16-5. 報Ⅱ
空き家通りの先、西門坂とクロスする交差点。
……をギッシリと埋め尽くす、謎の人だかり。
交差点まで距離はまぁまぁ有るけど、ザワザワがここまで聞こえてくる。
「何が起きてんだ?!」
「……いや、それは俺らにも」
「さっぱりですね」
首を横に振るダンとシン。
……そもそも、ついさっきまで誰一人としてフーリエ市民は居なかったじゃんか。空き家通りはともかく、西門広場にも西門坂にも、門番さんすらもだ。
それなのに……家に行って帰って来たらこの謎の人だかりよ。
この短時間で一体何が起きたんだ?!
「先生先生」
「ん?」
「とりあえず行ってみようよー! なんか面白そうだし!」
「えっ…………」
……えぇ、あの人混みの中に!?
あんな所に行ったら皆散り散りになっちゃうぞ!
「えぇ…………」
「行けば何が起きてんのか分かるってー!」
「……ま、まぁ…………」
……いや、確かにそうだよ。
コースの仰る通りなんですけど、さ……。
「ねーねー、シンもダンも行こーよ!」
「そうですね。先生とアークも追いついた事ですし」
シンが賛同。
「おう! 何が起きてんのか突き止めてやろうぜ!」
ダンも賛同。
「いいんじゃない? 行ってみましょう!」
……コースに尋ねられてないアークまで賛同。
えっ、えぇ、いや、皆本当に行くの?
「……本当にあの中に突っ込むのか?」
「うん!!」
「……えぇ…………」
「なんだ先生、ビビってんのかよ?」
「嫌なんですか?」
「おぅ」
迷う事無く即答だ。
僕嫌だよ、あんな人混みに突っ込むのとか。
ああいう所ってギューギューで苦しいし、思うように動けないし、しかも暑苦しい。
抜け出そうにも身動きが取れなくて出られないという、地獄の人熱空間なんだぞ!
敢えてそんな地獄に足を踏み入れるような事は止めない?
「……そっ、そうだ。ココは一旦戻って、どこか別のルートから迂回して————
「ん? ケースケ行かないの?」
「…………うっ」
まさかのアークからの一言。
僕の内心なんてお構い無しに、深赤色の瞳が目を合わせてくる。
「……また置いてかれちゃうよ?」
「…………ぐはッ」
そして胸にグサッと刺さる、アークの一言。
「…………行きます」
致命傷だった。
「それじゃレッツゴー!」
「「「オー!」」」
「……おー」
もう……散り散りになって迷子になっても知らないからなッ!
という事で。
僕達5人は歩を進め、例の交差点に少しずつ接近している。
一応『離れ離れには絶対なるなよ! 探すの面倒だから!』とシン達には伝えといたけど……どうせコイツらの事だ。
人混みの中でバラバラになるのは目に見えている。
『大丈夫大丈夫! 心配しないでよ!』
ってコースは言ってたけど、元から期待なんかしてません。
まぁ……万が一迷子が出たとしても【共有Ⅲ】でテレパシーを使えばすぐ合流出来るから別にいいけどさ。
そんな事を考えてるうちにも、僕達は人だかり目の前まで到着。
「本当に凄い人ね……」
「おぅ」
近くで見ると、西門坂はワイワイガヤガヤと市民で隙間なく埋め尽くされている。
……まぁ、ギューギュー押し合う程じゃないくらいなのが救いだな。
人だかりに近付けば、騒めきと共にジワジワ伝わってくる熱気。
よーく見ると、人々は皆揃ってうっすら興奮してるようだ。
……本当、何が有ったんだろうな?
まぁいいや。
そんな事は置いといてだ。
「誰か適当に聞いてみるか」
「そうですね」
じゃあ……そうだな。
人だかりの一番外側に立ってる、あそこの人に声を掛けてみよう。
前に立つ人の頭を避けながら、背伸びして遠くを見ようと頑張ってるお兄さんだ。
「すみません」
「……んー? なにー?」
僕達には目もくれず、片手間に返事を返すお兄さん。
……返答が適当だけど、聞こえてるみたいだしいいや。
「この人だかり、一体何の集まりなんですか?」
「ん、知らねえのー?」
「すっ……すみません…………」
すると、背伸びを諦めたお兄さんは。
僕達の方に振り向くと。
「此処に居る人は皆、ゆう――――
僕達と目が合った。
「————………………」
「「「「「…………?」」」」」
それっきり……お兄さんはフリーズしてしまった。
「……で、この人だかりは一体何の――――
「…………い、いや、それどころじゃねえよ!」
もう一度声を掛けて、お兄さんをなんとかフリーズから復帰。
「ちょ、ちょちょっ待て待て待て! 嘘だろッ!?」
「「「「「…………?」」」」」
……だけど、復帰させるや否や目を見開くお兄さん。
滅茶苦茶慌てている様子だ。
すると。
「まさかのご本人様登場かよッ!!」
突然、お兄さんの絶叫が西門坂に響いた。
「「「「「…………え?」」」」」
お兄さんの言葉の意味も、この状況も未だ掴めてない僕達。
……だが。
周囲の状況は、僕達の理解なんかオカマイナシに刻々と変わっていくものでした。
「何々!?」
「本当だ…………ッ!!」
「……げッ、マジかよ!」
「ホンモノ!!」
「なんでこんな所から……!?」
「まさかワープ!?」
お兄さんの周りに居た人々が、次々にコッチに視線を向け。
「おい皆!! ココに英雄が居るぞォォォ!!!」
ワアアァァァァァッ!!!!
