17-3. 祭Ⅲ
「へぇー! 凄ぇな朝市!」
シーカントさんと別れた僕達は、アキとアークの3人でお祭り巡りを再開。
人の流れに乗りながら、ゆっくりゆっくり朝市の中を進んでいた。
……んだけど。
朝市を回り始めるや否や、なんだかアキのテンションがおかしい。
「鮪に鮭に、鰹に鯖に……貝、蟹、烏賊、蛸! 何でも揃ってるじゃねぇか!」
屋台に並べられた売り物に目を輝かせては歓声を上げ、独り騒いでいるアキ。
コイツとは小学校以来10年近く一緒にいるけど……こんなに落ち着きが無いなんて異常事態だ。
「ヤベぇ! マジヤベぇ! 神だぜこりゃ!」
こんな語彙力の無い感想も決して言わない子だったのに…………。
どうしたアキ? ……まさか、僕の知らぬ間にアキの身体に何か有ったんじゃ!?
「……アキがこんなハイテンションになるなんておかしい」
「そうなの?」
「おぅ。普段のアキはー…………こう、何て言うの? もっと落ち着いてて、何事にも動じないっていうか、不動心っていうのか、鈍感っていうのか」
「鈍感ではねぇから」
「まぁ、そんな感じなんだけどな」
「なるほどね」
「スルーすんな」
うんうんと頷くアーク。
理解が速くて助かります。
「……とにかく、僕からすればこんなテンションのアキは異常なんだよ。……もしかしたらコイツはアキじゃないのかもしれない」
「えっ、まさかニセモノ?」
「そうかも」
「いやいやいや俺だから」
……じゃあ、本物か偽物かチェックしてやろうじゃんか。
「……さすがはうちのアキ。やっぱり今日も天才ですわ」
「いきなり何言ってんだ計介。お前こそ偽物じゃねぇのか? …………あと俺はお前のモンじゃねぇッつの」
……待ってました、その一言。
「うん。アキで間違いない」
「そうね」
「ソレを本人確認に使うな!」
……まぁ、そんな事は置いといてっと。
「計介には色々と言いてぇ事が有っけど…………俺が今興奮してんのは、何と言ってもこの魚だろ魚!」
「ふーん……」
未だにテンション異常のアキ、今度は魚への愛を熱く語り始めた。
「こんな大量の海魚を前にして、俺らが落ち着いてられるかッてんだよ! なぁ計介?」
「まぁ、その気持ちは分からなくもないな」
「だよな! シーカントさんとフーリエ出張が決まった時にゃ滅茶苦茶喜んだわ! だって魚だぜ魚!」
どっちかと言えば僕は魚より肉派なんだけどなー……とか考えてたけど、一応頷いとく。
「……アキさん、魚にすごいコダワリがあるのね」
「おぅ! 俺らの郷土料理と言いゃあ何と言っても魚、ソコは譲れねぇからな!」
「ふーん……」
アキの力説にちょっと困惑しつつも、とりあえず頷くアーク。
「そういえば……わたしが作った鉄火丼、ケースケもすごい喜んで食べてくれてたよね」
「あぁ。アレな」
借家が健在だった頃に5人で食べた、アーク特製の鉄火丼を思い出す。
……そういや、あの時の鉄火丼が2ヶ月振りの海鮮系メニューだったもんな。何というか……『マグロってこんなに美味しかったんだ!』って感動した逸品だった。
「アーク手作りの鉄火丼、凄い美味しかったって憶えてるよ」
「ッ!? ……そっ、そう言ってくれると…………嬉しい、かな」
「借家が復活したら、また作って欲しいな」
「ええ。もちろん……ケースケがそう言うのなら————
「いやいやいや待て待て待て」
「……ん? どうしたアキ————……ッ!?」
ふと振り向くと…………そこには、目を見開いたアキが立っていた!
なんか唖然としながらジッと僕を見ている。
「計介お前……アークさんの、手料理を……?」
「おぅ。美味しく頂いたよ」
「………………マジか」
そう告げるや否や、アキの表情が愕然にレベルアップ。
「アークの料理、超美味しいんだよ。毎朝色々料理を作ってもらってたけど、もう朝から最高だよね」
「……まっ、毎朝!?」
「おぅ。狩りに出る前、いつもアークが朝食を作ってくれて」
「と言っても、ほぼ毎日鉄火丼みたいな物だったけどね」
主にダンの所為でな。
アイツいつも『鉄火丼』としか言わなかったからさ。
……まぁ、僕も鮪は大好きだから全然問題なかったけど。
「やっぱり領主家の娘さんだけあってか、僕達みたいな庶民上がりの平凡高校生とは育ちが違った」
「……もうっ、領主家扱いしないでよね! もうテイラー家とは縁を切ったんだし」
アークに怒られてしまった。
「あっ、そうだった。ゴメンゴメン」
「(……カノジョの1人も出来た事ねぇ計介が……もうこんな段階まで…………)」
その裏でアキが何か呟いてたみたいだけど……聞き取れなかった。
なんだろう?
「何か言った?」
「……いや何でもねぇよ。計介お前、大人になったな」
「えっ?」
何いきなり?
