16-9. 瓦
「………………さて」
テキパキと働くアーク達と一旦オサラバした僕は、所々で復興作業の行われている西門坂を一人登っている。
さっきシン達に掛けた【乗法術Ⅶ】の効果時間は40分間。40分後に魔法を掛け直しに行くまで、補助部隊は別行動で動くのだ。
分担作業のラインから仲間外れなのは、やっぱりちょっと寂しいけどね。
「……けどまぁ、仕方ないよな」
そう。
補助部隊の役目はシン達のサポートだけじゃなく————復興に向けて働くフーリエ市民、皆のサポートだ。
戦力外野郎だって戦力外野郎なりに頑張ってるって所、ちゃんと皆に見せてやるんだからな!
「んー……」
西門坂の左右をチラチラ見ながら、何か困ってる人を探す。
……けど、特に手助けが必要そうな人は居ないみたいだ。
「皆順調そうだな」
……僕の出番が無いのはちょっと悲しいけど、復興が着々と進んでるに越した事は無いし。それで十分だ十分。
瓦礫の撤去はかなり進んでいるし、今日中には終わりそうな感じだ。
今日の夕方頃には、沢山の馬車が西門坂を行き来する光景が再び見られるかもしれないな。
「……さて」
それじゃあ、どんどん坂の上の方に————
「おーい! 誰かー!」
……ん?
足を進めようとした瞬間、誰かの声が西門坂に響く。
声の出所は……僕の頭上、左上だ。
左手の建物の屋上、2階の屋根を見上げると……————
「頼むーッ! 誰かーッ!」
そこに居たのは……必死にコッチを見て手を振る大工のおじさん。何か助けを求めているみたいだ。
……何かあったのかな?
————よし、補助部隊・出動だ!
「どうしましたかーッ?!」
両手を口に当て、おじさんに声を掛けてみる。
……とりあえず何があったのか、聞いてみよう。
「あ、あぁ!」
僕に気付いたのか、ブンブン振っていた腕を下ろしてコッチを見るおじさん。
「そこの少年、ちょっとお願いがあ————って、勇者様!?」
「どうも」
話してる途中に気付いたのか、屋根の上で独りビクッと驚くおじさん。
……かと思いきや、突如表情を固くすると。
「…………しまった、勇者様にこんなお願い出来ねえよ……」
なんかゴソゴソ呟いていた。
……『こんなお願い』って、一体どんなお願いをしようとしてたんだろう?
「……で、どうかしましたか?!」
「えー…………」
とりあえず、聞こえなかったフリして『そのお願い』を尋ねてみた。
「えーと、実は…………勇者様、そこにレンガの山が積んであんだろ?」
「れっ、レンガレンガ……」
そう言って、真下を指差すおじさん。
言われた通りに視線を下げると……
「あぁ、コレですね」
「そうそう!」
壁のすぐ傍には、沢山積まれたレンガの山。
……僕の想像してた赤茶色のレンガとは違い、砂漠の色と同じ薄黄色だ。
砂を固めて作ったのかな?
「で、瓦が丁度3枚足りなくてなー……屋根から降りて上がるのも面倒だから、誰かに投げ上げてもらおうと…………」
「………………成程」
つまり……おじさんは屋上から地上までの移動をハショるために、このレンガを実質3階の高さまで投げ上げて欲しい、と。
……なんという無理難題を。
試しに1個持ってみたけど……片手で持つのがギリギリだ。普通に重いぞコレ。
そんな重さのレンガを3階の高さまで投げ上げろと?
……それにさ、もし投げ上げられたとしてもおじさんがキャッチし損ねたら大災害じゃんか。
キャッチし損ねて頭にでもぶつかろうモンなら死亡確定だ。
『勇者様に』どころか、誰にもこんなお願いしちゃいけません。
面倒臭がらずに自分で取りに来て下さい。
……とは、思ったんだけど。
僕なら別だ。
なぜならば……僕には【演算魔法】が有るからな!
