15-32. 鬼Ⅱ
鬼の足元で、砂埃を巻き上げながら倒れる金棒。
「捨てやがった……!?」
「……マジかよ」
予想もしなかった展開に、僕もダンも驚く。
「棍を振るう事など『吾が力』の一片に過ぎぬ! その真価、今から存分に発揮してやるのだ!」
そんな鬼は右拳を前に出し、左拳を引き、脇を締めたファイティングポーズ。
「……とっとりあえず先生、何が来るか分からねえ! 俺の後ろに下がっといてくれ!」
「おぅ」
言われるがまま後ろに下がり、頼もしいダンの背中越しに鬼の様子を伺う。
「ガーッハッハッハ!! なんだビビッておるのか!? 吾輩が金棒を捨ててビビッておるのか、白衣の勇者よ!!」
「…………あぁ。ビビってるよ」
煽られてるのは分かってるけど、敢えて正直に答える。
こういう手のヤツは『言い返せば負けだ』って僕は知ってるからな。
「先生!? そんな正直に答える必要無えだろ————
「ガーッハッハッハッハ!!! そうかビビっているのか!! 正直で結構、重畳である!!!」
…………なんか褒められてしまった。
「吾輩は正直者が好きだぞ! 『嘘吐き』や『知ったかぶり』は成長を止めるからな! ……だが!」
すると途端、なんだか悔しそうな表情を浮かべる鬼。
ちょっと俯き気味になっている。
……どうしたんだろう?
「敵である限り、吾輩は貴殿を殺めなければならぬッ!!」
「「…………」」
すると。
鬼は顔を上げ。
「だから…………白衣の勇者よ!! 吾が魔王軍・第三軍団に入らぬか!!?」
僕をスカウトした。
いやいやいや。
「入る訳ないじゃんかッ!!!」
何それ!?
本気で言ってんのか!?
魔王軍ではそんな変則攻撃も実施してんのかよ!?
……言うまでもないけど、そんなお誘いはオコトワリだ。
一蹴させてもらった。
「ならば殺す!!!」
「「えぇッ!?」」
そう答えるなり、駆け出す鬼。
闘いがいきなり再開した。
「ガーッハッハッハッハ!! 吾が力、見るが良い!!!」
「「くッ……」」
再びズンズンと迫る鬼。
……金棒を捨てた分少し足が速くなった気がするけど、相変わらずスピード感は無い。
とはいえ、膨大なプレッシャーは健在。思わず気圧されて足が止まる。
「先生、俺に任せろ!!」
「おぅ頼んだ!」
急展開にもよらず、僕の前に出て大盾を構えるダン。
そんなダンを目掛け、一直線に鬼が迫る。
「……先生には指一本触れさせねえ!!」
足を大きく開き、腰を下げ、両手で大盾を構えるダン。
「どうであるかな!!」
対するはボクサーのような構えを崩さず駆ける鬼。
徐々に迫る鬼の、間合いが……————ダンを捉えた。
右腕を引く、鬼。
「【硬壁Ⅸ】!!」
ダンがスキルを発動。
そんなダンの大盾に向かって。
「【鬼直拳】ンン!!!」
引いた右拳を、鬼が突き出す。
……と、思った頃には。
鬼の右拳は既に、ダンの大盾にストレートを決めていた。
「ぶぐッ!!!?」
大盾越しに衝撃を受け、浮き上がるダンの身体。
踏ん張りが利かなくなった、ダンは。
「ぐぉッ————
ビュンッ!!
僕の身体のすぐ横を、猛スピードで通り過ぎ。
ズザァァァァァァァァァ!!!
体勢を崩してゴロゴロ転がりながら、砂漠に倒れた。
鬼のストレート1発が、ダンを軽く20mはブッ飛ばしてしまった。
「だっ、ダン————
思わず振り向き、ダンに声を掛ける。
「次は貴殿である!!!」
「しまった!!」
……それどころじゃなかったッ!
振り向けば、もう眼の前には鬼。
5本の鉤爪を光らせながら、左手を振り上げていた。
……クソッ!! ヤバいッ!!!
「【定義————
後ろに跳びつつ板を張る……けど間に合わず。
「【鬼斬爪】!!」
振り下ろされた鬼の左手が、僕の腹を襲った。
ザシュッ!!!
「うぐァァァ!!!」
着ていた麻の服と白衣もろとも、僕の腹に5本の爪痕を彫り。
ついでと言わんばかりの風圧が、宙に舞う返り血ごと僕の身体を吹き飛ばした。
ゴロゴロと砂漠を何度も転がり、勢いを弱め。
うつ伏せの格好で身体の動きが止まった。
……再び全身砂まみれになった上、どうやら腹の傷にもビッシリくっ付いたみたいだ。
「くううゥゥゥゥゥッ……!!!」
傷が滲んて滅茶苦茶痛い。頭が沸騰しそうだ。
手元の砂を握り、プルプル震えながら必死に痛みに耐える。
「先生ッ!!」
「ケースケ!!?」
「先生ー!!」
と、後ろから声が掛かる。
どうやらシン・アーク・コースの3人が駆け付けてくれたようだ。
「大丈夫ですか先生!?」
「先生動けるー?」
「ちょっ……ちょっと無理…………」
……17歳の男が泣き言を上げるも如何なモノだけど、正直傷の痛みで力が入らない。
「ケースケ、ちょっと怪我見せて!」
「……えっ」
そう答えるや否や、アークが僕の身体を掴み。
痛む傷も気に掛けず、強引に身体をひっくり返した。
「よぃ…………しょっと!」
「ぐあああァァァッ!!!」
あああちょっああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
待って待って痛い痛いもちょっとゆっく痛い痛い!!
