16-17-1. 『指揮官、敗走』
————あぁ…………。
————あれからもう、1週間が経ったというのに。
————あの光景が、未だに頭から離れない……。
「ぐっ……軍団長………………」
暗い部屋の中で独り呟き…………もう何百回目かの回想に入った。
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「……ああ、あああ………………」
眼の前で繰り広げられる惨劇に、言葉が出ない。
練りに練り上げて完成させた、微塵の抜けも無い筈の作戦。
第三軍団の指揮官として、持てる全てを投入した戦力。
情報網を駆使して居場所を特定済みの、標的。
これだけの準備をしておいて、負ける筈が無かった。
この侵攻は、王国壊滅への大きな1歩となる……筈だった。
実際、『白衣の勇者』共を誘き出す所までは何の問題も無かった。
————それなのに。
奴と対峙した所から……流れは、一気に変わってしまった。
アイビィ・アーチャーの斉射は一向に上手くいかず、纏めて刈り取られ。
魔撃部隊のマジカルキャッツは、訳も分からぬ内に一人残らず斬り伏せられ。
主戦力であるウルフとベアの頭数を以ってしても、奴らを潰す事は叶わず。
1ヶ月掛けて量産したウッドゴーレムは、情報に無い『赤髪の女』によって無残にも焼き払われ。
我が軍は……魔王軍第三軍団は、たった5人の人間の前に壊滅してしまった。
そして————我らが大将・軍団長ですら、『謎の弱体化魔法』によって持ち前のパワーが削られ。
「行くぞダン!!」
「任せろ!!」
まさに今……手足を地面に縫い付けられた軍団長に、白衣の勇者が跳躍する瞬間だった。
「ふんッ!!!」
「【硬叩Ⅶ】!!!」
跳び乗った盾に押し出され、白衣の勇者が空へ飛び上がる。
「ぅおおオオォォォォォ————
放物線を描きながら、軍団長の眉間へと空を飛ぶ白衣の勇者。
その手に握られているのは、短いナイフ!
「……不味いッ!」
刃渡りが短いとはいえ、満身創痍の軍団長には致命傷になりかねない!
無防備なら尚更だッ!
「軍団長ォォォォォ————
「————させないのであるッ!!!」
その瞬間。
私の声が通じたかのように、軍団長はグィッと頭を上げ。
「……ふんッ!」
力ずくで右手を伸ばし、偶々そこに落ちていた軍団長愛用の金棒を掴み……————
「【鬼壊棍】ンンンンンンンン!!!!」
空中で無防備の白衣の勇者に、逆襲のスイングを喰らわせた。
「くッ……クソオォォォ————
ゴンッ!!!
金棒の鈍い音と共に、吹っ飛んでいく白衣の勇者。
会心の一撃に、苦しそうだった軍団長の表情も笑みに変わる。
「……おおッ!」
……流石、我らが軍団長だ!!
思わず私も歓声を上げる。
のだが————ホッとしたのも束の間だった。
軍団長の快打をもろに受け、砂漠の空を舞う白衣の勇者。
その、姿が…………消え。
「本物はコッチだよ」
なぜか同じ軌道で、白衣の勇者が軍団長の眉間めがけて急接近していた。
金棒のフルスイング直後で動けない軍団長、勝ち誇っていた表情がみるみる絶望に覆われていく。
「まっ……まさか…………」
嫌な想像が頭をよぎる。
……が、無意識に想像の書き換えが始まる。
————あの軍団長が負ける訳がない。
————そうだそうだ、軍団長なら何か秘策が有る筈だ!
————あんな短いナイフなどに、軍団長が殺されるものか!
————軍団長なら……軍団長ならきっと、何とかするに違いない!