「分かりました」
「おお! さすが勇者様!!」
まさかの快諾に、おじさんもビックリ。
その声を耳にしつつ、レンガを両手で持つ。
「けど……勇者様、この高さまで投げ上げられるのか? 大工職人でもあるめえのに」
「大丈夫ですよ」
「おっ……そ、そうか」
今の僕には【乗法術Ⅶ】・ATK8が掛かってるからな。筋力も見た目の8倍になってるハズだ。
……ってか、心配なんだったら最初から取りに帰って来いよ。
そんな事を感じながらも建物に近付き、両足を肩幅に広げて立つ。
「じゃあ……絶対にキャッチして下さいよ!!」
「おう任せろ!」
ソコだけはおじさんに確約してもらわないとな。
嫌だよ僕、自分の投げ上げたレンガで直撃死するのとか。
ってか……僕自身ならまだしも他人に当たったりしたら、本当にタダじゃ済まないぞ。
「……けど勇者様、見当違いな方に投げられちゃ俺も無理だぜ!?」
「分かってますって」
だから心配なんだったら最初から取りに帰って来いよ。
……まぁ、その心配もご無用だけどね。
「僕の投げ上げたレンガが、おじさんの目の前に届きますように————【確率演算Ⅳ】!!」
「…………?」
コレで大丈夫。
あとは、おじさん目掛けてレンガを投げ上げれば【確率演算Ⅳ】がなんとかしてくれるハズだ。
聞きなれない【演算魔法】におじさんはキョトンとしてるけど、無視だ無視。
……さて、僕はこれで準備オッケーだ。
「それじゃあ、行きますよー!」
「えっ、ちょッ……」
「ちゃんと取ってくださいねー!」
「……お、おう、分かった!」
僕の真上からも声が掛かる。
おじさんも準備オッケーみたいだ!
……さて、行くか。
「フゥーッ…………」
目を閉じて深呼吸し、イメージを膨らませる。
【確率演算Ⅳ】がなんとかしてくれるとはいえ、おじさんの目の前ピッタリに投げ上げるつもりで行かないとな。
……よし。
「いちっ……」
レンガを握る両手に力を籠める。
「にー…………」
前後屈の要領で上半身を曲げ、レンガを下ろし……————
「ほいッ!!」
全身を使ってレンガに勢いをつけ、おじさん目掛けて真っ直ぐ投げ上げた。
「助かったぜ、勇者様! ありがとう!」
屋根の上からの声を背中に受けつつ、西門坂を上る。
「……あー良かった」
なんとか今日の初仕事、レンガ投げ上げは無事成功。
レンガは1個も無駄にならなかったし、大惨事も起こらなかったぞ。
……実を言うと、成功するかどうかはちょっと心配だったんだよね。
スキルレベルアップして更に強化された【乗法術Ⅶ】と【確率演算Ⅳ】は問題無いとして、おじさんのキャッチ能力だけは未知数だったからな。
中々絶妙なキャッチを見せてくれた、おじさんの腕前に感謝しなきゃ。
……そういや、スキルレベルと言えば。
フーリエに来てから続けていた特訓にまして、この前の戦いを経て僕達はまた少し強くなりました。
アレは……戦いを終えた直後。
ボロボロの西門へと戦場を歩く僕達の目の前に、ピコッと現れたメッセージウィンドウ。
白い文字を載せた青透明の板が、僕達のLvアップをお知らせしてくれたんだったな。
……けど、あのメッセージウィンドウ…………本当に凄かったんだよな。
それがコチラだ。
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Lvがアップしました
【加法術Ⅳ】が【加法術Ⅴ】にスキルレベルアップしました
【減法術Ⅲ】が【減法術Ⅳ】にスキルレベルアップしました
【乗法術Ⅵ】が【乗法術Ⅶ】にスキルレベルアップしました
【除法術Ⅲ】が【除法術Ⅳ】にスキルレベルアップしました
【合同Ⅰ】が【合同Ⅱ】にスキルレベルアップしました
【一次関数Ⅳ】が【一次関数Ⅴ】にスキルレベルアップしました
【定義域Ⅴ】が【定義域Ⅵ】にスキルレベルアップしました
【確率演算Ⅲ】が【確率演算Ⅳ】にスキルレベルアップしました
【判別Ⅱ】が【判別Ⅲ】にスキルレベルアップしました
【因数分解Ⅱ】が【因数分解Ⅲ】にスキルレベルアップしました
【展開Ⅱ】が【展開Ⅲ】にスキルレベルアップしました
【共有Ⅰ】が【共有Ⅱ】にスキルレベルアップしました
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……凄かった。マジで。
今までに見たことのない大きさのメッセージウィンドウには、白い文字で【演算魔法】がズラリズラリ。
僕自身のLvに始まり、演算魔法という演算魔法のスキルレベルが軒並みアップしていた。
戦いを終えた直後でイマイチ頭が働いてなかった僕達も、目が醒める勢いのレベルアップラッシュだったよな。
思わず『やばっ』って呟いちゃったし。
ちなみに、シン、コース、ダン、アークの4人もちゃんとLvアップ。スキルレベルもガッツリ上昇したみたいだったぞ。
僕と同じく、やけに大きな青透明の板を眺めて喜んでた。
メッセージウィンドウの大きさから……あの戦いがどれだけ大規模だったのか、僕達に注ぎ込まれた経験値の量がどれだけ莫大だったのか、改めて察した僕達でした。




