15-33. 鬼Ⅲ
「ガーッハッハッハ!! 白衣の勇者よ、その表情……何か思い付いたようであるな!」
「……さぁ、どうだかね」
鬼の力の根源が分かって、少しニヤケてたのかもしれない。
表情で察されてしまった。
さて。
鬼の攻撃の根源は【六鬼法】っていうスキルだと分かった。
アレを使った攻撃の威力は『一撃必殺』級になるという、凶悪なスキルだ。
けど……【六鬼法】の存在が分かったとはいえ、まだその対処法は思い付けていない。
……どうやったら【六鬼法】に打ち勝ち、あの鬼を倒せるだろうか?
【六鬼法】の発動を封じるのは……無理だ。
鬼の攻撃を封じるのも……今の僕には無理。
だったら鬼の攻撃を全て避ければ良いんだけど……ソレも非現実的だし。
かといって攻撃を受ければ、たった一撃でこの傷。
勿論、背後に広がるフーリエを放り置いて逃げ出すなんて手は無い。
……どうすれば良い、僕?
何か対処法は無いのか?
考えろ。
考えろ。
考えろ。
「随分と深く考え事をしているようだな、白衣の勇者よ! 吾輩を倒す方策でも見つけたのであるか?」
「………………さぁ、どうだかね」
……クソッ! まだ考えてんだよ。
痛い所突いてくんな。
「ガーッハッハッハ!! 是非ともその方策、見せて貰いたいものであるな!!」
……だからまだ思いついてないんだって。
急かさないでくれ。
「貴殿らが来ないのであれば、今度は吾輩から行くぞ! 残る3つの【六鬼法】も貴殿に披露したいのでな!」
そう言い、再びファイティングポーズをとってステップを踏み出す鬼。
……あークソッ! 時間切れかよ!
「…………先生、何か方策は有るんですか?」
シンが心配そうな声で尋ねる。
「無い」
「…………そうですか」
「やっぱり……」
正直に答えると、少し落胆するシンとアーク。
……済まんな、期待に応えられなくて。
「じゃー、私たちはどうすれば……?」
「……とりあえず、避け重視で戦うしかない」
……そう。
対処法が無い今、僕達が出来る事は……とにかく【六鬼法】直撃を避けながら戦う。それだけだ。
こうやって睨み合いしててもラチが開かないし、もしかしたら鬼と戦ってるうちに何か見えてくるかもしれない。
多少のダメージを受けたとしても、弱点とか対処法とかが見つかれば十分。それだけで儲けモンだ。
『無計画だ』って言われたらそれまでだけど、それしか手は無い。
僕達は……僕達の今出来る事を、やるまでだ。
……すると。
「……分かりました。先生」
「やっぱり、それしかないよね」
「まー、薄々分かってたけどー」
うっすら苦笑いを浮かべつつも、シン・アーク・コースの3人は僕の言葉を理解してくれたようで。
「それでは……今度は私達の番です」
「そーそー! だからケガ人は休んでてよー!」
「わたしだって出来るって所、ケースケに見せてあげるわ!」
覚悟を決め、各々の武器を握り直して――――身体を、鬼へと向けた。
「おぉっ!?」
「負傷の先生に代わり……次は私達が相手ですッ!!!」
鬼と対峙するのは――――長剣を構える、シン。
燃え盛る炎の槍を構える、アーク。
そして魔法の杖を握る、コース。
「ガーッハッハ!! 待っておったぞ!!」
そんな彼らの視線の先には――――余裕の表情で3人を待ち受ける、鬼。
「にしても、なんだかカワイイ奴らばかりだな!! 吾輩に傷の1つでもつけられるのであるか?」
「…………女だからって、甘く見られちゃ困るわ!」
「そーそー! 魔法使いだからって甘く見られちゃ困るよー!」
「華奢な体格だからって甘く見ないで下さい!」
第一印象で鬼はそうタカを括ってるけど……少女2人に細身の少年とはいえ、ダンと僕よりは確実にアグレッシブだ。
「ほう……ならばその力、吾輩に見せて貰おう!」
…………さぁ。
シン、コース、アーク。
「貴殿らも奴のようにボロボロにしてやるぞ!!!」
「「「うおおォォォッ!!!」」」
…………頼んだぞ。
「あなたの好きにはさせませんッ!!」
3人の先頭を走るシン。
剣を真っ直ぐ構え、鬼に迫る。
「ガーッハッハ!! ならば吾輩を止めてみよ!!」
立ち止まったままファイティングポーズで3人を待ち構える鬼。
シンを見据えながら、ゆっくり右掌を振り上げる。
「攻撃くるよーッ!!」
「避けて下さい!!」
シンの声と共に3人が散開。
直後、鬼の右掌が振り下ろされ――――
「【鬼潰掌】ォォ!!!」
パアアァァァァァンッ!!!
