16-14. 褒美
「(さてさてー……)」
ペラッ
中学図形の解説ページをめくり、裏の練習問題のページへ向かう。
「(……いつも通りだな)」
練習問題の構成は、今までの単元と変わらない。簡単めのA問題が10問、ちょい難しめのB問題が10問だ。
……パッと見た感じ、A問題は扇形と錐についてだ。同位角とか対頂角とかについても載ってる。
で、続くB問題と言うと————
「(うぉっ)」
証明祭りだった。
10問全部が丸ごと、三角形の合同と相似の証明。潔いくらいに証明問題がズラリと並んでいる。
……コレはキツいぞ。
……まぁ、最初の3問は穴埋め問題になってるのが救いだ。コレなら僕でも大丈夫かもしれないな。
さて。
とりあえずやってみるか。
「(最初の問題っと……)」
A問題の(1)に人差し指を当て、問題文を読む————
ピトッ
「おっ」
人差し指が練習問題のページに吸い付けられる。
指が指し示す先は……(1)で体積を求める、四角錐の図だ。
「(……はいはいはい)」
成程な。
今回はこの四角錐が魔力をお求めのようだ。
分かった分かった。僕の魔力、タップリくれてやるよ。
……右手がページに貼り付いてちゃ、ロクにペンも持てないんだし。
サッサと始めちゃおうか、例の儀式を。
「……魔力、注入ッ!」
お決まりになりつつあるセリフと共に、指先から体内の魔力を流し込む。
さぁ……来い、新たな【演算魔法】よッ!!
ピッ
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アクティブスキル【見取Ⅰ】を習得しました
===========
……来たァァァ!
「(おぉ!)」
聴き慣れた電子音と共に目の前に映し出された、新魔法を告げるメッセージウィンドウ。
思わず小声で歓声を上げる。
「(【見取Ⅰ】…………か)」
見取って……多分、『見取り図』の見取だよな。
うわぁ、久し振りの新魔法だ。【見取Ⅰ】、一体どんな能力なんだろう?
早く確認しちゃいたいな。
……だけど。
「(いやっ、後だ後)」
目を瞑って首を振り、欲望を振り払う。
……コイツは練習問題が終わってからのお楽しみだ。終わった後に取っといた方が練習問題を解くのも捗るしな。
面倒臭がりとはいえ、ご褒美が有ると分かれば意外と燃えちゃう。ソレが数原計介という男なんです。
さて。それじゃあサッサと練習問題を終わらせちゃお————
ピトッ!
「んっ」
勉強モードに頭を切り替えてた矢先、再び人差し指が吸い付けられる。
予想外の事態に、思わず声が出てしまった。
「(……さっきより引きが強い)」
四角錐の時よりもググッと紙面に指がとられる感覚。
そんな人差し指が、指し示す先に有ったのは……。
「(……証明?)」
B問題の(2)、『三角形の相似証明』の穴埋め問題だ。
……ハハン、そっかそっか。お前も僕の魔力を欲しがってるんだな。
大丈夫。【見取Ⅰ】だけじゃなく、ちゃんとお前にも魔力をタップリやるからな。焦んなって。
まるで心配性のシンみたいな奴じゃんか。
……その代わりと言っちゃなんだけど、良い演算魔法をくれよ?
そんじゃ、本日2度目の魔力注入だ!
「(……魔力、注入ッ!)」
さぁ来いっ、大物ッ!!
ぐらっ……
「(うぅっ)」
膨大な魔力が指先を流れる感覚と共に、意識が一瞬遠のく。
……こっ、この感じは————
ピッ
===========
アクティブスキル【相似Ⅰ】を習得しました
===========
「(……よしっ!)」
……きっ、来たァァァ! 本日2個目の新魔法だ!
