15-31. 鬼Ⅰ
「では行くぞ『白衣の勇者』ァ!」
太い金棒を右手に握った鬼が、駆け出す。
大量の死体が横たわる中、体格にそぐわない軽快な走りで間を詰めてくる。
「皆、来るぞ!!」
ズンズンと迫り来る鬼に身構える僕達。
鬼の走るスピードはそこまで速くない。考える時間も動く時間も十分にある。
……けど、ゴーレム以上の身体が醸し出す強大な威圧感に頭が真っ白になる。
鳥肌がブワッと立ち、足が軽く震える。
「ガーッハッハッハッハ!! 吾が攻撃を受け止めるつもりであるか!!」
そう叫びながら徐々に迫る鬼。
……マズい。思ってたより余裕が無い。
「ならば吾が力、存分に味わうがよい!!!」
そのまま、鬼が丸太のような金棒を振りかぶる。
……攻撃が来るッ!!
「避けろッ!!」
「「「「はい!!」」」」
ダンと僕は左に、シン・コース・アークは右に跳び、鬼の前から逸れる。
その、直後。
「【鬼壊棍】ンン!!!」
鬼の掛け声と共に、真っ直ぐに振り抜かれる金棒。
その金棒が、直前まで僕達の居た所に————
ズウウウゥゥゥゥゥゥゥン!!!!
僕達の眼に残像を残して、砂漠に叩きつけられ。
鬼を包み込むように、砂埃を巻き上げた。
「……先生……今の攻撃、見えたかよ?」
「…………いや。全然見えなかった」
ダンからそう問われ、正直に答える。
振り下ろされる金棒……、まさに文字通りの目にも留まらぬ速さだった。
全然見えなかった。
アレが……『軍団の長』の力…………————
「ガーッハッハッハ!! そうであるよな!! やはり一発目は避けるよな!!!」
砂埃の中から響いてくる、鬼の声。
その砂埃が晴れると………………鬼の足元には、巨大なクレーターが広がっていた。
金棒の威力は砂どころか散乱していたハズの魔物の死体まで吹き飛ばし、深い皿のような穴が口を開けている。
「「………………っ」」
それを眼にし、2人して言葉を失う。
……だが。
ビックリしていられる時間も僕達には無かった。
「ガーッハッハッハ!! さて、次の攻撃である!!!」
金型をヨイショと持ち上げると……コッチに向かって再び駆ける鬼。
「あの威力じゃ……俺の【大盾術】でも流石に受け切れねえぞ!!」
「ああ! とりあえずアレは避けるしかない!」
「おう先生!!」
すぐさま立ち上がり、ダンと左右に分かれる。
「ガーッハッハッハッハ!! 逃げても無駄であるぞ!!!」
……が、鬼は僕目掛けて一直線に追ってくる。
「また一人狙いかよ!!」
その上、歩幅の差でグングン距離を詰められる。
……くぅッ、駄目だ! 追いつかれる!
「クソッ!」
足を止めて振り返り、鬼と正対。
「ほぅ、逃げるのを諦めたのであるか!!」
「……ッ」
距離は直ぐに詰まり。
「その度胸、重畳であるッ!!!」
鬼が金棒を右に引く。
…………横に振り抜きが来るッ!!
「ふッ!!」
全力でしゃがみ、頭を下げる。
縮めた身体から空気が抜け、声が出る。
その直後。
「【鬼壊棍】ンン!!!」
ブゥンンンン!!!
頭の直ぐ上を、猛スピードで金棒が通過。
……暴風に髪が巻き上げられ、体勢を崩して砂漠に左手を突く。
「【一次関数】・y = 2x!!」
ついでに左手から砂のレーザーを飛ばして反撃。
鬼は金棒をフルスイングし、無防備状態。
チャンスだ。
「何ッ!?」
ギギギギギギギィッ!!!
砂削切断は鬼の腹部に命中。
鋼の鎧を砂が削り、火花を散らす。
が。
「そうは行かぬぞ!!」
鬼はそのまま、金棒を頭の上に持ち上げる。
…………振り下ろしが来るッ!!
「くッ!」
両足に力を込め、全力で右に飛ぶ。
左手が砂から離れたせいで砂削切断は中断されるけど仕方ない。
「【鬼壊棍】ンン!!!」
ブンッ!
そんな僕の身体スレスレを、金棒が通過。
風圧で体勢が崩される。
ズウウゥゥゥン!!!!
