16-1. 協力
「疲れた…………」
港町・フーリエ滞在34日目。
9:37。
なんとか魔王軍からフーリエを守った僕達は、5人でトボトボ戦場跡を歩いていた。
足元には、折り重なるように倒れる無数の魔物の死体。淡い黄色だったハズの砂漠の砂は魔物の血を吸って赤みを帯び、雨上がりの砂場みたく固まった砂になっている。
そんな中を足の踏み場を探して歩く僕達も、もう全身怪我と返り血で大変だ。
僕の白衣なんか、もうそれはそれは真っ赤っか。赤ペンキにドップンしたみたいな感じになってるよ。
おまけに魔物の返り血と腹の傷で2度染め仕様だから、どこまでが返り血でどこからが自前の血か分からない。
「私もう眠いー…………」
「私達の家までもう少しですよ、コース。頑張りましょう」
「分かったよシンー……」
その上、戦いを終えて興奮が冷めた僕達には、『疲労』という名の見えざる敵が襲来。
コースも目をこすって大欠伸なのも道理だ。
「僕も凄い眠いし、今日は帰ったら二度寝しよう。な、シン、コース?」
「そうですね。私も結構疲れましたし」
「二度寝!! ヤッター!!」
跳んで喜ぶコース。
……眠気、吹き飛んじゃったかな?
「なあ先生」
「ん? どうしたダン?」
「二度寝も最高なんだが、それより俺————
グゥゥ………………
たくましい轟音を発する腹を抱え、照れ笑いのダン。
「あーはいはい。言いたい事は分かったよ」
……まぁ、今日は朝食どころじゃなかったもんな。
「フフッ。それじゃ、帰ったら朝食にしましょ?」
「おお! アーク、また鉄火丼作ってくれよ!」
「ええ。もちろん」
「じゃー、今日はご飯食べたら二度寝だねー!」
「「「ヨッシャー!」」
アークの作る鉄火丼に、二度寝。想像しただけで最高だ。
……『こんな血なまぐさい中でも食欲旺盛な僕達って相当ヤバい?』とは一瞬頭によぎったけど……僕達それだけ飢えてるって事だよね、きっと。
そういう事だよね? 別に感覚がマヒし始めたとかじゃないよね?
……よし。そういう事にしとこう。
そんな事は置いといて。
「そういえばさー……」
「どうしました、コース?」
「突然思いついた事なんだけど……私たちの身体って凄いよねー?」
……本当に突然だな。
「……と言いますと?」
「え、だって……どんだけ傷が痛くてもお腹空いてても、戦ってる間は痛みも空腹もヘッチャラじゃーん!」
ああ、確かに。
……何を言うかと思いきや、コースにしては意外と真面目な話が飛んできた。
「ああコース、それ俺もよく思うぞ」
「ねー、やっぱりそうだよねーダン!」
仲間が出来て喜ぶコース。
「わたし、前に習ったことがあるんだけど……たしか『ホルモン』のお陰だとか」
あぁ、ホルモンね…………。ホルモンかぁ……。
確か『生物基礎』の授業で聞いた覚えが有るけど…………忘れた。
「それって確か、脳が作り出す『ドーピング』ってヤツだよねー?」
「「「「ドーピング!?」」」」
……どッ、ドーピング!?
「……コース、もしかして寝言ですか?」
「違う違う! 起きてるよー!」
シンの冷たい視線を浴びるコース。
「違えよコース。それを言うなら『ドーパミン』だろ?」
「「「あー」」」
あー、それ聞いた事ある。
単なる『ドー』間違いか。ビックリさせんなって————
「というか、そもそも『アドレナリン』じゃないかな? 『興奮』と言えば」
「「「あっ……」」」
……そう言われればそうだったかも。
さすがアークさんだ。
そんな話をしながらも砂漠を歩いていると、なんとか西門に到着。
壁面はダメージを受けて傷だらけになってるし、鋼鉄製の扉は無くなっている。
……その代わりなのか、西門周辺の地面をダラーリと謎の金属の塊が覆っている。
「この鉄の塊って…………ケースケ、まさか?」
「……ああ。それしか無いだろうな」
今は亡き魔王軍、その本来の実力に鳥肌を立たせながらも西門トンネルに入り。
明かりの無い真っ暗な中を、正面に見える四角い光の方へと向かっていく————
グォオオオオォォォォォッ!!!