新たに現れたメッセージウィンドウに、思わずガッツポーズをかます。
「(えっと……名前は…………)」
魔力枯渇気味で少しボゥッとした目をこらし、スキル名を読む。
「(……【相似Ⅰ】、か)」
うん。正にこの単元でやった事そのまま、特に面白みも無いネーミングだな。
……ただ、コイツは魔力枯渇に陥りかける所まで僕の魔力を吸ったのだ。
って事は、つまりそれだけ凄い魔法なんだろうな! きっと!
コレはどんな能力かチェックするしかない!!
「(さてー……確認だ確認!)」
そうと決まるや否や、ペンを置いて早速新魔法のチェックに移る僕。
……練習問題が先だって? 前言撤回、後だ後。
ご褒美が有れば勉強だって意外と燃えるけど、余りにも大き過ぎるご褒美はかえって逆効果。勉強に気が回らなくなっちゃう。ソレが数原計介という男なんです。
「(【状態確認】)」
ピッ
という訳で、迷う事無くステータスプレートを開く。
===Status========
数原計介 17歳 男 Lv.9
職:数学者 状態:普通
HP 57/68
MP 5/61
ATK 4
DEF 15
INT 21
MND 20
===Skill========
【自動通訳】【MP回復強化Ⅰ】
【演算魔法】
===========
……この前までの特訓と例の魔王軍事件のお陰か、フーリエに入ってからの1ヶ月ちょっとでLvは6から9まで上がった。急成長だ。
まぁ、僕のステータスの残念感は相変わらずだけどね。
「(……まぁ、そんな事は置いといてっと)」
ピッ
===【演算魔法】========
【加法術Ⅴ】 【減法術Ⅳ】
【乗法術Ⅶ】 【除法術Ⅳ】
【合同Ⅱ】 【相似Ⅰ】
【代入Ⅰ】 【消去Ⅰ】
【一次直線Ⅴ】 【二次曲線Ⅱ】
【定義域Ⅵ】 【確率演算Ⅳ】
【判別Ⅲ】 【因数分解Ⅲ】
【展開Ⅲ】 【共有Ⅲ】
【見取Ⅰ】 【解析】
【求解】 【状態操作Ⅵ】
===========
独り言を呟きながら【演算魔法】の文字に触れれば、魔法の一覧が立ち上がる。
……滅茶苦茶増えたな。いち、に、さん…………全部で10行か。
それが2列だから合計20個、っと(【乗法術Ⅶ】利用)。
良いぞ良いぞ、その調子だ。
これからもよろしく頼むよ、【演算魔法】。
「(……さて)」
ついにやって参りました、この時間。
……新魔法チェックのお時間だ!
毎度の事だけど、一応言っとこう。
僕は強い魔法大歓迎です。チート大歓迎です。むしろチート来い。
そうでもしないと数学者やってらんないからな。
よし、それじゃあゲットした順に行こうか。
まずは【見取Ⅰ】の能力チェックからだ!
「(…………よし)」
心臓のドキドキに合わせて小さく震える指で、【見取Ⅰ】の白文字に触れた。
ピッ
===【見取Ⅰ】========
魔力を消費して、任意の対象の見取図を高速かつ正確に描ける。
描画能力はスキルレベルによる。
※【状態操作Ⅵ】との併用による効果
死角となって見えない部分の輪郭線を破線で見えるようにする。
===========
「…………んんっ?」
見えない部分の…………リンカクセン、を見えるようにする?
どういう事だろう?
