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17-6. 暗唱

「今日から2日間、『暗唱』の刑だ」




ニヤッと怪しい笑顔を浮かべるアキの口から、罰ゲームが発表された。



「あ……()()?」

「そう。()()だ」


えっ、なんか思ってた罰ゲームと違うけど……いまいちイメージが浮かばない。

『暗唱』、どんな感じなんだろう……?



「『案外楽そう』とか思ってんだろ、計介?」

「いや。そもそもどんな罰か分からない」

「……んまぁ、それもそうか」


そう言って頷くと……アキは、罰ゲームの執行を始めた。




「じゃあ、始めんぞ。……リピートアフターミー」

「おぅ」


成程。

アキの言った事を繰り返せば良いんだな。




「まずは円の面積からだ。『 πr² 』、はい」

「パイアールニジョー」


なーんだ、簡単じゃんか。



「コレをあと10回」


えっ、10回!?



「パイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョー」

「……物凄ぇ棒読みじゃねぇか」


棒読みでゴメンナサイ。



「意味の無い()()じゃあるめぇし、もうちょっと数式っぽく唱えろよ」

「数式っぽく……?」


えっ、どんな感じだろう?



「んん…………パイアールニジョー?」

「変わってねぇよ」

「パイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョーパイアールニジョー」

「だから全然変わってねぇよ!」

「……ゴメン」

「…………まぁ、別に良いけど」


呆れられてしまった。




けど、とりあえず次だ。



「次は錐体の体積な。『 (1/3)Sh 』はい」

「サンブンノイチエスエイチ」

「コレも10回な」


……やっぱりかー。



「サンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチサンブンノイチエスエイチ」

「相変わらず呪文だが……もう良いやそれで。次だ」


うぅ……長い。

途中で息が持たなくなりそうだった。




「コレで最後、 解の公式だ。『 (-b±√b²-4ac(_______) )/2a 』、はい」

「…………え、長過ぎない?」

「長くねぇ。やれ」


……うす。



「ニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシー」

「10回」


……ですよねー。



「ニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシーニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシー……」


……プハッ。

ちっ、窒息するかと思った。




「はいお疲れさん、計介」

「ハァ、ハァ…………おぅ」


荒い呼吸をする僕に、アキが声を掛ける。



「解の公式に至っちゃ最早呪文通り越してお経だったが…………まぁ、そんな感じで良いだろう」


そう言い、軽く頷くアキ。



「……もしかして、コレで罰ゲーム終わり?」

「んー……まぁ、『リピートアフターミー』はお終いだな」


ヨッシャ! 罰ゲーム終わ————






「けど最初に言ったろ? 『”2()()()”暗唱の刑』だって」



2日間……んん!?




「今の3種類の暗唱を今日・明日の2日間、ひたすら繰り返せ」

「……今のヤツを? 2日間!?」

「あぁ。とにかく暗唱しまくって暗唱しまくって、そして憶えろ」

「成程…………」


そういう事か……。



「中々しんどい2日間になりそうだ……」

「なに、深く考えんな計介。さっきみたく呪文……いや、お経のように唱えときゃ良いんだよ。とりあえず繰り返し声に出す。今のお前ならそれでオッケーだ」


声に出すだけ、か。

なんか、ただ同じ言葉を繰り返してるだけだけど……。



「なぁ、アキ。ぶっちゃけ今のって意味あんの?」

「大有りだぜ。計介お前、暗唱甘く見てんな?」


……はい。



「ったく、仕方ねぇな。…………俺ん中じゃ、物事を暗記する上で『暗唱』は1つの近道だと思ってる」


……近道?



「何度見ても書いても覚えられないってモン、有るよな?」

「おぅ」

「そう言うモンは、何度も声に出してみりゃ良いんだ。声に出すと、脳はその言葉を覚える。さらに、耳に届いた『自分の声』も脳は覚える。喋る音と聞く音、同時に2つの音が頭にインプットされてんだ」

「ほぅ」

「だから……ただ繰り返し喋ってるように見えて、実はその倍のスピードで脳は暗記作業を行ってる。コレが暗唱だ」

「へぇー……」


倍のスピード、か。

なんか凄いな。




「そうだな…………例を挙げよう。『C₆ H₆ Cl₆』、この物質の名称は?」

「ヘキサクロロシクロヘキサン」

「正解。…………よくもまぁ、そんな長ぇ名前がパッと出るモンだ」

「おぅ」


……自分で言うのもなんだけど、なんか反射的に口ずさんじゃった気がする。スラスラっと。



「ヘキサクロロシクロヘキサンなんてそうメジャーな物質でもねぇし、専門化学の有機ら辺で1、2回ちょこっと触れたくらいだろ? なのになんでそんな完璧に憶えてんだよ?」

「そっ、それは…………」


……言われてみると分からない。



「……自覚のないうちに、気付いたら憶えてた」

「だろうな。まぁ正解は『高校の帰り道、お前がただひたすら”ヘキサクロロシクロヘキサン”を繰り返してたから』なんだが」

「…………あっ、なんか思い出した」



有ったな、そういえばそんな事が。






…………アレは化学の授業でヘキサクロロシクロヘキサンをやった日の事。

あの後、妙にその語呂の良さににハマっちゃった僕は……高校の正門を出てからアキと別れる交差点までの帰り道、大通りの車の騒音に紛れてヘキサクロロシクロヘキサンを唱え続けてたんだった。



