15-25. 蹂躙Ⅴ
……一時はどうなるかと思った。
既に2枚の板を破って3枚目の板にも手を掛けた、炎・氷・嵐・砂岩の巨弾。
4個の巨弾に押し負け、ピキピキとヒビを増やしていく巨弾。
この先、どうなるか————ココに居た誰もが、同じ未来を頭に浮かべていた。
2枚の板を破って勢いづく、猫。
行け行けと歓声を掛ける、熊。狼。
腕を組み、満足げな表情を浮かべる赤鬼。
勝利を確信して狂笑する、セット。
真っ直ぐ剣を握りつつも、プルプルと震えるシン。
珍しく差し迫った表情で巨弾を見つめるコース。
2人の前に立ち、無理を承知で大盾を構えるダン。
どうするのと言わんばかりの表情で、僕を見るアーク。
まぁ……僕も、同じ未来を予想してたよ。
コレは本当にマズいと思った。
けど。
未来は、変わった。
ドオオオォォォォォォォォォォン!!!!
真の【定義域Ⅳ】で空高くへと弾き飛ばされた巨弾は、僕達の頭上で爆発。
海上にキノコ雲を上げた爆音よりも、西門広場を砂漠に変えた轟音よりも大きな…………今日イチの爆音が僕達を襲う。
「うぅっ!!」
反射的に耳を塞ぐ。
4人も、周囲の魔物も皆、同様に耳を塞いでいる。
……けど。
キィィィィィィン…………
間に合わなかった。
大音量に曝された耳が、耳鳴りを起こし始めてしまった。
「 」
「 」
「 」
「 」
耳鳴りのせいで誰の言葉も聞き取れない。
まるで皆が口パクしてるみたいだ。
「 」
「 」
「 」
誰の声も聞こえないから分からないけど……多分、話噛み合ってないんじゃない?
……まぁいいや。
そんな時は。
「 」
テレパシー魔法・【共有Ⅱ】で僕達5人を繋ぐ。
『ああーあああー……シン、コース、ダン、アーク、聞こえますかー?』
こうすれば、口を閉じての念話が使えるようになるハズだ。
テレパシーなので耳鳴りも関係ない。
『……おっ、聞こえたぞ! 先生!』
早速、ダンの声を受信。
……よしよし、感度良好。ダンの返事がクリアに聞こえるよ。
『先生スゴーい!』
『まさか、こんな所でも【演算魔法】が役に立つとは……』
『さすがケースケ……本当に何でも出来ちゃうのね』
『おぅ』
いやいや、それほどでもないっすよ。
…………けど、皆からそう言ってもらえると……ちょっと嬉しくなっちゃうよね。
そんな事は置いといて、だ。
周囲を見回すと……周囲の魔物も、さっきの爆音に苦しんでいる。
猫達は魔法の杖を放っぽいて耳に前脚を掛けている。
自らの魔法で自らの耳までダメにするなんて……かわいそうに。
熊もそれぞれのハンマーを投げ捨てて耳に手を当てているし、狼に至っちゃ顎を地につけて耳を塞ぐ始末。
まるで子犬の『伏せ』みたい。……狼の威厳ゼロだ。
「ぐわああぁぁぁぁぁぁッ!!!」
けど……魔王軍の中で最も爆音にもがき苦しんでいたのは————赤鬼でした。
耳鳴りを上回るくらいの大音量で「聞こえんッ! 聞こえんぞォォォォ!!!」って叫び散らしている。
……お前の声が一番良く聞こえてるよ、って言ってあげたい。
ってか、軍の親玉がそんな調子で良いのか。
そして……。
「 」
軍の中で最もマシだったのが、セットだった。
自身も耳に手を当てつつ、キョロキョロ首を動かしては何か叫んでいる。
号令か指示でもしてるんだろう。
「 」
けど……残念ながら、当の魔物達は耳鳴りと赤鬼のせいでセットの声なんか聞こえちゃいない。
今の魔王軍は、完全にバラバラになっていた。
————って事は、今がチャンスじゃんか!
統制の取れた軍勢は、力を合わせて襲ってくるから怖い。……んだけど、息も合わないバラバラな軍勢はそこまで怖くない。
それどころか、僕達からすれば『一網打尽のボーナスタイム』なのだ!
『シン!』
『何でしょうか、先生?』
口を閉じたまま、念話と共に振り向くシン。
『あの作戦、行くぞ!』
『……ああ、アレですね。分かりました!』
そう言うと、察しの良いシンは剣を握り直すと……猫の軍勢に向かって、真っ直ぐに駆け出した。
「 」
剣を真っ直ぐ構え、ひたすら猫の軍勢目掛けて走るシン。
「 」
「 」
「 」
彼が向かう先に立つ猫達も、やっとシンに気付いたようで。
何か喋りながらも落としていた杖を拾い、魔法を唱え。
「 」
「 」
「 」
「 」
小さな火球だの水玉だの、風だの砂団子だのを生成。
シンへと飛ばし、迎撃する。
……えぇ? さっきの巨弾はどうしたよ。
力を合わせないとこんなモンなの?
『先生! バリアを!』
『分かってる! 【定義域Ⅳ】・x≦-5, 5≦x!』
まぁ、随分と見劣りする魔法は良いとして……こっちも【演算魔法】で対応だ。
猫達の放つ魔法に定義域を設定し、シンの前後5mより外側にしか存在できないようにする。
シュンッ!
