16-6-2. 『フーリエ復興中・Step②』
さて。
4日前の事を思い出しているうちに、いつの間にかオレンジ色だったハズの空は紫色に。
窓から見える庭園も薄暗くなり、所々に立てられたランプが優しく足元を照らしている。
庭園で鬼ごっこをしていた子ども達も、噴水の所に一度全員集合。
一言二言交わすと、屋敷へとゾロゾロ帰って来た。
「……暗くなってきたな」
「照明点けるぞ、先生」
ボソッと呟いた僕の独り言に、ダンが反応。
カチッ
「おっ。……ありがとな、ダン」
「おう」
電気が点き、部屋の景色が窓に反射。
スイッチに手を掛けるダンと、風呂に入る準備中のシンが映って見える。
「それでは先生、ダン、お先にお風呂失礼しますね」
「分かったぞ」
「行ってらっしゃい」
そう声を掛けると、シンは浴室の扉を開けて入って行った。
……そうだ、お風呂と言えば。
僕達の家、今頃どうなってんだろうかなー……。
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴
復興、2日目。
今日から数えると、アレは一昨日の事だ。
前日の復興初日は『衣食住』の確保で手一杯だったから、復興はこの日の朝から本格始動。
元の姿のフーリエを取り戻すため、人々は動き始めた。
……とは言っても、いきなり建物を取り壊したり工事開始したりする訳じゃない。
焦らしてる訳じゃないけど、ちゃーんと復興に向けて踏むべきステップが存在するのだ。
そして、抜かりのないトラスホームさんは……今回もステップを踏み外す事なく、しっかり押さえていたぞ。
そのステップ……、復興の第2歩目とは――――
朝食をとって身支度を済ませた僕達は、街の復興の手伝いに行くために部屋を出た。
一応何が有っても良いように、長剣やら大盾やら槍やらの装備は万全だ。
『さあ、働くぞ!!』
『ええ。フーリエの市民のためにね!』
階段を下りながら意気込む、朝からテンションの高いダンとアーク。
期待してるよ。
『んぅぅ…………復興だー……』
『ほらコース、しっかり手摺を掴んでください!』
シンに先導されながら目を擦って階段を下りる、寝覚めの悪いコース。
……ちょっと心配だけど、まぁ彼女のエンジンの掛かりが悪いのは今更始まった事じゃない。
シンも付いてるし、コースの心配は無いだろう。
まぁ、そんな4人は良いとしてだ。
コース達から目を外し、視線を自分の腹に。
『…………』
羽織っている白衣に目をやり、昨日の事を思い出す。
この白衣…………、昨日までは襟から袖先・裾先までたんまり血を吸ってドス黒くなってたんだよな。
けど、それを散魔剤で洗えばこんな真っ白に元通りだ。
さすが散魔剤、この世界に来てからずっとお世話になってる最強の洗剤だ。もう手放せない。
……とは言っても、残念ながら白衣は『完全な真っ白』じゃないんだよな。
鬼の鉤爪に切り裂かれてビリビリになったお腹の部分、その周囲には僕自身の血痕が残っている。
散魔剤は魔物の血なら取れるんだけど、僕自身の血は洗い落とせない。そこだけはちょっとモドカシいんだよな……。
『…………痛っ』
そんな白衣の上から腹に手を当て、お腹の傷を摩ると……ちょっとまだ痛い。
『傷大丈夫ですか、先生?』
『……うん。まぁ』
まだ痛むっちゃ痛むけど…………多分、大丈夫だ。
今朝、シンには消毒とか包帯とかで処置をして貰った。下手に動いたりしなければ、傷が悪化することは無いだろう。
とにかく、コレで僕もある程度動けるハズだ。
戦士や魔術師に負けないくらい、非戦闘職だって復興に貢献してやるからな。
数学者舐めんな!
そんな感じで一人意気込みながら、朝陽に照らされる階段を下りていくと。
『……ん?』
階段の2階と1階の間、踊り場に差し掛かったところで————声が聞こえた。
『おはようございます』
『『『『『おはようございます、ご主人様』』』』』
最初に聞こえた挨拶は、間違いなくトラスホームさんの声。
それに続いて挨拶する、沢山の人。男も女も色々な人が入り混じっている。
『……ん?』
『何かやってるんですかね……?』
踊り場から顔を出し、階段の下を窺う僕達。
『あれは……話し合い、かな?』
『ああ。だろうな』
どうやら…………階段を下りた先の正面玄関では、トラスホームさんがミーティングをやってるみたいだ。
20人くらいの人々が輪になり、トラスホームさんの話を聞いている。
……けど、ちょっと遠くて聞こえない。
『んー……、トラスホームさんなんて言ってんの――――
『ちょっとコース駄目です! 邪魔しない!』
『うっ』
踊り場から足を出すコースの腕を掴み、シンが引き留める。
『えー。何話してんのか聞こえないよー……』
『話し合いが終わってから行きましょうね、コース』
『うん……』
僕も気になるけど、トラスホームさん達の邪魔になっちゃダメだからな。
今はまだ、踊り場から様子見を続けよう。
『…………では、よろしく』
『『『『『承知しました』』』』』
すると。
その返事を最後に、トラスホームさんを置いて一斉に玄関へと向かう使用人さん達。続々と玄関を出ていく。
そのまま、使用人さん達を見送って一人ぼっちになるトラスホームさん。
……どうやら終わったみたいだ。
『……そんじゃ行こうか————
『うん!』
『あぁちょっとコース! そんな階段を駆け下りたら』
頃合いを見計らってそう言うと――――いつの間にか目を覚ましたコース、踊り場からバッと飛び出した。
『トラスホームさーん!』
『ん? …………あ、ああ。コース様でしたか』
コースの声に、階段の踊り場のトラスホームさんも振り返る。
