体を挟んだ。




「アークゥ!!!」

「…………けっ、ケースケ!!」


捕われたアークに右手を伸ばす。

僕の声に気付いたアークも、鋏脚(ハサミ)から身をのり出して手を伸ばす————






————が、僕の手とアークの手は届かず。






ブンッ!

「いヤアアアァァァァッ!!!」


捕らえたアークの身体ごと、紫の鋏脚(ハサミ)が持ち上げられる。

————と、同時。






ザバアアアァァァァン!!!!

「何ッ!?」



まるで潜水艦が浮上するかのように…………目の前の砂漠が、大きく盛り上がり。




サアァァァァァ…………

「「「「なっ……」」」」


隆起した山から、砂が流れ落ちていくと————そこに現れたのは。





「なっ、何だコイツは!?」

「デっかーい…………」


鋏脚(ハサミ)と同じ、紫色の……巨大な『サソリ』だった。




「コレは……サソリ、でしょうか…………?」

「…………あ、あぁ」


間違いない。

コレは————アイツだ。




「……デザート・スコーピオンだ」











————デザート・スコーピオン。

その名の通り、フーリエ砂漠に棲むサソリの魔物。


砂漠の広さに対して個体数は少なく、そうそうお目にかかれる魔物じゃない。……んだが、もしも待ち伏せする彼らと出遭ったら最後。


同じく砂漠に棲む蜥蜴(ブローリザード)とも、白蛇(カースド・スネーク)とも、ましてや普通の人間さえも比にならない程の……強さと大きさを持った、圧倒的強者だ。



そんなスコーピオンを強者たらしめる『武器』は……全身を覆う分厚い紫鱗の、硬い防御。

そして……攻撃には、毒持ちの極太尻尾と————






「くぅっ…………ダメ、出れない!」


まさに今、アークが捕まっている……1対の巨大な怪力鋏脚(ハサミ)だ!






「「「「アーク!!!」」」」


そう叫びつつ……一瞬で頭を回す。




————滑り込みで間に合った防御力8倍の【乗法術Ⅶ】(マルチプリケーション)のお陰で、なんとかアークに怪我はなさそうだ。

最悪の状況……『身体がちょん切られて真っ二つ』だけは避けられた。


……けど、まだ安心できない。

鋏脚(ハサミ)と並ぶもう一つの武器……尻尾の毒針が、身動きの取れないアークを襲えば————マズい。

かなりヤバい。


一刻も早く、この大サソリを倒さなきゃ————アークが危ない!!!




「シン! コース! ダン!」


後ろを振り返り、3人を見る。



「分かってます、先生!」

「俺らはいつでも行けるぞ!」

「サソリ()っちゃおー!」


既に3人とも戦闘モード。頼もしい。

……よし、それじゃあ!




「アーク助けに行くぞ!!!」

「「「おう!!!」」」



そう言い、大サソリの方に再び振り返った————











「……しまッた!!」


振り返って視界に映ったのは……爪を大きく開いた鋏脚(ハサミ)

眼を離した隙に、大サソリのもう片方の鋏脚(ハサミ)が眼前まで迫っていた。




――――避けられない!!






【乗法術Ⅶ】(マルチプリケーション)・DEF8————

バチンッ!!!


再び咄嗟のステータス加算が為されると同時……腹を左右から思い切り挟まれ。




「ぐふゥッ!!」


肺の空気が絞り出され、変な声が出る。




「「「先生(せんせー)!!!」」」

「ケースケ!」


そして僕も……アーク同様、為す術なく鋏脚(ハサミ)に捕われてしまった。











————状況は、かなりマズい。




「んんっ……抜けない!」

「クソッ………………!!」


大サソリの両鋏脚(ハサミ)には……捕われた僕とアーク。

今のところダメージが無いのが幸い……だけど、鋏脚(ハサミ)にお腹をガッシリ掴まれて動けない。




「アークに続いて先生まで……」

「2人とも捕まっちまった……!」

「どーしよー?!」


そんな大サソリと対峙するのは……残された3人のシン、コース、ダン。

あの3人に頼るしかない……!