掌が、シン達の居た所を叩き潰し。
砂の凹凸もシン達の足跡もキレイにならされ、まっ平らな砂漠が出来上がる。
「いやぁッ!!」
「キャッ!?」
攻撃は避けたものの、風圧でアーク、コースが体勢を崩す。
……が、風圧に耐え切ったシンは。
「間合いを詰めればコッチのモンです!!」
「何ッ!?」
右腕を掻い潜ると、鬼の懐に入り。
そのまま、鳩尾めがけ剣を突き出した。
「【強突Ⅴ————
「甘いのである!!!」
だが。
胸に構えられていた左拳が、急に動き出し。
鬼の左手甲が、シンの突き出した長剣を躱しながら————
「【鬼殴甲】ォォォ!!!」
「ゔぐッ!!!?」
シンの腹に直撃。
裏拳が入った。
くの字に身体を曲げながら宙を飛ぶシン。
辛うじて長剣は握ってるものの……————
ザザァァァァッ!!!
「…………ぐぅッ!」
受け身も出来ず、砂漠に墜落。
……シンにもダメージが入っているようだ。
「ガーッハッハッハ!!」
そんなシンを見ながら、高笑いを上げる鬼。
「そんな程度であるか! まだまだであるな————
「そう、まだまだよ」
鬼の背後から掛けられる、アークの声。
「何っ!?」
驚きつつも、鬼がアークの方を振り返ると。
そこには……炎の槍を右に引いた、アークが。
鬼の眼の位置まで飛び上がり。
「まだまだ始まったばかり……よッ!!」
ボオォッ!!
勢い良く、槍を横に薙ぎ。
槍先から吐き出された炎が、鬼の眼を襲った。
「ぐぉぉぉっ!!? 見えん!! 見えんぞ!!!」
一瞬とはいえ眼を焼かれ、両手で眼を抑える鬼。
その間にもアークは華麗に着地すると、鬼の身体めがけて走り————
「【強刺Ⅵ】!!!」
ブスッ!!!
「がはあァッ!!?」
7倍の攻撃力の上、更に助走で火力と勢いを増した炎の槍が鬼の脇腹に直撃。
身に付けていた鎧を軽々貫通し、身体まで槍が届いた。
ジュー…………
「ぐうゥゥゥッ!!! 熱い!!!」
さっきまでの余裕が一転、苦痛の表情を浮かべる鬼。
鎧の隙間からは煙が溢れ出し、血生臭い砂漠の戦場に香ばしい匂いが充満し始める。
「やっ……止めるのだァァァ!!」
脂汗をポツポツと浮かべながらも、復活した眼でアークを捉え。
鉤爪を見せながら、左手を振り上げる————
「させないよーッ!!! 【氷放射Ⅱ】!!」
シュシュシュシュシュシュッ!!!
が、鬼と少し距離を離した所からコースが援護射撃。
大量の氷の塊を、鬼の眼めがけて一斉発射する。
「ぐっ!!!」
攻撃態勢をやめ、左腕で眼を庇う。
氷の塊が筋肉ムキムキな赤い肌にぶつかって砕ける。
「……えぃっ!!」
その間にも、炎の槍を脇腹から抜くアーク。
すぐさまバックステップで鬼と距離を取る————
「逃がさんッ!!!」
が。
鬼の右拳が、アークに向かって————振り抜かれ。
「【鬼直拳】ンンン!!!」
ボコっ!