『ヘキサクロロシクロヘキサヘキサクロロシクロヘキサヘキサクロロシクロヘキサヘキサクロロシクロヘキサヘキサクロロシクロヘキサ』

『いつまでやってんだ計介……』


勿論、隣でずっとそれを聞いてたアキは呆れてました。

……今となっちゃヤバい奴だって自分でも思うけど、良い思い出だ。






「つまりだ。アレこそが正に『暗唱』、そして現にお前はヘキサクロロシクロヘキサンを覚えている。……そう言う事だぜ」

「成程!」


……なんか暗唱のスゴさ、分かった気がする。



「暗唱は、記憶を定着させる。脳に結び付ける。いわば『完璧に憶えるためのツナギ』だ。だから……とりあえずやってみろ、暗唱」

「おぅ! やるよ!」


……思わず勢いで答えてしまった。




「それでも駄目なら俺に言え。別の方法を考えてやっから」


……そしてアキに感動までさせられてしまった。




「……さすがうちのアキさん。もはや僕の数学教師ですわ」

「数学者の数学教師ってどういう事だよ、ややこしい。……あと俺はお前のモンじゃねぇ」











……とまぁ、そんな感じで。


突然始まったアキの抜き打ちテスト、からの罰ゲーム。

最初は『嫌だなー』とか思ってたけど、なんだかんだで僕の考え方を思いっきり180°ひっくり返されちゃった気がする。


コレは、アキが仕掛けた罰ゲームなんかじゃない。

……アキは、僕に勉強を教えてくれてたんだ。




「……暗唱、やってみるよ」

「おぅ。頑張れ」

「がんばってケースケ!」


決意表明じゃないけど、テーブルを囲む2人にそう呟いた————





















ピッ



===========

パッシブスキル【暗唱】(レシテーション)を習得しました

===========






2人の応援に続けて、目の前に現れたメッセージウィンドウ。

その青透明の画面に映された、白い【暗唱】(レシテーション)の文字。



……そっか。

アキとアークだけじゃなく、どうやら【演算魔法】様も僕の事を応援してくれてるみたいだ。




……うん。

アキ。アーク。【演算魔法】様。



僕……頑張るよ、暗唱。











————って。




「いやいやいや何コレ!? いきなり新スキル習得しちゃったんだけど」

「……マジかよ計介」

「本当!?」


突然の事態に、戸惑う僕達。



「新スキル……だって?」

「僕自身も何が起きてんのか分からないけど……とりあえず今確認する」


そう言いつつステータスプレートを開き、【演算魔法】をタップ。

【演算魔法】一覧が載った新しいウィンドウが開く。

その中には……【暗唱】(レシテーション)の文字。




「有った。……レシテーション、って名前らしい」

「レシテーション……recitation、英語で『暗唱』だな」

「まさに今やってた内容なのね」

「確かに」



そっか。

だから今、『参考書』も開いてないのに新スキルが追加されたんだな。




……まぁ、それは良いとして。



「で、どんなスキルなんだよ?」

「オッケーオッケー。今から確認するから」


そう言い、【暗唱】(レシテーション)の文字をタップ。




ピッ

「おぉ」


数行の説明文を載せた、新たなウィンドウが現れる。



「見せろよ計介」

「わたしにも!」

「はいはい」


そんなウィンドウを、横から顔を出すアキとアークと一緒に眺める。

……さあ、新スキルゲット時の恒例・能力確認タイムだ!






===【暗唱】(レシテーション)========

魔力を消費して、物事の暗記を促進、および記憶を強化させる。


【状態操作Ⅵ】ステータス・オペレーションとの併用による効果

保有する【演算魔法】のスキルレベル成長を促進、および能力を強化させる事が出来る。

===========




「暗記を促進、記憶を強化……」

「まぁ、その通りだな。さっき計介がやってた呪文だのお経だのでササッと覚えて、絶対(ぜってぇ)忘れさせねぇ、ッつー事だろ」


成程ね。




……という事は、だぞ。



「まさに今から、ソレをやろうとしてた僕からすれば……?」

「あぁ。ウッテツケの【演算魔法】じゃねぇか!!」


マジかよ! 最高のタイミングじゃんか!!!

どうやら【演算魔法】様は本当に僕の事を応援してくれてたみたいだ!



それと、もう一つの効果・【状態操作Ⅵ】ステータス・オペレーションと併用の方の効果も中々凄い。

コレってつまり、『沢山沢山【演算魔法】を使って【演算魔法】マスターになれよ!』って事だよな。きっと。


……コレは凄い。




「……ただ、パッシブスキルなんだよな?」

「おぅ」


パッシブスキルって、確かアレだよな。【乗法術Ⅶ】(マルチプリケーション)みたいに僕の好きなタイミングで発動させるんじゃなくて、自動的に発動する的な感じのヤツだ。



「どうせなら今使ってアキとアークにも披露したいんだけど……まぁ、仕方ないか」


そこだけが残念だけど、とりあえず今はお預けだ。



「あぁ。俺も使う所を見てみたかったが……今度教えてくれよ。使い勝手」

「分かった」

「忘れんなよ?」

「おぅ」
















……まぁ、そんな感じで。


新たな【演算魔法】、その名は【暗唱】(レシテーション)

その能力は……まだ分からないけど『暗記』系。





また凄いスキルを手に入れちゃったぞ!

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
皆様のご感想もお待ちしております!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうか、この物語が
 
小説を愛する皆様の心に、
心の安らぎを求める皆様の心に、
現実とかけ離れた世界を楽しみたい皆様の心に、
そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
届きますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔法のジャミングとかってできますか? 人間に擬態できる魔族とかっていますか? [一言] 暗記系能力だとぉ⁈ フザケンナ!これじゃあ魔王軍の幹部たちの能力を暗記してその都度弱点をつくこ…
2020/01/05 12:16 退会済み
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