17-11. 対策
「……有った有った」
麻袋にガサゴソと手を突っ込み、HPポーションを取り出す。
「【展開Ⅲ】……っと」
ピッ
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(中質×20+ 普通×29)
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取り付けられたブラケットラベルの数字が1減り、ポーションが1本ボフッと現れる。
「ほい。コレ飲みな、シン」
「……ありがとうございます」
手渡されたポーションの蓋を開け、左手でゆっくり飲むシン。
「【冷却Ⅳ】……冷たくないー?」
「大丈夫です」
反対側・傷めた方の右手首は、コースの【水系統魔法】で冷却中。
「……コースも先生も、ありがとうございます」
「おぅ」
「どーいたしまして!」
まぁ……このくらいの応急処置を施しとけば、とりあえずシンの怪我は大丈夫だろう。
あの後。
無事、リザードの群れを倒し切った僕達……だったけど。
シンが中々な怪我を負っちゃったし、戦いにも中々な時間を取っちゃったので、これ以上進むのは無理と判断。
今晩はその場で野宿することにした。
「ケースケ、こっちはキャンプファイアー出来たよ」
「テントも丁度立て終わったぜ、先生!」
「……おっ」
アークとダンの言葉に振り返れば……そこにはずらりと立ち並ぶ5基のテント。
その近くに、薪で組まれたキャンプファイアーも出来上がっている。
……僕とコースの手当て中に、ダンとアークにはテント設営を頼んでおいたのだ。
「アークもダンもありがとな」
「いえいえ」
「気にすんなって先生。……ところで、シンの手当てはどうだ?」
「うん! もうダイジョーブだよ!」
「HPポーションも飲ませたし、今日一杯は安静にしとけば怪我も問題ないだろ」
僕とコースの手当ても丁度終わったところだし、特に問題も無い。
「……すみません、先生、アーク。こんなにご迷惑をお掛けして」
「良いの良いの。こんなのまだまだ軽傷じゃんか」
ブスリと腹に矢を受け、ザックリと腹に爪痕を彫られた元重傷患者がココに居ます。
「……確かにそうでした。先生の傷に比べれば」
「だろ?」
「はい、先生!」
……うんうん。
そう言って元気になってくれるんなら、僕も傷を負った甲斐が有るってモンだよ。
……という事で。
「「「「「いただきます!」」」」」
シンの手当てとテントの設営を終えた僕達は……真っ暗になった砂漠の中、キャンプファイアーを囲んで夕食だ。
アキに買ってきてもらった缶詰シリーズの中からそれぞれ好きなのを選び、火にあてて温め、そのまま食べる。……決して豪華じゃないけど、こういう食事もたまには良いよね。
パチッ……パチパチッ…………
「んー、うまっ」
キャンプファイアーの火にあたりながら僕が食べているのは、もちろん焼鳥缶。
この世界に来た時から好んで食べている、お気に入りの味だ。
「んー……」
空腹が徐々に満たされ、エネルギーがチャージされていく感覚。…………コレで明日からも頑張れる。
魔傷風に倒れたあの人の為に、明日からも頑張らないとな!
「……なぁ、先生?」
「ん? どうしたダン?」
食事がある程度進んだところで、ダンが口を開く。
「さっきのシンの『詛呪』について、1つ分からねえ事が有んだが……」
「詛呪について?」
分からない事、か……。
なんだろう?
「シンの行動がおかしくなっちまったのは詛呪のせいだ、ってのは分かった。だが……なんでシンは詛呪に掛かっちまったんだよ?」
あぁー……成程ね。
「キッカケか」
「ああ、先生。いきなり詛呪に掛かるなんて考えられねえし、どうして詛呪に掛かっちまったのかが知りてえんだ」
「確かにー!」
「わたしも。……そもそも『詛呪』自体、初めて見たしね」
……あっ、そうなんだ。
「アークは今まで『詛呪』を見た事無かったのか」
「ええ。小さい頃に勉強したから知ってはいたけど……実物を見るのは」
「成程な」
……さすが領主家の御令嬢さん、知識が豊富だ。
「……ちなみに、ケースケ達は今までに見たことあったの?」
「おう、有るぞ」
「有るというか、そもそも……」
「先生は『詛呪魔法』使えちゃうんだよー!」
「……えっ!? そうなのケースケ!?」
「まぁね」
詛呪魔法……【演算魔法】でいう、【乗法術Ⅶ】・-1だ。
テイラー周りの草原でカーキウルフに使ったのが最初にして最後、それっきり封印してたんだよな。アークと出会ってからも使っていないし。
「一度だけ正負逆転を使った事が有るんだけど、『詛呪』を与えたカーキウルフの悲惨さに『出来るだけ使わないようにしよう』って感じたんだよな」
「へぇー……」
……それがまさか、こんな理由で封印を解くことになるとは思いもしなかったよ。
危険な武器でも正しく使えば平和利用できる、ってコトだろう。きっと。
「そうだったのね……知らなかった」
「そうそう」
「………………となると、だ。先生……」
「ん?」
おっ。
ダン、どうした?
「まさか…………シンの詛呪は、先生が掛けたモンだったって事かよ……!?」
えぇっ!?
なんでそうなる!?
「エエーっ!? ありえなーい!!」
「だとしたらガチの狂科学者じゃねえか!!」
「嘘……ケースケが……!?」
「酷いです! 酷過ぎますよ先生!!」
「……んな訳あるかぁいッ!!!」
単なるご乱心だろ。もし本気でやってたら。
「違う違うって!!」
「誤魔化そうとしたって無駄です、先生!!」
「ちゃんとショージキに答えるのー!」
「俺の目を騙せると思うなよ!」
「ケースケ……、本当の事を言ってよ…………」
「だから僕じゃないって!!」
冤罪じゃんかッ!!!