「クソッ! こうなっちゃ俺らでやるしかねぇ!」

「うん! やっちゃうよー!」

「先生もアークも……任せて下さい!」

「シン、コース、ダン…………済まない!!」


……おぉ。

頼もしい学生を持ったモンだ。先生は嬉しいです。











――――いやいや、そんなホッコリしてる場合じゃない!

身動きはとれなくとも、今の僕にだって出来る事はあるじゃんか!



「先生、()()()()()()()お願いします!」

「おぅ分かってる!」


そう、ステータス加算だ!!




【乗法術Ⅶ(マルチプリケーシ)アアアァァァァァァッ!!!」


突然、腹を激痛が襲う。

肺の空気のみならず、内臓までも搾りだされるような感覚。




「「「先生!?」」」

「ケースケどうしたの!?」

「……だっ、大丈夫」


腹にジンジンと痛みを感じつつも、なんとか答える。

……どうやら、途中で鋏脚(ハサミ)に腹を絞め付けられたみたいだ。



……クソッ、もう一回!




【乗法(マルチプリ)カアアアアァァァァァァッ!!!」


再び僕の腹を襲う激痛。

魔法が中断され、意識が飛びそうになる。




「ハァ、ハァ、ハァ…………」


鋏脚(ハサミ)の力が解かれ、荒い呼吸で絞り出された肺に酸素を送る。

……クソっ! この大サソリ、ステータス加算を妨害してんのかよ!?




「先生! 私達がなんとかします!」

「私たちだってやればデキるんだよー!」

「甘く見んなよ先生!」


……それを見てか、ステータス加算もなしに3人が動き出す。



「い、いや待て! それじゃあ力量が足りな————

「アークを離すのーッ!!」

「先生を離して下さいッ!!」


そう言うと……シンは長剣を構えて駆け出し、コースは大量の氷の塊をつくり出す。



————2人の視線の先には、大サソリの顔面。




【氷放射Ⅲ】(アイス・マシンガン)!!」

【強斬Ⅷ】(ストロング・ブレード)!!」


剣を振り上げるシンと、一斉に氷の塊を発射するコース。




「行っけえぇぇぇぇ!!!」

「ハアアァァァァッ!!!」


息の合った2人の必殺技が……大サソリの顔面めがけ、浴びせられた。














カンカンカンカンッ!!

キィィィンッ!!!






「「…………」」


鋏脚(ハサミ)に拘束されたまま……戦いを見守る僕とアーク。


紫色の鱗に氷の塊とシンの一撃が加えられ、砂漠に轟音が響く。

砕け散った氷が霧となり、大サソリの顔面を覆う。






「効いたかなー……?」

「……やったのでしょうか?」


だが————そんな2人の発言は、只のフラグでしかなかった。




霧が徐々に晴れると……中から現れたのは、無傷の大サソリ。

シンの袈裟斬りも、コースのマシンガンも、大サソリには全く効いていなかった。



「うーわっ。全然効いてないじゃーん!」

「やはり……素のステータスじゃ駄目ですか————






————その時。

今まで無表情のように見えていた大サソリの表情が、一瞬で曇ると。



極太の尻尾が突然動き出し。



「キャアアアァァァァ!!!」

「なッ…………!!!」


先端の毒針がコースとシンを捉え……反撃とばかりに突き出された————






「させねえよ!!!」


すかさず、2人の前に割り込むダン。

右足を踏み込んで腰を下げ、尻尾に向かって大盾を突き出す————






カアァァァンッ!!!

「ぐうぉッ!!」


尻尾の毒針がダンの大盾に衝突。

鋭い衝撃は、大盾ごとダンを勢い良く吹き飛ばす。



ズザァァァッ!!

「ダン大丈夫(ダイジョーブ)!?

