16-6. 報Ⅲ
「けっ……ケースケ様!? ……それにアーク様も!?」
背後からの声に振り向けば、そこには見覚えのある顔。
この巨大な人だかりの、その先頭に立っていたのは……。
「「「「「トラスホームさん!」」」」」
フーリエの若き領主、トラスホームさんだった。
「皆様、どうしていきなり……!?」
「え、えぇっと…………」
小さな砂漠に倒れこむ僕達に、目を丸くして声を掛けるトラスホームさん。
「わたし達、気付いたら人の波に呑み込まれちゃってて……」
「で、訳も分からねえまま人の波に揉まれちまって……」
「そして気付けば、こんな所に流されてて……」
「でー気付いたら私たち、砂漠にポイッてされてたのー!」
「……そんな感じです」
「………………」
……なんか、皆揃って曖昧な記憶でゴメンナサイ。
コレでも結構、僕達の覚えてる限りのコトなんです。
「………………左様でしたか。大変でしたね……」
少し間を置いたトラスホームさん、困った表情を浮かべながらも、そう返す。
……僕には出来ない大人な対応、さすが領主様だ。
「しかし、まさか貴方がたが群衆の中からひょっこり現れるとは……微塵も思っていませんでした」
ですよねー。
僕達こそ、まさかこんなタイミングで領主様とかいう御方と再会できるなんて思ってもないし。
「てっきり私は、皆様が西門から現れるものだと思っておりましたので」
「……西門?」
「はい」
……え、そういう問題?
出て来る場所がどうとかって話じゃなくない?
……まぁいいや。
そんな事は置いといてだ。
「そういや……トラスホームさんこそ、こんな所で何を?」
話が途切れた所で、僕達が一番気になってた事を尋ねてみる。
……そういや、さっきのお兄さんからは結局何も情報を得られなかったからな。
「そうだそうだ。こんなに沢山の人々も集まってよお……」
「ねーねートラスホームさん、何が始まるのー?」
「……ああ、そうでした」
僕とダンの質問を受け、思い出したかのように頷くトラスホームさん。
……すると。
トラスホームさんはキリッと表情を切り替え————
「それでは……本題に入りましょう」
トラスホームさんが、そう呟いた。
と、同時。
耳が痛くなるほど騒がしかった、西門坂の喧騒は。
ザワザワザワザワ…………
ザワザワ………………
……ザワッ…………
シイィィィ……ン
誰一人、喋らず。
誰一人、音を立てず。
……まるで示し合わせたかのようなタイミングで。
一瞬にして、静寂が取って代わった。
「「「「「…………っ」」」」」
僕達もまた、雰囲気に呑まれて思わず黙り込む。
そして、頃合いを見計らったトラスホームさんは。
「……私達、フーリエの民が此処に集っているのは————他でもありません」
「「「「「…………」」」」」
僕達を見つめて…………静寂の中、独り口を開いた。
「私達は皆、フーリエを救って下さった貴方がた5人————その凱旋を、祝いに来たのですよ」
……えっ、マジで————
彼の言った事に、驚いたのも束の間。
オオオォォォォォォォォォ!!!!
オオオォォォォォォォォォ!!!!
トラスホームさんの言葉が、フーリエ市民の大歓声の堰を切り。
西門坂に集う、フーリエの市民……その全員が。
老人も子どもも、男も女も、職も何も関係なく、文字通りの全員が。
僕達へと、全力で歓声を送ってくれていた。
何千、何万というフーリエ市民が巻き起こす歓声は……西門坂中に渦巻き。
しばらく、鳴り止む事は無かった。
「……ところでなんですけど、トラスホームさん」
「はい、ケースケ様」
「ちょっと気になった事がありまして……」
歓声が少し落ち着いてきたところで、トラスホームさんにちょっと尋ねてみる。
「気になる事? 何でしょうか」
「……さっきから時々、歓声の中に『鬼』とか『ゴーレム』とかいう単語が聞こえてくるんですけど」
……そう。
絶える事なく響く市民の歓声の中から、たまーに『ぃよッ、鬼殺し!』とか『カッコ良かったぞゴーレムキラー!!』とか、そういった単語が聞こえるのだ。
「はい。聞こえますね」
……確かに僕達は鬼もゴーレムも倒したし、それ自体に問題は無い。
無いんだけど、さ…………。
「……もしかして皆、僕達の戦いを見てたんですか?」
それって、僕達の戦いを見た人じゃなきゃ分からないハズなんだよ。
つまり……僕達は気付かなかったけど、市民は皆危険を冒して戦場にヤジウマしに来てたって事か————
「はい。市民一同、皆様の勝利をお祈りしながら見ていたのですよ。……貴方がたの勇姿を」
「「「「「……マジで!?」」」」」
「左様です」
…………って事は、まさかやっぱりヤジウマが居たのか!?