突然トンネル内に響く、獣の声。
「何ッ!?」
「なっ……!?」
「えッ!?」
「嘘……!?」
まさか……魔王軍の残党か!?
シンが、腰の長剣を抜きながら。
アークが、背中の槍に手を掛けながら。
コースが、魔法の杖を握りながら。
そして……僕が、ナイフを構えながら。
パッと、後ろを振り返ると…………そこには————
魔物の姿は、どこにも無く。
「…………済まねえ」
腹を抱えて照れ笑いのダンが1人、立っていた。
……魔物の鳴き声なんかじゃなく、単なるダンの腹の音だったようだ。
「「「「なんだよッ!!」」」」
4人の怒りを含んだ叫びが、トンネル内にこだました。
ハァ……なんか今ので無駄に疲れちゃった気がするよ。
さて。
あの後、ダンがもう2回獣の声を響かせたところで、僕達は西門トンネルの出口に辿り着き。
今や小さな砂漠と成り果てた、西門広場に出た。
「やっぱり酷いわね…………」
「……おぅ」
だが、広場は……相変わらず、どこもかしこも砂だらけだった。
広場の境界線になっている建物まで、砂は押し寄せており。
幌だけが砂から飛び出した輸客馬車が、遺跡のごとく広場の隅に立ち並んでおり。
ベンチなんかは完全に埋もれててどこに有るか分からない。ってか、そもそも有るかどうかも分からない。
そんな西門広場の出口に目をやれば……その先は、ガラスや瓦礫が散乱する西門坂。
今のフーリエは、かなり荒れていた。
「街は守れたもののこんな状況に……フーリエは元に戻るのでしょうか……?」
呆然としながらシンが呟く。
……ハァ、またシンが心配性を発揮し始めちゃったよ。
「『もう一生、元通りのフーリエにはならないかも』とか思ってんのか? シン」
「…………それが少し怖くて」
しょうがないな全く。
確かに街の荒れ具合は酷いけど、シンはちょっと悲観しすぎなんだよな。
「……まぁ、魔王軍を返り討ちにしてやったんだ。復興くらいドーってコトないって」
「…………」
強敵だったあの鬼……軍団長様だって、僕達は5人で協力してなんとか倒せたのだ。
けど、『復興』なんてモンは鬼みたく僕達を殺しに掛かって来るような相手じゃないし……なんたって、今回コチラの味方は5人どころじゃない。何千、何万という『フーリエの市民』が居る。
みんなと協力すれば……それこそ作業効率は何千、何万分の1。
1人でやったら1万日……27年も掛かるモンだって、1万人でやればたった1日だ。
27年が、たった1日。
協力って最高じゃんか。
「だからさ、シン」
「…………はい」
まだ若干眉が八の字なシンを、まっすぐ見つめ。
「復興なんて一瞬だ。僕達も手伝えば、もっと一瞬だ。そう思わないか?」
そう、尋ねると。
「……そうですね」
シンの表情が、ちょっぴり晴れた。
「私もそー思う!」
「ああ、やってやろうぜ、復興! アークもだよな?!」
「ええ。勿論、わたしも」
シンがそう言うなり、コース達も続いて声を上げる。
「……よし。それじゃあ決まりだな」
これから先のやる事が、決まった。
昨日までの約1ヶ月間、たくさん特訓した。
今日の戦いで、特訓の成果も見れた。
って事で、ココで特訓は一旦中断だ。
「フーリエの復興、やるぞ!」
「「「「おう!!」」」」
……まぁ、とりあえず朝食と一眠りしてからね。
今日は朝から滅茶苦茶頑張ったんだし、そのくらいの休憩は許してくれるよね……?