「怪我は有りませんかダン?!」


そのまま、コースとシンの隣に不時着。




「ッてってって…………」


幸い怪我は無かったようで、ゆっくり起き上がる。






————が。



「うぉっ! 何だこりゃ!?」


起き上がったダンが大盾を手に取ると……その表面には、薄紫色のドロリとした液体。



「もしかしてコレー……ドクバリの毒?」

「恐らくそうでしょう、コース」


……毒針の衝突時に大盾が浴びた、毒液だった。



「おいシン! コイツ、俺の盾を溶かしてやがるぞ!」

「「えぇっ!?」」


しかもよく見ると……盾が溶けているのか、液体からは薄っすら湯気が立っている。



「金属も溶かしちまうなんて……」

「超ヤバいよー!」

「はい。それこそ魔傷風なんてモノではなく……受ければ『()()』級かも」

「「即死…………っ」」


シンのリアル過ぎる言葉に、一瞬固まる2人。

勢いを折られて尻込む。






————だが、シンは止まらなかった。




僕とアークを捕らえたままの、大サソリを見据えると。



「……やるしかありません」


そう、呟く。




「やるって……何をだよ、シン?」

「…………サソリを倒します」

「何か作戦あんのー?」

「……無いです」

「ちょっと待て! そりゃ危険過ぎんだろ!」

「そーだよ! 今の私たちじゃ力が足りないし……」


2人の制止も聞かず、剣を構えるシン。



「今の毒だって見たろ?! しかもお前が『即死級』って言っ————

「分かってますッ! 私だって怖いですよ、嫌ですよ、あんな毒…………」

「だったらよお――――

「ですがダン! もしその毒針が私達でなく、先生やアークに向けられたら…………」

「「っ…………」」



何も言い返せない2人。




「だから……私は行きますッ!!」


それを見て……剣を構えたシンは、再びサソリの顔面目掛けて飛び出した。
















————のだが。






ズザッ

「……いてっ」



飛び出して数歩のところで……シンが突然つまずく。




「……まっ、まさかコレって…………」


見覚えのある躓き方に、嫌な記憶が蘇る。

案の定、シンの足下を見れば……そこには全身真っ白のヘビ。




…………コレはッ!!




「「「「詛呪!?」」」」


大サソリの眼前にして、うつ伏せに倒れるシン。


……コレはかなりマズい!

なんでこんなタイミングに……ッ!!




【乗法(プラスマイ)ナアアアアァァァァァァ……!!!」


急いで正負逆転プラスマイナス・インバージョンを掛けようとするも……再び絞め付けられる。

3度目を喰らい、意識が段々朦朧となってきた。





————それだけでなく。

鋏脚(ハサミ)から力を抜くと……大サソリは尻尾を反らせ、躓いたシンをロックオン。




「えっ……」


そして————毒針のついた極太の尻尾を、シン目掛けて一直線に突き出した。
















————詰んだ。




僕もアークも、身動きが取れない。

コースもダンも、シンには追いつけない。

シン自身も、もう避けられる態勢じゃない。


打つ手が無い。




————詰んだ!!!











……コレはマズい。

マズいぞ。






このままじゃ、シンが…………。






ヤバ過ぎる。






どうすれば……?






……ヤバい。


ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい————





















————その時。
















「和ノ十字架(Diagonally)斜ニ( cross )構ウレ(represents)バ是(plenty )積ヲ(of sums.)為ス——

    ————【乗法(   Multipl)術Ⅵ】(ication   )・ATK(-100)」






聞き慣れない『呪文』に、有り得ない『100』という数字が————僕の耳に、入って来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

 
 
Twitterやってます。
更新情報のツイートや匿名での質問投稿・ご感想など、宜しければこちらもどうぞ。
[Twitter] @hoi_math

 
本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
皆様のご感想もお待ちしております!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうか、この物語が
 
小説を愛する皆様の心に、
心の安らぎを求める皆様の心に、
現実とかけ離れた世界を楽しみたい皆様の心に、
そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
届きますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
― 新着の感想 ―
[一言] バカッ! 攻撃したらすぐに引けよ! ヒットアンドアウェイだよ!魔法使いに攻撃できたのはいいけど!そのまま連れ去ればいいんだよ! 演算魔法の効果が切れるまで逃げればいいのになんてことを…この馬…
2020/02/17 17:51 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