……だが。
そう上手くは、行かなかった。
「おらあアァァァァァ!!!!」
「ぐおオォォォォォォ!!!!」
ブスッ
満身創痍、疲労困憊の軍団長は……為す術なく。
その眉間に、白衣の勇者が握るナイフがブスブスと刺し込まれ————
「ぐッ…………軍団長ォォォォォォォォォ!!!」
我らが軍団長は……今、殺された。
第三軍団は————今、完全に壊滅した。
「ぅああああぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
独り残された私は……これ以上無い程の絶望に膝をつき。
我も忘れ、ただ天を仰いで叫び続けるだけだった。
「…………はっ」
その後……ふと我に返ると、私は森の中に居た。
「此処は……一体…………――――
しばらく放心状態だったからか、何も思い出せない。
頭がボーっとしていて記憶も辿れない。
ここが何処の森かも分からない。
「…………」
周囲は木が鬱蒼と茂る、暗い森の中。
膝をつく地面には、木の根と雑草。
「…………ん?」
地面から手元に視線を下げると…………両手に持っていたのは、見覚えのある巾着袋――――
「あっ」
……思い出した。
全てを。
――――ガメオーガ軍団長が戦死なされた、直後。
『ぅああああアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
現実を受け止められず、膝をついてただ叫んでいた私。
その手に持っていた、巾着袋がモゾモゾと動き出すと……――――
「……キュー」
まるで飼い主の最期を悟ったかのようなタイミングで…………軍団長の可愛がっていたペット、ジャンプラビットの『うさぎちゃん』が袋から頭を出し。
『ぅああああアアアアアアアァァァ
シュンッ!
……絶叫する私もろとも、何処かへとワープさせられたのだった。
「……うさぎちゃん…………」
巾着袋を開けて中を覗くと、魔力を使い果たしたうさぎちゃんがスヤスヤ眠っている。
……まるで、何事も無かったかのように。
「…………軍団長が……お前の御主人が死んだのだぞ……」
私の慕う上司が……軍団長が、ついさっき亡くなったというのに。
時間が経って頭が冷えたからか、ようやく私も事実を受け止め始めたという所だというのに。
それだというのに…………飼い主が死んで尚、お前はどうしてスヤスヤと眠っていられるのだ――――
「…………ん?」
袋の中で眠るうさぎちゃんを見つめていると……一緒に袋に放り込まれていた、グシャグシャになった2通の封筒が目に入る。
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セットへ
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魔王様
具申書
魔王軍第三軍団
軍団長
ガメオーガ
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一通は、汚い字で私の名前が書かれた封筒。
もう一通は、汚い字ながらもハンコが押され、魔王様に宛てられた封筒。
「…………」
迷う事無く、私宛ての手紙に手を伸ばし。
寝ているうさぎちゃんにも構わず、ガサッと手紙を取り出すと。
「…………」
封筒を開いて、数枚の便箋を取り出し……一番上のページに目を通した。
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セットへ
貴殿がこゎを読んでいるという事は、恐らく貴殿のイ乍戦が上手く行ってないのであろう。
そして恐らく吾輩は死んだのであろうな。
そゎもそのはずである。もし吾輩が生きていゎば、貴殿に託した市着袋をすぐさま取り帰すつもりである。
いくら吾輩と貴殿との間係にあろうと、こんな拙い文字など見せる訳にいかぬからな!
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「こっ…………これは……」
激しい誤字と著しく汚い字に、最初の数行を読むのも一苦労なのだが…………そんな事は全く気にならない。
文調から思い出される軍団長の声を頭で流しつつ、手紙の続きに目をやった。
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吾輩の勘が正しければ、今頃第三軍団は貴殿と潜入中のバリーを残して壊滅している。
そんな状況に陥ゎば、責任感の人一倍強い貴殿ならば、きっと正気を保てないであろう。
正しい判断や行動が出来ないやもしゎぬし、吾らを追って自殺などさゎては本当に困る。
だから、まずはこの手紙に書いてある通りに行動するのだ。
何も考えなくて良いから、吾輩の命令の通りに動け。
頭を動かすのは、その先である。
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「命令…………」
常にフランクな軍団長が滅多に使わなかった単語に、思わず目が留まり。
気を引き締めつつ、軍団長の命令へと手紙を読み進めた。
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では、貴殿に軍団長命令である。
出発の際、市着袋には吾が愛しのうさぎちゃんを帯同させていく予定である。
うさぎちゃんには『吾輩が死んだ時には、市着袋の持ち主ごと転移するように』と躾けておいたから、予定通りであゎば貴殿は魔王城の近くに居る筈である。
まずは魔王城に戻り、もう片方の手紙を魔王様に提出せよ。
そゎが済んだら、一度貴殿の居室に戻って手紙の続きを読むのだ。
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「えっ………………」
1ページ目の最後まで読んだところで、気付いた。
「こっ、此処は……」
バッと、後ろを振り返ると。
鬱蒼と茂る木々の上に見えるのは……堅牢で巨大な、魔王城。
つまり……私が、軍団長に飛ばされた先は――――
「魔王城……」
魔王軍の本拠地・魔王城だった。