「きゃッ!!?」
鈍い音と共に、アークをブッ飛ばした。
「あ、アークゥ————
「魔術師よ、貴殿にもお返しである!!」
鬼はついでとばかりにコースを見ると。
左手の中指を折り曲げ、指先を親指で押さえ。
「えぇぇっ…………?!」
「【鬼弾指】ィィィ!!!」
コースに向かって…………デコピン。
と同時、空気で出来た弾丸が、鬼の指先から飛び出し。
後ろの景色を歪ませながら、空気の弾丸がコースに一瞬で迫り————
「うわあぁぁッ!!?」
コースに直撃。
青い長髪を靡かせながら、砂漠の上を何度も後転させた。
「……くぅッ…………」
砂漠の上に倒れる3人を見ながら、思わず声を漏らす。
……シンの動きも良かったし、アークは一撃決めた。コースのサポートも良かった。
良い線行ったと思ったんだけど…………ダメだ。鬼の『力』が強過ぎる。
近づけば殴られてブッ飛ばされるし、距離をとる奴にはまさかのデコピン。
バカみたいな力で空気の塊を作って飛ばすとかいう、遠隔技まで披露してくれちゃったぞ……。
あんな技見せられちゃ、対処法を考えるどころか詰み一直線だ。
クソッ! ……あの鬼、一体どんなステータスしてるんだよ————
ピッ
「……ん?」
突然、僕の眼の前に現れる青透明の板。
……なんだいきなり?
そう思いつつも、それに眼をやると…………。
===Status========
ガメオーガ 41歳 雄 Lv.61
魔王軍・軍団長 状態:普通
HP 347/364
MP 147/176
ATK 178
DEF 162
INT 43
MND 59
===Skill========
【六鬼法】【HP回復Ⅳ】
===========
「ガメオーガ……軍団長…………」
……あぁ、成程。
コレはあの鬼のステータスプレートだ。
どうやら【解析】が気を利かせて出してくれたみたいだ。
「……にしても、さすが軍団長様だ」
チラッと見ただけで相当なステータスの高さが伺える。
ステータスの3桁が『ベテラン冒険者が高レベル【強化魔法】を受けてやっとだ』ってレベルらしい。
そう考えると……ATKの178とかDEFの162とか、きっと常人の敵じゃないんだろう。
「……だけど…………」
自分でこう言うのもなんだけど……ぶっちゃけ僕達は『常人』じゃない方だと思う。
僕の【乗法術Ⅵ】を掛ければ、ダンのDEFは300近くまで加算できる。
シンやアーク、コースのDEFであっても150は行くハズだ。
正直、鬼のATK・124とか比じゃない。
……まぁ、僕の場合は加算したところでDEFは98だから、コレ程の傷を受けるのも納得なんですけどね。
それなのに…………ダン達の高いDEFすらも乗り越えて僕達をココまで蹴散らすとは。
ステータスの優劣を超えた、正に『一撃必殺』の力……【六鬼法】。恐るべしだ。
……やっぱり、少し羨ましくなっちゃったな。
是非僕にも下さい、そんな馬鹿力スキル。
…………そんな事を、考えていると。
「……くそッ!!」
裏拳でブッ飛ばされたシンが、立ち上がると。
「まだ……もう一度、もう一度です! 先生の仇をッ!!!」
少しフラつきながらも、長剣を構えると。
「おぉっ!! 【鬼殴甲】を受けても再び戦うのであるか!!!」
「うおおォォォォォォ!!!」
剣を振り上げながら、鬼に突っ込んだ。
が、シンは周囲が見えておらず。
鬼が両手を広げているのにも気づいていないまま、鬼との距離を縮めている。
……ヤバい! シンの悪い所が出てるぞ!
『敵の攻撃もお構い無しに立ち向かう所』、特訓で直したハズだったのに!!
