16-17-2. 『指揮官、欷歔』
「……着いた」
軍団長からの手紙を何度も頭の中で繰り返すうちに……ふと気づけば、魔王城の門に到着する。
————市着袋に一緒に入ゎておいた魔王様宛ての手紙には、吾輩の軍団長公印を押しておいた。
————こゎで手紙は軍内の特級公文書扱い、どんなに汚い文字であろうがどんな内容であろうが問答無用で魔王様のお手元に届けらゎるのだぞ!
「…………第三軍団セット、只今帰還」
ギイィィィィィィィ……
ゆっくりと開かれる門を潜り抜け、魔王城内に入る。
————ちなみにだ、セットよ。貴殿が魔王様に直接会って手渡す必要は無いからな。その辺の近衛隊にでも手紙を託し、魔王様まで取り次がせゎばそゎで十分であろう。
「………………」
中庭を通過し、魔王城の本館に入って螺旋階段を上る。
目指すは4階、近衛隊詰所だ。
————何、心配する事は無い。普段から吾ら第三軍団を見下しておる奴らでも、特級公文書を無碍に扱おうものならば極刑であるからな! 顎で使ってやゎ! ガーッハッハッハッハ!!!
コンコンッ
「第三軍団・セットです」
『勝手に入れ』
「失礼します」
中からの声に従い、詰所の扉を開けて中に入り。
近くに居た近衛隊員の1人が駆け寄ってくる。
「お前ら軍団共と違って俺らは忙しいからな、さっさと頼むぜ」
「……はい」
出会って早々高圧的な態度の近衛隊員。
……軍団長の仰る通り、こいつを顎で使ってやれば良いと。
「……で用件は何だ?」
「第三軍団・軍団長ガメオーガ様から、魔王様宛の特級公文書を預かってきました。お取り次ぎ願います」
「「「「「……っ!?」」」」」
その瞬間、近衛隊中がビクッと震え。
只事ならない雰囲気が詰所を包み込む。
「とっ……特級公文書!?」
「これです」
「…………」
懐から手紙を取り出して手渡すと、じっくり公印を見つめる近衛隊員。
「……チッ、本物かよ」
「…………」
舌打ちと共に睨まれる。
「あの脳金の頼みを聞くのは癪だが…………仕方ない。承った、直ぐ魔王様に取り次いでやろう」
「……よろしくお願いします」
……軍団長を侮辱されたのには怒りを覚えたが、なんとか堪え。
そのまま近衛隊の詰所を後にし、第三軍団の軍団室へと歩を進めた。
「…………」
本館から軍団室のある棟の中に移れば、ここからは慣れた光景が続く。
身体の大きな魔物でも通れるように作ららた、幅も高さも広い廊下。
窓からは朝日が差し込み、石造りの床に映し出さらる窓枠の格子模様。
鼻が慣れれば気になる事も無かった、うっすらと香る獣の匂い。
「…………」
4階に上って廊下を少し歩けば、第三軍団の軍団室へと続く大扉が私を出迎える。
「……着いた」
どんな魔物でも通れるほど大きく、鉄製で重厚な大扉。
斬撃や打撃は勿論、魔法攻撃や防音性にも優れた大扉。
ヤンチャ者揃いの第三軍団を軍団室に押し留める、文字通り最後の扉。
普段と変わらない大扉が、そこには立っている。
————だが。
同じようであっても……私の中では、全てが違って見えていた。
これ程の大きさが必要になるくらいの巨漢は、もう居ない。
これ程の防音性が必要になるくらいの暴れ者も、もう居ない。
この扉が押し留めなければならないヤンチャ者も、もう居ない。
それどころか……扉の隙間から漏れ出てくる獣臭さも、かなり薄らぎ。
昼夜通して鳴り止むことのなかった騒ぎ声も無く、静寂に包まれ。
最早、此処は……第三軍団の軍団室であるかさえも、私の中では判断がつかなくなっていた。
「………………」
抑えていた筈の絶望感が再びこみ上がり、思考が止まる————
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何も考えなくて良いから、吾輩の命令の通りに動け。
頭を動かすのは、その先である。
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「……あっ」
手紙の一文が、突然フラッシュバックする。
「……そうか…………そういう事、ですか」
この扉の前に立ち止まっていても、何も始まらない。
……そう、軍団長は言いたかったのかもしれない。
「……ならば、動かねば」
軍団長の遺志に応えるためにも……私は頭の中を占める絶望を振り切り、大扉に手を掛けた。
「…………」
頭を空にするのを意識しながら、軍団室を真っ直ぐ進み。
無言で私の居室……指揮官室に入ると。
「軍団長…………命令、遂行しました」
そう独り呟いて、巾着袋から私宛の手紙を取り出し。
手紙の続きに、目をやった。
————吾輩の命令遂行、御苦労であった。
————では、話の続きである。
————いきなりであるが、セットよ。実は吾輩、貴殿に謝らなけゎばならないのだ。
「……えっ…………」
軍団長が私に謝る事って……いきなりなんですか、一体?