……まぁいいや。ちょっと説明からじゃ想像つかないし、とりあえず使ってみよう。
物は試しってヤツだ。
「(【見取Ⅰ】……)」
という事で、ちょっと恐る恐るだけど早速【見取Ⅰ】を使ってみた————
その、瞬間。
「(…………んおっ!?)」
突如、僕の視界に変化が起こった。
今の僕の目が捉えてるのは……真っ暗な部屋の中で勉強してる光景だ。
部屋の窓際に置かれたティーテーブルと、その上に並べられた勉強セット。
そんなテーブルに向かって、椅子に腰かけている僕。
机の上に置いている腕はともかく……足はテーブルの下に入っているから、腿から下は遮られて見えない。
ハズなのに。
「(みっ…………見える!?)」
僕の目には、クッキリ見えていた。
テーブルに遮られて見えないハズの、僕自身の足。
膝から脛、ふくらはぎ、踵、さらには足の指の1本1本まで。
その形が、白い点線として。
クッキリと、僕の目に映っていた。
「(……何コレ)」
左足の指先をグーパーすれば、それに合わせて視界の点線もグーパー動く。
右足の足首をグルグル回せば、点線もグルグル回る。
「(……マジかよ)」
そう思い、左足をテーブルの下から出せば……白い点線はフッと消え。
テーブルの横から、何の変哲もない僕の裸足が現れる。
で、再びテーブルの下に戻すと……見えなくなった左足に代わって再び現れる白い点線。
「(じゃあ、コレは……)」
恐る恐る、右手をテーブルの下に入れてみれば…………3本目の白い点線が『チョキ』の形をしながら現れる。
……マジかい。
うん、間違いない。
「(こっ……コレは…………)」
この点線は、僕の目から見えない部分を見せてくれている。
隠れて見えない部分の輪郭線を、示してくれている。
つまり、だ。
この魔法は……【見取Ⅰ】は…………————
「(……透視魔法だ!!)」
透視だよ透視! 超能力の中でも有名なヤツじゃんか!
モノの裏側とか内側を見るってヤツだ!!
まぁ、モノの輪郭線だけだから『完全に見える』って訳じゃないけど……それでも十分。
こらまた凄い能力の【演算魔法】が手に入っちゃったぞ!
……ハァ、僕もついに使えるようになっちゃったのか、透視。
信じられない。
ってことで。
生まれて初めての『透視』をタップリと楽しんだ所で、点線はフッと消えてしまった。
……どうやら、【見取Ⅰ】効果が切れたようだ。
と、なるとだ。
【見取Ⅰ】のチェックの次に控えてる物といえば、勿論……。
「(【相似Ⅰ】のチェックだ!)」
本日2個目に手に入れた新魔法の確認も済ませなきゃだよな!
端っこに放っておいた【演算魔法】一覧のステータスウィンドウに目をやり、【相似Ⅰ】の文字を探す。
……コイツは僕の魔力をゴッソリ持って行った奴だからな。
【見取Ⅰ】もビックリだったけど、更に期待を持てるハズだ。
「(……おっ、あったあった)」
【合同Ⅱ】の隣に位置する【相似Ⅰ】を見つけ、ゆっくりと右手の人差し指を近づける。
……それじゃあ、行くぞ。
「(…………)」
心臓のドキドキに合わせて小さく震える指で、【相似Ⅰ】の白文字に触れた。
ピッ
===【相似Ⅰ】========
魔力を消費して、任意の複数対象の相似性を高速かつ正確に判定できる。
判定能力はスキルレベルによる。
※【状態操作Ⅵ】との併用による効果
任意の対象を相似変形させる。
術者または対象が死亡するか解除するまで効果は継続し、その拡大・縮小率はスキルレベルによる。
消費MP:50
===========
『相似変形』……それに『拡大・縮小』……————
「(おおぉ!!!)」
魔法を使わずとも、説明を読んだだけで分かった。
数学は苦手だし、『相似変形』って聞き慣れない単語にちょっと戸惑ったけど……もう、直感で分かった。
その魔法がどれだけ凄いのかも、直感で察した。
そんな魔法が、現時点で必要MPに使用可能なのも一瞬で気付いた。
間違いない。
【見取Ⅰ】に続き、物凄い魔法を手に入れてしまったみたいだ。
この魔法……、【相似Ⅰ】の能力は……————
「巨大化だ!!!」
……あっ、ヤベッ。
喜びのあまり、真夜中なのについつい思いっきり叫んじゃった……。




