16-11. 開通
港町・フーリエ滞在、39日目。
16:23。
復興4日目も、もう夕方。
石畳の上に置かれたスコップやピッケルが、夕陽に照らされている頃。
僕とシン、ダン、アーク、それとオジサンの5人も、長く伸びた影を石畳に映しながら……西門坂の下を見つめ。
「……水色の嬢ちゃんが帰ってきたら完了だぜ、白衣の若造」
「はい」
オレンジ色にキラキラ輝く海を背景に眺めながら、瓦礫を運びに行ったコースの帰りを待っていた。
「……」
僕達の足下に目をやれば、瓦礫はゼロ。
大きな塊は勿論無いし、小さい塊も掃き清められたみたいに見当たらない。
……それだけじゃないぞ。
後ろを振り返ってみれば、4日振りに瓦礫の下から顔を見せた美しい石畳。
馬車3台でも並んで通れるような広々とした道の上には、瓦礫の1つも残っていない。
通り沿いの建物までは完全じゃないけど…… 麓から頂上まで、僕達の知っている元通りの『西門坂』がその姿を取り戻していた。
「……他の皆さんも、コースの帰りを待ってくれているのですね」
「その通りだ、金髪」
そして、その通り沿いには……僕達と同じく、坂の麓を眺めてる人々。
それぞれの作業が終わっても、一番最後に出て行った瓦礫運び手・コースの帰りを一緒に待ってくれているのだ。
「一度協力すると決めりゃ、最後の1人が帰って来るまで一緒。サッサと置いて帰るなんて甘ぇ奴は糞食らえ。それが俺らフーリエの男ってモンよ」
そう言いきり、腕組みを決めるオジサン。
「「「「おぉ……」」」」
オジサンの貫禄に、4人揃って感嘆。
……なんか逞しいな、フーリエの男。
一瞬カッコいいなって思ってしまった。
そんな話をしていると。
「……おっ」
海岸通りとの丁字路からパッと姿を見せた、荷車を曳く人影。
「 」
と共に、坂の麓から響いてくる声。
コースだ。
「おっ、コースが帰って来たぞ!」
「コースー! おかえりー!」
まだかなり遠くだけど、コースに手を振って迎える僕達。
「「「「「お疲れさーん!」」」」」
「「「最後までありがとなー!」」」
「「「「よくやったぞー!!」」」」
僕達の背中を越し、西門坂じゅうの歓声もコースに注がれる。
「 」
空っぽとはいえ、荷車を曳きながらの上り坂でもコースのスピードが落ちる気配が無い。
「……フンっ。水色の嬢ちゃん、最後までフーリエの男顔負けの曳きっぷりしてやがる」
「フフッ、確かに」
そんなコースに関心する、腕を組んだオジサンと後ろ手のアーク。
「今のコースには、ケースケの【乗法術Ⅶ】が掛かってるからね」
「出やがったな、白衣の若造の『謎魔法』」
そんな言い方しないでよ。
「……お前ェ、何倍までステータスを上げれるッつったっけか?」
「8倍です」
「8倍か。……馬鹿みてぇだ」
だよね。
僕もそう思うよ。
「まぁ……まだ子どもの魔術師とはいえ、今のコースのATKは100超えなので」
「もしかしたら、今のコースに並べるフーリエの男はゼロかもね」
「ハッハッハ、悔しいが違い無ぇな!」
悔しみつつも、笑って負けを認めるオジサン。
「最近の若ぇフーリエの男共ぁ、弱っちぃのばっかりでよぉ! 水色の嬢ちゃんみてぇな骨のある野郎は居ねぇのか全く!!」
「「…………」」
へぇ……。
フーリエの男達も大変なんだね。
「たっだいまー! お仕事おわりッ!!」
————っと。
そんな話をしている間にも、気づけばコースがすぐソコに。
「おかえり、コース!」
「お疲れ様でした」
「うん! アークもダンも、シンもありがとー!」
ちょっと息を切らしながらも、笑顔で応えるコース。
「最後までカッコよかったぞ!」
「えへへっ……」
ダンに褒められて照れつつ、空っぽの荷車を下ろす。
「やっぱり速ぇな嬢ちゃん! もう荷車のプロじゃねぇか!!」
「うん!」
立て続けにオジサンにも褒められ、胸を張るコース。
「なら……どうだ? 水色の嬢ちゃん、俺らと一緒に『海の男』にならねぇか?」
「えっ…………それはちょっと……————
「お前ェみたく燃えてる奴ぁ大歓迎だ————
「「「「ちょいちょいちょい」」」」
4人掛かりで全力阻止。
……止めてオジサン。いきなり何言ってんだよ?
「いくら『骨のある』って言っても……こんな可愛い女の子が『海の男』に入るわけないでしょ!?」
「あ、あぁ…………」
コースを庇うアーク、口調を強めて反論。
そしてオジサンを見る眼つきがちょっと鋭くなっている。
……あっ、コレってもしかしてヤバいやつか?