直後、シンの前後を挟むように現れる2枚の板。
その内側がパッと青透明に塗り潰され、シンが領域に包まれ。
「 」
シンの突撃に合わせ、青透明の領域も動く。
そのまま、領域と魔法が近づき————
ぶつかった。
ポフッ……
パフッ……
シュッ……
と同時、何の抵抗もなく掻き消される魔法。
「 」
シンは僕の張った領域で魔法を蹴散らしながら、ひたすら突撃。
……まるで爆速ブルドーザーみたいだ。
ポフッ……
パフッ……
シュッ……
「 」
続々と魔法が撃ち出されるけど、シンに近づく事すら許されずに消えていく。
「 」
「 」
「「「「 」」」」
徐々に接近するシンに、猫達の顔にも焦りが浮かび。
更に魔法が撃ち出されていく。
……けど、巨弾を弾く程の領域がショボい魔法に破られる訳も無く。
「 」
猫達の必死の抵抗も虚しく、シンが猫の軍勢に近づく。
猫に剣が届く距離まで、あと4歩。
『行けます! 先生!』
『おぅ!!』
シンの念話にそう返し…………『作戦』を、実行した。
————よくもヒヤヒヤさせてくれたじゃんか。
————今度は、僕達からお前達に纏めてお返ししてやるよ。
『【因数分解Ⅱ】・一網打尽!!』
その、瞬間。
ボフボフボフッ!!
「「「「「キャーッ!」」」」」
「「「「「なになにぃ!?」」」」」
猫の軍勢の至る所からモクモクと昇る、白煙。
甲高い叫び声と共に、軍勢全体が煙に覆われていく。
シンの長剣の間合いまで、あと3歩。
「「「何が起きてるの!?」」」
「「「ゲホッ、ゲホッ!」」」
白煙の中から聞こえてくる声が次第に少なくなる。
長剣の間合いまで、あと2歩。
「彼は今どうなの!?」
「風系統の人ぉ、早く【換気Ⅶ】で煙を掻き出して!」
「はぁーい! 【換気Ⅶ】!」
猫が魔法を使い、白煙を風で押し流し。
電波霧が徐々に晴れる。
長剣の間合いまで、あと1歩。
【換気Ⅶ】の効果で、白煙が流され。
「……えっ、えぇ、皆は!? どこ行ったの!?」
煙が晴れると、そこには————たった1頭の猫が、ポツンと立っていた。
何千と居たハズの猫は消え……スッカラカンの砂漠に独り立っていた。
その胸に……小学校の名札みたいな『ブラケット・ラベル』を付けて。
そして。
シンが長剣の間合いに…………入った。
「はああァァァァァッ!!!」
突撃の勢いを落とすことなく跳び、長剣を振りかぶるシン。
「ぃ……嫌ァァァァァ!!!」
刃の先には、砂漠に独りぼっちの猫。
度重なる不測の事態に、魔法を放つのも構えを取るのもままならない。
そんな猫を目掛けて、シンが一気に距離を詰め。
長剣を斜めに振り下ろし。
「【強斬Ⅷ】ォッ!!!」
ザシュッ
猫の身体を、袈裟斬りにした。
「キャァアアアアァァァァァッ!!!」
猫の右肩から左腰に入った、一筋の傷痕。
その傷からは、猫の小さい身体に見合わないくらいの大量の血を噴き出し。
2、3歩よろけて……。
倒れた。
————そう。
この作戦……『【因数分解Ⅱ】・一網打尽』は、勉強中に偶々思いついた作戦だ。
アレは……『6(3x²+x+2) ÷3』、この式について考えてた時の事。
()を展開してから3で割るのか、3で割ってから()を展開するのか、どっちか計算速いかなって考えてたんだ。
展開してから割るとすれば……まず、()の中身を全部6倍して『18x²+6x+12』にし、次にそれぞれを3で割る。
つまり、割り算は3回やらなきゃダメだ。
だけど、割ってから展開する時は…………まず、()の外側の『6』を3で割り、残った『2』で()の中身を倍にする。
そうすれば、割り算はたった1回だけで済む。
つまりだ。
この違いから分かる事、それは……因数分解は、ただ因数を纏めるだけじゃない。
作業行程もまた、因数分解が纏めてくれていたのだ。
……『因数分解』ってのは、結構難しい。
何を()の外に括り出せば良いのか、慣れないうちはソレを見分けるのでも一苦労。
ぶっちゃけ因数分解なんて要らないんじゃないのと、式なんて展開したままで良いんじゃないのって、思う事だってある。
けど…………『因数分解』。それは、後々になって僕達を楽にしてくれる、便利な計算技術なのだ。
……じゃあ、さ。
この考え方を、僕達の戦闘にも組み込んだらどうか?
敵1頭を斬り、敵1頭を倒す。
次の敵1頭を斬り、敵1頭を倒す。
その次の敵1頭を斬り、敵1頭を倒す。
普通の戦闘方法は、言うまでもなくこの繰り返しだ。
こうやって着実に敵を1頭1頭仕留めていく。
けど……もしも僕達の前に敵が100頭、1000頭、はたまた1万頭なんて現れたら、どうするか。
敵1頭を斬り、敵1頭を倒す方法で行くのか?
……普通ならそうするしかない。
けど、そんなの現実的じゃない。
だったら。
敵を【因数分解Ⅱ】で1頭に纏め上げ、ソイツに斬撃をお見舞いしてやれば…………。
【展開Ⅱ】した時には————
「【展開Ⅱ】ッ!!」
ボフボフボフッ!!!
そこには————
「「「「「キャァァァァァッ!!!」」」」」
「「「「「痛ったぁぁぁい!」」」」」
たった剣を一振り、喰らわせただけで。
数えるのも嫌になるくらいの……敵、全員に。
同じ斬り傷を、同じ部分に与えて。
「「「「「いつの間に……傷が!?」」」」」
「「「「「な、何が起きたのぉ……?」」」」」
『一網打尽』の、名の通り。
1万程の敵を丸ごと、一気に斬り伏せられちゃうんじゃんかァ!!!