————自分で言っちゃうのもなんであるが……吾輩の『勘』が良く当たるのは、貴殿も知っての通りであろう?
————その『勘』であるが、実は吾輩……1つだけ、貴殿に言っていなかった事があるのだ。
「言ってなかった事……?」
————あゎは……貴殿が入院中だった頃の事である。
————病室で独り傷を癒していた貴殿は、数日掛けて作った作戦書を自信満々に見せてくゎたな? 実はあの時、吾輩の頭にある『勘』が浮かんだ……いや、浮かんでしまったのである。
————その内容は…………『吾らが負ける』瞬間。為す術も無く、吾ら第三軍団が尽く敗北する瞬間であった。
「えっ…………」
軍団長の告白に、思わず息を呑み。
再び絶望感に襲われそうになる。
「なら、なんで……止めてくれなかったんですかッ?」
————今では吾輩、物凄く後悔している。
————作戦書を読んだあの時に、吾輩がこの『勘』を伝えていゎば……。
そうでなくとも、頃合いは無数に有った。
————作戦書を持ち帰って精査してやった時。
————第三軍団内の臨時役職級会議を開いた時。
————他の軍団長との軍団会議に掛ける時。
————そして、近衛隊に手渡す時……。
————どこかで一度でも、吾輩が止めらゎていゎば……明日からの王国侵攻は取りやめになっていたやもしゎぬ。
————だが、止めるに止めらゎぬ理由もあったのだ。
————そこだけは承知してくゎ、セットよ。
「…………なんでっ」
絶望感と怒りからこみ上げてくる涙を必死に堪えつつ、手紙を読み進める。
————普段から暴ゎ者共を纏め上げなけゎばならぬ心労に加え、2度も失敗を重ねたストレス、更に病室に閉じ込めらゎて行動出来ぬストレスが溜まっているのは、吾輩にもヒシヒシと伝わっておる。
————趣味悪い仮面のせいで貴殿の顔は一切見えなかったが……およそ、目の下にビッシリ隈をつけて頬を痩せこけさせていたのであろう?
「……やはり……バレてましたか…………っ」
————しかし……貴殿は折ゎなかった。復讐心を糧に、次なる挑戦を始めた。
————作戦書を完成させた時の貴殿、とても輝いておったぞ!
————……いや、別に貴殿が光ってたとか、貴殿から後光が射してたとかではないからな!
「分かってますって。そのくらい……」
今要らない冗談に再び怒りを覚えつつも、手紙の続きに目をやる。
————そんな輝く部下を見ていた吾輩は……貴殿を止めるに止めらゎなくなっちゃってな! 『もういいのである!』と振り切って作戦を強行する事にしちゃったのだ!
————大胆であろう? 軍団長たるもの、この位の大胆さは持ち合わせねば務まらぬからな! ガーッハッハッハッハッハ!!!
————だが、吾輩だって考え無しに舵を切った訳でもないのだ。
————軍団を丸々1つ差し出してでも、魔王軍全体として得る物が有る。……吾輩の拙い頭を全力で回した結果、その答えに辿り着いたのである。
「……得る物、ですか…………?」
————得る物…………それは、『経験』。
————もとより『精鋭』を集めた『”瞬”の第一軍団』『”巧”の第二軍団』とは異なり……頭数の多さだけが武器の余り物であった吾らが『”力”の第三軍団』の名を得たのは、『人海戦術』で幾つもの勝利を得てきた貴殿の指揮能力のお陰である。
————しかし。
————それ故、貴殿は『人海戦術』や『弾幕』以外の戦術を知らぬ。
————そして、貴殿が最も良く『白衣の勇者』を知っている。
————ならば、貴殿が『白衣の勇者』の情報を更に集め、『戦い方』を知った時……その経験は、絶大なる強さを吾ら魔王軍に与えうる。
————余り物の詰め合わせである第三軍団など、比にならない程の『強さ』をな。
————だからな、セットよ。
————貴殿を独りにさせてしまうであろう事、真に申し訳なく思っている。
————その上、魔王城に戻った貴殿は……吾輩と共に『戦犯』扱いとなるやもしれぬ。
————だが、打てる限りの手は打っておいた。
————きっと魔王様も、寛大なる御処置を貴殿に下さるであろう。
————だからな、セットよ。
————これからの魔王軍を、よろしく頼む。
————全ては、魔王様の理想のために。
ガメオーガ
「……全ては…………魔王様の、理想のために……っ……!」
軍団長からの手紙を読み終えた私は……泣いていた。




