17-9. リスト
……その後。
一時は騒然としていた朝市も、トラスホームさんが取り仕切ったお陰でなんとか元通りに。
何事もなかったかのように、復興祭は朝昼と変わらぬ盛り上がりを取り戻した。
倒れてた人は駆けつけた治癒魔術師の方々に引き渡され、病院で手当てをしてもらう事になった。
コレで止血や応急処置の心配はなくなったけど……それでも魔傷風のカウントダウンは止まらない。
————あと、1週間。
あと1週間で『ユークリド鉱石』を採ってこないと、あの人は……。
……そう思った、僕達は。
颯爽と祭りを抜け出して冒険の装備を整え、冒険者ギルドで『ユークリド鉱石の採掘依頼』を引き受けた。
昨日の今日ならぬ『さっきの今』で決めちゃった冒険だけど……冒険者なんてこんなモンだろう。
って事で。
「はい受理っと。……この依頼、やってくれる奴が全然居なくて。助かるぜホントに」
「いえいえ」
マッチョ兄さん(フーリエ)が受理印を押した依頼票には『ユークリド鉱石の採掘』の文字。
誰も引き受けずに時間が経ってるからか、紙が少しボロボロになっている。
「はいじゃあコレ宜しく。たんまり採って来いよ」
「ありがとうございます」
マッチョ兄さんから受理印付きの依頼票を受け取る。
「あとコレな、魔導コンパス」
「おぉ、ありがとうございます」
ついでに『魔導コンパス』も受け取ったけど……なんだろうコレ?
見た感じ、普通の方位磁針だけど。
「目的地は砂漠のド真ん中で、道も目印も無え。だからコレを頼りに向かってくれ。指し示す方向は目的地にセットしてあるから」
成程。
この世界にはこんな便利なモンが有るんですね。
……っと、これで準備はオッケーみたいだ。
「じゃあ…… 頼んだぜ、ユークリド鉱石!」
「「「「「はい!」」」」」
マッチョ兄さんに見送られてギルドを出ると————ギルド前の道には、同じく見送りに来てくれていたトラスホームさんとアキ。
ギルドで依頼引受をやってる間、待ってもらっていたのだ。
……結構待たせちゃったからな。
2人には謝っておかないと。
「アキ、トラスホームさん、お待たせしま————
「…………ふーん。トラスホームさんはフーリエの領主だったのか」
「左様です、アキ様」
「若くして偉ぇ人だぜ」
「とんでもありません。私なんてまだまだです」
……アキとトラスホームさんが仲良くなっていた。
ギルドから出てきた僕達にも気づかず、2人で何か話している。
「…………そういえば、アキ様は『ディバイズ商会』にお勤めでしたよね」
「あぁ」
「そちらこそ、その御歳で大手企業とは……中々のエリートで居られますね」
「んな事ぁねぇよ。トラスホームさんこそ十分エリートだろ」
「いえいえ、それ程でも御座いませんよ。アキ様こそ」
「いやいや」
「いえいえ」
……お互いに謙遜し合ってる。
「まぁ、そもそも俺ゃ……勇者召喚させられて、配属先まで勝手に決められちまった先がコレだ。自力で入社した訳じゃねぇし」
「私こそ、生まれた家が偶々『フーリエ』の苗字を持つ家だっただけですから」
……結局、2人揃って生まれながらのエリートだった。
贅沢な人々め。
「……そういやシーカントさん。アイツは何か迷惑とか掛けてねぇか?」
「ケースケ様の事でしょうか?」
「あぁ。何か計介がヤラカシちまった事とか有りゃ、いつでも教えてくれ。後で俺がよーく叱っとッから」
またその話題かよ!
