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3-6. 渾名

「お前に1つ言っておいてやる」


買取金の入った袋を受け取り、ギルドを出ようとした所でマッチョ兄さんに呼び止められた。


…なんだろう?

凄い嫌な予感がするんだが…。


まぁ、しかし相手は冒険者としての先輩だ。朝のポーションの件も助かったし、今回もきっとタメになる事だろう。


「なんでしょう?」

「ギルドから出たら、『散魔剤』っての使ってそのコート洗っとけ」

「さ、散魔剤……?」

「あぁそうだ。雑貨屋辺りでも売ってるだろうから、その粉を桶に入った水に溶かして、コートをジャブジャブ洗ってやれ」


…へー、洗剤みたいなモノなのだろうか?


「散魔剤ってのは、魔物の毛や血、臭いとかに良く効く薬だ。薬っつっても、飲む用じゃないからな。さっき言った通りに使えよ」


つまり、魔物関係の汚れなら何でも効くって事だろうか。


「分かりました。…それって、冒険者は皆そうやってるんですか?」

「いや、そうでもない。だが少なくともお前は必要だな」


…ん?僕は必要なのか?

どういうことだろう?


「ゴッツい鎧を纏った冒険者が獲物の血にまみれる姿は誰も何とも思わない。そんなの普通だ」


まぁそりゃそうだ。

僕なら少しショッキングな映像だとは思うけど、きっと平和ボケしかけてる日本育ちだからだろう。

こちらの世界の人々は生きるか死ぬかの世界だ。相手の血を浴びたくらいじゃ甘いよな。


「………しかし、お前のその見た目は………ちょ、ちょっとヤベェな。白のロングコートのせいで見た感じは白衣を着た学者っぽいんだが……」


あー、やっぱり白衣っぽく見えるか。

この前アキにもそんなこと言われたな。


「……その血に塗れた白衣じゃあ、お前の第一印象は完全に狂科学者マッドサイエンティストだな」





一瞬、僕の時間が止まった。


「……まっ…」


マッドサイエンティストだと!?

つまりはイカれた科学者、ってか…。


というか、僕は数学者だ。サイエンティストではなく、マスマティシャンだ。

どうせならマッドマスマティシャンと———って、今はそれどころじゃないな。


一度、改めて全身を眺める。

両腕の袖、膝辺りまである裾、そして手から移ったのであろう腰回り。

様々な所が血で染まっていた。


…うん、これは狂科学者マッドサイエンティストだ。

僕自身も否定しない。血塗れの白衣着てちゃあ、何かヤバい研究をしちゃってるみたいな雰囲気を出してしまっている。


うわー、マッチョ兄さんにそんな風に見られてたのかよ。

っていうか、マッチョ兄さんだけじゃないよな。ギルドに居る皆からそう思われてんだよな、きっと。


……あぁ、だからか。なんでギルドに入った時に皆が半歩引いたのかが分かった。

こんなヤバい奴が入って来たらそりゃビビるわ。


……と、とりあえずさっさと退散だ!

こんなヤバい渾名(あだな)が浸透しちまう前にさっさとギルドを去ろう。


「……は、白衣洗っときます!ありがとうございます!」

「おぅ、頑張れ」


とりあえずアドバイスを頂いた礼を述べてギルドを立ち去った。

まさかの自分でもロングコートを白衣と呼んでしまうミスを犯した事には気付かなかった。





さて、ギルドを出て散魔剤を買いに行くのだが、街中を普通に歩くだけでも周囲からの視線が凄い。とりあえず急いで朝にポーションを買った店へと駆け込んだ。


買うついでに、店の店主に散魔剤について教えてもらった。店主曰く散魔剤はこんなモノらしい。


『動物の汚れは主にタンパク質ですね。そういう汚れはタンパク質を分解する洗剤で洗い落とします。同じように、魔力で体を形作られている魔物の汚れは魔力を散らす散魔剤で分解して洗い落とすのです』