いやいや、一般市民が戦場に赴くとかそんな危険行為やめてくれよ。非戦闘職の数学者が言える事じゃないけど。
「まさかヤジウ————
「ご安心下さい、ケースケ様。そんな馬鹿は居ません」
「……」
なんか心を見透かされたみたいな気がした……けど、ちょっと安心したよ。
……すると、僕の安堵する表情を見たトラスホームさんは。
「そんな危険行為ではなく……私達は、これを使ったのですよ」
両手を後ろに回して『黒い箱』を取り出した。
幾つかボタンが取り付けられた、両手で掴めるくらいの真っ黒な箱だ。
「コレは…………?」
あー……ドコかで見た覚えが有る。
ドコかで使った気がする……んだけど…………。
「…………何でしたっけ?」
「えっ、ケースケ忘れちゃったの?」
「……ゴメン」
……思い出せなかった。
「これは『魔力通信機』。わたしとお父様との面会で使ったでしょ?」
「…………あー、成程」
はいはいはい、アークに言われて思い出した。
アレだ。トラスホームさんのお屋敷で使った、ボタンを押すと相手の映像が現れる『テレビ電話』のヤツだな。
「市民の避難場所である私の屋敷でこれを用い、大きなモニターを表示させたのです。そのモニターに映し出した通信先が————
「コレ……西門詰所の通信機だ。私がコレを外壁上まで持って行って……アークさん達の姿を、御屋敷まで送ってたって訳よ」
はぁー……成程。
2つの通信機で僕達の戦ってるトコを『生中継』してたってコトね。
だから市民は皆、戦場を『観てた』のか。
「――――……ん?」
何、今の声。
トラスホームさんに続いてサラッと喋ってたけど……誰!?
そう思いつつ、振り返ると。
背後に居た、声の主は。
「「「「「門番さん!!」」」」」
全身ボロボロで足を引き摺りながら歩いて来る……誤認逮捕でオナジミ、件の門番さんだった。
「大丈夫ですか!? そんな足まで引き摺って……!」
「大丈夫大丈夫、気にしないでくれ」
トラスホームさんのと同じ黒い箱を持って、ちょっとヨロメきつつもこっちに向かってくる。
「それに……魔物と戦った、アークさん方と比べりゃこんな傷————痛つつつッ」
「駄目じゃないですか……おっと!」
気の利くシン、躓いた門番さんをすかさずキャッチ。
「……済まない」
「いや。気にしないで下さい」
シンの肩を借りながら、ヨロヨロと近づく門番さん。
……なんか、彼が歩いてる姿を見るだけでも凄く痛々しい。
「門番さん、オンブしましょうか?」
「……いや、そんな事はさせられねえよ。それに……白衣の勇者様に直接、伝えなきゃいけねえ事も有るから」
「伝えたい事、ですか?」
「…………ああ」
シンとそんな事を話しながら……門番さんは、僕達とトラスホームさんの前になんとか到着。
「……済まん、助かった」
そう言ってシンと組んでいた肩を解くと…………門番さんは、口を開いた。
「白衣の勇者様……それとアークさん、お連れの3人も……」
「「「「「…………」」」」」
黙って耳を傾ける僕達。
すると、門番さんは…………項垂れると。
「門を守る私達でさえ、魔王軍には歯が立たなかった。…………お前達が居なきゃ……、フーリエは確実に無くなってた」
ポタポタと、足元の砂地にシミをつくりながら。
「本当に……お前達にはもう、頭が上がんねえ。なんて言えば良いかも分かんねえ。………………けど」
ボロボロの制服の袖で、目を拭うと――――グッと顔を上げ、赤い目で僕達を見つめ。
市民の歓声にも負けないくらいの、ガラガラの声で…………叫んだ。
「俺達の街、フーリエを救ってくれて……俺の頼みを聞いてくれて――――――――本当に、ありがとう…………ッ!」
「おぅ」
さっき、門番さんと交わした『約束』、……ちゃんと守ったからな。
「……ケースケ様、アーク様、シン様、コース様、ダン様」
門番さんの涙も止まった所で、後ろに立つトラスホームさんが僕達を呼ぶ。
「なーにー?」
「どうかしましたか、トラスホームさん?」
すると。
「皆様に感謝の意を伝えたいのは、彼だけではありませんよ」
そう言ってトラスホームさんは黒い箱を胸に構え、ボタンを押した――――
ピッ
その、直後…………耳馴染みの電子音と共に、トラスホームさんの頭上に巨大なモニターが現れる。
青透明のメッセージウィンドウの超大型版みたいな……まるでアレだ。東京でよく見る、街頭ビジョンみたいなヤツだ。
そのモニターに映ってるのは…………。
「ぼっ…………僕達!?」
トラスホームさんの持つ通信機、そのカメラが捉えた僕達の姿。
西門坂の人だかりに向かって、僕達5人……と、右半分の見切れた門番さんがババンッとデカく映し出されてしまった。
声まで拾われちゃっている。
「えぇっ!?」
「あっ、私も映ってるー! ヤッホー!!」
「うおぉ!! 凄え!!」
「いやっ、恥ずかしい…………」
テンションの上がるダンとコースに驚くシン、ちょっと恥ずかしがるアーク。
突然現れた巨大モニターに、4人もそれぞれ反応しているようだ。
……まさか断りもなく、突然生中継を始められちゃうとは思ってもなかったよ。
どうせなら事前に言っといてくれれば良かったのに。
「トラスホームさん、そんな勝手に映されちゃ困りま――――
視線を黒い箱からトラスホームさんに向け、ちょっと抗議してみる――――
オオオォォォォォォォォォ!!!!
