16-17-3. 『指揮官、諾了』
「………………はっ」
ビクッと身体が震え、目が覚める。
「…………」
記憶を蘇らせつつ周囲を見回せば、見慣れた私の居室。
手に持っているのは、先程まで読んでいた軍団長からの手紙。
「…………いつの間に」
どうやら、居眠りして机に突っ伏していたようだ。
木製の机には、薄っすらと涙で濡れた跡。
窓からは、夕陽が射し込んでいる。
……しまった。
気付かぬうちに、かなりの時間居眠りしてしまったようだ————
ドンドンドンッ!!!
「うっ」
突然、背後の扉が強く叩かれる。
「おい、暴れ鬼ン所の指揮官! 居んのか!?」
この声…………、先程の近衛隊の奴だ。
ドンドンドンッ!!!
「居んなら出てこい!」
……駄目だ、こんな情けない表情を見られる訳にはいかない。
すぐさま机の端に置いてあった仮面を被り……扉に向かって声を掛けた。
「……今行きます」
ガチャッ————
「遅え! 居んならさっさと出て来いよ!!」
「すみません————
「俺らは軍団と違って暇じゃねえッつったろ!?」
「すみません————
「それにこんな獣臭え部屋、居るだけで頭がクラクラすんだよ!」
「すみません……」
相変わらず高圧的な態度に苛立ちを覚えるけど……ひたすら謝り倒す。
「ところで、私に何か用————
「決まってんだろ! じゃなきゃ第三軍団室なんか死んでも来ねえわ!」
「…………」
一頻り叫び散らしたところで……近衛隊の奴は落ち着き、用件を述べた。
「お前に魔王様からの招集が掛かった。魔王様が王国遠征の結果を知りたがってる」
「……あっ」
……そうだった。
軍団長の手紙にあった『命令』はこなしたものの……魔王様へのご報告を完全に忘れていた。
「いつでも謁見できる状態になってるから、今すぐ謁見の間に来い」
「……はっ、はい」
「じゃ俺は先戻ってるからな。すぐ来い!」
バタンッ!!
そう言い捨てて、行ってしまった。
「……急がなければ」
……魔王様を待たせていただなんて、とんだ粗相だ。私もすぐ行かなければ。
顔だけ洗ってすぐに向かおう。
左右には近衛隊がズラリと並び……一段上がった正面には、魔王様。
そんな魔王様の前で片膝をつき、叫んだ。
————魔王様ッ! 第三軍団所属・セット、王国遠征の報告に参上致しました!
————ハッ! 作戦結果は…………失敗に、終わりましたッ……!
————ハッ! 同時並行で進めていた『フーリエ』の破壊は遂行しましたが……標的である『白衣の勇者』の逆襲に遭い、敢え無く失敗! 軍団長が一撃を与えたものの、致命には至りませんでしたッ!
————ハッ! 此方の損失は……軍団長・ガメオーガ様を含む、第三軍団、計10万ッ! 殆どは『白衣の勇者』共に討伐され、軍団長が討ち取られた後は散り散りになったものと考えられます……ッ!
————ハッ! 無事帰還できたのは……恐らく、私一人であります…………。
「「「「「…………」」」」」
軍団が丸ごと1個壊滅したという事実に、謁見の間の雰囲気が途端に重々しくなる。
苦い表情をしたまま無言を貫く、魔王様。
左右に控える近衛隊も、誰一人として口を開かない。
……そんな私も、片膝をついたまま俯いて歯を食いしばり。
ただ独り逃がされた情けなさに、顔を上げる事など出来なかった。
…………静寂の中、ふと察する。
魔王軍の軍力を丸々一つ潰してしまった指揮官責任は、甚大。
どう頑張っても免れる事はないだろう。
それに……私は既に、前科2犯と言っても良い身。
2度の襲撃を失敗した上での今回では、もう救いようもない。誰も救ってくれる筈がない。
これは…………間違いなく、極刑だ。
この雰囲気がそれを示している。
死ぬ覚悟は既に出来ている。
だが……そもそも私の命一つで済むのかどうかも分からない。もし足りないとして、私の何を差し出せば良いか分からない。
軍団長は、手紙でああ言ってくれた。
最期が視えているというのに、敢えて軍団長は私に未来を託して下さった。
が…………それももう、叶わないかもしれない。
私の人生も、これまでか————
そして……その時は訪れた。
「では、汝への処分である」
「……ハッ!!」
魔王様のお言葉に覚悟を決め、思い切りグッと顔を上げ。
ジッと魔王様と目を合わせて…………全力で、耳を傾けた。
「下名の名に於いて、汝に言い渡す。…………指揮官責任として、汝を獄に投ずる」
「………………えっ?」
獄に……投ずる……!?
極刑、では……ないのか?
「聞こえなかったのか!? お前は投獄なんだよ!」
「………………えっ?」
右に立っていたさっきの近衛隊の奴が、処分を繰り返す。
……が、想像と全く違う結果に脳が受け付けない。
「……なんで?」
「なんでって…………死刑になりたいのかお前は!?」
いや、そういう訳ではないが————
「さっきの脳き……ガメオーガ様からの特級公文書を読んで、魔王様はお前に寛大なご処置を下さったんだよ!」
「ぐ……軍団長が!?」
「ああ! 『セットはまだ必ず役に立つから、どうか極刑だけは』ってな! お前は脳筋に生かされたんだよ!」
「…………ッ!!?」
そっ、そんな……。
さっきの手紙の中身って…………私の命乞い、だったのか!?
「……うぐっ」
自分の最期も知っておきながら……っ!?
魔王様への手紙、『どうでも良い事』とか言ってたのに……。
全然、どうでも良い事なんかじゃないですか……ッ!!!
……ぐっ…………軍団長ぉォォォッ……!!!
「ほら指揮官! 黙ってないで、魔王様に何か申し上げろ!」
「…………はいっ……」
近衛隊の奴に促され……再び涙を溢れさせながらも、魔王様と目を合わせ。
「魔王様の寛大なご処置に…………軍団長の遺志に応えるべく、喜んで受け入れる所存ッ!!!」
最後に、そう響かせて…………私は謁見の間を出た。
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