3-7. 筋肉痛
目が覚めた。
窓からは朝日が射し込んで来る。
…あーっ、気持ちの良い目覚めだ。
ベッドの上で大きな欠伸をしつつ、軽く伸びる。
「っいてて」
全身に筋肉痛が残っている。
まぁ、そりゃそうだよな。昨日は人生初の狩りをしたんだ。それくらい仕方ないだろう。
時計を見ると7時。
…おおぅ、計算はしていないが、かなーり寝ていたって事だけは分かった。
確か昨日、洗濯が終わったのが夕方4時頃だったので、睡眠時間は………
………あー、面倒だ。この際何時間寝たとかはもういいや。
「さて」
今日はどうしようか。
パン、と手を叩いて今日やることを考える。
頭の中の予定では、今日も昨日と同じく狩りをしてバンバン金稼ぎを続ける予定だったんだが。
…ちょっとこの筋肉痛で動くのはしんどいな。
身体を動かすのが億劫だ。
とは言いつつ、寝る気も起きない。かなり長めの睡眠を取ったので、二度寝すらする気にならないのだ。
「どうしよっかなー…」
そう呟いては見るが、やりたい事が頭に浮かばない。
あぁ、とりあえずステータスを確認しとこう。
「オープン・ステータス」
ピッ
===Status========
数原計介 17歳 男 Lv.3
職:数学者 状態:筋肉痛・大
HP 40/40
MP 39/40
ATK 4
DEF 14
INT 19
MND 18
===Skill========
【自動通訳】【MP回復強化I】
【演算魔法】
=============
…状態が『筋肉痛・大』って。大ですか。まぁ全身痛いしな。
というか、ステータスプレートは状態異常の規模まで表示してくれるのか。割と便利だな。
他の項目も眺めるが、どれもいつも通りだな。
オバちゃんから貰ったナイフも今は腰から外して机の上なので、ATKも残念な値を示している。
「……数学者、ね…」
そして最後には必ず視線がここに辿り着く。
戦士の分類の職を授かっていればもっと良いステータスだったのかな、なんてどれだけ思ったことか。
「まぁ、僕は僕の出来ることをやるだけだ」
からのこの魔法の呪文だ。ブルーな気持ちになった時にはいつも、この言葉で自分を奮い立たせる。
…よし、今僕の出来ること。
休息は十分取った。
身体は動かない。
なら、頭を動かせば良い。
数学者としての仕事、やりますか。
ってな訳で、やる事は決まった。
王城図書館で勉強だ。
リュックの中に入城許可証、[参考書]と筆記具があるのを確認し、朝の服に着替える。
ハンガーからコートを外し、羽織る。十分乾いてるな。
ナイフは…要らないな。机の上に置きっぱにしておこう。護身用にしちゃ大きいし、一介の数学者が城に物騒な物を持ち込む必要も無いしな。
準備は完了。それじゃあ部屋の鍵を掛けて出発だ。
精霊の算盤亭を出て、歩いて10分。王城前の噴水広場に到着。
ここまでの道は毎日通っていたので、今では何も考えなくとも来ることが出来るレベルになった。
毎朝通い続けたお陰で知り合いと化した衛兵さんにステータスプレートと入城許可証を示すという儀式をこなし、城門を潜り図書館へと向かう。
図書館の扉を開けると、そこにはまるで街や王城とはかけ離れた、静かな空間。
「おはようございます。一昨日ぶりですね」
そして司書席に着いて資料を読むマースさん。
「おはようございます」
「今日も数学者としてのお勉強で?」
「はい」
「そうですか。数原さんは真面目なのですね。頑張ってください」
そう言葉を交わす。
マースさんは図書館内に誰も居ない時は、割とこうやって話しかけてくれるのだ。
そして僕もいつもの閲覧席に着き、リュックから[参考書]と紙、ペンを取り出す。
……さて、面倒ではあるが数学の勉強を始めよう。
●引き算
引き算とは、二つの数の差を求める計算方法だ。
一つ目の数から二つ目の数を引き去り、その残りが二つの数の差となる。
そのような説明が数直線と矢印を用いた絵で描かれている。
繰り下がりの説明も書いてあるな。
筆算では、十の位の数字に斜線を引き、一引いた数字に書き換える方法だ。
…引き算って特に苦手なんだよな。繰り下がりが起こると途端に暗算の精度が落ちるからな。
あと、なんか説明ページに引き算の詳しい説明が載っていた。
どうやら引き算の中には種類が幾つかあるようだ。それぞれ「求残」「求差」「求補」というらしい。
「求残」とは、一つの数字からある数ぶん減るというモノだな。『8個ありました。3個食べました。残りは何個?』とか『9人いました。5人出ていきました。残りは何人?』とかいう、シンプルな感じのやつだな。
「求差」とは、二つの数字が与えられ、その差を求めるものだ。『リンゴは7個、ミカンは3個です。どちらが何個多い?』というように、二つの数字を比較するように使う。
最後に「求補」ってのが一番厄介だ。『コインが8枚落ちています。そのうち表を向いたものは6枚です。裏向きのコインは何枚?』とか『子どもが5人います。そのうち眼鏡を掛けた子は2人です。眼鏡を掛けていない子は何人?』っていう感じだ。
全体が何個、そのうちの片方は何個です。もう片方は何個? って感じだな。
まぁ、こんなの分かってなくとも数式が立てられれば問題ないし。参考書でも詳しくは述べられていないので、雰囲気だけでも分かればいいんだろう。
という訳で、引き算の練習問題へと進む。
足し算の時と同じく、簡単なA問題が10問と繰り下がりを含むB問題が10問、計20問だ。
「よし」
じゃあ計算練習を始めますか。
A問題の(1)に人差し指を当てて「7-6」を紙に書き写すのだが。
この時に感じるあの感覚。
あれだ。【加法術Ⅰ】を得た時と同じ、魔力を指先から吸われるような感じだ。
…よし。たぶん今回も同じだろう。迷うことなく魔力を流した。
「…おぉ!」
指先から体へと流れる倦怠感、それと頭の中に浮かぶ「1」の文字。
魔力を消費した時にいつも感じる感覚と、「7-6」の計算結果である1。
これは成功したな。
ピッ
そう確信したのと同時に、横長なメッセージウィンドウが現れた。
===========
アクティブスキル【減法術Ⅰ】を習得しました
===========
今度は減法術、か。
 