もう良いって……。
「滅相もありません! ケースケ様は……勇者様方は、フーリエを護られた救世主。称えこそすれ、叱る様な事など御座いませんよ」
……ベタ褒めやめて。
恥ずかしくて恥死しそう……。
「そうか、なら良かった」
「左様です。本当に良い御方ですよ、ケースケ様は」
「あぁ。……頭はクソ悪ぃポンコツ野郎だけどな」
「ええっ!?」
「そりゃもう、学校ん中でも相当の」
「…………」
「それはもう、救いようの無ぇくらいに」
「……左様でしたか…………」
からの色々と暴露されてしまった。
酷い言われようだ。コレが『上げて落とす』ってヤツかよ……。
……もういいや。
ずっと声を掛けるタイミングを窺ってたんだけど、もう今突撃しちゃおう。
「あのー、お待たせしました」
「おっ、来たな計介。お前こんなお偉いさんとも知り合いだったとはな」
「ケースケ様は良き人を親友に持たれましたね」
まるで何事もなかったかのような反応。
……ご本人登場に少しタジロぎでもするかな、なんて思ってた僕が間違いだったみたいです。
「それにしても……まさか、もう出発なされるとは」
まぁ『善は急げ』って言うしね。
「再会して半日でまた旅立ちかよ。全く、忙しい野郎だな計介」
「ごめんごめん。……シーカントさんにもよろしく伝えといて」
「了解」
そういや、この前王都で会った時も1日半だけだったもんな。
「……まぁ、そんだけ勇者様が必要とされてるッつー事だよな。頼りにされてんじゃねぇか、計介」
「…………そう言われるとちょっと嬉しい。さすがうちのアキさん、飴の使い方もお上手なようで」
「だーかーら俺はお前のモンじゃねぇッつーの。鞭振るわれてぇのか?」
……冗談です冗談です。
「では、ケースケ様。出発前に軽く依頼についてお話しさせて頂きますね」
「あぁ、お願いします」
話が切れたところで、トラスホームさんから『ユークリド鉱石採掘』の説明だ。
「依頼票はお持ちですか?」
「はい」
白衣の胸ポケットから依頼票を取り出し、皆が見えるように開く。
---依頼票--------
依頼番号:766-198-354
依頼内容:純ユークリド鉱石の納品
依頼者 :トラスホーム・フーリエ
報酬 :金貨50枚(基本給) + α
条件 :初心者不可
備考 :納品量や質による追加報酬あり
-----------
金貨50枚プラスアルファと、報酬は相変わらず破格。だけど……『初心者不可』の5文字がなんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出してるんだよな……。
どうりで冒険者達から敬遠される訳だよ。
「では、ご説明を…………皆様の目的地は、この街から北西に歩いて丸2日の所にある『旧フーリエ鉱床地帯』です」
「「「「「鉱床地帯…………」」」」」
なんだかカッコいい響きの地名に、僕達の想像が膨らむ。
「左様です。砂漠の中に幾つもの坑道が掘られた場所で、当時は様々な鉱石が採れる大鉱床地帯でした。既に廃坑となっており、人は居ません」
成程。
だから『旧』なんだね。
「それと……純ユークリド鉱石は蒼透明の鉱石です。水色のものは不純物が多く、滅魔剤・ユークリドが作れませんのでご注意下さいね」
はいはい。
水色がダメ、蒼透明の鉱石ね。
水色がダメ、蒼透明の鉱石。
水色がダメ、蒼透明の鉱石。
水色がダメ、蒼透明の鉱石…………。
……よし、完璧。
【暗唱】が働いたのか、すんなり覚えられた。
「つまり……鉱床地帯に行って、蒼透明の鉱石をとにかく沢山採って、1週間で帰って来れば良い。そんな感じですね?」
「左様です」
オッケー!