ゥオオォォォォォォ!!!!
そんな誰かの掛け声を皮切りに、人だかりは興奮に沸き上がり。
雪崩のように猛スピードで動き始めた。
……コッチに向かって。
「いやいやちょっと……ッ!!」
————ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
————このままじゃ巻き込まれる!!
……そう思えたのも、束の間だった。
突然の事態に足が竦む、僕達。
その視線の先には、雪崩のように押し寄せる人の波。
……そんな人の波に、僕達は抗う術も無く。
「……ぅあっ、ちょっ……————ッ!?」
「ちょっと待って下さ————ぅわッ!?」
「キャーーーーーーッ!!!」
「シン! コース! 俺に掴ま……ぅおッ!?」
「いゃっ、ちょっと————キャッ!?」
一瞬のうちに5人揃って取り込まれてしまいましたとさ。
……ちなみに、その後しばらく記憶は残ってません。
うっすら憶えてる事と言えば…………人混みの中でただひたすら押されたり引っ張られたり、挟まれたり叩かれたり。
身動きもロクにとれず、自分が今どうなってるのかすら分からない。
記憶も曖昧になり、とにかく人の流れに身を任せるしかない。……そんな感じだった。
…………まぁとにかく、散々な目に遭ったよ。
……で。
その後、曖昧だった記憶が復旧したのは。
「……ぅぐッ」
ズザザッ
人混みの中からポイッと投げ出され、地面にうつ伏せに倒れる瞬間だった。
「ぐッ…………」
「いゃぁぁ…………」
「……がはッ」
「うぅぁ…………」
ズザザザッ……
シンとコース、ダン、アークも一緒にポイポイっと投げ出され、地面に倒れた。
「痛ッつつつ…………」
……くぅッ、関節という関節が痛い。
左腕とか引き千切られるかと思ったし、右肘は危うく逆関節一歩手前の所まで行ってた。
腹の傷とか、身体を捻じられた時にまたパックリ開いた気がする。
現に今ちょっと痛いし。
「……くッ…………」
けどまぁ。
全身の痛みをなんとか堪えつつ、地面に両手をついて起き上がる————
ズザッ
「……んっ?」
体重を掛けた両手が地面に沈んでいく感覚。
「……砂?」
手元をよく見ると、地面は砂地。
左右をキョロキョロ見回せば、僕達が倒れてるのは小さな砂漠。
……あぁ、成程。ココは西門広場か。
人混みの中を流されてる間に、いつの間にか西門広場まで運ばれてたみたいだ。
「……大丈夫か皆?」
……なんとか身体を起こし、シン達に声を掛ける。
「え、ええ……。なんとか」
「死ぬかと思ったよー……」
「酷え目に遭ったぜ……」
「……せっ先生こそ、無事で何より…………」
振り向くと、4人も丁度身体を起こした所だった。
……良かった。皆無事みたいだ。運良く迷子も出なかったし、なんとか助かった。
ってかそもそも、魔王軍との戦いを生き抜いてきた僕達なのだ。これくらいの人混みで揉みくちゃにされるのくらいドーって事ないか————
「けっ……ケースケ様!? ……それにアーク様も!?」
突然、背後からそんな声が聞こえた。
……聞き覚えのある声だけど、思い出せない。
「「「「「…………?」」」」」
……誰だろう?
そう思いつつ、振り向くと。
僕達の目の前にズラッと並ぶ、人だかりの壁。
その先頭に立つ……細身の男性。
黒無地のスーツに身を包み、髪をピシッと決めた若者。
そう。
声の主にして、僕達の目の前に居たのは。
「「「「「トラスホームさん!」」」」」
前にも会った……港町・フーリエの領主、トラスホームさんだった。