……だそうだ。かなり分かりやすく説明して下さったようだが、理解するのが面倒だったので適当に頷いておいた。

つまり魔物用洗剤っていう認識で良いだろうか。

まぁ、店主さんも僕の頭の上に浮かんだ「?」マークが見えたようで、お話はそこで終わった。


さて、散魔剤は手に入れた。

あとは桶と水が手に入れば良いんだが…


うん、多分オバちゃんなら貸してもらえるだろう。

オバちゃんは元冒険者だけに、冒険者事情もよく分かってるしな。





…というわけで、桶と水を借りに、ついでに今日も泊まりに精霊の算盤亭に来た訳だが。


「あら、おかえり。狩りはどうだったかい———って、なんだいその姿は!?」


いつも通り受付に座っているオバちゃんは僕の狂科学者マッドサイエンティストな姿を見て凄く驚いていた。


「ラットとチキンを沢山狩って来ました」

「アーッハッハッハ!!随分と派手にやったね。どうやらアタシのナイフも役に立ったようで良かったよ」


からの大爆笑。

…うん、冒険者ならこの血塗れの姿くらいじゃあ何とも思わないよな。

流石はオバちゃん、元やり手の冒険者である。街の一般ピーポーとは違い、肝が据わっている。


「お金が入ったので、今日からの3泊分またお願いします」

「はいよ。3泊で銀貨10枚に銅貨50枚。………はい、ピッタシ頂いたよ」


銀貨と銅貨を手渡して部屋の鍵を受け取る。

あ、そうだ。桶も借りねば。


「あ、あと桶を貸して頂けませんかね?」

「…あぁ、散魔剤を使うのね。今持ってくるよ」


流石だ。察しが良くて助かります。

…うん、オバちゃんには本当感謝してるよ。


そして桶を借り、部屋へと向かった。





そんな感じでヤバい渾名をつけられてしまったが、とりあえず金も稼げた。

今日の目標は達成ですな。


それに今日は沢山戦ったからか凄く疲れた。

体力的にだけじゃなくて、結構精神的にも来てる。やっぱり、ずっと集中してるからだろうかね。

この後何かやるの面倒だし、さっさと横になろう。


「いやー、野宿回避できて良かった良かった」


そう呟きつつ部屋の鍵を開け、部屋へと入る。

そしてリュックを椅子の上に置き、ナイフと桶を机の上に置き、毎度恒例のベッドダイブだ。


あー、疲れたー……

羽毛でフカフカのベッドが気持ちいい……





っておい!

もう少しで意識が落ちる所だったが、白衣もといコートを洗わねば!


完全に睡眠コースだったぞ今。

危ねぇ危ねぇ。


ってことで桶に水を張り、リュックから取り出した散魔剤を溶かす。


散魔剤は淡い黄色の粉だ。

水に溶かすと液色もうっすら黄色に染まり、ほんのりと洗剤のような香りがする。


なんだか普通の粉洗剤みたいだな。

こっちの世界では薬扱いされていたが。


そして、白衣…じゃなくてコートを脱ぎ、そのまま桶へジャポーンだ。


「…おぉ!」


水に入れた途端からコートの血のシミがどんどん抜けていく。

目に見えるスピードでコートが白く戻っていくのには驚いたな。感動で声が出てしまった。


そして30秒程であろうか。

コートは買った頃のように真っ白になっていた。


よし、じゃあ後は水ですすいで干せばオッケーだ。

…そういえば、精霊の算盤亭ってハンガーも用意されてんだな。凄いサービスだ。


ハンガーで窓際に吊るす。

これで洗濯終了だ。


あーぁ、これで狂科学者マッドサイエンティストの渾名を返上出来れば良いのだが…。


さーて、じゃあ………


寝ますか。

そして本日2度目のベッドダイブとともに、意識を落とした。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
皆様のご感想もお待ちしております!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうか、この物語が
 
小説を愛する皆様の心に、
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現実とかけ離れた世界を楽しみたい皆様の心に、
そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
届きますように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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