「おいシン!!! 止まれ!!!」
そう叫ぶけど…………シンの特攻は止まらず。
「うおおォォォ————
「勢いは良いが、後先考えぬ勢いは無意味であるぞ…………【鬼潰掌】」
鬼の両掌が、シンを————
バチィィィィィィン!!!!
————叩き潰した。
「シィィィン!!!」
赤い肌の両掌に向かって、思わず絶叫した。
……が。
その時。
僕の視界の隅に……鬼のステータスプレートが、ふと眼に入る。
===Status========
ガメオーガ 41歳 雄 Lv.61
魔王軍・軍団長 状態:六鬼
HP 347/364
MP 144/176
ATK 1068
DEF 162
INT 43
MND 59
===Skill========
【六鬼法】【HP回復Ⅳ】
===========
パッと見た所、特に変わりは無い。
……って思ったのだが。
「……はッ…………!?」
僕の眼に飛び込んで来たのは……ATK欄。
「せん……1068!?」
…………何だ? 何が起きてるんだ?
見間違いか!?
そう思いつつ、もう一度確認する……けど。
「……1068だ」
間違いなく、4桁。
僕達にも、届かない領域。
ATKは、1068を示していた。
……おかしい。何でだよ……。
……そう、思った直後。
ザアアアア…………
「なっ!?」
ATK欄に突如掛かる、砂嵐。
突然の事態が重なり、呆然と砂嵐を見つめる僕。
ザアアァァッ……
そのまま数秒して、砂嵐が消えると。
ATK欄には。
「……178だ」
3桁の『178』が、表示されていた。
さっきの値と同じに戻っていた。
……何だよ、今の。
ビックリさせやがって……————
……ん? 178に、1068?
それに【六鬼法】って、まさか…………。
「【求解】・178×6は…………」
ピッ
===【求解】結果========
6
解)178 × 6 = 1068
===========
……あぁ、そうか!!
そういう事だったのか!!
分かったぞ。
【六鬼法】、その効果は『一撃必殺の力を与える』とかいった理不尽なモンじゃない。
本当の能力は…………————
確信を持ちつつ、視界を前に向けると。
鬼が丁度、両掌を開き。
中から現れたのは…………立ったまま気絶したシン。
そのまま、受け身も取らず…………バタンとうつ伏せに倒れた。
……状況は最悪だ。
後先考えず特攻したシンに、鬼の会心の一撃。
鬼の眼の前でそのまま気絶。
「ガーッハッハッハッハ!! 気を失ってしまったのであるか!! 情けないぞ!!!」
鬼は多少の傷を受けているものの、完全にフリー。
シンは無防備状態。
誰も近づけない。
「しかし、折角のチャンスである! 『白衣の勇者』討伐の為、貴殿には死んで貰おう!!!」
……このままだと、シンが殺される。
「おいシン!!! さっさと眼を覚ませ!!!」
「シンー起きてーッ!!!」
「このままじゃ……早く!!!」
ダンもコースもアークも、必死にシンに声を掛ける。
……が、シンはピクリとも動かない。
そんなシンの横に鬼が立ち……右拳を引き。
「シン!!!」
「だめェーッ!!!」
「嫌だ……起きてェェッ!!!」
3人の叫び声も、虚しく。
「ガーッハッハッハッハ! 死ぬがいい!! 【鬼直拳】ンン!!!」
鬼の右拳が、足元のシンめがけて突き出された。
「させるかよ」
————そう。
【六鬼法】、その効果は『一撃必殺の力を与える』とかいった理不尽なモンじゃない。
本当の能力は…………『攻撃を仕掛ける一瞬だけ、ATKを6倍にする』。
言ってみれば、僕の【乗法術Ⅵ】の能力とほぼ同じ『ステータス加算』だ。
じゃあ、その『ステータス加算』を使う相手には、どう戦えば良いか。
対処法は、勿論分かっている。
それは————
「【除法術Ⅲ】・ATK4!!!」
掛け算には、割り算で対抗すれば良い。
ステータス乗算する奴には、ステータス除算してやれば良い。
その名も……『約分』だ。