オジサン、アークの逆鱗に触れちゃったヤツか?
「わたし達のコースを勝手に勧誘しないでよね!」
「…………済まねえ、赤髪の嬢ちゃん」
「もうッ!!」
そう言い切ったアークの眼は、鮮やかな紅い瞳でオジサンを睨みつけていた。
対するオジサン、完全に気圧されてシュンと縮こまってる。
……あー、ヤバい。
これはマズいぞ。
オジサンのデリカシーの無い発言が、アークの怒りモードに火を点けちゃったみたいだ。
「「「…………」」」
身構える男衆。
……こうなるとアークは何をシデカすか分からない。万が一オジサンに槍を向けた時には、僕達が全力で抑えなきゃ————
「まあ……わたし達じゃなくて、そっちの男達なら良いけど」
「「「えっ」」」
……まさかの裏切り。
「おっ! なら、代わりにデケェのと金髪と白衣の若造、3人纏めて『海の男』に貰ってくぜ!!」
「「「いやいやいや!!!」」」
3人揃って全力でお断りしといた。
アーク……なんだよ、随分と冷静じゃんか。
コッチは久し振りの怒りモードで緊張してたってのにさ……。
まぁ、そんな事は置いといて。
コースが無事帰ってきた……って事は、だ。
「さて…………やっとこの時が来たな……」
アークにたじろいでたオジサンが、フッと表情を変え。
真剣な表情で、そう呟く。
「「「「「……」」」」」
ガラッと変わったオジサンの雰囲気に、僕達も口をつぐむ。
……そう。
ついに、この時が来た。
4日掛けて作業した、この西門坂が……————
「……」
黙って後ろを振り向く、オジサン。
その視線の先には……西門坂にズラリと立ち並ぶ、フーリエの男達。
そんな彼らに向かって、オジサンは……口を開いた。
『手前ェら良くやった!! これが、俺らの……フーリエの力だァ!!』
その瞬間。
西門坂じゅうが、沸き上がった。
復興の第一歩にして……王都やテイラーへと繋がる、フーリエの大動脈————西門坂が今、再び開通した。
「おい、お前ェら」
「……?」
西門坂の男達が一頻り雄叫びを上げたところで、オジサンから声が掛かり。
僕達も反応して振り向く。
「金も出ねぇってのにわざわざ毎日手伝ってくれて、本当助かった! 本当に勇者様方にゃ感謝しきれねぇぜ全く!」
「いえいえ」
「どーいたしまして!」
「気にすんなって!」
「わたし達こそ、色々ありがとね。オジサン」
お互いに笑顔で言葉を掛け合う。
「……そういや、勇者様相手に名乗り忘れてたな。今更ながら自己紹介させてくれや」
……あっ、確かに。
そういや僕達もオジサンも自己紹介してなかったよな。
「勿論です。僕達からも是非」
「おぅ。そんじゃ俺から……俺ぁシェブ。シェブ・ケーズだ。本職は大工職人だが、色々と出来っからな」
へぇ……シェブさん、って言うんだ。
散々お世話になったんだし、忘れないようにしとこう。
……それじゃあ、今度は僕達の番だ。
「じゃあ、次は……僕は数原計介。数学者です」
「カズハラ、ケースケ……難しい名前だなおい」
まぁ、日本語だからね。
聞き慣れないのも仕方ないよな。
「シン・セイグェン、剣術戦士です」
「水系統魔術師のコース・ヨーグェンですー!」
「ダン・セーセッツ、盾術戦士だ」
「シンにコースに、デケェのがダンか。皆いい名前じゃねぇかお前ェら」
続く3人、オジサンことシェブさんに褒められてちょっと嬉しそうだ。
「じゃあ、最後に……アーク・テイラー、火系統魔術師よ」
「おぅ。アークの嬢ちゃんか。………………って」
すると。
シェブさん、突如目を見開き————
「……てッ、テイラー……っ!?」
アークの本名にビックリ。畏れ慄いていた。
「まさか赤髪の嬢ちゃん……、領主家の御息女さんか!?」
「……ええ、一応ね」
……まぁ、自然な反応だよね。
という事で。
自己紹介も終わったし、復興の第一歩・西門坂の開通、完了だ。
「困ったことがありゃ何時でも呼べや! 今度は俺がお前ェらを助けてやりてぇからな!」
「「「「「はい!!」」」」」
「そんじゃ、またどこかで会った時ゃよろしくな、ケースケさん達よぉ!」
「「「「「はい!! シェブさん!!」」」」」
4日間の短い間とはいえ、毎日大変な作業だったけど……結構楽しかったな。
そんな事を思いつつ、僕達は夕陽に照らされながら西門坂を後にした。