『『『『おはようございます』』』』
『おはようございます。皆様』
コースに続き、僕達も階段を下りてトラスホームさんの下へ。
『こんな朝早くから皆様、お出掛けですか?』
『うん!』
『丁度今から出発しようと思いまして』
『おお、左様でしたか』
コースと僕の言葉に頷くトラスホームさん。
すると。
『さぞお疲れでしょうが、ありがとうございます。ケースケ様方の姿を見れば、フーリエの民の心もきっと元気になるでしょう』
『いやいやいや、そんな言い過ぎですよ……』
そう言われちゃうと……なんだかちょっとむず痒い————
『当たり前ですよ。ケースケ様方はこの街の英雄なんですから』
『…………』
やめてやめて。英雄とかそんな大袈裟なモンじゃないって————
『……そうだ。フーリエが無事復興した暁には、是非とも皆様の像を……————
『………………もうやめてぇ』
……恥ずかしくて恥死しちゃいそうだった。
『で、トラスホームさん! さっきの話ってアレ何だったのー?』
『……ああ、先程のですか?』
『そーそー!』
俯いて火照る顔を隠していると、コースがトラスホームさんに口を開く。
……あぁ、そうだったそうだった。さっきの話し合いな。アレ何の話だったんだろうね。
『あれは、今日の復興の流れについて話していたんですよ』
『へー……』
あぁ、成程。
朝の事務連絡……みたいなモンかな。
『復興は勿論のこと、何を行うにも最初の行動……すなわち”初動”が肝心なのです。初動を見誤れば、以降のステップに多大な影響を及ぼしかねませんからね』
『ナルホドー』
ウンウンと勢いよく頷くコース。
……なんだけど、返事がアカラサマに棒読みだ。
『コースおめえ……今のトラスホームさんの話、よく分かってねえだろ?』
『なッ……そそっ、そんな事ないってダンー!』
『嘘ですね。コースは昔から、話が通じてない時にはそうやって誤魔化す所ありますから』
『…………ゴメンナサイ』
……ダンとシンに見透かされてしまったコース、無念。
そんな3人のやりとりを見ていたトラスホームさんは、クスッと笑うと。
『これはこれは、大変失礼しましたコース様。簡単に申し上げますと……今日、復興の為に行う事。それは————“被害状況の確認”です』
Step②
『被害状況の確認』
『『『『『被害状況の確認?』』』』』
『左様です』
『……って言うと、例えばどんな事をやるんだ?』
首を傾げるダン。
『そうですね……例えるなら、”どこの地区の被害が激しいか”とか、”どこの道が使えなくなっている”とか、そう言った事を予めチェックしておく、といった感じですね』
『ふーん……』
ゆっくり頷きながらも、イマイチ表情の晴れないダン。
……なんか合点のいかない様子だ。
『けどよお、トラスホームさん。そんな事より、サッサと片付けなり建築なり始めちゃった方が良いと思うんだけどなあ』
エア・スコップで足元を掘る素振りを見せながらダンが呟く————
『いや、わたしはトラスホームさんの方が正しいかと思うかな』
『アーク……なんでだ?』
っと。
ダンが尋ねると、トラスホームさんに代わってアークが話を続けた。
『突貫で復興作業を始めちゃうってのも、1つの手だってのは確かね。……だけど、それだと最初の方は上手くいっても途中から”あれが足りない”、”これも足りない”ってなる事がよくあるの。そうしたら、足りないものが届くまでタイムロスが出来ちゃうよね?』
『そうだな』
あー、確かに。
言われてみれば、そんな事よくある。
『それに、”とりあえずやってみたけど凄い遠回りだった”とか、”そもそもやる必要が無かった”ってのが後々になって分かったりしたら残念だよね?』
『ああ。スッゲー後悔するぞ』
『そう。だから、最初の方は多少時間を掛けてでも、必要になりそうなものを用意しておく。段取りを軽く確認しておく。”状況の把握”に時間を費やす事……、これが大事なの』
『成程な……』
ブンブンと頷くコースの隣で、とりあえず頷くダン。
へぇー、『状況の把握』……か。
なんだか面白い話を聞いちゃった。
『……さすがアーク様です。アーンス様の御息女だけあって、領主の心得が良く出来ておられる』
『そんな……もうお父様の事はいいの。わたしは自由なんだから』
『……そうでしたね。失礼致しました』
……そうか。そうだったそうだった。
アークはああ言ってるけど、飽くまでも『領主の娘』。日本の一般家庭とは違う、教養の深さを見せつけられてしまった。
『そんじゃあ……今日は片付けとか建築とか、そういった事はその後ってコトだな?』
『左様です、ダン様。確認が済み次第なので……昼頃か昼過ぎ頃、でしょうか』
『そうか……。なんだか、早起きして意気込んでた意味が無くなっちまったな』
ちょっとやる気が空回りして落ち込むダン。
……すると。
『では、折角早起きなされた時間も勿体無いですし、私達も確認に参りませんか?』
『……おっ!?』
突如提案されたトラスホームさんからのお誘いに、ダンがピクッと反応。
『確認……って、どこに向かうんだ?』
『それは……実は私、昨日からずっと気になっていた所が有りまして。丁度良いタイミングですし、その確認に是非私が赴こうと思っていたのですよ』
気になってた事?
領主のトラスホームさんが、彼自身の中でも特に気に掛ける事か。
……なんだろう。
『それって……どこなんですか?』
すると。
トラスホームさんは、僕と目を合わせて……言った。
『ケースケ様が”壊された“と仰っていた…………、貴方がたのご自宅です』
えっ……。
ウチ!?