直後、金棒が砂漠に打ち付けられ。
僕が居た所が小さなクレーターに作り変えられる。
「……マジかよ」
頰に冷や汗をタラーッと流しつつ、体勢を立て直す。
……あっぶねー。ギリギリだった。
あの速さの金棒のスイング、僕じゃ対応できない。威力も即死確定モンだろう。
だが、コイツの他の動作スピードは割と普通だ。
金棒を振り上げるスピードとかは普通だから、お陰様で直撃だけは免れている————
「ほう、吾輩の鎧に傷をつけるとは!!」
金棒を一度肩に担ぎ、鎧の腹部を指で摩る鬼。
……よく見ると、砂削切断をブチ当てた辺りに小さい凹みが出来ている。
まだ貫通こそしてないけど、効いてた証拠だ。
「ガーッハッハッハ!! やるなあ、『白衣の勇者』よ!! 早速の賞恤金増額であるな!!!」
「……おぅ」
だからショージュツキンって何だよ————
「しかし吾輩だって甘くないぞ!!!」
「……ッ!」
肩に担いだ金棒が、そのまま振り上げられる。
……振り下ろしが来るッ!
「【鬼壊棍】ン!」
「ふッ!!」
ブンッ!!!
左に飛び、金棒を回避。
ズウゥゥゥン!!
「……っ」
膝立ちで着地したすぐ隣に金棒が振り下ろされ、3個目のクレーターが誕生。
「【鬼壊棍】ンンン!!」
間を置かず金棒を再び振りかぶる鬼。
……もっかい振り下ろしッ!!
「ほっ!!」
ブンッ!!!
さらに左に跳ぶ。
ズウゥゥゥン!!
「…………」
僕の隣には、あっという間に4個目のクレーターがコンニチハだ。
……まさか2連撃が来るとは。
「危なかっ————
「まだであるッ!!!」
砂漠に打ち付けたまま、金棒を右に引き摺る鬼。
ブルドーザーの如く砂を掻き分けながら金棒が迫る。
さっ、3撃目!?
……けど、まだ間に合う!!
「ふッ!!」
ズザアァァァ!!
速攻で立ち上がり、全力で横にヘッドスライディング。
「【鬼壊棍】ンン!!」
ザアアアアァァァァァ!!!
その直後、足元を超速のブルドーザー金棒が過ぎ去って行った。
「…………危なかった……」
……今のはマジで危ない所だった。
冷や汗ダラダラだ。
そんな冷や汗に砂がくっついて全身砂ザラザラだ。
「おい先生!!」
「……おぉ、ダン」
砂から顔を上げると、ダンがこちらに駆け寄ってくるのが見える。
「大丈夫かよ!? ケガしてねぇか!?」
「あぁ、なんとかね」
白衣に付いた砂をポンポンと払いつつ、立ち上がる。
「先生が金棒を避けていくところ、俺もうヒヤヒヤして見てらんなかったぞ!」
「……それはご心配をお掛けしました」
いやー、僕もドキドキだったよ。
今の金棒3連撃は正直怖かったし————
「ガーッハッハッハッハッハッハ!!」
「「……ッ!?」」
鬼の高笑いに反応し、ダンと一緒に振り返ると。
「白衣の勇者よ、吾輩の連続技すらも避け切ったか!!」
そこには、金棒を肩に担いだ鬼。
僕を見下ろして高笑いを上げていた。
「貴殿の回避術、敵ながら実に見事である! またまた賞恤金増額であるな!!」
「「……」」
……だからショージュツキンって何なんだよ。
「それにしても、吾輩の攻撃が『白衣の奇術』も使わずして避け切られるとは!!」
「『白衣の奇術』……?」
「……先生の【演算魔法】の事じゃねえか?」
……あぁ、成程ね。
「アレだな! つまり貴殿は『吾輩の金棒攻撃など"奇術"を使うまでもない』と言いたいのだな!!」
「いやいやいや」
……決してそういう訳じゃないんですけど。
「ガーッハッハッハ!! 随分と吾輩も甘く見られたモノである!!」
「…………」
……だからそういう訳じゃないんだって。
「うむ!! 確かに、吾輩の金棒は予備動作が大きいからな!」
「…………」
そのお陰で、なんとか直撃だけは避けられてたんだけど。
自覚あったんだね――――
すると。
「ならばッ!!!」
鬼は、右手に握っていた金棒を――――手放し。
「貴殿には金棒など不要! 次は……徒手にて相手をしてやるぞ!!!」
ファイティングポーズで、僕と正対した。