なんで誰も信じてくれないんだよ!!!
「…………まあ、冗談はこのくらいにしましょうか」
「そうね。本当にケースケがやったなんて誰も思ってないし」
「…………おぅ」
……なんだか、冤罪に掛けられた人の気持ちが少しだけ分かった気がした。
「でさー先生?」
「ん?」
「結局、シンに詛呪を掛けたのは誰なのー?」
「あぁ」
そうだったそうだった。
本題に戻ろう。
「それはだな…………」
そう言うと……僕は、食べかけの焼鳥缶と箸を砂地に置いて立ち上がり。
「「「…………?」」」
「どこ行くんだよ、先生?」
足元をジッと眺めつつ、少し歩くと。
「……まぁ見てろって」
キャンプファイアーから少し離れたところで、膝立ちになり――――
「ほッ」
ザクッ
右掌を砂漠に突き込んだ!!
「「「なっ!?」」」
「まさか先生……本当にご乱心!?」
「…………んな訳ないじゃんか」
そう言いつつ、ゆっくりと右手を引き抜く――――と。
「…………いよっと」
砂の中から、僕の右手が――――――――握った白蛇と共に現れた!!
「…………犯人はコイツ、カースドスネークだ」
「「「「エエエェェェ!!!?」」」」
————カースドスネーク。
フーリエ砂漠に棲む、固有種の魔物だ。
見た目は『白蛇』。体の長さも頭の形も日本でよく見る『アオダイショウ』そのものなんだけど、黒い目を除いて全身真っ白。アオダイショウの白版だから、シロダイショウとでも言えばいいのかな。
そんなカースドスネークだが、その武器は『咬んだ相手を詛呪状態にする』能力。スネーク単独じゃ直接的な殺傷能力は無い。……けど、例えば他の魔物と一緒に現れた時には堪ったモンじゃない。
時間の経過以外で『詛呪』の解除法を持たない冒険者には厄介な、タチの悪い後方支援系魔物だ。
「そして、このカースドスネークは……リザード同様、砂の中を潜って進む」
「「「「へぇー……」」」」
さっき、僕が砂の中から強引に引っ張り出したみたいにね。
「砂の中を……」
「そう。だから、今みたいな感じで敵に気付かれずに接近できる。……まぁ、今回は僕の【見取Ⅱ】が働いてたから捕まえるのも余裕だったけどね」
そう言うと、右手に握られたスネークが『クソーッ!』とばかりにウネウネ動く。
……腕にも絡みついてくるけど、締め付ける力は無い。ちょっとくすぐったいくらいだ。
「成程。……という事は、私はいつの間にかスネークに咬まれて詛呪に?」
「だろうな。……多分、シンが『足首痛い』って言ってたヤツ、あれはスネークに咬まれた痛みだったのかもしれない」
だとすれば辻褄が合う。
シンの挙動がおかしくなった原因は詛呪でほぼ確定だし、それが始まったのは『足首痛い』以降。
……うん。コレで間違いないだろう。
「そうですね……」
「気付いたらスネークに咬まれていた…………恐ろしい」
「俺らも気ぃ付けなきゃダメだな…………」
まぁ……確かにスネークは脅威だけど、そこまで心配する程じゃないと思うよ。
「まぁまぁ……僕達には【見取Ⅱ】があるし、万一咬まれても正負逆転がある。最高のスネーク対策が揃ってるじゃんか」
「たしかに! サイキョーだね!」
「そうそう。スネークに敏感になる必要は無いから、明日からも油断しない程度に気を付けて進もう」
「「「「はい!」」」」
……そんな感じで、シンの『詛呪』問題は無事解決したのだった。
「ねーねー先生、さっきからずーっと思ってたんだけど…………」
「ん、どうしたコース?」
話が一段落ついたところで、コースが口を開く。
「……そのヘビ、すっごくかわいーよね! 先生そー思わない?」
「ん? んー……まぁ」
確かに、アオダイショウは無毒だしおとなしいし……『かわいい』って言っても間違いじゃないのかな。
「あっ、わたしもそう思ってた!」
「だよねアーク!」
……と思ってたらアークが賛同した。
「あのポツ目とかー!」
「『放してぇ放してぇ~』って体を捩らせてるのも可愛いよね」
「そーそー! ニョロニョロの動きもなんかカワイくてたまんないの!」
「……コース、アーク、実は私も分かります。それ」
シンまで賛同した。
「スネークの波打つ体の動きに、ついつい目を引かれちゃって」
「「だよね!」」
……このパーティー、こんなにも蛇好きが居たのか。
全然知らなかったよ。
「あと、このピロピロ舌を出す仕草も可愛いですよね」
「そうそう!」
「わかるわかるー!」
そう言い、じっくり眺めようとスネークに顔を近づける3人――――
カプッ
「いてっ」
シン、体を伸ばしたスネークに鼻を咬まれる。
「えーっ!? 咬まれたー!」
「……シン、大丈夫?」
「はい……」
「仕方ないな全く……【乗法術Ⅶ】・-1」
「……すみません、先生」
咬まれた鼻を押さえるシン。
……残念ながら、シンの気持ちはスネークに届いてないみたいでした。
まぁ、そんな感じで。
ユークリド鉱石採掘依頼・1日目の夕食は、『カースドスネークを愛でる会』で幕を閉じたのだった。
「ちなみに、ダンはどうなんだよ、蛇?」
「おっ……俺か? 俺は…………………………」
「オッケーオッケー、分かった。その沈黙が答えだな」
「……ああ。そう言う事だ、先生」