オオオォォォォォォォォォ!!!!
オオオォォォォォォォォォ!!!!
と同時、西門坂が再び大きく沸き立つ。
大量の歓声が西門坂を駆け上がり、小さな砂漠に立つ僕達に降りかかった。
「「「「「…………」」」」」
市民の興奮に気圧され、思わず黙り込む僕達。
「……これは大変失礼、皆様に一声お掛けしておくべきでした」
軽く頭を下げ、申し訳なさそうに謝るトラスホームさん。
「ですが……フーリエの民が凱旋を祝うこの歓声、貴方がたに是非お届けしたく…………」
「……ハァ、分かりました。もう良いですよ」
分かった分かった。トラスホームさんの気持ちは良く分かったし、想像以上の歓声に僕もビックリしちゃったし。
「そう言って頂けると幸いです…………が、本当に申し訳ございませんでした。ケースケ様」
ちょっと表情を緩めつつも、申し訳なさそうに頭を下げるトラスホームさん。
……なんか、そんなに畏まって謝られちゃうと逆にコッチが罪悪感を感じちゃうじゃんか。
「いや、まぁ……僕はソコまで気にしてないので。頭を上げて下さい」
「……ありがとうございます」
そういうと、トラスホームさんはゆっくり頭を上げて――――
「…………では、ついでと言ってはなんですが……この機会に、ケースケ様からフーリエの民へ一言頂戴しても……?」
そう、尋ねてきた。
申し訳なさげながらも、真剣な目つきで。
「…………っ」
トラスホームさん…………謝罪したその場からいきなり、なんて図々しいお願いを……。
その割、表情にも表れてる通り彼は至って真剣なのがまたタチ悪い。
……けど。
「………………ハァ、分かりました」
「ありがとうございますッ!」
トラスホームさんは悪い人じゃないし、仕方ないけど受けよう。
それに、まぁ…………自分で言うのもなんだけど、この世界で僕は『勇者』だ。
魔王軍を退けた後の、一言…………ある種のヒーローインタビューみたいなモンだと思えば普通か。
わざわざ避ける必要も無いし。
「…………それじゃあ」
「お願いします」
深呼吸を一つして、心の準備を済ませると……収まる事の無い歓声を耳にしながら、黒い箱を真っ直ぐ見つめて…………――――
「えー、っと…………」
人生初のヒーローインタビューを、始めた。
√√√√√√√√√√
『えー、っと……………皆さんの応援のお陰で、フーリエを襲って来た魔王軍を返り討ちに出来ました。なんとか。』
『…………けど、西門坂とか、西門とか、僕達の家とか、ちょっと街が壊されちゃったのは悔しいけど……頑張って復興しましょう。勿論、僕達も手伝います』
『フーリエには……王国には、僕達が居る。――――僕達が、王国を守ってみせます!!』
そして…………西門坂は、間違いなく今日イチの歓声に包まれた。
∋∋∋∋∋∋∋∋∋∋
「んー……ダメだダメだ、全然締まんない。……ってか、なんであんな事言い切っちゃったんだろう…………」
「……そう? わたしは良かったと思うけどね」
「先生カッコよかったよー!」
「ああ、さすが先生だ! 俺はこれからも付いてくぞ!」
「おぅ…………そんな皆褒めないでくれ。恥ずかしいよ」
「………………ひっく」
「……ん、どうしたシン?」
「い、いえ。…………あんなに市民が喜んでいるのを見て…………ちょっと感動しちゃいまして」
「……そうだな」
……そういやシンは、日の出前から頑張って、なんとかフーリエを守り抜いて、だけど家は壊されてて…………『報われない』って言ってたよな。
僕だってそう思ったよ。
けど……その涙はきっと、シンも少しは『報われた』って思えた証なんだろうな。