行きに丸2日、採掘に1日使って帰りも丸2日とすれば、5日間で依頼完了だ。もし不測の事態で1日費やしたとしても"タイムリミット"には十分間に合うハズ。
落ち着いて冷静に行動すれば、時間制限も特に問題無いだろう。
落ち着いて、冷静に、だ。
「じゃあ、最後に俺から」
トラスホームさんの説明が終わると、最後はアキの番だ。
「……ほらよ、計介」
ドスッ
そう言い……アキが足下に置いてあった巨大麻袋を取り出す。
「渡された買い物リスト、一通り買い集めといたぜ」
「「「「「おぉ!」」」」」
そうそう。
祭を抜け出す直前に、アキには冒険に出る前のお買い物をお願いしてたんだよね。
「缶詰に乾パン、あとHPポーションにMPポーションに薪に散魔剤に砥石、採掘用ピッケル、その他諸々…………買い揃えんのマジで大変だったんだからな」
アキの説明を聞きつつ、5人で麻袋の中身を軽くチェック。
……パッと見、必要な物は揃ってそうだ。
「サンキュー、アキ! 本当に助かったよ。お釣りは貰っといてください」
「おぅ。そんじゃ有難く頂戴して…………買い忘れは無ぇと思うが、一応お前の目でも確認しとけよ」
「良いよ良いよ、大丈夫。僕はアキを信頼します」
……まぁ、本音は確認するのが面倒なだけだけどね。
「……良いのか? 現地で不足に気付いても責任持てねぇぞ」
「大丈夫大丈夫」
「……ハァ、そうかよ」
まぁ……もし何か足りなくても、僕達ならなんとか出来るハズ。
そういう事にしとこう。
「それと……逆に買うだけ買って『こんなに持てなーい!』とか言うオチは絶対許さねぇからな」
「大丈夫大丈夫」
「本当かよ? 5人で分配しても相当な量だぜ、こりゃ」
「問題無いって」
アレを使えば、ね。
「なら……見せてもらおうじゃねぇか」
「おぅ」
フッフッフ……見て驚くなよ。
【演算魔法】の新入りにして即戦力、その能力を!
「【相似Ⅱ】・1/3!」
ザアアアアア…………
「うぉっ!?」
「なっ……!?」
突然白黒のノイズに包まれた麻袋に、何も知らないアキとトラスホームさんがビクッと動く。
……けど、それだけじゃない。
ココからが本番だ。
ザアアァァァァァァ…………
「あっ……麻袋が…………」
「萎んでんのか!?」
まるで空気が抜けていくかのように、麻袋だったノイズが小さくなっていき……————
「小ちゃくなっちまった…………」
「なんという……素晴らしい魔法を…………」
ノイズが晴れると、そこにはミニサイズになった麻袋が。
唱えた魔法の通り、ちゃんと大きさは1/3になっているハズだ。
「コレが【演算魔法】のルーキー、【相似Ⅱ】。まだスキルレベルはⅡだから、物体を3倍か1/3倍までしか相似変形できないんだけどね」
「……いや、もう十分凄ぇぜ。その能力…………」
「左様です……本当に…………」
2人ともビックリしちゃっている。
……良いねー良いねー、その驚きっぷり。
【相似Ⅱ】を習得した甲斐が有ったよ。
「……って事で、このサイズなら持ち運べるじゃんか」
「…………そっ、そうだな」
「じゃあダンよろしく」
「いや、そこは人任せかよ!」
僕達5人の中なら、断然ダンが1番の力持ちだからな。
人任せも何も、適任なのです。
「任せろ先生!」
「よろしくな」
「いや、ダンくんも快諾かよ!」
……素直な学生で良かった。
先生は本当に助かってます。
……とまぁ。
ギルドで依頼も引き受けたし、冒険に必要な物も揃った。
採掘に必要なピッケルも持った。
コレで出発準備完了。
あとは僕達が『旧フーリエ鉱床地帯』に赴き、蒼透明の純ユークリド鉱石を採ってくるだけだ。
「じゃ……時間もある訳じゃないし、そろそろ行くか」
「ええ。そうね」
「そうしましょう、先生」
「行こ行こー!」
「ヨッシャ! やってやるぞ!」
久し振りの『冒険』に、気持ちのエンジンも回り始める僕達は。
「ケースケ様、皆様…………どうぞ、よろしくお願い致します」
「はい」
「ええ。ありがと」
「シンくん、アークちゃん、それにダンくんも頑張って来いよ。計介をよろしくな」
「勿論です!」
「うん! ガンバるー!」
「任せとけ!」
頭を下げるトラスホームさんと、軽く笑みを浮かべるアキに見送られ。
「どうぞ、お気を付けて」
「じゃあな!」
西門へと、向かった。
「「「「「行ってきます!」」」」」
…………さあ、
冒険だ。