「コレで計介ん所のおばさんも喜ぶぜ。きっと」
「なんで急に僕の母!?」
「…………気にすんな」
……えぇ。凄い気になるじゃんか…………。
まぁ別に良いけどさ。
さて。
話が一段落ついた所で周りをふと見回すと……。
「……おっ。良い所にテーブルベンチが」
道端に休憩スペースが現れた。
「あっ、1箇所空いたわ!」
しかも座ってた人が立ち上がるという、巡り合わせの良さ。
「丁度良いじゃねぇか。お零れに与ろうぜ」
という事で、僕達は朝市の人の流れから一旦離脱。
前に座ってた人の温もりを薄っすらと感じつつ、公園に良くあるようなテーブルに着いた。
「さっきのベンチと言い、今日は座席運がツイてるわね」
「確かに」
座席運の良さに感謝しつつ、アークの隣・アキの向かいに座る。
「「「ふー……」」」
そして3人揃って一息。
今日は特に運動とかしてないけど、なんとなく疲れた気がするなー。
「……人混みの中を歩いてるだけでも、結構疲労って溜まるのかな」
「そうかもね」
そんな感じで、朝市の喧騒から少し逸れてマッタリしていました。
「……そうそう」
少し元気が復活した所で、アキが口を開く。
「計介。お前に言っときたい事が有ってよぉ」
「ん?」
……なんだろう?
「…………心の準備は良いか?」
「えっ!?」
急に!?
いきなり言われても困るんだけど————
「それじゃあ」
「待て待て待て!」
まだ準備がッ!
「……まぁ、そこまで心配すッ事じゃねぇからよ」
だったらなんで『心の準備は』って聞いたんだよ。
「じゃあ……まぁ…………」
「それじゃあ………………行くぜ」
そして、アキの口から衝撃の一言が放たれた。
「計介お前、王都でメチャクチャ有名になってんぞ」
「えぇー…………」
マジかよ! 目立つのが嫌な僕からすれば大問題じゃんか!
それは困ったぞ……。
「アキ、ちなみになんで?」
「なんでって……決まってんだろ。『エメラルドウルフをたったの5人で倒した伝説の勇者』って扱いで」
「「あー……」」
アレか。
もう『フーリエ包囲事件』とかで忘れてたよ。
「でも……それってそんな凄い事なのかよ?」
「ッたり前だ! うちの会長曰く『アレは王都騎士団とか魔術師連合が2、30くらい出動して、しかも時には死人も出る大事なんだよねェ! それを5人で仕留めるとか、もはや狂気の沙汰だよねェ!』ッつってたぜ」
「そうなのか……」
「しかもお前ら、倒して早々どっか行っちまっただろ? だからあの後、王都はお前の噂で持ちきりよ」
「あー……」
そうそう。
早くフーリエに行きたかったし、轟の輸客馬車も待たせてたしって事で、僕達は早々に王都を立ち去ったんだったな。
「で、本題はココからだ計介。…………お前の姿を実際に見た人々はともかく、王都の殆どは伝聞でしかお前を知らねぇ。そんな奴らが勝手にお前の渾名を付け始めて、渾名がインフレ起こしてんぞ」
「ゲッ」
うわ、出たよ出たよ渾名。
王都を離れてフーリエに来たからか、最近は全然渾名で呼ばれる事無かったけど……久し振りに思い出したよ。
「確か……血に塗れし狂科学者だっけか?」
「あー…………それ結構前に流行ったヤツな」
ウソでしょ!?
ヤバい……僕、時代に取り残されてるぞ。
「……何々? 僕今、何て呼ばれてんだよ?」
「聞きてぇか?」
「おぅ」
もう良い。
凄く恥ずかしいけど、どうせならこの機会に教えてもらおう。
「まずは『血に塗れし』だろ。それとオーソドックスに『戦う数学者』とか」
……意外と普通だ。
「『颯爽と現れ颯爽と立ち去る謎のヒーロー』とか」
少なくとも『謎』じゃないだろ。
結構素性割れてるし。あと長い。
「まだ有んぞ。『無謀野郎』とか」
酷い……。
「『キ○ガイ非戦闘職』とか」
もはや悪口だよ。
「あとは……『相緋』とか」
「待て待て待て!」
……なに最後の?
聞いて身震いがしたんだけど。
「ん? 相緋か?」
「それだよそれ」
あんまり読み上げないでくれよ。
毎回背筋がゾクッてするじゃんか。
「……ちなみに、どういう意味?」
「コレはー……お前とアークさんとのコンビ名、みてぇな感じだな。鮮血に身体を染める少年と、鮮赤の炎を操る魔法戦士の少女。2人合わせて相緋」
「……死ぬほど恥ずかしいんですけど」
聞かなきゃ良かった。
「結構有名だぞコレ。特に、お前らの戦いを直に見てたッつー奴らの間じゃ1番人気だな」
「マジかよ!?」
うわ……、もう地獄だ————
「わたしは……悪くないかな。なんだかオシャレな名前で良いじゃない」
まさかのアークが真逆の意見だった。
「そうなのアーク!?」
「ええ。ケースケもそう思わない?」
「えっ、……うーん…………」
僕としちゃ聞いてるだけでも恥ずかしいんだけどな……。
「まぁ、王都はそんな感じだぜ。頑張れ相緋」
「ええ、ありがとう!」
「……おぅ」
やっぱりその呼び方やめてくれぇぇ!