痛い痛い痛い痛いああああああァァァァッ!!!
ゴロンッ
「うぅぅっ………………」
痛みで意識が飛びそうになりながらも、なんとか仰向けにされ。
ビッシリ砂がこびりついた5本の傷跡が露わになる。
「……何この傷ッ!?」
「うわっ…………」
「キャァーッ!!」
固まるアーク。
目を背けるシン。
悲鳴を上げるコース。
…………とっ、とりあえず、少しでも痛みを和らげなきゃだ……。
「……コース、【水源Ⅷ】で傷を…………」
「うん先生、分かったー」
吹っ飛びそうな意識を鷲掴みしながら、コースにそう頼む。
「【水源Ⅷ】!」
コースが魔法を唱えると、宙に現れる水の球。
球から水が流れ出し、僕の傷に注がれた。
ジャァァァァァ…………
「くっ…………」
ちょっと滲みるけど、傷にこびりついていた砂が流され。
少しずつ痛みが引いていく……。
「こんな感じでいっかなー?」
水の球が無くなった時には、傷はキレイに洗い流されていた。
傷の痛みは、さっきよりは幾分か良くなった。なんとかコレなら耐えられる。
咄嗟に後ろに跳んだのが功を奏したのか、見た感じ傷の深さも致命傷レベルじゃなさそうだ。
「ありがとうコース、助かったよ。アークもシンもありがとな」
「うん!」
「ううん。気にしないでケースケ」
「……私は何もしてないんですけどね」
コースとアーク、ついでにシンにもお礼を言い、上半身を持ち上げる。
「……さて」
痛みをこらえつつ、砂漠をキョロキョロ見回すと。
「ガーッハッハ!! 吾輩、準備体操をすっかり忘れておったぞ!!!」
「「「「…………」」」」
鬼はソッポを向き、ブッ飛ばした僕達を放りおいて準備体操中だった。
只今伸脚をやっている。
……散々攻撃を繰り出しときながら、今更準備体操の意味あんのかな。
…………それにしてもだ。
あの威力、一体何だったんだ!?
金棒の攻撃は威力も凄かったけど、アレは何とか避けられていた。
それに対し、金棒を手放した後の徒手攻撃……全然見えなかった。
『間合いに入ったと同時、もう攻撃されてた』って感じだった。
金棒を手放した途端攻撃が当たるようになるとか、『鬼に金棒』の慣用句が聞いて泣く。
けど、鬼が言ってた『真価をどーのこーの』ってのは、正にその通りだった。
……っと。
「そういやダンは!?」
「ああ先生、ダンは大丈夫です」
「『ブッ飛ばされたけど、怪我は無えぞ』って言ってたよー!」
そう言われ、コースが指差す先に視線をやると…………「よっこらせ!」と立ち上がるダン。
そっかそっか。さすがダン、恐るべしだ。
あの鬼の攻撃でも無傷とは…………どれだけステータス高いんだか。
ダンも伊達に盾術戦士やってないんだな————
「よーし、準備体操終わりである!!」
準備体操を終える、鬼。
すると、鬼はこちらを見て……自慢げに口を開いた。
「ガーッハッハッハッハ!!! どうだ!! 吾輩の【六鬼法】、驚いただろう!?」
「「「「「六鬼……法?」」」」」
聞き慣れない言葉に、思わず5人揃って反復する。
「左様!! 【六鬼法】、五徒手・一棍からなる吾輩の必殺技である!! 『力』を象徴する第三軍団の長には相応しい技であろう?」
「「「「「…………」」」」」
【六鬼法】……、か。
なんか強そうな名前だ。
「……貴殿ら、【六鬼法】が羨ましいのであるか!? 欲しいのであるか!?」
いやらしいニヤケを浮かべながら尋ねてくる鬼。
……いや、別に要らない……。
「ガーッハッハ! 残念だが貴殿らには無理である! 此れは鬼の魔物のみが習得出来る能力なのだからな!!!」
別に要らないんだけど、なんかそう言われるとムカつく。
……けど、今ので『鬼の強さ』のワケが少し分かったぞ。
あの異常な破壊力、それは【六鬼法】。
『鬼だけが習得出来る』って言ってた辺り、多分魔法かスキルなんだろう。
攻撃時に時に唱えてた【鬼壊棍】とか【鬼直拳】とかの呪文が何よりの証拠だ。
となると、【六鬼法】の効果は…………恐らく『最強パンチ』って所か。
某あんぱんのヒーローだって、呪文を一言唱えればどんなパンチもキックも無敵の一撃になる。……【六鬼法】も、きっとそんな感じなんだろう。
うん。
辻褄も合うし、そんな感じで合ってるだろう。
つまり、コレは…………【演算魔法】と【六鬼法】との闘いだ。




